Episode218╱接触
(327.)
部屋に戻ったあと、誰からか連絡が入ったのか沙鳥はスマホを耳に当てる。
「はい、はいそうです。風月荘ではなく新たな他の拠点となるアパートまで来てください。地図はすぐに送ります」
沙鳥は連絡を終え、ようやく宮田が帰ってきたことに安堵する。
と、直後に鏡子が「あっ!」と声を発した。
「またなにかあったの?」
ここに攻め込まれているとか?
もしそうだったらヤバい。今は最大の戦力である瑠奈がいないのだ。
「いえ……宮田さんの視点を……借りて見ていたら……なにやら夜鳥という方と……見知らぬ男性の二人が……後ろから着いてきています。距離は離れていますが……」
「おそらく仲間に引き入れるか、うちらの新たなアジトを調べるつもりでしょうね」
舞香はそう推測する。
どちらにしてもヤバい。
拠点を知られるのも、宮田が敵の手に渡るのもまずい。
「今は最大の戦力がいないわ。私と豊花でとっちめに行きましょ」
「でもどうやって……」
「そこはほら、朱音のちからを借りるのよ」
舞香はまだこちらに残っている朱音に視線を向けた。
「わかったよ。ただしボクは戦闘面では役に立たないことだけは覚えておいてね」
「決まりね。さっそくだけど、私と豊花を、鏡子から視点を借りて現場の位置を把握して、そいつらの居場所まで転移して。鏡子?」
「はい……わかりました」
鏡子は他人にも視界を共有できる。
こういうときにも役に立つ便利なちからだ。
「おおよその場所はわかったよ。ありがとう鏡子」
「どう……いたしまして……」
「さあ、舞香、豊花、ボクに近寄って」
連続で敵と相対するとは、きょうの運はなんて悪いんだ。
朱音のちからにより空間が歪み、元ルーナエアウラの部屋に辿り着く。
再びちからを使ったのか、すぐに再び空間が歪み、元の現実世界の鏡子が指定した路地に辿り着いた。
目の前には、宮田を遠くから離れて追跡していた夜鳥と見知らぬ男二名の姿。
「敵ね……厄介この上ないわ」
夜鳥と男は、突如現れた私たちに対して、少しだけ困惑した様子を見せる。
「誰かと思えば愛のある我が家のメンツではありませんか! 雪さんの死に様はどうだった? この三不知火の芸術的な殺しかた、見事な死に様だっただろう? ははは!」
男性ーー不知火という名の男は狂気的に嘲笑う。
「あなたのその不気味さ、鬱陶しいからやめて……」
夜鳥は不知火に悪態をつく。
「はいはい。わかりましたよ」
二人はおちゃらけているようで、視線は常にこちらを向いている。
と、急に舞香が苦しみだした。
膝を抱え踞る。
ーーそうか!
夜鳥の異能力をすっかり忘れていた!
「精神毒性……あなたは苦しみから逃れられない」
「朱音、舞香! 夜鳥に視線を合わせちゃダメだ!」
私は夜鳥に目を向けずに不知火に駆け寄る。
「僕からのプレゼントーー」
不知火がそう口にすると、無から水が現れ、それが無数の氷の塊になり、それを風刃でガリガリと削り形を変える。それは無数な刃となり、上空に展開された。
それらが一斉に私に狙いを定め襲いかかってくる。
「くっ!」
直観でそれらを一撃一撃避けつつ、一旦数歩下がる。
「つっ……! 舐めるんじゃないわよ!」
舞香は苦しみながらも立ち上がり、夜鳥の足下を見ながら足払いしようとする。
がーー。
「嘗められたものね……反吐が出そうよ」
足払いを華麗に避けると、夜鳥は舞香に蹴りを当てる。
普段の舞香なら避けられていただろうが、苦しんでいる舞香では歯が立ちそうにない。
「そっちを向いてていいのか?」
不知火は周囲に炎を纏い、火力を強めていく。
おそらく火を溜めてこちらに放つ気だ。直観がそう告げてくる!
まずい。あまりマナを使いたくないけど、仕方がない!
「我と契りを結びし火の精霊よ 私にとっての光となる炎よ 我にちからを貸してくれ フレア!」
私は詠唱をはじめる。
その間も不知火の炎は火力を増していく。
詠唱後、すぐにフレアが隣に現れた。
「フレア、何度もごめん。いくよ? 同一化!」
「はい!」
瞬間、私の周りにも逆巻く炎がまとわり付く。
髪は伸び、髪が火よりも赤々とした色に変色したのが、見なくても察知できる。
「へー。雪って子は氷使いだったけど、きみは火の異能力者か」不知火はニヒルに嗤う。「僕は欠陥品じゃない。どちらの炎が上か、ちから比べをしようじゃないか!」
ついに不知火が最大級のサイズの火級を放つ。やがてそれは龍の形になる。
私も負けじと火級を放つが、相手の火の威力に押されてしまい、私は火の渦に飲み込まれてしまった。
「豊花! ……くぅ……!」
舞香は痛みを堪えながら私を気にかける。
不知火は勝ち誇ったように私に近寄る。炎で死体が確認できないからだ。
だが、私は近づくのを耐えて待っていた!
リーチが届く範囲まで不知火が近寄って来たタイミングで、私は炎の渦から剣を片手に飛び出した。
火の精霊ーーフレアのちからを借りて火の壁を体表に纏っていたから無傷のままだ。
「なにぃ!?」
「油断したね、不知火さんとやら」
私は相手の視界が届かなくなった隙に、ユタカに神殺しの剣になってもらったのだ。
その剣で不知火を斬り倒す。
「や、やめ!」
不知火の命乞いを無視して首をかっ切る。不知火は呆気なく息絶えた。
「もう、ひやひやしたわよ! つっ! 怪我はない? 朱音も巻き込まれなかった?」
舞香はまだ精神毒性がつづいているのか、痛みに耐えながらこちらを心配してくる。
「ボクは離れていたから大丈夫だよ」
「私も精霊操術のおかげで無事だよ。それより夜鳥は!?」
辺りを見渡すと、どこにも夜鳥の姿は見当たらなかった。
「それならもうとっくに逃げたわよ……はぁはぁ……貴女たちが戦いを、繰り広げているのを見ているうちにね」
「そっか……」
まあ、なにはともあれひとりは倒したのだ。
死体を草むらに隠して、あとで掃除屋に頼もう。
「それじゃ、私に近寄って。宮田もそろそろ自宅に着く頃だと思うから。さっさとアパートに帰ろう」
「わかったわ」
私たちは朱音に近寄る。
これから宮田さんが帰ってきたことにより、本格的に狙われる可能性が高まるだろう。
神無月が言っていたことがたしかなら……。
ーーこうして、私たちは朱音の異能力でアパートへと転移したのであった。




