Episode204/神造人型人外兵器(中)
(308.)
私は夜中なのにも関わらず、妙な予感がして目が覚めてしまった。
周りのみんなは熟睡している。
だが、だがしかし異変を感じてしまう。
私の予感や直感は当たらなかった試しのほうが少ない。
「みんな! 目を覚まして! なにかがおかしい!」
私は沙鳥や舞香、瑠奈たちを揺さぶり声をかける。
「もう朝ですか? って、まだ丑三つ時ではないですか。なにかあったのですか?」
沙鳥は普段より激しい寝癖を晒しながら、なにがあったのか訊いてきた。
説明しようと口から言葉を発するまえに、沙鳥はそれを制止した。
「状況はわかりました。みなさんを起こしましょう」
沙鳥と手分けして辺りに寝ている仲間を揺さぶって起こしていく。
ーーそのときだった。
襖が開いたと思ったら、包丁を握り締めた中居さんが嗤いながら部屋に足を踏み入れた。
「中居さん!? いったいどうしたんですか!? いったいなにがあったんです!?」
「コロス……コロス……コロス」
中居さんは私の問いかけには答えず、殺すという言葉だけを連呼していた。
念のため、急いでナイフを鞄から取り出そうとすると、背後から包丁で切りかかってきた。
寸でのタイミングでナイフを取りだし、中居さんの包丁にぶつけた。
金属音が鳴り響く。しかし、スッパリと綺麗に切断されたのは中居さんの包丁だけだった。
「私は他のみんなを急いで起こします! それまで舞香さんと協力して応戦してください!」
沙鳥は叫びながらも、まだぐーすか寝ている瑠奈、ゆき、雪、鏡子、香織、裕璃を順に叩いて起こしていく。
それを傍目で見ていた私の隙を突いて、中居さんが飛びかかってきた。
それを舞香さんは得意の蹴り技を当て、流れるように回転蹴りを中居さんに叩きつけ、地面へと吹き飛ばした。
「いったいなにがあったのさ?」
瑠奈は呑気そうにまぶたを擦る。
「……怖いこと……ですか?」
「なななななにが!?」
つづいて、鏡子、香織が目を覚ます。
その音でゆきと雪、裕璃も目を覚ました。
これで愛のある我が家のメンバーは全員起床したことになる。
だが、まだまだ嫌な予感が止まらない。
なぜ、こんな丑三つ時にーー二時という真夜中に中居さんが襲撃してきたのか?
なぜ、まだまだ嫌な予感が止まらないのか?
最初から私たちの命を狙っていたのであれば、昼食時でも夕食時でも毒を盛って全滅させるタイミングがあったはずだ。
なのに……なぜ?
どういう事態が発生しているのか思案していると、廊下のほうから足音がぞろぞろ聴こえてきた。
一瞬、中居さんの暴走を止めようと従業員が駆け付けてくれたのかと思った。そう思ってしまった。
ーーしかし、その期待はすぐに外れることになってしまう。
「あなた方はいったいなにが目的なのでしょうか?」
沙鳥は若干怒りを込めながら、駆け付けてきた武器をそれぞれ手に持つ従業員や中居さん、女将さんらしき人々に問いかける。
しかし、返答は先程の中居さんと変わらない。
皆が皆、「コロス……コロス」としか発しないからだ。
相手の持つ武器は包丁や鉄パイプ、フライパンやナイフなどさまざまだ。
ひとりだけ、なにも武器を持たない好青年そうな容姿をした男性が奥にいた。
まさか、まさかーー。
「もしかして、異能力者!?」
「惜しいね。僕は神造人型人外兵器のナンバー8を名乗る者だ」
相手は異能力者ではなく神造人型人外兵器ナンバー8だと自認した。
異能力者以外にこんな芸当ができるのは、神造人型人外兵器以外には存在しないだろう。
しかし、確信には至らない。今までの神造人型人外兵器との戦いでは、皆が皆、全員閃光のようなビームを放つ攻撃をしてくるだけだった。なのに、こいつにはその攻撃の仕方がないように感じられた。
「さあ、ここが君たちの墓場だ。みんな、あいつらを殺せ」
神造人型人外兵器ナンバー8の命令により、集まってきた十数名の従業員たちが室内に入り込み、それぞれの武器を用いて攻撃してきた。
舞香は一番危険だと感じたのか、鉄パイプを持つ従業員の背後に転移し背後からドロップキックをかます。
私にもナイフを握る男性が襲いかかってきたため、自身もナイフで応戦した。
だが、こちらの得物は瑠衣に強化してもらったナイフだ。それゆえに、相手のナイフだけが綺麗に折れた。
そのまま相手をタックルして押し倒し、手から離した相手のナイフを部屋の隅に蹴って滑らせた。
「やるじゃないか」
余裕そうな表情を浮かべたまま、こちらを未だに嘲笑してくる。
そのとき、ゆきは人垣の中を無理やり通り抜け、神造人型人外兵器ナンバー8に向かって駆け出した。
同時に雪もナンバー8の足下を氷で動けなくしたうえ、氷の剣を一瞬で創造して、足が身動きできなくなったナンバー8に斬りかかろうとする。
「ダメだよ、全然ダメだ」
ゆきの拳を上半身だけを動かして回避。雪の剣も、あの状況下でなんなく避けてしまった。
だが、それで終わりではなかった。
ナンバー8は、神造人型人外兵器ナンバー8はーーゆきの肩と雪の肩を両手で触れる。
「さあ、僕の敵を打倒するんだ」
瞬間、雪は異能力を解除してナンバー8の足下の氷を砕き破壊した。
ゆきは瞳のハイライトが消え、なんとこちらに向かって戻ってきた。
「コロス……コロス……」
「コロシマス、コロシマス」
ゆきと雪は、まるで他の従業員と同じ呪詛を吐きながら、敵意をこちらに向けてきた。
「この!」
舞香は転移をしてナンバー8の隣に現れ肩に触れようとした。
しかし、その異能力を熟知しているかのように、肩をずらして舞香の異能力を回避した。舞香にまでナンバー8が触れそうになり、慌ててこちら側に転移し戻ってきた。
まずい状況だ。
私は中居さんや従業員を殺さない範囲で一人ずつ倒しながら考える。
ただでさえ一般人を殺してはならないというのに、仲間であったゆきや雪までもが敵になってしまった。
「鏡子や香織は下がってて。裕璃も異能力が味方を巻き込むかもしれないから背後に隠れてて。おねがい」
「はい……わかりました……」
三人は言い付けを守り、敵から離れた部屋の隅でこちらを眺め始めた。
「このっ!」
瑠奈は怒りに任せて風刃をナンバー8に向けて放つ。
だが、雪がナンバー8を守るように目の前に立つと、強固な氷の壁を地面から高速で創造し、風刃を弾き消してしまった。
辺りを見渡す。
従業員や中居さん、女将さんだけは、ようやくなんとか無力化できていた。
となると厄介なのは神造人型人外兵器ナンバー8と、操られているゆきと雪のみだ。
ゆきは迷わず、一番この中で貧弱そうだからか、私に向かってダッシュで接近。拳を背後にやり、一気に殴り付けようとしてきた。
それを間一髪で避けることに成功した私は、仕方なく、軽くナイフを振りゆきに切り傷を付けてしまった。
血がポタポタと垂れるが、それすらも気にする様子がまるでない。
「ここで君たちは終わるんだ。僕に倒されるのだから光栄に思いたまえ」
「ふざけるな! 他人を操って自分はなにもせず悠々自適に傍観しているだけじゃないか!」
ついつい怒りで声をあらげてしまった。
雪は地面に手を設置すると、舞香の周囲の地面から氷が湧いて出てきて、かまくら状のドームにして舞香を中に閉じ込めた。
そこにゆきが近寄る。狭い内部なため、外から強い衝撃を与えられてしまったら、舞香とてひとたまりもない。
しかし、ゆきは無情にも舞香がいるであろう位置に強烈な拳を殴り貫いた。
「?」
ゆきは首を傾げる。なぜなら、舞香の血液どころか、中にいるはずの舞香の姿さえ消え去っていたからだ。
舞香はいつの間にか、ナンバー8の位置に転移していたのだった。
「同じ手は食らわないよ? バカのひとつ覚えだね」
舞香が再度触れようとするが、今回は全身が動かせるため意図も容易く回避した。
その間、鏡子たちは大丈夫かとチラ見した。
ちょうど沙鳥が鏡子に向かって、なにかを言っているような小さな声が聴こえた気がした。気のせいだろうか?
「さあ、僕本体は貧弱だというのに、傷ひとつさえも付けられないのかい? なぜ仲間たちはこれらの人間に苦戦するのか理解できないよ」
「それはどうでしょうか?」
沙鳥はナンバー8の挑発には乗らず、ニヒルな笑顔を浮かべる。
「なにが言いた……い? ーーなっ!?」
瞬間、雪とゆきとナンバー8は驚愕して声をあらげた。
「なにをしやがった!?」
「いえ……鏡子さんの異能力を貸していただいただけです」
沙鳥は飄々とした口調で説明した。
鏡子の本来の異能力は、他人の視界を盗撮して映すといった補助的な能力でしかない。それを鏡子の一存で仲間と視界を共有することも可能だ。
通常時は便利な視界を覗きターゲットを見つけるといったサブ的な能力でしかないが、私はまえまえから攻撃にも使えるのではないかと常々思っていた。
なにが言いたいかと言うと、いまの雪、ゆき、そしてナンバー8は、どこの誰かもわからない人物の見ている映像が視界に流れているのだ。目を潰したのと何ら変わらない。
私はチャンスは今しかないと考え、ユタカを呼び出し神殺しの剣を取り出した。
宮田さんがいない今、神造人型人外兵器を倒せるのは自分だけかもしれない。
だったら私がやるしかないじゃないか!
「みんなはゆきと雪をどうにかしてて! 鏡子の力で弱ったこいつ程度、私一人で十分だ!」
視界盗撮とは言うものの、鏡子の異能力を体験した経験から音声まで見知らぬ場所の音に変わってしまっているだろう。
私は駆け足でナンバー8に接近し、剣で肩から腰まで切り裂き、弱ったところで心臓を突き、最後に首を斬り付けた。
最後の言葉ーー遺言を残す時間も与えずに殺害したのであった。
「コロ……あれ? 私はなにをしていたの?」
ゆきは意識が戻ったらしい。
遅れて雪も正気を取り戻した。
「私がことの成り行きを手短に説明しましょう」
沙鳥がそう言うと、なにがあったのか理解が追い付いていない二人に端的に説明を終えた。
「なんという不覚……大変ご迷惑をおかけしました」
「ごめんなさい」
雪とゆきは謝罪を口にした。
「いや、二人のせいじゃないよ。こんな真夜中に襲撃してきた敵が悪いんだ」
「……はい。ありがとうございます」
二人を宥め、いったん床に座る。
「おそらく従業員の方も起きたら正気に戻っているでしょう。ですが、ひとりひとりに神造人型人外兵器の存在などを一から説明するのは大変です」だから、と沙鳥は財布を取り出した。「迷惑料を残しておいて、私たちは帰ることにしましょう」
「はぁ~。せっかくの楽しみにしていた慰安旅行が半分台無しだよ」
瑠奈はぶぅたれながらも、渋々といった様子で納得した。
「……また豊花たちと別れなくちゃいけないんだよね……もっと一緒にいたかったよ」
裕璃は寂しそうに、泣きそうな表情を浮かべる。
「ーー」沙鳥はなにかを思案すると言葉を口にした。「でしたら、二日間程度豊花さんの自宅で泊めてもらったらいかがでしょうか? 裕璃さんも豊花さんに対して積もる話もあるでしょうし」
「ま、まあ二日間程度なら……」
瑠璃にバレないように注意が必要になるけど……。
でも、べつに疚しいことをするわけではないんだ。たとえ瑠璃とかち合ったとしても、説明をすれば納得してくれるだろう。
……希望的観測だけど。
「ほ、本当!? いいの!? ありがとう! 豊花!」
「その代わり、まえに家に来たときに見たと思うけど、ぼろぼろのアパートだし部屋も狭いからね? それでもいいの?」
「もちろん! 私は気にしないし大丈夫。あっちで体験した話とかいろいろしたいしね!」
裕璃は異世界に飛ばされたというのに、相変わらず元気がいいなぁ。一時期抗不安薬に頼っていた時期もあったけど。
「それでは、誰かが来るまえにここから出ましょ」
舞香の提案にみんなは賛成し、だいたいの従業員が気絶している中を闊歩しながら、堂々と旅館から外に出たのであった。




