Episode169/殺人鬼②
(244.)
1月14日の月曜日。
私は普段どおり登校し、授業を受け、もう普通になりたい同好会に顔を出さなくてもいいことから、夕方前の時刻にひとりで帰宅していた。
瑠璃はきょう仕事らしいし、瑠衣は図書委員があるとのことで、珍しくひとりで帰っているのだ。
自宅に向かって歩いていると、さまざまな事件や事案が起こった、私にとってはいわく付きの人気の薄い細道に入った。
ここでありすと静夜が戦ったり、叶多に襲われかけたり、いろいろあったなぁ……と、つい感傷に浸ってしまう。
と、目の前からフードを深く被った不審な人物が反対側から歩いてきた。
いや、不審だと感じたのは、私の勘でしかないが……一応注意をーー。
そう考えていたあいだに、相手の男はフードを持ち上げ顔を出した。
顔中にピアスが入れており、ボサボサした金髪の、いかにも危うい風貌を漂わせている二十代後半辺りの男性だった。
「やあ! 奇遇だね? 奇遇じゃないけど! あひゃひゃひゃ! いいねいいね!」
「ーーは?」
男性は私を見るなりニヤニヤとした表情を顔に浮かべ、なにがおかしいのか、狂ったように嗤いはじめたのだ。
「俺の名前は三河慎太郎! きみの名前は杉井豊花ちゃん! 俺が殺すと決めた新ターゲットだ! 誇っていいゾ!?」
「な!?」
三河慎太郎!?
沙鳥の言っていた殺し屋ーーいや、殺人鬼じゃないか!
「いいねいいね! きみいいよ! こんなかわいい女の子は惨殺しなくっちゃなぁ! うれしい? ねえねえうれしい!?」
「な、なんなんだ! おまえ!」
狂ったような言動に、狂ったような風貌、狂ったような性格。すべてがすべて狂っていた。
狂気……最初に頭に浮かんだ言葉がそれだ。
相手の出方を窺っていると、素早く厳ついナイフをポケットから引き抜き取り出した。
私も慌ててナイフを取り出す。こちらのほうが弱々しい造形に見えるナイフだが、こっちは瑠衣の異能力によってナイフを強化しているんだ。
相手の武器を狙えばどうとでもなる!
「葉月瑠衣、柊ミミもターゲットだったが、何より美しいあんたを殺せるんだ!」
「ーー!」
相手がべらべら喋っている隙を狙い、相手のナイフに刃を当てようとした。
「おっとと、危ないねぇ」
三河はナイフを手でくるくる回しながら、半歩下がり、腰を捻って、ナイフが自身のナイフにぶつからないように避けた。
「葉月瑠衣ちゃんだったか? あの子もターゲットだから調べてるんすわ。きみのそのナイフーー厄介だねー! 楽しくなってきた! 楽しくなってきたぞー!」
三河は叫びながら、瞳では捉えられない速度で私の間合いに入り込む。
まずい!
私は慌ててバックステップをし後退すると、ナイフを構え直し体勢を整えた。
なんなんだこいつ!?
殺し合いを楽しんでいるふうにしか思えない!
再び認識できない歩法で接近。なんだこれ!?
見えているはずなのに脳が認識してくれない!
今の私は直観という異能力に頼らないでいたら、とっくに切りつけられていると予想できた。
ナイフで再三切られる!
今度は顔面に突きを放たれた。
私はそのナイフを自身のナイフで切断しようと当てに行く。
「!?」
突きが放たれたーーそう思っていた。
だが、刺突が来るかとナイフを構えた瞬間、ナイフが眼前から消えた。
直観で危ないと脳裏に警告が流れ、一歩下がる。
そこにナイフの横薙ぎが通り抜ける。
いったいなにが起こっているんだ?
「おらおらおらほらほらほら、早くしないと死んじゃうぞー!」
ナイフで幾数回も切りつけてくる。
そのナイフにナイフを当てようとすると、ナイフがスッとその場から消えた。
まただ!
ナイフをあてようとしても、そのナイフがあたかもそこになかったかのように姿を消してしまう。
「いっくぞー! あひゃひゃひゃ!」
再び足音のまったくしない超速度で私に接近。
しかし接近したことすら認識で捉えられない!
次々ナイフが襲いかかる。それをひたすら避け、隙をついて相手のナイフではなく腕を切りつけようとした。
しかし……。
「いったいなにが……?」
相手の腕がスッと残像だったかのように消え、気がつくと相手は元の離れた位置まで後退していた。
次なるナイフの突きをナイフで弾こうとするが、ナイフが当たる前にそのナイフは姿を消してしまう。次の瞬間、左腕がナイフで切りつけられてしまう。
多量に出血し、思わず痛みで硬直してしまった。
「な!? 大丈夫ですか!?」
通りがかりの一般人が偶然私の腕からの出血を見て、慌てて駆け寄ってくる。
「あひゃひゃひゃ! こりゃまずいなぁ。一般人に見られたら警察呼ばれちまう。次は本気で来いよ?」三河は変わらぬにやけ面でつづけた。「じゃないと、おまえら豊かな生活は全滅、上の愛のある我が家を次のターゲットにしちまうからな。あひゃひゃひゃ!」
三河は一般人が近づく前に反対側の道へと走り去っていった。
「だ、大丈夫ですか? 今から救急車と警察に連絡しますから待っていてください」
男は心配そうに声をかけてくる。
端から見れば幼い女の子が、不気味な男にナイフで切りつけられたようにしか見えないのだろう。
「いえ、大丈夫です……傷は浅いので」
「では警察にーー」
「そっちも大丈夫です。彼は私たちがなんとかする予定なので……」
心配そうな顔をしている男性を尻目に、私は切られた片腕を圧迫しながら歩いて立ち去った。
傷を見るたびに悔しさが込み上げてくる。
私はあんな奴に、異能力をつかっているのに怪我を負わされ、敗北を喫したのだ。
「次は本気で来いよーーか」
私のなかで怒りが沸々と湧いてくる。
ああ、わかったよ。
今度は手加減せず、最初から全力で殺しきってやる。
私は心に、そう固く誓ったのであった。




