Episode216╱それぞれの復讐
(323.)
転移したのはルーナエアウラ不在の部屋だった。
ここにいれば自分の身は安全だろうと朱音が考えたらしい。けど、このまま異世界にいつまでもいられないだろう。
さらに、先程も考えたとおり、ここは住人不在の部屋ーールーナエアウラさんの部屋なのだ。
おそらく、朱音は瑠奈が他の精霊操術師に会わないようにという考慮もしたのだろうけど、ここにみんなして集まっているのは……なんでだろう? 申し訳なく感じてしまう。
居心地が悪いのだ。
とはいえ、そんな些事のことよりも気になるのは、敵対組織についてだ。
私たちがいない間にあいつらがなにかを起こす前に止めなければならないと強く思う。
しかし、ここにいるのが一番安心だとも思ってしまう。いったいどうすればいいんだ……。
「提案があるんだけどいいかな?」
朱音は自分から提案があると言葉を発した。
「向こうでの新たなアジトとして、過去にボクが異世界転移していたアパートの一室を拠点にするんのはどうかな?」朱音はつづけた。「アリーシャの精霊操術をつかえば、外部からは一見その部屋はわからないしね」
「そういうことですか。たしかにそこを拠点にしつつ相手の情報を集めたりして奇襲をかけることにするーーたしかにいいかもしれませんね」
沙鳥はそれに同意して頷く。
「そういえば私用で一時帰宅した煌季さんと三日月さん、遠出している宮田さんはどうするの?」
そう。回復の要と言っても過言ではない二人がいないと少々不安になる。
「無論、煌季さんと三日月さんにも拠点に来ていただきます。宮田さんは帰宅次第に呼ぶとしましよう。羽咲にも通用するかもしれませんしね」
沙鳥はこれからの方針を話し終えた。
「じゃあ早速だけど、ボクの異能力をつかってみんなで転移するよーー人数が多いと精神に負担がかかるんだけど、今はそんなこと考慮している場合じゃないしね」
朱音にも弱点があるというのを初めて知った。
とはいえ、だからなんだと言う話だがーー。
(324.)
朱音が転移するときの独特な奇妙な感覚にようやく慣れながらも、少し時が経過したら目の前に過去にアリーシャが住んでいたと思わしき部屋に辿り着いた。
アリーシャの部屋はお世辞にも広くなく、しかし逆に狭いとも言えない内装だった。
愛のある我が家に引っ越ししたときに片付けたのか、部屋は綺麗に掃除してある。
そんな部屋の中には、私を含め、沙鳥、舞香、朱音、瑠奈、ゆき、鏡子、香織、アリーシャ、みこの10人が集結している。
無論、座る椅子等はないので。皆はベッドに腰かけたり、床に座り込んだりしている。
無論、ベッドを陣取っているのはアリーシャと瑠奈だ。
「すすすみません。パソコンはないんですか?」
「悪いけど、ここには最低限の物しか持ち運んでいないんだ」
香織の問いかけに、朱音は無慈悲に真実を告げた。
「ま、待ってくださいよ……パソ、パソコンがないと、情報を集められませんよ!」
「たしかに、それは一理ありますね……」沙鳥は頷くそぶりを見せた。「ただ、パソコンを敵がうじゃうじゃいる中で買いにいくのは悪手かと……」
「でででも、ね、ネット通販だと、さ、最新の、というかすすぐには情報が手に入りません! お、遅れると、情報に齟齬がでてしまう可能性もあります!」
香織はあたふたしながら説明をする。
香織の趣味のひとつはパソコンだ。ネットでアニメを見るのも好きだと聞いたことがあるし、そんな香織にパソコンなしでは可哀想だし使い物にならない。
沙鳥は少し考えた末、「わかりました」とだけ返答した。
「ただし、いざというときのために、パソコンを購入するのに出掛けるのに対して、いつでも逃走できる護衛を付けさせていただきます」
「護衛?」
沙鳥の護衛という言葉を聞いて、ついおうむ返しをしてしまった。
恥ずかしい癖だ。いい加減に直さないと。
「瑠奈さんや舞香さんでも可能ですが、戦闘面に関しては重宝していますし、舞香さんは遠距離転移はできません」で、と沙鳥はつづける。「瑠奈さんは適任ですが、これから羽咲打倒のための訓練をしてもらわなければいけません。ですから、護衛役は朱音さんです」
「え、ボクが!?」
いきなり使命され、朱音は思わず大声を上げてしまった。
「ええ、一瞬で逃亡して好きな位置に帰還できる朱音さんに似合った任務だといえるでしょう。それとも、なにか文句がおありですか?」
朱音は後頭部を掻きながらため息をつく。
「わかったよ。香織ちゃん。いや香織。早速パソコンを買いにいくよ? ボクはパソコンに詳しくないからいろいろ考えて購入してくれ」
「わわわーい! あ、ありがとうございます!」
香織は嬉しそうに礼を述べた。
朱音は「それじゃ、ちょっと出掛けてくるよ」と言い、アリーシャが施した鍵穴が見当たらないクリーム色の壁辺りを弄り、どうにか外に出た。
「言ってくだされば精霊操術解除したのに酷いです~」
「いや、いつどこから敵がやってくるかわからないから、アリーシャはそのままちからを使い続けてくれ」
「ふぁ~、わかりましたー」
アリーシャをどうにか説得した直後、沙鳥が鏡子に話しかけた。
「鏡子さんは鏡子さんで、相手の居場所を引き続き探してください。遭遇した敵が見つかれば逐一報告を」
「……はい……わかりました……」
そして、しばらく時が経過した頃、クリーム色の壁にガチャガチャ音がした。
誰かが鍵を開けているのだろう。
中に入ってきたのは、少々うんざりした表情でパソコンの入っている箱を両手で持っている朱音と、るんるん気分で明るい表情のまま、これまたパソコンの周辺機器を運んできている香織がいた。
異能力でワープしてきたほうが早いだろうに……なにか制約があるのだろうか?
「精神への負担が激しいからね。追跡者がいなければなるべく使わないようにしてるんだ」
私の思考がわかっていたのか、朱音はそう弁明する。
どれほどの負担なのか想像できないしなぁ……。
「こ、これで、パソ、パソコンで調べものができます! ネットとか繋がっていますよね」
と香織から質問の嵐を受けている朱音に対して、瑠奈も用事があるらしくベッドから腰をあげて朱音に近寄る。
「朱音……ここでは秘技ーー風界の訓練ができないんだよ。人目は多いし、自宅は狭くてみんなを巻き込みそうだし、それに何度も繰り返し練習できるほどこの世界にはマナがないんだよ」
考えてみれば、マナはルーナエアウラさんの部屋に行ったときに私は回復したけど、瑠奈の魔力は私とは桁違いだ。あの程度で回復するとは思えない。
それがどのような技なのかはわからないが、周りを巻き込む危険性がある。なら、練習場所をべつに探さないと。
「瑠奈……ボクも今、それを考えていたところなんだよ。そして解決策はある」
「言いたいことはわかるけど、もう異世界にいくのはごめんだね。どうせ皆わたしが偽物だってわかっーー」
「ボクが連れていきたいのは、異世界なのはたしかだ。でも、誰の目にもつかない広い草原。そこなら瑠奈もマナを気にせず練習できるでしょ?」
そうか。今の朱音は異世界と現実の好きな場所に転移できるのだ。
それならルーナエアウラの知人に合わなくても済む!
「そこまでしてくれるなら、わかったよ……第一、羽咲のやつに勝つにはこれしかないからね」
「うん、応援してるよ」
最後に瑠奈は部屋のみんなを見渡す。
やがて、宣誓とも取れる発言をした。
「わたしは必ず、ルーナエアウラより強くなって羽咲を倒しに帰ってくる! だから、みんなも頑張ってね! もう……誰も死なないでよ……」
瑠奈は朱音に寄った。
「それじゃ、朱音。おねがい」
「ああ。一週間毎に様子を見に来るから待っててよ。さすがに今の状況じゃ常にそっちには居られないから」
「ん、わかってる」
「朱音さんには煌季さんと三日月さんを連れてくる任務があるのを忘れないでくださいね?」
「うん、わかってるよ」
瑠奈と朱音、二人が会話を終えてしばらくした途端、二人の姿は視界から消え去った。
無事、異世界に辿り着いたのだろう。
それから少し経過し、朱音が帰ってきたタイミングで、鏡子は「ああっ!」と声を上げた。
「鏡子さん、誰か見つかりましたか?」
「はい……三人とも……私も見たことがあります」
「どなたでしょうか?」
皆に緊張が走る。
黙って鏡子の反応を確かめる。
「おそらく……相手も警戒して……三人組で行動しているようです……」
「三人組……名前はわかる?」
私は鏡子に問いかける。
「一人目はみきという少女……二人目は風香……舞香さんの姉の方です。……最後は神無月。今は暗闇 黒と……名乗っているようですが……その三人です」
やはり警戒はしており、単独行動はしていないようだ。
でも、逆にチャンスでもある。
「私が行くわ」
と舞香が手を挙げる。
「風香は私の手で殺さないと気が済まないのよ……!」
舞香は怒りに当てられやる気満々だ。
「私も行く、行かせてください」
「え、ど、どうして?」
ゆきも舞香について行くという。
「みきにやられたこと、倍にして、返します」と。つまりは前回殺されかけた怨嗟によるものだ。
「なら……私も行く。神無月には少なからず恨みがある。だから、私も二人についていく」
私は考えた末にーー私も行くと宣言したのであった。
舞香は風香に、ゆきはみきに、私は神無月に対して、それぞれ復讐を果たしたいのだ。
怨嗟により集まった三人だが、沙鳥は「任せます」と許可をくれた。
ただし、「絶対に死なない、負けそうになったら逃げることを念頭に置いておいてください」と強く、本気の表情で命令された。
大丈夫、もう誰も死なせはしない!
「鏡子、逐一三人組の居場所を確かめてスマホに送って知らせてほしい」
「わかり……ました。ただし……やられそうだと感じたら……私も朱音さんに……救助を頼みます」
それは心強い。
それぞれの怨恨を晴らすため、ゆき、舞香、そして私は、第三のアジトから外に出るのであった。
今までは攻められる側だった。
それがきょうを以て変わる。
ーーこちらが攻める側にまわるのだ。




