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Episode214╱絶望を打倒する計画

(319.)

 表に出るなり、瑠奈と私は向い合わせで距離を空けて構えていた。

 これは模擬戦、されど実践とは変わらないだろう。


 ゆきはと言うと、みこの指導の下、とっくに訓練を開始していた。

 とはいっても、みこはゆきの攻撃を避けるのに徹しており、当たっても無傷だろうに、攻撃も反撃もしてはいない。


 私たちもゆきとみこの訓練を少しだけ観戦したあと、瑠奈との模擬戦を開始した。




 しかし、過去に雪と協力したときと同じか、それよりも低レベルな戦いかたしかできず苦しむ羽目になってしまっていた。


「豊花は自分の得意な戦いかたがわかっていないじゃない? 神殺しの剣も使わないし、フレアとかいう精霊と同体化もしないし、そのままじゃ、わたしに攻撃が一ミリ単位も入らないなんてこと、わかりきってるじゃん?」

「まだまだ! ーー我と契りを結びし火の精霊よ 私にとっての光となる炎よ 我にちからを貸してくれ フレア!」


 私の隣に火の精霊フレアが出現する。


「ようやく本気になったね? わたしに全力をぶつけて見せよ!」

「フレア、行くよ! 同一化!」


 一瞬で私の姿や髪色が真っ赤に変色し、体表に熱を保った炎が纏い着く。


「さあ来なよ? 神殺しの剣という切り札が判明した今、わたしは一切隙を与えないつもりだよ」

「瑠奈、行くよ? はぁあああ!!」


 私は勢いよく、迅速に瑠奈へと駆け寄った。







(320.)

 結果は惨敗。

 四肢に少し切り傷が付いた程度の損傷しか負っていないが、マナがほとんど枯渇して、フレアとの同一化が解けてしまい、疲弊のあまりか私はだらしなく地面に膝をついていた。


 ゆきのほうをチラ見する。

 あのとき見せた閃光の塊を付与した掌底を叩きつけられたのか、一見負傷していないように見えるものの、ゆきは腹部を片手で触り、ふらふらとした様子で立ち上がった。

 その反面、みこは非常に涼しげな表情のまま「やはり人類は脆いですねぇ」とふざけた口調でゆきを挑発している。


「豊花、本日の修行は終わり。もうマナも枯渇して体力的にも限界でしょ? 朱音に頼んで異世界に連れていってもらって、マナを補給してきたほうがいいよん」

「う、うん……」


 やはり同じ精霊操術師しであっても、瑠奈は遥かに格上の存在だ。

 直感に告げられなくてもわかる。瑠奈は手加減しながら訓練につきあってくれていたことに。また、神殺しの剣も対策されており、取り出したら遠距離からの攻撃に変わるだけだった。

 それだけならまだしも、いくら直観が働いたとしても、狂い風の速度には対処できなかった。

 つい今さっき、まつりとやらにも異能力が通用しなかったことも含め、悔しさが倍増する。


 ーーでも、まつりになら対抗策を思い付いた。

 直観の異能力が通用しないなら、他の技術で対抗すればいい。

 今回の模擬戦で多少なりとも精霊操術の腕前が上がったのを実感できた。


「さて、豊花への指導も終わったし、これからわたしは成功率が極端に低い奥義をほぼ確実につかえるように練習することにするよ」


 瑠奈は同体化をなぜか解除して、シルフィードを隣に出現させた。

 瑠奈の姿が普段通りに一瞬で戻った。


「わたしが今から行うのは、精霊操術師たちに代々伝わる最奥の技術。現代でこれが扱えるのは羽咲のクソ野郎ただひとりしかいない」でも、と瑠奈はつづけた。「ルーナエアウラでさえ成し遂げられなかった秘奥技をわたしは使い、ルーナエアウラを越える!」

「あのさ、嫌なら答えなくていいんだけど、その精霊操術の奥義って、いったいどんな技術なの?」


 ルーナエアウラさんですら扱えなかった秘奥技とは、いったい……。

 過去の澄と羽咲が戦っていた光景を鏡子の異能力で覗いたとき、なにか特別なちからを使っていただろうか?


 記憶を探り、なるべく鮮明に思い出す。

 詠唱も精霊との同体化(同一化)も、瑠奈は普通に扱っている。

 それ以外に羽咲しかつかったことのない技術を模索して、ひとつだけ思い出した。

 ーー澄の“血界”に対抗して扱った“氷界”!

 唯一、澄の血界の侵食を押し返した技ーーあれが秘奥技。精霊操術の最奥の最奥とされる強力な自身の周囲を巻き込み展開する極意の技術。


「わたしがこれからシルフィードのちからを借りて習得する精霊操術師の奥義は、“風界”ーー羽咲の氷界に対抗するためにはこれしか手だてはないんだよ」


『風界』と呼ばれるからには『氷界』や『血界』に酷似した精霊操術なのだろうと推測できる。

 つまりは、やはり予想通り自身の周囲に結界を展開する技に相違ない。

 だがしかし、瑠奈の話を聞くかぎり、その秘奥技が使えるのは、瑠奈の知る限り羽咲ただひとりしかいない。

 それを習得しようとしているのだ。


「おい。玄関前でなにをしているんだ」


 突如、背後から声が聴こえ振り返ると、そこには刀子さんが立っていた。

 その背中側では、ありすと静夜が談笑している姿も窺える。

 おそらく、沙鳥が連絡を入れたことで訪ねてきてくれたのだろう。

 こうも殺し屋三人が並んでいると威圧感を覚えてしまうなぁ。

 静夜はともかく、刀子さんなどいつ人を殺してもおかしくないほど鋭い瞳をしているから尚更だ。

 まさしく殺し屋バリューセットーーなんて死んでも口には出さないけど。


 と、玄関が開き沙鳥が中から出てきた。


「お待ちしておりました。酷く狭い内装で恐縮ですが、寒気のある外よりはマシなはずです。ちょうど水の間が空いていますので、そちらでお待ちください」


 沙鳥に促され、三人は中に入る。


「これからする技の訓練には豊花がいても何の役にも立たないし、豊花も家に戻ってていいよ。ーーそれに、万が一巻き込まないと限らないしね……」


 最後の言葉が少し引っ掛かるが、ここは瑠奈の言うとおりにしよう。

 ゆきはまだ諦めていない様子で、良く言えば果敢に、悪く言えば無謀に、みこに指導をつづけてもらっているのが視界に入る。

 それを横目に、私たちは風月荘の中に帰ったのであった。






(321.)

「なぜ豊花さんまで水の間にいるのか問いたい気分ですが、まあ、後程みんなにも伝えますから問題ないでしょう」


 何となく着いてきてしまったのだから仕方ない。

 さらにいえば、現状がどうなっているのかも知りたかったのだ。


 狭い室内に、沙鳥を筆頭に、私、ありす、静夜、刀子さんと五人もの人間が集まっている。

 これだから大勢の人間を呼ぶには適していないのだ。


「さて、そちらの状況を教えてもらおうか?」


 刀子さんは沙鳥に陥っている現状を質問する。


「愛のある我が家のメンバーをターゲットにした犯罪組織に唐突に襲われたのはお伝えしたとおりです。既に被害は甚大、愛のある我が家は荒れ果て、仲間であるルーナエアウラさんと雪さん、結愛さん、その恋仲の結弦さんが惨殺されてしまったのです」


「うわっ、話は師匠からも聞いてたけど、想像以上に悲惨だねー」


 ありすは普段のおちゃらけた喋り方をソフトにしながらも、現状を再認識する。


「おまえはツテがたくさんあるだろう。そいつらに協力依頼は頼んだのか?」 

「はい。まずは二代目大海組の組長赤羽さんに判明している敵対人物の写真を送ると共に、発見次第連絡を入れてもらえるように頼みました。あとは念のために怪しい異能力者がいたらマークしていただけるようお願いしておきました。どうしても鏡子さんの異能力や、香織さんの情報収集だけでは補えませんので」

「大海組だけでは力不足なんじゃないのか?」


 静夜は静かな口調で質問する。


「無論、他にも手伝ってもらう組織があります。異能力者保護団体からは美夜さんと瑠璃さんーー瑠璃さんにはお願いするつもりはなかったのですが、豊花さんが危ないなら恋人である私も手伝うと頑固になられたらしくて、結果、美夜さんが押し通されてしまったらしく、仕方なく同行を許可したらしいです」ただし、と沙鳥はつづけた。「命に関わらない仕事ーー敵対組織の情報をまとめたりする雑用係ですが」

「なるほどな。それなら葉月大樹も納得するだろうよ」


 刀子さんは一息つく。

 一瞬会話が止まり、直後に沙鳥が最初に提言した。


「戦力となるメンバーが揃ったことですし、各々のターゲットを決めたり、作戦を立てることにしましょう」

「おいおい、どこでかち合うかなぞわからないんだ。狙い通りの相手とぶつかるなんて早々ないだろう」

「そこは戦闘面では役に立たない香織さんや、戦いがはじまるまえに、戦闘の合間合間に鏡子さん等の力を借りて、相手の居場所を見つけ出し、鏡子さんから聞き出し相性のいいメンバーを向かわせるーーという方針で報復を開始することにするんです」

「杜撰な計画だな。上手く行く保証はないが、試してみるだけ試してみよう。ありす、静夜、それで構わないな?」


刀子さんはありすと静夜に目線を向けた。


「ええ、構いません」「おっけー」


 二人は簡単に承諾した。

 もしかすると、この流れに持ってくるようにしたのも、沙鳥が読心によりコントロールしていたのではないかーーとさえ考えてしまう。

 いや、さすがにそれはないだろうけど……。


「さて、本題です。一番の問題となる敵は、羽咲という名の精霊操術師。朱音さんが異世界からミスで連れてきてしまった凶悪な精霊操術師でしょう。私たちは彼女らに全滅されかけました」間を置いてつづけた。「全力の豊花さんと瑠奈さんの攻撃を人差し指のみで防がれ、被害を一切与えられなかったのです。これだけで凶悪さが理解できるでしょう。格は澄さんとほぼ同格と考えていただいたほうがいいでしょう」 

「あの化け物と同格だと? なるほど……それには私でも対処できないだろう」


 刀子さんは自身の実力を過大評価も過小評価もしない。そういう性格なのだと私には理解できた。


 羽咲の恐ろしさは、言うまでもなく、愛のある我が家のメンバーは身を以て体感しているだろう。


「最大の問題ーーおそらくあちらの最大の戦力は羽咲でしょう。正式名は羽咲・辻・アリシュエール・フェンリル。この方はルーナエアウラさんを殺害したほどの実力者です。それを踏まえてーー」沙鳥は取り出したメモ帳に記入する。「羽咲の相手は同じ精霊操術師である瑠奈さんと、現在諸事情で味方になっていただいているみこさんに決定しました」

「え!? ちょっとさとーー」

「待ってくれ」私の言葉を遮り刀子さんが言葉を発した。「羽咲は瑠奈の上位互換とすらいえるルーナエアウラを倒した奴なんだろう? 勝ち目があるとは到底思えないのだが?」


 沙鳥はため息を溢す。

 その表情には、自身でも納得していないような雰囲気を感じ取れた。


「私だって別に頼れるひとがいたら無理にとは言いませんでした。ですが、いまここにいるメンバーで、瑠奈さんか、またはそれ以上に戦力になる異能力者がいると思いますか?」

「……」

「他に対抗できる戦力となる人員がいないため、考えに考え抜いて、この采配が妥当だと思ったのです。それに、いつの間にか豊花さんたちが勝手に仲間に引き入れていた神造人型人外兵器ナンバー3ーー通称みこさんにも協力していただくので、きっと打倒してくれる。と、私は信用しています」


 なによりーーと沙鳥は付け足した。


「瑠奈さんは今、ルーナエアウラさんですら不可能だった、羽咲にしか使うことのできない精霊操術の最奥の技を扱えるよう、死に物狂いで訓練しています。私はそれを信じたいと思っただけです」

「瑠奈ってまだ隠し玉持ってるんだ? どうして今まで使ってこなかったの?」


 ありすは気になる部分だけを聞いているだけで、肝心の内容を聞き流していたため再度聞き直すことにしたらしい。


「前述したとおり、成功率は0パーセントだったんですよ。それを今、つかえるようにと努力しているわけです」

「へ~」


 ありすは納得しているんだかしていないんだかわからない返答をし、畳の上に寝転がった。


「ーーで、俺たちはなにをすればいいんだ?」


 今まで黙っていた静夜が口を開く。


「静夜さんとありすさんと刀子さんはチームで行動してもらい、これからターゲットの判明しているだけ写真をお渡ししますから、見つけ次第、これを殺害してもらいます。なるべく相手がひとり行動をしているときに仕掛けてくださいね?」

「その敵対組織は皆が皆、異能力者なの?」


 ありすは気になることを横になりながら問いかける。


「いえ。少なくとも青海風香、陽山月光、月影日氷子はおそらく異能力者ではないでーー」


 刀子さんがテーブルを叩いた音により、会話が途絶えた。


「陽山月光だと?」

「はい。豊花さんは以前にも陽山月光を目撃した経験から、このまえ敵対組織と対峙した際に陽山月光は、たしかにそこにいたと仰っていました」

「ふ、ははは」


 刀子さんが笑う姿なぞ初めて見たかもしれない。

 だが、その瞳は笑ってはいない。


「この依頼、受けることにするよ」


 刀子さんは、なぜか陽山月光の名を出した瞬間、嫌々な雰囲気を醸し出していのが一変して、積極的に依頼を受けると宣言したのだ。


「あの害悪は生かしてはおけない。今まで数多の人物をマインドコントロールして自害に追い込み、その死に際の姿を見るのに異様に興奮を覚える常軌を逸した殺人鬼だ。私自らの手であの世に送ってやろう」

「ありがとうございます。ですが、少し落ち着いてください。相手に所属する異能力者の扱う異能力は、いずれも極悪なものばかりです」沙鳥は数枚の写真と、それぞれの氏名、扱う異能力を書かれた紙のコピーを手渡した。「相手のメンバーは未知数。ですので全員分は載っていませんが、その情報を読んでもらい、慎重に行動してくださるようおねがいします」


 刀子さんはそれをポケットに押し込み、ありすと静夜に「一旦帰るぞ」と伝え、三人は玄関から外へ出ていった。

 それに対して「ただいま」という声と共に玄関を開けて舞香が入ってきた。


「さて、あとは私たちも相性の良い相手と対峙できるように、皆を集めて対策を練りましょう。舞香さんも帰ってきたみたいですし、豊花さんは瑠奈さんとゆきさん、みこさんを呼んできてください」

「わかりました」


 こうして、絶望を味わわせた敵対組織に復讐することを決意した。




 しかし、これでもまだ相手の戦力を甘く見ていたことに気づけたのは、それから少し経ったあとのことであった。




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