Episode230╱人食い家②
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引き戸を一度閉めた。
「どうしたのさ?」
「ん?」
と瑠奈とゆきは見ていないからか、はたまた血には慣れているからなのか、動じた様子を一ミリも見せない。
あと気になる点は……。
入り口で逡巡していると、民家の周りをみまわりしていた舞香がやってきた。
「まだ入ってなかったの? 庭には異常はないみたいよ」
つまり、この土地がいけないのではなく、この民家の建物内に異常があるということだ。
「いや、中が血痕まみれで……異臭が酷くて……とてもじゃないけど足を踏み入れる勇気がないというか」
「そんなこと言っても調査するしかないわ 」
舞香は引き戸を開く。それによりハッキリと室内の廊下を見てしまった。
辺りには血の跡と肉片らしき物体、血特有の悪臭が広がっており、臭いが引き戸 を開けた。その瞬間臭いにおいが広がる空気の逃げ道が出来たとばかりに悪臭がこちらに流れてくる。
「あ、そうだ豊花? あとで家に来てだって。遅れてごめん、きょう渡すから帰りに我が家まで来てだって」
瑠奈に瑠璃からの伝言が伝えられる。
用事?
遅くなる用事ってなにかあったっけ?
遅れてごめん……とは?
瑠璃はいったいなにを言っているのだろうか?
いったい何の話をしているのだろうか。
そんなことよりも、舞香の言うとおり調査をしなければならない。
引き戸から入る。
恐る恐る廊下で靴を脱ごうとするが、この床の惨状ーーやはり靴は履いたまま中に入ることにした。
みんなも同様に廊下に足を踏み入れる。
「人食いの家ねー。俄にはしんじられないけど、こんな惨状を見たらもしかしたら本当にそうかもって思えるわね」
舞香は辺りを見渡しながら、部屋の扉や血痕、中には死体まで転がっているのを確認しながら奥へ進んでいく。
「でもここまで問題なら警察や機動隊だって動くんじゃない?」
「既に動いていたわよ。多分、警察も返り討ちにあったんじゃないかしら」
なるほど、たしかに舞香の言うとおりならば私たち愛のある我が家に白羽の矢が立ったのも頷ける。
辺りに散らばる肉片や血痕をなるべく避けながら一番奥にある扉をまずは開く。
「うっ!?」
そこには一部一部肉片の着いた骸が山のように積まれていた。
50人じゃくだらないかもしれない。
瞬間、ゾクッとした寒気を感じた。嫌な直感が働く。
「みんな、一度外に出て! 私の危険センサーに引っ掛かってる!」
「!? 豊花が言うなら疑いようがないわね。一旦野外に出ましょ」
舞香が信じてくれたおかげで、一時的に外に退避することになってくれた。
急いでみんな外に逃げ出す。
外で深呼吸をしていると、ある異変に気がついた。
ーーゆきだけ見当たらないのだ。
そのときーー家の中から、ゆきの『助けて!』という悲鳴が聴こえた。
慌てて私たち三人は引き戸を引っ張ろうとする。開けようとする。しかし、ビクともしない。
「どうする? どうすればいい!?」
慌てて思考が乱れてしまう。『感情』と小声で呟き、冷静さを多少取り戻した。
しかし、ひらくときはガラガラと意図も容易く開けられたのに、次に入ろうとしたら頑丈で、とても素手では開かない。
『やめて! 助けて!』というゆきの悲鳴が耳をつんざく。
なにか方法はないか……。
ーーそうだ!
「瑠奈、本気の風の剣を出して玄関、もしくは窓があればそれを破壊して!」
「ん? あーなるへそね。この家珍しく窓がないから、玄関を壊すけど構わないよね?」
瑠奈が詠唱をはじめる。
「微風瑠奈の名に於いて 風の精霊を喚起する 契約に従がい 今 此処に現界せよ シルフィード シルフ!」
二人の風の精霊シルフィードとシルフを顕現させた。
そのまま同一化せずに瑠奈は腕に風の刃を竜巻状に纏わせ、一気に玄関の引き戸をバラバラに切り裂いた。
中に見えたのは、既に壁から顔と体の一部以外が、壁から湧いて出た謎の日本の腕に吸い込まれている状態のゆきだった。
私は駆け寄り、ゆきの腕を引っ張る。
が、ダメだ。
ちからが足りない。
「瑠奈! 腕を切断して!」
「おっけい」
瑠奈は風刃を二発放つと、ゆきを拘束していた腕が吹き飛び、ゆきは解放された。
「ひとまずこの家から出るわよ?」
舞香に言われ、ゆきを引き連れ一軒屋の外に飛び出した。
「こ、これ、私たちのちからじゃどうにもできないんじゃ……」
「待ってよ」瑠奈が口を挟んだ。「この家壊しちゃっていいんだよね?」
「え、ええ。依頼主はなにをしてもいいから解決してくれと言っていただけよ」
瑠奈がにやりと笑みが浮かべる。
「シルフィード、シルフ、同一化!」
瞬間、シルフィードとシルフと瑠奈が重なったような情景が見えた。
相変わらず同一化後の瑠奈は美しい。中身があれでもついつい見惚れてしまいそうになる。
いけないいけない!
「なにをするつもりなの?」
私の質問に対し、瑠奈はにやけたままで『風界』と唱えた。
ーー瑠奈の最終奥義だ。
瑠奈は通常時の力、精霊を呼んだ後の力、精霊と同一化した力、そして精霊操術師の最奥と呼ばれるーー同一化(同体化)を果たしたあとに扱えるーー風界発生時の強さ。
その四段階も進化があるのだ。
そして奥義を出したということは、すなわち全力を出すという意味。
瑠奈が風界を発動したことにより、微風が辺りに吹き荒れ、周辺の空気が様変わりを果たした。
「ちょっと、なにをするつもり?」
「舞香は黙って見ていなって!」
瑠奈は手を真っ直ぐ呪われた人食い家に伸ばした。
次の瞬間、建物の外部からガリガリガリガリと強烈な削る音が聴こえ、次第に屋根がなくなり家の内部まで削り始めた。
ーー10分もかからなかっただろう。
もはや家はぺしゃんこ。
人食い家と呼べる状態ではなくなっていた。なくなりすぎていた。
しかし、潰れた家から腕が14本生えた漆黒の闇としか表現しようがない怪物が出てきた。
瑠奈が手を向けるが、私はそれ以前に怪物に近づいていた。
「ちょ、なにしてんのさ、豊花!?」
「瑠奈はいざってときに助けて!」
私はユタカを呼び出し神殺しの剣を手に構える。
闇が伸ばしてきた。その腕を難なく切り捨てると、闇の化け物は苦しそうに雄叫びを上げた。
それをも意に介さず、動きが一時停止した闇の怪物に登り、神殺しの剣を闇の中心部に何度何度も突き刺した。
距離を置いて一呼吸を入れて観察すると、闇は完全に動かなくなっていた。
ーーつまりは生を終えたのだ。
途端に怪物はきらきらと輝く粒子に変わったかと思うと、空気に霧散してどこかへ消えた。
「豊花、危ないことはやめなさい」
「わたしだけでも倒せたのに」
と、舞香と瑠奈に愚痴愚痴言われてしまったが、確かめたかったことが二つあったのだ。
「確かめたかったことがあってさ、神殺しの剣は神以外の怪物にも効くんじゃないかどうか知りたくて」
「だからって特攻する事なかったじゃん」
「ははは」
「確かめたかった二つの事柄は、どうやらたしかだったみたいだったな」
ユタカ(人間バージョン)にいつの間にかなっていたユタカは、そう言葉を口にした。
「二つ? 二つ目の確かめたかったことって?」
舞香に疑問をぶつけられた。
「うんーーあれはおそらく異能力霊体で上手く憑依者が見つからなかった場合の成れの果てーーだと思ったんだ。直感だけどさ」
「それは豊花より“異霊体”を見るちからがある私も同意しよう」
普通のひとなら直感と言われても納得しないだろうけど、私の直感は基本的に当たるのだ。さらにユタカも同意してくれた。だからからか、皆はそれで納得した。
「まあ、問題も解決したし、帰ろうよ」
瑠奈は既に興味が失せたのか、歩き始めた。
ユタカは幽体に戻り、瑠奈につづき、ゆき、舞香、そして私もそれにつづいた。
「でも……それが事実なら異能力者保護団体などの施設にも教えなきゃならないわね」
舞香の言うとおりだ。
もしこのままいけば、例え未来に澄を倒せたとしても、別の問題が発生してしまうじゃないか。
とはいえ、そこらの対処は国のお偉いさん方に任せるとしよう。
ただ、今までは平気だったのに、いきなり現れたのだけは気になるが……。
直感ではなく単なる思考だし、気にしていてもしょうがないか。




