Episode180/精霊操術師①
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両親が亡くなってしまい、くよくよして涙を流して意気消沈の私に、裕希姉も悲しいだろうに元気に絡んできてくれる。
それがなによりも嬉しい。
でも、同時に裕希姉も瞳に涙を溜めていた。
たったひとりの異能力者のために愛のある我が家が崩壊してしまった。それがなにより悔しいし虚しい。私がいなければ、こんなことにはならなかったはずなのに。
沙鳥と舞香はホテルに宿泊中。香織とゆきは隣のホテルの部屋に仮住まいらしい。
そして、警察や清掃員が死体を掃除したリビングには、鏡子と瑠奈がくつろいでいる。
このまえ十字架で奇襲を喰らったのに、呑気なものだと感心すらしてしまう。
「今回鏡子を呼んだのはほかでもない。犯人に目星がつきそうな相手を異能力で探して」
「えー、わたしの役割は?」
「敵対勢力が異能力をつかったときに対処してくれるのを期待してるよ」
「……期待? 期待!? うれしいなぁ……」
上手く言いくるめられたな。とはいえ、相手はもしかすると凶悪な異能力者かもしれない。そうなったときの保険として瑠奈を配置しておきたいのだ。
別班では香織がネット仲間を駆使して情報を集めている。
香織の護衛としては、ゆきを配置している。
沙鳥は嘘を見抜くちからがあるため、情報提供者と対面して嘘か真偽かを確かめる重要な扱いだ。
無論、沙鳥の護衛には強力な異能力者でありつつ蹴り技も特化している舞香がいるため、ここはひと安心だろう。
ひとまず私は、壊れた十字架が貫通した壁を修復していた。
このままでは吹き抜けだ。無作法な大工だが、なにもないより安心だろう。
と、そこで電話が鳴った。
『すみません……ダークウェブの掲示板に……極悪非道な……薬物密売闇金みかじめ料を取る……悪人を異能力をつかって潰してやったぜ……的な書き込みがありました』
「諸に私たちのことじゃん。なーにが極悪非道なんだよ。まったく」
いや、一般人からすると、覚醒剤の密造・密売・高利の金貸し要するに闇金、暴力沙汰を金銭で解決、未成年売春斡旋。どこからどう見ても極悪非道な組織にしか思えなくもないんだけど……。
「ぜったい見つけて後悔してやるからな?」
瑠奈は怒り心頭で指をポキポキ鳴らしはじめた。
「私が触れた相手に触れたらしくて、相手の視界をジャックできます」
「!? 見てみて! これなら早めに討伐できそうだ」
前々から思っていたけど、進化してからの香織の能力の上がり幅が異常だ。一気に一線級で活躍できるポジションを備えている。
「わ、わわわ私からも相手の素性がわかりました!」
「どれどれ?」
『いまプリント渡しますね』
数枚のコピー用紙が複数枚コピー機から排出されて物を手にとる。
それを一枚受け取り、顔写真と名称、性別、異能力など詳細な情報が掲載されていた。
「よくそんなパソコンでこんなに調べられるんだな」
「ささ、沙鳥さんから新たにハイスペックのパソコンを譲り受けたからですです。ままま昔のパソコンはポンコツなうえ、さささらに巨大十字架がちょうど真下にあったパソコンが激突してお釈迦になってしまった、しまったんです」
「なるほどな~」
手渡された用紙を一枚手渡される。
そこには、どこにでもいそうなやや痩せぎみの青年が映っていた。無論、性別は男です。名称は前田健。
顔は特徴がないように見えて、鼻の大きさ、剃っていない眉毛や髭、ガリガリに痩せていることから、見間違いはないだろう。
肝心の異能力は、十字架を好きなサイズに変更可能なうえ、術者が持っているあいだは重さを感じないと来ている。
備考欄に、嫌いな組織一覧に。
愛のある我が家
輝く星
girls children traffickig organization
異能力者保護団体
とまで書かれている。
狙うならせめて異能力者保護団体からにしてくれよ……とぼやいている暇はない。
残念ながら輝く星は私たちが壊滅してしまったし、girls children traffickig organizationはとっくの昔に澄によって壊滅させられている。
となると残りは愛のある我が家と異能力者保護団体になるが、異能力者保護団体は各都道府県に点在しているし、さすがに無理だと手を引いたのだろう。
そこでし白矢が立ったのが、うちら愛のある我が家だというわけだ。
……両親が亡くなってしまったのをいまさらながら実感する。
怒りや悔しさ、理不尽さがふつふつと込み上げてくる。
裕希姉も涙を堪えきれないのか、ポツポツと涙を流していた。見ないふりをしてあげよう。裕希姉が泣いている姿なんて、そうそう見たことないのだから……。
そのとき、警察官のひとが話を聞きに来た。
「ちょっと異能力者が絡む事件ではお役に立てず……今しがた異能力者保護団体のほうに連絡入れましたので、少々お待ちください」
警察でもわからないこともあるのか……。
まあ、異能力者専門というわけではないのだから当然といえば当然かもしれない。
そうこうしているうちに、異能力者保護団体の二人がやってきた。
「な、なにこの惨状!?」
ひとりの異能力者保護団体ーー葉月瑠璃が驚いて目を見開く。
「まったく、異能力者というのはコレだから嫌いなんだ」
そうぶうたれているのは、第1級異能力特殊捜査官の何 美夜であった。
「隣室や真上の部屋にも被害が出ているぞ。このまま杉井がここで暮らしたいと言うなら口出ししないが、なるべくなら引っ越しを提案したい。また同様の事案が発生するかもしれないからな」
美夜さんは手厳しいことを言う。
警察官は部屋を物色し、めぼしい物が取られていないかチェックする。
頼むからロリ処女厨御用達のユニコーンまで手を出さないでくださいね?
「見た限り金銭狙いの泥棒ではなさそうですね。なにより二人殺害しています。愉快犯で間違いないでしょう」
警察がそう断定するのに違和感を覚えた。
「待ってください。実は他の二軒も同様の被害が出ているんです」
「え? まさか十字架の? このひとりでは運べない重量がある十字架をですか?」
「はい。……ターゲットはとあるメンバーの仲間ばかり狙っているんです」
「でしたら……何」「美夜だ」「美夜さんのおっしゃるとおり引っ越しを検討したほうがいいと思いますよ」
「引っ越しの宛がなくて……少し沙鳥に訊いてみます」
そう言い残し、藁にもすがる思いで沙鳥に連絡した。
『今度はなんですか?』
「あの……我が家が崩壊したじゃん?」
『はい』
「で、隣室や真上の部屋まで被害が出ちゃって、引っ越しを余儀なくされているんだよ。でも引っ越しする宛がなくて……」
『豊花さん、いま貯蓄相当貯めていますよね? それなら引っ越しくらいおちゃのこさいさいではありませんか?』
「いや、保証人とかいろいろ必要だし……家賃払うから誰かの家にとまらせてくれない?」
沙鳥は逡巡したのか一度間を置いた。
『一応、相部屋ですが頼めば暮らさせてもらえるかもしれません』
「本当!? え、誰の部屋に泊めてくれるの?」
『まだ決定事項ではありませんが、アリーシャさん宅なら泊めていただけると思いますよ』
「ありがとうございますありがとうございます!助かります!」
『それでは後程連絡致しますね』
これで衣食住の住の確保はひとまず安心だ。
警察官は死体にブルーシートを被せて室外へと搬送されていく。
それを見ていた裕希姉は、ついに我慢できずに膝から崩れ落ちて泣いてしまった。
それにつられてしまったのか、さっきまで冷静だったのに……その心が崩れた。
我慢し堪えて、泣きたくなかったのに、でも、涙は止まることをしらない。
「ぜったいに、復讐してやる……!」
無関係な人間を殺した犯人を到底許せない。
異能力者だって、使いように寄れば毒にもなるし薬にもある。
薬と同じだ。過ぎれば毒物に変わるし、少量なら薬になる。
自分が言えた義理じゃないが、殺人はアウトだろう。
鏡子や香織のちからをつかって、必ず見つけ出してみせる!
そのとき、再三着信音が鳴った。
誰だと思い画面を確認すると、そこには朱音の文字。
どうして今さら朱音なんだ?
疑問に思いつつも通話した。
「ぐすっ……も、もしもし? 急にどうしたの朱音?」
『いや、豊花って前々から強くなりたいって言っていたよね? ボクにはたしかにそう聴こえたよ』
ヤバい。言ったかどうか覚えていない。
『それで一石二鳥の取引があるんだけど乗らないかな?』
「一石二鳥? 嫌な予感がするんだけど」
『ボクのつくった異世界に、ちょっとだけ修行しに来てみない?』
「は、はぁ?」
なぜなにどうして朱音のつくった幼稚な異世界に行かなくちゃいけないんだ?
『豊花は現状、女体化と直感・感覚・感情・思考を強化するっていうデュアルスキルだよね?』
「まあ、そうなるのかな……」
『でも、それだけじゃ心細いからさ。こっちでマナを貯めて現代で魔法を使えるようになったらさらに便利だと思うんだよね』
「……」
でも、両親が亡くなった直後にそんな連絡をされても、とてもじゃないけど受ける気にはなれない。
「お姉ちゃんなら大丈夫だから。独り暮らしだってできる。パパやママが死んじゃったのは悲しいけど……豊花にもちゃんと自立してほしいし……なにか必要事があるんだったら、そっちに集中して大丈夫だよ……」
『お姉さんも言っているじゃないか。豊花はこれまで様々な問題に巻き込まれてきた。でも精霊操術を身につければ、瑠奈みたく不慮の事故に巻き込まれることはなくなる。ボクが保証するよ』
「……」
そんな、急に言われても……。
でも、私にはもっと戦えるちからがほしい。
いつまでも現状維持に居座るのはダメな気もする。
なによりーー両親を殺害した犯人は必ず後悔するまで殺してやりたい。
袖で涙を拭い、私はこう答えた。
「わかった。行くよ。いまより強くなって、大切なひとを守れるようになりたい」
『その意気だよ! ボクは過去につかっていたボロアパート前で待機しているから、到着したら電話ちょうだい。一応、沙鳥には許可とっているから、心配しなくていいよ』
ある意味、言いくるめられたな気がしないでもないが、たしかに私の戦力はあまりにも脆弱すぎる。
この機会に魔法使いになって、みんなを守れるようにするんだ。
私はいそいそと靴を履き替える。
「ちょっと出掛けるから」
「いってらっしゃい……っ」
裕希姉は再三涙を流し頬を伝って地面に落下した。
両親がまともてなくなったんだ。無理もない。
私だっていまにも泣き出しそうだ。
でもここはグッと我慢する。
「行ってきます。裕希姉ーーお母さんーーお父さん」
こうして私は、過去に転移先に使われていたボロアパートを目指すのであった。




