Episode171/殺人鬼③
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1月15日火曜日、私は朝起きた後、さっそく沙鳥に連絡した。
昨日の神殺しの剣の件を報告するためだ。
『そうですか……ありがとうございます。いつでも使えるようにしといてくださいね』
「やっぱり、使うんだ……」
当然と言えば当然か。
現段階で澄に対抗できる唯一の存在だもんな……。
そのまま連絡を切ろうとしたが、三河がこちらの家付近をうろちょろしていると言われて切るのをやめた。
「え? ちょっと? まだこっちが準備できてないのに?」
『ええ。相手は早期に終わらせるつもりですね……瑠奈さんを現場に送りますか?』
「うん、おねがい」
さっそく瑠奈頼りになるが致し方ない。
瑠奈さえ来てくれれば何とでもなるはずだ。
通話を切り、私は着替えることにした。
もう外部が原因で登校しないとかはしたくないんだ。
ーー私はどうすればいい? このまま幽体のままでいいのか?ーー
うん、とりあえずは……でも、物とか食べたいなら一度出てきてもいいかも。
ーーそうするーー『か』
ユタカは幽体になり体から抜けると、肉体へと移行した。
「なんだか新鮮に感じるよ……ユタカがこうして肉体を持って外部にいると」
「私も新鮮な気分だ。まるで生を与えられたみたいだな」
私はそのまま無意識にいつもどおりリビングに行ってしまった。
そこには父と姉が既に座っており、ユタカを目にするなり目をまんまるくさせた。
「おい豊花……その子誰だ?」
「めっちゃかわいー。だれ?」
しまった。
説明してからにしたほうがよかったか……。
「えっと……」
うわ、なんて説明すればいいのかがわからない。
いきなり友達を連れてきたなんて無理がありすぎるし。
迷っていると、ユタカが急に頭を下げた。
「はじめまして。豊花さんを異能力者にした原因である異霊体です。このたび肉体を得たため食べ物を食べてみたくて顕現しました。これからよろしくお願いいたします」
「ちょっと!?」
父と裕希姉は『またなにかやらかしたのか』みたいな目で見てくる。
たしかにいろいろあったけどさー!
ユタカもありのままの事実を話さなくてもいいじゃないか。
「あ、あら、お友達?」
母が食事を持ってリビングに現れた。テーブルに乗せながら問いただしてくる。
「う、うん。似た感じ。きょうから食事を一緒に取るから、一人分多くつくって」
「きょうから、え? 毎日?」
「すみませんお母様」
ユタカは丁寧に母親に頭を下げる。
仕方ない。ここまで来たら説明しよう。
「食事を摂りながら説明するよ。あ、椅子ひとつ予備があったよね?」
私はそう言って椅子を運んできた。
朝食を摂りながら一から説明することにした。
「っていうわけなんだよ」
私はユタカの隣に座りながら説明を終えた。
隠さず一から丁寧に説明したのだ。
その間、ユタカは隣で「うま、うま」と朝食をひたすら口に運んでいた。
三人は納得してくれたようだ。母親なんかは旨いと飯を食べているユタカが気に入ったのか、「おかわりもあるわよ」と割りとノリノリだ。
「あ、食べますー」
「ちょっ、ユタカはなんなのさ……」
「旨いな。豊花は毎日このようなものを食べているのか。食事とはいいものだな」
ユタカは初めての食事にご満悦の様子だ。
いい食べっぷりを朝から見せてくれる。
「この子たちは美味しいとか言ってくれないんだから」
母親はユタカのおかわり分の食事を持ってきた。
「いや、おいしいとは思ってるよ……」
なんか悪い気になる。
たしかに毎日の食事に感想とかは言わないが、それは面倒だからにほかならない。
「もぐもぐ……はぁ、美味しい。生きるって素晴らしい」
どうやらユタカは知識はあっても実際に食べ物を食べたことはないらしく、いたく食事に感動していた。
それが母親からすると良かったのか、ユタカの存在を好意的に接している。
食事を終えたらそのままユタカと共に家から出発した。
ユタカを体内に戻し、そのまま歩き続ける。
少し歩いた地点でーー。
「ひゃっはー! 昨日ぶりだね! うん、昨日ぶりだ!」
三河が目の前に立ち塞がった。
瑠奈はまだ来ていないのか!?
……仕方ない。
もう私は手加減なんてしない。そう決めたのだ。
私はスカートの内側に手を忍び込ませ自然な動作でナイフを手に取り構えた。
「やる気満々じゃん! やる気満々だねぇ!」
三河もゴツいナイフを手に取り、逆手で構える。
逆手ーーつまり殺すための構えということだ。
「直観ーー感覚ーーいつでもこい」
「おお! 本ッ当にやる気満々じゃん! あひゃひゃひゃひゃ!」
三河は凄まじい速さで距離を詰める。
縮地ーーだけど刀子さんとは違い技術にからだが追い付いていない。
ナイフがこちらに向かって降り下ろされる。
目で騙されるな。心で読め。私には直観があるのだから。
当たりそうなナイフは姿を陽炎のように消し、下からナイフが切り上げられる。
その本物のナイフを狙い、ナイフを軽く振った。
「ひょっ?」
相手のナイフだけ切り落とされる。
なんだ、楽な相手じゃないか。
初見だと見た目のなん雑さに騙されたが、この独特な攻撃を見極めればありすと違って手数は少ない。
「なんだ、ありすより弱いじゃん」
「な、なななな!?」
相手は半歩下がり逃げようとする。
あせるな。相手の行動は目で見るんじゃない。心で読むんだーー。
目が頼りにならないのなら他を頼れ。
相手は“後ろに下がると同時に前進”してきた。
最初からわかっている。
私は前進してきた三河のからだをナイフで切り裂いた。
「なぜ!?」
「今度は全力で来い的なこと、言ってなかった?」
三河は出血しながら疑問を呈する。
今までの相手は、この複雑怪奇な歩法に騙されていたのだろう。
ーー歩けば即ち武術なり。
その偉人の言葉どおり、相手の歩法は刀子さん並みだ。
けれど刀子さんやありすとの差は、相手が避けてきたときの対処の遅れにあるだろう。
今度こそ奴は本気で逃走を図る。
逃げられたら14歳少女の私じゃ追い付けない。
だがーー。
「ーー瑠奈」
「はーい」
上空から瑠奈の返事が聴こえた。
到着したのを直観で理解できたから、あとは瑠奈に託す。
「切り札ーーせーのっ!」
瑠奈は人差し指と中指だけ伸ばし、それを三河のからだに当てた。
「ぎゃぱ」
瑠奈の指が触れた位置から、三河は真っ二つに分断された。
辺りに真新しい血が散らばり、やがて朱殷へと染まりゆく。
「瑠奈、助かったよ」
「べつに私がいなくても大丈夫そうだったじゃん」
「逃げられたら追い付けなかった」
「ふーん。ま、いいや、この死骸片付けちゃうね。海まで行って沈めてこようかな?」
瑠奈は死体を無造作に風のちからで持ち上げると、上空へと飛び去っていった。
……ありすが苦戦した相手をアッサリ倒してしまった。
過信するのはよくないけど、案外、もう少し私も自分のちからを低く見積もられなくていいのかもしれない。
早朝から過激な戦闘をこなしつつ、私は学校へと向かうのであった。




