Episode202/慰安旅行②
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みんなが学校で勉学に励み始めるまえだろうという時間帯ーー七時に起床した私。やることがない……。
暇で暇で仕方なく、瑠奈から借りた百合ゲーのつづきを試しに遊んでいた。
日常パターンが長くて怠いなぁ。早くHシーンが見たいというのに、話にも没入してしまっている自分がそこにはいた。
と、ゲームに熱中している最中、スマホの着信音が鳴った。
いいところなのに、と考えながらスマホの画面を見ると、そこには恒例となってきた『嵐山沙鳥』の文字が見えていた。
「もしもし、いまいいところなんだけど?」
どうせまた依頼でも入り込んできたのだろう。
「少し早いのですが、今年は早めに慰安旅行に行くことに決めました」
「え? いつ?」
「本日です。愛のある我が家の面々には説明を終え、最後に豊花さんに連絡を入れた次第です」
「ふーん……って、きょう!?」
私はスマホを布団に投げ捨て、可愛らしい私服に急いで着替えた。
扉がノックされたかと思うと、返事もしないうちに瑠奈が室内に入ってきた。
無論、瑠奈にも連絡が行ったのだろう。
だったら瑠奈から教えてくれてもいいじゃないか……。
「準備できたー?」
「タンスがぐちゃぐちゃになったけどなんとか間に合ったよ……」
「あ、今回は箱根に行くから、着替えもちゃんと用意しといてだってさ」
沙鳥ーっ!
肝心なことを伝えてくれていないじゃないか!
私はトランクケースとリュックを見比べて、着替えを入れるのを踏まえ通常よりは小さなトランクケースを取り出した。
元々は遠征のためにと用意しておいたものだが、まさかこんなことに使うはめになるとは思いもよらなかった。
トランクに着替えをぎゅうぎゅうに詰め込み、あとは必要そうなものをし舞い込んだ。いざというときの為のナイフも、無論中に詰めている。
今回着る服は冬ということも相成り制服のスカートではなく、清楚な感じのポケットも着いていないロングスカートだからだ。
手持ちにないと少々不安になってしまうのは、ナイフに依存しているからなのかもしれない。
「そういえば雪は?」
「とっくに準備を終えてるよん。ただ普段着の和服はたびたび洗濯するわけじゃないから、和服以外の下着程度しか持っていかないってさ」
和服は洗わないのか?
汚くならないのだろうか?
いや、まあ、毎日毎日着物を洗っていたら大変だろうけど……。
準備が完了したと同時に、風月荘のドアがガラガラと開いた。
誰だか予想はできていた。直観じゃなくてもだいたい誰だかわかってしまう。
「狭い家ねー」
舞香がおちょくるように言うと。
「狭いとはなんだ狭いとは! 大家のわたしに文句を言うんじゃない!」
「冗談よ、冗談」
舞香と沙鳥が先に入ってくると、後からつづいて香織、ゆき、朱音、鏡子が入ってきた。
沙鳥を筆頭に、舞香、ゆき、朱音、香織、鏡子が揃っている。
こちらの私、瑠奈、雪もまとめると、総勢八人もの愛のある我が家フルメンバーがこじんまりした廊下に入ってきたのである。
「残念ながら結愛さんは結弦と一緒にいたいと仰りましたので今回は欠席です」
なるほど……。
ん、待てよ?
現在の愛のある我が家のメンバーは11人。
沙鳥、舞香、朱音、瑠奈、ゆき、香織、鏡子、雪、そして私。
結愛は欠席するとしても、ひとり足らなくないか?
そんな疑問はすぐに解消された。
入り口からひょこっと裕璃が顔を出したのだ。
「裕璃! その、久しぶり」
「少し前に会ったばかりじゃん! うわー、久しぶりの現実世界だ! 空気は向こうのほうが綺麗だったけど、ホームシックって言うのかな? なんだか感動しちゃう!」
裕璃は相も変わらず元気溌剌な様子でホッとした。
教育部併設異能力者研究所の実験台にされたり、異世界に唐突に送り込まれ、覚醒剤の密造に関わるはめになったり……相手が悪とはいえ殺害してしまったりして、しばらくは空元気な様子だったが、いまの裕璃は昔のときみたいに元気いっぱいで少し安堵した。
「慰安旅行なんてものがあるのですね……犯罪組織ーーいわばヤクザみたいな集団なのに、私にとっては驚きです」
雪は実際に驚いているかのようにおどけて見せた。
「ははは……私も最初はそう思ったよ」
「こほん。さて、今回は日帰りではなく現地の温泉つき旅館で一泊してから帰ります。みなさん、日々の精神面と肉体面を温泉にでも浸かって疲労を癒しましょう」
「あ、ああああの、私も慰安旅行があるなんて、ししし知りませんでした。わ、私も行って本当にいいいいのですか?」
「勿論です。愛のある我が家の一員である以上、参加は強制です」と、沙鳥は一瞬神妙な顔つきを覗かせた。「もしも人類が滅ぼされるのであれば、これが最後の旅行になりますしね……」
沙鳥は物騒な独り言を呟いたかと思うと、玄関に向かい歩き出した。
そういうことか……。
たしかに、私が澄および神を倒さなければ世界はなくなってしまう。
そうなると、つまり今回が最後の慰安旅行になる可能性だってあるのだ。
いや、むしろそのほうが高い。
だから、今回は世界が滅びるまえにと、慰安旅行の日程を早めたのかもしれない。
沙鳥含めた総勢9名は、ぞろぞろと風月荘をあとにした。
登戸駅まで向かう途中ーー。
「……豊花さん……」
鏡子が手を握ってきた。
この場面を、もしも瑠璃にでも見られたりしたら、変な誤解を生んでしまう。
内心ビクビクだ。
とはいえ、今は早朝。瑠璃たちは学校に行っているだろう。
「例え世界が滅亡すると事前に判明したら、ぼくの異世界に逃げればいい。とはいっても、最悪な事態にならないのが一番だけどね」
朱音の言葉にハッとする。
たとえ地球が滅亡するとしても、朱音の異世界がシェルター代わりになり、皆で異世界に行けば助かる可能性が高い。
なんだかんだ駄弁っているうちに、登戸駅に到着した。
小田急線の改札を通り、ホームに降りていく。
ふと、舞香がまともなおとなしい服装を着ていることに気づいた。
「きょうの舞香は制服じゃないんだ?」
「残念だけど、今はクリーニングにすべて出していてこれしかなかったのよ」
と残念そうな、不服な表情を見せるが、制服姿の舞香よりも100倍マシだ。常時この格好で暮らしてほしいくらいだ。今の舞香なら、幾多の男性が寄ってくるような美人だと私の目には映る。
瑠奈や私、まだ幼い雰囲気を纏っている沙鳥などとは異なり、まさに大人の色香を感じてしまう。かわいい系と美人系なら、まず間違いなく後者に当てはまるだろう。
電車にぞろぞろ乗り込むが、出勤途中の成人が席を埋めているなめ、仕方なくつり革を掴み、電車に揺れることしばらく。
いくつかの電車を乗り継ぎ、ついに箱根に到着した。
「うーん! やっぱり川崎とは別格に空気がおいしいね!」
瑠奈は風の操霊術師。風とはつまり大気のこと。やはり空気の鮮度が違うのが肌身で理解できるのだろう。
「とりあえず一通り回ってから、旅館に行きましょ」
舞香の提案に意義を唱えるものはおらず、適当に観光名所を巡ることにした。
やがて、各地を観光したあと、本日泊まる旅館に到着したのであった。




