Episode183/精霊操術師④
(272.)
朱音がタイミングよく様子を見に来てくれて助かった。
朱音がいないと現実への帰還もままならないのだ。
「で、私にも異世界とやらに行ったほうが安全ってこと?」
肌寒い風が頬を切るなか、おねがいして朱音についてきてもらい、件のボロアパートに向かっていた。
現状、無関係ながら一番危機が迫っているのが裕希姉なのだ。
異能力者保護団体が調査に乗り出しているが、未だに犯人の正体も顔写真と異能力の内容しか把握できておらず、相手の人数も未知数。いくら異能力者保護団体が周囲を見守ってくれているとはいえ、やはり異能力者が存在しない異世界のほうが緊張せずに暮らせるだろう。
「大丈夫だよ、えっと……裕希さん。豊花には異世界でやらなきゃならないことが山積みだけど、裕希さんは室内で遊ぶなり寝るなりしているだけで構わないないし、近場なら外出してもOKだよ」
「異世界語なんて私できにゃいんだけど」
にゃんてなんだ、にゃんって……。
「それについては心配無用だよ。私が異能力で幼い頃につくった異世界だから、言語は日本語で統一してあるから」
「へー。でも私、仕事もあるんだけど。せっかくの有給を無理言ってもらったのに、まさか異世界に行く羽目になるなんて思ってもなかったなー」
いろいろとだべっていると、異世界につながるボロアパートの前まで辿り着いた。ドアのある位置を朱音は叩きながら探し、吸い込まれるように鍵を開けた。
「だからアリーシャ。来客が来るって言ったじゃないか。その間くらい起きているか幻想を解いておいてくれ」
「面倒くさいのです~。その方も異世界に行くんですか?」
アリーシャは裕希姉を指差し問いかけた。
「ま、まあ、成り行き上ね」
代わりに私が唱え、裕希姉の手を握り魔法円の中に二人で足を踏み入れた。
「今回ボクは着いていくだけだから、豊花の成果はまだ見ないようにするけど、しっかり精霊操術師になって帰ってきてくれよ」
「わ、わかってるって」不安だけど。「大丈夫だよ。きっと戦力になるに違いないから」
それだけ聴くと、朱音も魔法円に入り、意識を集中させるよう瞳を閉じた。
ーー瞬間。
いよいよ慣れてきた熱と寒の混ぜ合わさった不可思議な現象がからだを包み込み、世界の様子が歪んだかと思うと、やがてはルーナエアウラさんの自室の魔法円の上に転移した。
「これ……車酔いみたいでいい気分じゃないわね」
裕希姉は愚痴りながらも、異世界という存在に興味津々だというのが伝わってくる。
「この子がお姉さんね。私の部屋は好きにつかって構わないわ。早速豊花を訓練に連れていくから」
そういうと、早急に私の手を引き室外へと連れていかれた。
「お腹が減ったらその辺りにいる使用人に、ルーナエアウラの知人です、なにか食事をくださいませんかーーって答えれば食べ物が出てくるから。それじゃ、行ってくるわね」
「うーん、異世界らしさをあまり感じられないんだけど、わかったにゃー」
だからにゃーってなんだ。
もしも会社で同様の発言をしていたら、あだ名が不思議ちゃんになってしまうぞ。
(273.)
私は前に来ていた草原に佇んでいた。
向こうの世界とは違い、こちらのほうがまだ暖かい。まるで春を思い出すような涼しさだ。空気も美味しい。
「前回はフレアが顕現して姿を見せた状態で訓練をしたけど、きょうからはフレアが近場にいるのを想定して、昨日と同じことをやってみて」
「ええ!? 精霊がいなくても魔法が使えるの!?」
「魔法じゃなくて精霊操術ね……例えば」
ルーナエアウラさんは右手をサッと真横に振るう。
すると、自然の風とは異なる強風が自身のからだに当たり吹き抜けていった。
「これもシルフが目に見えていないだけで、シルフのちからを借りて行使しているの。じゃあ早速、見えないフレアに協力してもらって、火の玉を投擲してみて」
「いきなりそんなこと言われても……」
でもここまで来たんだ。やるしかないだろう。
まずはマナを手のひらに集めて集中する。そこに姿を見せないフレアのちからを借りて火の玉を精製する。
やがて、それを遠距離に向けて発射した。
「お、おお! できた!」
「上達が早いわね。やっぱり才能はあるみたいね。次は体表に火の鎧を定着させてみて」
言われたとおり、マナをゆっくり全身に巡らせていく。次第にマナが見えない代わりに、マナがきちんと集まっていくことが、自然と理解できてきた。
そのマナを体表から少しだけ外部に纏い着くように離した。
「フレア、近場にいるんでしょ? 火を体表に集めて!」
『わかりました!』
どこからかフレアの声が聴こえた気がした。
姿を見せないだけでどこかに潜んでいるのかもしれない。
やがて、少しずつ、ほんの少しずつ体表に火の防壁が纏っていくのを感じた。少し暑いけど我慢できないレベルではない。
「これを素早くできるようになったら、次のステップの訓練に移行するわ」
「素早くーーやってみます!」
火の壁をフレアに頼んで解いてもらい、集めたマナを体表から霧散させた。
すぐさま同じことを繰り返し、繰り返し、繰り返して、何時間経過したのだろうか?
ようやく、ルーナエアウラさんにはほど遠いが、体表に早く火の防壁を張れるように成長した。
「すごいわ。これなら1ヶ月とも言わずにすぐに帰れるわよ?」
「ありがとうございます。その、次のステップというのは?」
「なにから教えようかしら……とりあえず、私は風の精霊操術師だから、火の精霊操術には疎いのよね。ちょうどいいし、ここらで休憩していてくれない? 火の精霊操術師を呼んでくるから」
ルーナエアウラさんは、それだけ言い残すと城下町まで空を飛翔し向かっていってしまった。
それと同時に、フレアが隣で姿を現した。
「火の精霊操術師って方、やさしい方だといいですね……」
「うん。てか、自力で姿を現せるんだ? てっきりルーナエアウラさんが詠唱したように、なんらかの詠唱が必要だと思ってたよ」
「無理に詠唱を唱える必要はありませんが、詠唱を用いて精霊を召喚すると、私がどこでなにをしていようと呼び出すことが可能ですし、術者も精霊も全力を発揮できるんです」
となると、いずれは私もフレアを召喚するために詠唱を考える必要があるのか……。
「詠唱は精霊操術師と精霊の両者が納得した言の葉を紡ぐことで初めて効果を発揮するのです。同一化という最終奥義を行う際は、詠唱を唱えたあとに同一化と宣言することにより、ルーナエアウラさんみたく姿を変え、全力の精霊操術を扱えることになるんです……私にできるか不安ですが……」
「まあ、それは最終目標にして、いまはこれから来る新しい先生にいろいろ技術を学ぶことにしようよ」
「……はい!」
こうして雑談を交わしていると、なんだか友達と談話して楽しんでいるように思えて悪い気はしない。
フレアちゃん、精霊というだけあって神秘的な見た目をしている。
もしも私が男だったらムラムラしていただろうことが想像に固くない。
いや、むしろ男だったらフレアに会うこともなかっただろうけど。
と、遠くから見覚えのある赤髪の女性が姿を現した。
しずかにこちらに歩を進める。
あれ、このひとは……。
「メアリー・ブラッディさん!?」
「ああ。アリシュエールの名を冠された、メアリー・ブラッディ・アリシュエール∴サラマンダーだ。おまえらだろ、鍛えてほしいと言ったのは?」
「はい、そうです……火の操霊術ーーやはり素早く火の玉を放てたりできるんですか?」
そう問いかけると、メアリーは苦笑しながら『そんなしょぼい技で魔女序列には入れないよ』と突っ込まれてしまった。
こうして、火の精霊操術専門の精霊操術師と共に、これからみっちり訓練をすることになったのであった。
「手早く帰りたいんだろ? 少々手荒な実践も交えたキツい訓練になるが、それも技術を素早く習得するためだ。我慢してくれ」
メアリーさんは一瞬で両手の手のひらの上に炎を出現させると、それを私とフレアに向かって素早く投擲してきた。
危ない!
私はフレアを真横に突飛ばし、私も同時に狙いの後ろにバックステップした。
メアリーの炎は落下したが、それだけでは収まらなかった。
地面に落ちた火の玉が火柱のように真上に立ち上ぼる。上空に集まった炎が、再度私たちに向かって、まるで意志を持つかのように飛び込んできた。
あまりの早い展開に避けるも叶わず、逃げるも叶わず。
ヤバいと思った瞬間、フレアが私の目の前に立ちふさがり炎を全身に浴びた。
「フレア!」
私は急いでフレアの下に駆け寄った。
しかし、フレアは火傷ひとつ負っていなかった。
もしかしたら、火の精霊だから同じく火の属性の精霊操術はほとんど効かないのかもしれない。
「いきなりなにをするんですか!?」
「おいおい、ボーッとしていていいのか?」
メアリーの背後から炎が立ち上る。
それらが炎でつくられた人形の化け物に変貌し、メアリーから離れてこちらに拳を振るってくる。
くそっ、いったいなにがしたいんだこのひとは!?
しかし直観で次になにが起こるかが予測できていた私は、拳が当たる直前にギリギリ避けることができた。
フレアも私の隣に素早く駆け寄り、どうにか火の怪物からの攻撃を避けられた。
しかし火の怪物は突如として爆発して、広範囲に火の塊が散らばる。その散らばった火の落下箇所から、さらに火柱が立ち上った。
「おいおい。手加減しているのに避けるのが手一杯じゃないか。もっと全力を尽くせ」
メアリーが指を鳴らすと、辺りの火柱がメアリーの周囲に纏いつく。
そのまま屈んだかと思えば、地面を強打した。
直後、叩いた地面から火が出現し、炎が川の流れのように真っ直ぐこちらに向かって燃え盛りはじめる。
これならまだ避けられる!
そう考えて、すぐさま真横に移動した。
だが、だがしかし。
火の流れが向きを変えたかと思えば、こちらに向かって再び炎の渦がやってきた。
それを避け続けていると、気づいたら自身とフレアの周囲が炎の壁で塞がってしまっていた。
飛び越えて脱出しようとするがーー。
「遅いぜ?」
周りに逆巻く炎が私たちを押し潰すように中心に集まり、寸刻、強烈な爆発が巻き起こった。
急いでマナを全身に循環させた。
「フレア、頼む!」
「はい!」
フレアのちからで全身に火の鎧を纏い、相手の火を貫通させないようにした。
「だ、大丈夫ですか?」
「はぁはぁ……大丈夫だよ。助かった。ありがとう」
今まで経験したことのない速度でマナを体表に循環させ、フレアに頼み瞬時に炎の盾を形成したのだ。
「やればできるじゃねーか。ルーナエアウラの話じゃ、まだマナを操るのもままならないと聞いていたが、今しがたそこらの精霊操術師並の早さでマナを循環していたぜ?」
「それは……」
たしかに、今まではこのような速度でマナを周囲に集めたことはなかった。
フレアもここまで早く反応できたのも見たことがない。
「ルーナエアウラは教えるのがまどろっこしいんだよ。こういうのは少しくらい手荒に教育したほうが上達が早いっていうのによ。おまえら、早く異世界に帰りたいんだろ?」
「それはそうですが、あまりにも荒療治過ぎませんか?」
「そうですよ! 下手したら豊花さんが亡くなっていたかもしれないんですよ!?」
フレアとは出会ったばかりだが、既に友達のような間柄になった気がする。
大切なひとが殺されそうになって、ここまで怒ってくれるとは思わなかった。
「さてと。じゃあ防御の訓練はおしまいだ。次は攻撃の訓練だ。私が今しがた行った精霊操術を真似して私に当ててみろ。無論、こっちも攻撃するから気を付けろよ。残念だが死んだとしても責任は負わないからな」とメアリーが言った瞬間、火の玉を無造作に辺りに散らばして飛ばしてきた。
攻撃しろだって!?
無理だ。私が覚えている技術なんて、火の玉を放出することと、体表に火の壁を作り出すことだけだ。
どうしろというんだ?
「やれるだけやってみましょう! この荒療治しかしない精霊操術師には話が通じません。とにかく反撃の隙を与えないよう攻撃をつづけるしかありません!」
フレアに叱咤激励され、私はすぐさま手のひらにマナを集め、それを火の玉に変換する。
……認めたくないが、メアリーの戦いの緊張感のおかげで、以前より格段にマナの吸収が早まっているのを実感した。
手のひらに集めた火の玉をメアリーに投げつける。
すぐさま次も飛ばし、またまた飛ばし、幾数回も同様の火の玉を投擲していく。
だがしかし、命中している実感はあるものの、メアリーは棒立ちのまま動かない。
火の玉が当たる前に、メアリーの張っている火の結界に次々と吸収されていくだけだ!
「おいおい、おいおいおい? そのていどで精霊操術師を目指すとかバカにしてるのか?」
メアリーは片腕を上空に翳す。
すると、メアリーの頭上の手のひらに火の玉が現れ、それが次第に巨大化していく。まだまだ誇大化する。太陽のような熱があるんじゃないかと言いたくなるほど熱い弾丸を作り出し、こちらに向かって投げ飛ばしてきた。
「まずい! フレアも避けるんだ!」
「はい! あの威力のマナが込められたちからは、私でも耐えられません!」
私とフレアは同時に左右に避け、巨大な火の玉を避けた。
しかし、火の玉が地面に落下した瞬間、辺りに爆音が響き渡る。
火の玉が爆発したのだ!
風圧により私とフレアは別々の場所に吹き飛ばされた。
と、今まで遠距離から近寄らなかったメアリーが、凄まじい速度で私に向かってきた。
腕に炎を纏っており、その熱でからだを溶かそうとしているのが直観でわかってしまう。
だが、接近戦ならまだ勝ち目はある!
私はメアリーの降り下ろされた手を直観で避け、感覚でその場を離れた。
すると、メアリーが残した足跡ひとつひとつから火柱が立ち上る。
「まだまだだ! もっと本気を出せよ!」
メアリーが再び腕で胴体を薙ぐようにするのを、少し下がって避けた。
嫌な予感が頭を過り、上空を横目でチラッと見やると、空に上昇した数々の火柱が集まり、まるで龍の姿に変貌していた。
その龍の狙いは、もちろん私であった。
「くそっ!」
私は龍の突撃を背後に下がり避けるが、再び龍は反対側まで飛行をすると、反対側から再び龍が突撃する体勢になっていた。
「よそ見している余裕はあるのか?」
気づくとメアリーさんは火がまとわりついている剣で、こちらに斬りかかろうとしていた。
さらに逃がさないと言いたいのか、左右の隣に火柱が発現した。
前からは火の纏う剣が斬りかかろうとしており、背後からは龍に見える火の塊がこちらに向かってきており、避けようにも、いつ展開したのか、左右には火柱があって……まさに八方塞がりだ!
ふと、異能力の直観と感覚で、頭のなかに言の葉が浮かんだ。
一か八か、それを唱えることにした。
「フレア、同一化するから頼む!」
まずは前方の剣を避けながら口を開く。
「我と契りを結びし火の精霊よ 私にとっての光となる炎よ 我にちからを貸してくれ フレア!」
直後、フレアが真横に現れる。
フレアは急いで右側の火柱を鎮火し、私に逃げるように誘導してくれた。
器用に避けながら、元火柱があった位置に避けたあと、あの言葉を口にした。
「フレア、頼むよ? 同一化!」
これは一か八かの賭けでしかない。
しかし、この狂った相手に対抗するにはこれしか方法が浮かばない!
瞬時、自分の肉体が成長したのを実感した。
髪はさらに伸び、髪を触ると赤色に変色していた。
マナの感覚も異なる。
普段の倍以上の速度で難なくマナを集められ、火の鎧も自動的に展開されつないるのが自覚できた。
メアリーはバックステップして距離を保つ。
「ほら見ろ。やればできるじゃねーか。ルーナエアウラの言うとおり、精霊操術師の才能だけはありそうだな」
「そろそろやめませんか? 私は精霊操術を使う訓練がしたくてここに来たわけであって、殺しあいをするために異世界に来たわけではありません!」
「いいや。戦いこそがもっとも素早く慣れる訓練だ。事実、おまえは戦闘の最中にマナを集める速度が上昇したり、戦う対処を身に付けたり、精霊の扱い方も上手くなった。なにより下級精霊とはいえ、三日目で同一化できたやつなんか私は知らないしな」
しかしメアリーは首を振る。
「まだまだ攻撃のレパートリーが貧弱すぎだ。そろそろこちらも本気を出すから、死なないように避けて、防御して、反撃しろーーそれじゃいっちょ、本気を出すとしますか」
メアリーはまだまだ訓練はつづくといった残酷な真実を告げたあと、離れた位置で口を開いた。
「メアリー・ブラッディが命じる 神の国に一番近い火の大精霊よ 今こそ此処で その力を解放せよ 人間共に偉大なる力を誇示せよ! サラマンダー!」
メアリーが詠唱を唱えると、いままで目視できなかった人外型の大精霊のサラマンダーーー火の大精霊がメアリーの隣に姿を現した。
「そんじゃ、手加減してやるけど本気で来いよ。火の玉出すだけしか能のないバカにだけはなるなよな? 私を見て学べ。さてと……防げない攻撃は避けろ? 火の障壁で耐えられるなら防げよ? 隙を見つけたら遠慮なく殺す勢いで攻めてこいよ? じゃないと死ぬからな。ーーサラマンダー、同一化!」
それは一寸の間だった。
メアリーの足元に輝く魔法円が現れたと思った瞬間、サラマンダーの姿が消え去り、メアリーとサラマンダーが同一化したのだ。
元から赤髪だったが、燃え盛るような髪型に変貌し、瞳も両目共に真っ赤に染まったのである。
「これ以上本気で来るって、いったいどうやって対処すればいいんだ?」
「とにかく避けろ。耐えられそうなら火の鎧で弾け、隙を突いてことあるごとに反撃してこい。んじゃまあ、さっそく行かせてもらうぜ?」
メアリーはそう口上を述べるや否や、その場で足踏みをした。
すると、メアリーの半径五メートルの位置に、メアリーを守るような形で火の輪が地面に広がった。
その直後、メアリーは微動だにしないのにも関わらず、先ほど現れた炎でつくられた龍が二頭現れた。
すぐさまこちらに向かってくる!
たしかフレアもこれは防げないと言っていた!
いや、でももしかしたら同一化したことにより防げる可能性もある。
直観でそう思っただけだが、私の直観は外れた試しがない!
私はあえて龍が襲い来るのを待機し、接近した火の龍を両手で抑えた。
暑い……いや、熱い!
同じ四大属性である火の鎧を纏っていてもこの威力だ。
同一化せずに喰らっていたらフレアも私もお陀仏になっていたにちがいない!
「そのまま抑えていてもじり貧だし、見ていてつまらないんだけどなぁ」
メアリーは指を鳴らす。
すると、私の地面から先ほどより巨大な火柱が一気に上空まで昇華した。
見た目に反して龍よりも威力があるらしく、避けきれなかった片腕を火傷してしまった。
龍から逃れるため、一度全速力で距離を置く。
だが、上空を見ると目を疑った。
舞い上がった火柱が、私の立つ位置にめがけて真っ直ぐ、超速度で、潰すかのような勢いで落下してきていたのだ。
すぐさまその場を離れ、留まっていてはいけないと走りながら火の玉を何発も繰り返しメアリーに打ち当てる。
しかし、火の玉はメアリーに逆に吸収されてしまい、ダメージを与えるどころか回復してしまったかのように思えた。
「だから、私の真似をして、もっと違う破壊力のある攻撃を試してみろ!」
「そ、そんなこと言われても、見ただけじゃどうすれば技が使えるのか理解できません!」
「ったく、いくら同一化できたとしても、それじゃマナを集めるくらいしか特化していねーだろ。それじゃ同一化するだけ無駄だ」
いや、無駄ではないはずだ!
龍の突撃も耐えられたし、巨大な火柱も火傷程度で済んだのだ。
たしかに同一化の恩恵は受けている!
「地獄の業火に焼かれて去ね」
メアリーがそう口にした途端、地面の至るところから熱を発し始めた。
瞬きをした次の瞬間、地面から無数の火柱が飛び上がり空中まで燃え上がった。
それが足の踏み場がほとんどないほど、大量の火柱が……。
「くっ! ーー直観、感覚、思考!」
思考で火柱が出る位置を予測する。
感覚で避け方をなんとなしに理解する。
そして直観で、突如現れた火柱をギリギリ避けていく。
「……へぇ」
それだけで終わりではなかった。
上空に飛翔した火の柱が勢いよく地面に突撃することを開始した。
数は多い。だけど地面が埋まるほどの量じゃない。
避けられるほどの場所があれば、そこに移動して避け、来そうだと直観したら別の場所に避ける。ときには胴体を反らして避けたり、火柱が落ちたあとの地面にマナを足元に集め熱くないようにしてから火柱が降った跡に陣取ったりを繰り返した。
その結果、ようやく多量の雨のような火柱の大群を避けきることに成功した。
「精霊操術としてのレベルは最低クラスだが、おまえ、攻撃を避ける才能だけはあるんだな。今の技を精霊操術なしで避けられた奴はおまえがはじめてだ。そこだけは素直に誉めてやる」
「あ、ありがとう、ござい、ます……」
あまりにも疲労感が蓄積してしまったのか、地面に倒れ横になってしまった。
「サラマンダー、同一化を解除。またよろしくな」
メアリーがそう口にすると、隣に再度サラマンダーが現れ、すぐに姿を消してどこかへ消えていった。
「フレアだったか? そいつも苦労しただろうから、同一化を解除してやれ」
「あ、そうだった……フレア、ありがとう。同一化、解除します」
そう唱えると、私みたく真横になりつつ息を切らしているフレアがいた。
「もう少しで強制的に同一化を解除するハメになりましたよ……」
「ごめん。やっぱり私にはまだ無理だった。これから訓練して強くなるよ。異世界で活動するためには、マナをこっちで集めて、効率的なマナの扱いを覚える必要もあるだろうしさ。フレア、私なんかと契約してくれてありがとう」
「いやいやそんな! 私こそ、私みたいなへっぽこの下級精霊と契約してくれて、とても嬉しかったです。これからも、どうかお付き合いください」
「もちろん」
フレアと私が会話している最中、『なにイチャイチャしてるんだよ』とぼやき始めた。
「普段はフレアはそいつの内部に潜っておくんだ。そして詠唱が唱えられたときだけ姿を見せる。これが精霊としての役割だ」
「わかりました。それでは豊花さん。また明日か明後日か、来年かはわかりませんが、ぜったい呼んでくださいね。……見捨てないでくださいね……」
そう言い残すと、フレアは姿を消したのであった。
なんだろう?
ヤンデレ風味を感じるのは私の気のせいだろうか?
「さてと。そろそろ日が暮れるし、自室に帰るぞ」
「わかりました。裕希姉変なことをしていないといいけど……」
裕希姉だけじゃない。
沙鳥も、舞香も、瑠奈も、ゆきも、香織も、鏡子も、結愛、朱音も無事だろうか?
いやいや、今は自分がなすべきことをやるだけだ。
考えるだけで不安が誇大化していってしまう。
なるべく、異世界にいるあいだは、向こうについては考えないようにしよう。
こうして、異世界に来てからの三日目は終焉を迎えた。
明日はどのような訓練をするのだろうか?
……なるべくなら、メアリーさん以外にお願いしたいなぁ……。




