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Episode18/異能力者(後)


 なんとも喜ばしいことが起きた。

 僕は葉月家のトイレでパンツを下ろしながら感極まっていた。


 いやべつに好きな子の家のトイレに感動しているとかそういうわけでは決してない(だいたい大輝さんも大便をひねり出している場所だ)。


「血が……止まった!」


 僕はすぐさまトイレから飛び出して喜びを分かち合おうとリビングに突入した。


「瑠璃! 瑠衣! 生理が……生理が止まったぁああやっっったぁああああッ!!」


 そこには、なぜか大輝さんと瑠美さんが晩酌をしているだけで、瑠璃も瑠衣も、それどころかありすさえいなかった。


「う、うむ、そうか……それは、その、よかった……のかな、瑠美?」

「あらあら、初めての生理、大変だったのね?」


 大輝さんは気まずそうにそう呟く。

 瑠美さんはいつもどおりニコニコしながら答えてくれた。


「あ……えと……す、すみません」


 なんだろう、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 なんだか母親に向かって『このエロ本超エロかったよ!』と報告したかのような謎の感覚に襲われてしまう。

 いや、そんな経験ないし同一視する事象じゃないだろうけど。

 羞恥心という部分だけ、少なくとも類似したものだろうけど。


 私は慌てて口を開いた。

「あ、あの、ほかのみんなはどこに?」


「あらあら。瑠衣とありすちゃんは瑠衣の私室にいる筈よ? 瑠璃は今、お風呂に入っているんじゃなかったかしら? ねぇ、大輝さん?」

「そ、そうだな。遅くなってしまったが、きみもあとで入るといい」

「そ、そうですか……それは、その、どうも……!?」


 な、なに!?


 瑠璃の入ったあとのお風呂だと!?


 とたんに緊張してきてしまう。 

 というか、大輝さん、真面目に僕が男だと忘れているんじゃ……。


「あっ」


 そういや、着替えその他もろもろ持ってきていない。

 制服はともかく、下着はどうすればいいんだ?

 まさか、汚パンツか?

 また汚パンツなのか!?


「あ、あの……いや、なんでもないです……」


 なんでだろう?

 心は同性のはずの大輝さんに言うのを躊躇ってしまう。

 なんだか恥ずかしいのだ。


「うん? まあ、ひとまず瑠衣やありすくんの部屋に行ってみるといいのではないかね?」

「あ、はい」


 とりあえず、僕は大輝さんから言われたとおりにすることに決めた。






(38.)

「ちょい待ち瑠衣? いまの私洒落にならない怪我だから安静にさせてくれないかなって痛い! マッサージとかいらないから」


 なんだろう?


 瑠衣の部屋に入るのに躊躇いつつも、ノックしても反応がないから入ってみたら、よくわからない光景が広がっていた。

 ベッドに寝て安静にしているありすに向かって、瑠衣が腕を伸ばしなにかしようとしている真っ只中だということだけは視界に映った状況から認識できた。


 てっきり、『きゃーエッチ!』的なハプニングを微かに、ほんの微かに期待していたのは否定しない。

 けど、そんな都合のいいことが起こるわけもなく、嬉しそうにーーというよりニヤニヤしている瑠衣が、ありすの足を揉もうとしている状況があるだけだった。


 瑠衣は着替えたのかパジャマに身を包んでいる。

 既に夜の10時をまわっているというのに、この二人はなにをしているんだろう。


「その、お邪魔だったかな?」

「杉井ちょい待ち瑠衣を止めろ!」

「豊花も、マッサージ、する?」


 どちらに加勢すればいいんだろうか。

 まあ、考えるまでもないか。

 問題なのは、こんな成りをしているけれど、僕の中身はれっきとした男だ。見た目や陰部は完全に女の子になったとはいえ、心はまだまだ男のつもりなんだ。


 そして瑠衣とありすの二人は女の子。

 制止するために触ろうものなら、最悪セクハラになりかねないんじゃないかと危惧してしまう。


「瑠衣、その……一旦でいいからやめてあげたら?」


 弱気ではない。

 単にセクハラ扱いを受けない範囲で、最大限僕にでもできること(説得)をしただけだ。

 僕の発言に対して、ありすは不服そうに唇を尖らせた。


「一旦?」

「む、豊花が言うなら、しょうがない」


 やけに聞き分けがよかった。

 ありすは助かったという感謝の気持ちだけではなく、『一言余計だ』と言いたげな感情が混ざった複雑な視線を向けてきたけど。


「助かったけど、杉井はなんの用事で瑠衣の部屋(ここ)に来たの?」

「いや、大輝さんに聞いたら、とりあえず瑠衣の部屋に行ってみたらと言われたから。ただそれだけの理由で深い理由はないよ」


 考えてみれば、他の客室もあるし、リビングで待つ手段もある。

 ただ一人になるのはなんだか気まずい。


 ふと、重要なことを思い出した。

 異能力について、僕は知識を付けたくて調べていることを。


「あのさ、ありす? それに一応瑠衣にも訊きたいことがあるんだ。異能力について詳しく教えてくれない?」


 学校の授業ではあまりにも情報が不足している。

 もっと詳しく異能力と異能力者について見識を広げたい。


「異能力? まあ、べつにいいけどさ。いきなりどしたの?」 

「いや、ちょっとね……」


 なんとなく理由を話すのが憚られた。


 生理が辛いんです!

 だから、これから先、男に戻れる可能性はあるんですか!?


 なんて正直に言うのは何だかプライドが許さないというか、なんというか、ちょっといやだと感じた。


「なにから知りたい? というか、どこまで知ってるの? 基礎知識は当然学校で学んでるんでしょ? 昔と違い今は学校教育で教えるように国から指導されてるし」

「いや、まあ、どうだろ?」


 どこまで知っているのか?

 正直、基礎知識とやらの範囲がどこからどこまでを指すのかすらわかっていない。


 ただ、学校の授業ではほとんど法律の話や、異能力者になってしまった際の対応の仕方くらい。あとは軽く異能力の分類を軽く教わった程度だ。

 多分、ありすが既知の情報と比較すると、僕が知る異能力者に関する情報とは雲泥の差がある。


 ということで、まずは僕が学校や瑠璃から学んで知っている知識についてあらかた説明し、伝え終えた。


「なるほど。でも杉井は明日、多分いろんな説明を受けると思う。わざわざ私から聞く意味あるかな? おんなじ説明を異能力者保護団体で受けることになりそうな気もするけど」

「私、詳しく知らない、よ?」


 瑠衣はありすに異議を申し出た。


「うーん。なんだか瑠衣は忘れてるだけな気がしないでもないんだけどなー」


 それは僕も思う。

 だから、“一応”瑠衣にも、なんて言ってしまったわけだし。


「ぶっちゃけ私が教えられることはほとんどないと思うよ?」

「え?」

「いやー、いろいろな名称や略称があるけど、これでも私、異能力犯罪死刑執行代理人だからさー」


 い、異能力犯罪死けーーなんだって?


「あっ、誰にも言わないでよ? 一応、瑠衣のお姉さんも把握してないと思うから」

「瑠璃も?」

「そっ、瑠衣のお姉さんは公的に公開されている異能力者保護団体って組織に属している人間だけど、こっちはあくまで国の特別の機関。異能力者保護団体では上層部か、異能力捜査官か第1級異能力特殊捜査官の一部しか|私の所属する特別の機関《異能力犯罪死刑執行代理人》の存在は把握してないからねー。私みたいに口の軽い人間はいるけどね?」


 ありすの説明から詳細がわからないワードが頻出した。


 異能力捜査官?

 第1級異能力特殊捜査官?

 特別の機関?

 異能力犯罪死刑執行代理人?


 ま、まあ、この辺りは異能力自体にあまり関係ない話だろう。

 とにかく僕は、男女選んで好きに変身できるようになる方法や、それは無理だとしても、男に戻れる可能性がある有意義な情報を入手したいだけだ。


ーーそれは、本心かい?ーー


 ……男に戻ってしまったとき、果たして、瑠璃や瑠衣は今までと変わらず仲良くしてくれるのだろうか?


「杉井? どしたのー?」

「え!? あ、いや、なんでもない」


 余計なことは考えなくていい。

 とにかく、いまは異能力について集中して聞けばいい。


「まあ、なるべくぱぱっと端的に説明するから、聞き逃さないようにしてよー?」

「あ、うん」

「なにから説明しようか? それじゃ、まあ。私の存在に三回も気づき、静夜の暗殺まで察した杉井に関係ありそうな内容からーー」


 ありすは、異能力霊体、通称“異霊体(いれいたい)”の侵食度上昇に伴うさまざまな変化について説明をしてくれた。


 まずは心理面などの変容。

 人間は誰しもが持つ肉体・幽体・霊体の三つの体を持っている。

 異能力を使うたびに三つの体のうち幽体領域に憑依した異霊体に幽体が侵食されていくことになる。


 幽体は記憶や感情、精神などを司る体とされていて、決してオカルトな話ではなく、幽体という概念は異能力者にとって非常に重要な要素だという。


 異霊体に侵食されていくと異能力者の心理面が変化していき、それは性格、行動、反応、特に思想に強い影響を及ぼす。

 軽率に異能力を乱用するようになっていき、『なぜ異能力を使ってはいけないのか』と反抗心を持つようになるらしい。


 べつに他人を害さなければいいじゃないか。

 自分が被害に遭うだけなのに、いったいなにがいけないんだ。

 周りが被害に遭うのはおまえらが捕まえるからだ。

 俺たち、私たちは、悪くない!


 ーー異能力を使い続けた先にあるのは、異霊体に完全に侵食されて、加害行為を働くようになる事例が大半だという事実から目を逸らしているかのように。


 そういえば、そのことについて……異能力霊体に侵食されきったあとにどうなるかを、僕は一切知らなかった。


ーーいいや違う。そもそもなにを根拠に異霊体になったと判断しているのだ? この者たちは犯罪者の中に異能力者がいたら、侵食されきったと判断しているだけかもしれないぞ?ーー

 

「そういえば、異能力霊体に成り代わったって判断は誰がしているの?」


 あれ?

 僕は、それについて本当に知りたかったのか?


「監督役の異能力捜査員や捜査官、異能力特殊捜査官の判断がほとんどを占めるのが現状。全国に第1級異能力特殊捜査官なんて数えるほどしかいないけど、あいつらにはわかるんだけどねー。神奈川県には今一人しかいないし」


ーーほら見ろ。この者たちは主観で決めているだけでしかない。騙されてはならない。ーー


 なんだか信用に足らない。

 第一、ありすだって瑠衣に異能力を使わせていたじゃないか。

 そんなもの、個人によって違うはず。

 思想の自由を侵害しているのは、むしろーー。


「でさ、異能力も成長・変化することもある」

「異能力も!?」

 

 それだ!

 僕はそれについて一番聞きたかった。


 なにせ、瑠衣に聞いた過去の話で、カッターの切れ味が増しているような事を言っていたくらいだ。

 もし、異霊体が侵食してしまっても、それが自身に有利な変化なら多少は仕方ないといえるんじゃないか!?


「眠い……」


 瑠衣は眠くなったらしく、ベッドで横になったまま説明をしてくれているありすの隣に潜り込む。

 ありすは次第に慣れてきたのか、危害を加えないならかまわないといった態度だ。


「瑠衣、薬は飲んだ?」

「あ、忘れてた」


 瑠衣はベッドから這い出るなり机の引き出しから薬の入っていると思わしき、よく薬局で出されるような袋を取り出した。

 ありすはそれを確認しながらつづける。


「異能力の変化の仕方は、大まかに別けて四つ。四つ目は非常に稀だけどーー」


 ありすが知り得る異能力者の例と共に説明してくれた。


 一、異能力の持つ特性の強化。

 例ーー葉月瑠衣。

 ありすも知っていたみたいだ。

 刃物を鋭利にさせる度合いの上昇。昔は骨の切断なんて不可能だったらしいけど、いまや骨どころかコンクリさえも貫通するようになった。

 折り畳みナイフのように刃が当たらないでしまえる片刃の武器じゃなければ、危なすぎて使い捨てになるレベルらしい。

 そう考えると、僕が想像しているよりも恐ろしい異能力な気がする。


 二、異能力の範囲広域化。

 例ーー嵐山沙鳥(あらしやまさとり)という人物。

 相手の心を読んだり相手の脳裏に言葉を伝えたりできる能力。

 どちらも相手を目視しなければいけなかったらしいけど、いまや建物内でもお構い無しに、伝えたい人物の範囲を指定できるようになったのだとか。

 どこかで聞いた名前だと思ったら、静夜が嘘を吐いていないかどうかのためにありすが連絡した相手だった。異能力犯罪者の筈だけど……なぜなにどうして、ありすはあんなに仲良さげに通話していたの?


 三、必要条件の軽減。

 例ーー角瀬偉才(かくせいざい)。なんて薬物中毒者みたいな名前なんだ、と思いきや能力まで薬中だった。名付けた親の顔が見てみたい。

 能力は、自身の触れた覚醒剤を使用した100km範囲内にいる人間の意識に、指定した人物を探すという目的を忍び込ませ、見つけた人間から指定人物の居場所が送られてくるというもの。

 発動条件のひとつは、半数致死量にあたる500mgの覚醒剤(メタンフェタミン)を摂取すること。それが今は100mgまで減少しているらしく、発動が容易になっているという。

 反・異能力者保護団体ーー通称“リベリオンズ”という過激な反政府集団の一員らしい。


 四、異能力の系統の変質。

 例ーー暗闇夜々(くらやみやや)。

 進化したあとの能力は、視認している存在を消す、潰す、溶かすなどの殺人。逆に、おそらくミサイルすら効かないように自身に発動したりできる。鏡を用いて自身にも使えるからだという。

 なにやら、存在の運命を蔑ろにできる、至上最悪の異能力者だったんだとか。


 なにそれ怖ッ!


 精神干渉から存在干渉に系統が変わったらしいが、初期も詳細不明な異能力だったらしい。

 girls children trafficking organizationーー通称GCTOという未成年少女の人身売買を専門とする特殊指定異能力犯罪組織として真っ先に指定された極悪犯罪者の巣窟のリーダー。

 情報統制でニュースにもならず、対策に困っていたーーが、とある者の手により組織は壊滅された。

 なんじゃそりゃ。


「あの……それってつまり、至上最悪の更新なんじゃ……。さらにヤバいその異能力者とか、海外のマフィアとかが人身売買を引き継いでいたりしないか不安なんだけど?」

「いやいやマフィアやヤクザが引き継ぐのは無理無理。だって自分に対して、小学生が遊びでやるような『無敵バリア』みたいなごっこ遊びの技をガチでやっていたんだし。逆に殺られちゃうよ。あの頃、まさかのまさか、警視庁から依頼が来たんだけど、私の師匠ですら」


『寝言は寝ていえ』と、すぐに断ったらしい。

 そもそも、師匠という人物像が未だに掴めない。

 マフィアやヤクザより怖いようには思えないんだどな……。

 殺し屋であるありすが身近にいるからかな?


「そしてGCTOを壊滅させたのは異能力者でもないし異能力関係のヤツでもないから、杉井には無関係。気にしない気にしない」

「え? 逆に気になるんだけど……」


 異能力者じゃないのに、その極悪な異能力者がリーダーの犯罪組織を壊滅させた?

 俄には信じがたい。


 ……。

 ま、まあ。

 とりあえず、希望は見出だせた。

 もしかしたら、侵食度を上げれば僕の異能力も成長して願望が叶うかもしれないし。


「寝る」


 瑠衣は薬を飲み終えたのか、ありすの隣に再び潜り込む。


「そうそう。明日には多分、異能力霊体侵食阻害作用を持つ薬ーーと言っても単なるマイナートランキライザーなんだけど、それが処方されると思う。瑠衣が今飲んだような薬が寝相のふりして胸触らないでくれないかな瑠衣ー?」


 え?

 侵食阻害薬?

 どうしよう……目的に叶っていない。


ーー飲まなければいい。ーー


 そうだ、そうすればいい。

 飲んでいるふりをつづければいいだけじゃないか。

 そうだ。

 そうじゃないか?

 うん?

 そうに決まっている?


「豊花、いる?」

「え? あっ!?」


 扉を開ける音と共に瑠璃の声が聞こえ、思わずそちらに振り向いた。

 そこには、なぜかバスタオル一枚で身を隠している瑠璃がいた。


 まさかのハプニングがここにあった!


「ごめんっ!」


 反射的に見てしまった事に対しての謝罪を口にする。


「瑠衣のお姉さん、どうしたの、そんな姿で?」

「いや、着替えを部屋に忘れただけなんだけど。豊花はいったいどうしたのよ?」


 この姉妹はなんやねんっ!


「あの、僕はほら、心は男なわけで……」

「ああ、うん、そっか。それより」


 それより?


「私の部屋で寝ない? ちょっと、話したいことがあるから」


 ……え?


 まさかのお誘い。理由はわからないけど、これは、完全に異性として見られていないと思ったほうがいいんじゃないかな……?






(40.)

 瑠璃が着替えるのを見ないようにしながら、僕は部屋を観察していた。

 瑠衣の部屋みたく、模擬ナイフやら百合本みたいな奇抜な物は置かれていない。

 女の子らしい部屋。花柄のカーテンやかわいらしいベッド。女子が読みそうな雑誌や少女漫画。

 だけど、なんだろう……どこか、瑠璃らしさが現れていない部屋のように思えた。


「さて、豊花はそっちの布団でいい?」

「あ、うん」


 さすがに一緒のベッドでは寝ないらしい。

 いや当たり前だけど、ベッドとは別にきちんと布団が敷かれていた。


「あれ? 僕、お風呂入ってないんだけど……」

「そういえばそうね。明日シャワー浴びればいいんじゃない?」


 そんな、そんな!

 瑠璃の残り湯が……。


「なんでそんな残念そうな顔してるの?」

「いや、まあ。で、話ってなに?」

「ああ、うん。あのさ、豊花は、たとえば裕璃って子が好きだったのよね? 瑠衣は、うーん、まあ、ありすを愛しているように思えなくもないし」


 なにが、言いたいんだろう?


「それに、言いたくはないけど……その、ママやパパは、エッチな話をすることあるし」

「お母さんなの? ママなの?」

「それは今どうでもいいじゃない?」


 いや、安定してないんだもん。

 主に、というか母親の呼称に関しては特に。


「で、その話がどう訊きたい話に繋がるの?」 

「豊花って……愛とか、恋とか、性欲とか、ある?」

「そりゃ……ないひとなんていないでしょ」


 いるかもしれないけど……なんか、無性愛者について聞いたことあるし。


 ん?


 まて、まてまてまて。


 なんか、これ以上聞きたくない。認めたくない。


 だって、その予感を認めたら、僕の二度目の恋は終わってしまう気がする。


「私はね? 家族を愛するってルールを自らに下したの」


 やめて。


「誰に愛情を向ければいいかわからないから、そのルールだけは、ぜったいに守る。そういうことにした。命に賭けても」


 やめてくれ。


「異性に対して体を許さないっていうのも決めた。だって、痛いだけなら意味はないじゃない。守ると決めた家族のひとり、パパも、彼氏とかそういうのつくるの嫌がるだろうしね?」

 

 やめろ。


「ルール、それはぜったいに守るべき指標。それがないと、わたしにはわからなくなる。だって、誰かを恋する気持ちも、愛情だってーー」


 もう、聞きたくない。


「ーー私には、わからないから」

「……」


 僕は、なにも言えなくなってしまった。

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