Episode167/困惑
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澄が飛び出していった室内では、残った面々がそれぞれ困惑を隠さず表情に浮かべていた。
いきなりなにがあったのか理解できない。
そう言いたそうに、皆は顔を見合わせる。
「……澄さんの心中は読めませんでした。澄さんはいったいどうしてしまったのでしょう?」
沙鳥は冷や汗を流しながら、みんなに問いかける。
澄ーーを操っていた神の言葉を臆面どおり受けとるなら、世界人類を抹消するために動くと言っていた。
0を1にして失敗した。ならば0に戻そうと。不完全を完全に戻すと……そう発言していた。
しかし、澄の言動を省みるに、まだ澄の意識は完全に奪われていないのだろう。
奪われていたとしたら、最悪、ここにいる面々が全滅していてもおかしくない状況だった。
だが、澄は僅かに残留した意識で皆を守るため、ここにいるメンバーからちからを振り絞って逃走してくれたのだ。
「鏡子さん、今すぐ澄さんの居場所を追跡してください」
沙鳥に言われて鏡子は頷くや否や、意識を集中し始めた。
「澄がいなくなったら大打撃ね……ひとつのシノギが失われてしまうわ」
「ええ。最悪、澄さんのなさっていたシノギを豊花さんの豊かな生活に代替わりしていただかなければならないかもしれません」
ええ!?
今でさえ悪人の討伐に苦戦を強いられているというのに、澄が相手にしているような極悪犯罪者相手に私たちのちからで対処できるとは到底思えない!
「澄さんは……辺りの風景が……目視できない速度で、どこかへ走り去っています……」
「そうですか……これではしばらく澄さんに頼ることは不可能ですね」沙鳥は私や瑠奈、朱音をそれぞれ見た。「なにか、あなた方は存じているようでしたね? 神様がどうとか」
たしかに。私の目の前にはたびたび神と名乗る自分の鏡像ともいえる見た目で姿を現し、意図のわからない発言を残していた。
だけど、それがなにを意味する発言なのかは、いまの私には理解できない。理解が及ばないのだ。
「自称神はわたしの前にも、わたしの姿で数度現れたことがあるよ……」瑠奈は言いづらそうに言葉を紡いだ。「わたしに対して、要約するとーーこの世界を滅ぼすーー消す予定だから、異世界に戻ったらどうかって言ってた」
「この世界を滅ぼす?」
舞香は驚いた表情で、瑠奈の発言を反芻した。
「ボクの目の前にも一度だけ現れたことはあるけど、そんなことは言っていなかったよ」
朱音は瑠奈の発言に驚愕しながらもそう言う。
「朱音さんにはなんと仰っていたのでしょうか?」
「神である私の苦悩をきみにも与えてあげよう。如何に神という存在が悩ましいかきみにも理解してほしいーーと、異能力者にさせられたんだ」
意外な過去だった。
通常、異能力者になるには、心の隙間に異能力霊体が入り込み、その願望に沿った異能力が発現する。
しかし、朱音の場合は異なるという。
イレギュラーもあるのだと、朱音のおかげで知ることができた。
もっとも、神による贔屓とも呼べるものだから、参考になるかはわからないが……。
「おそらく……澄さんは……県外に出ました……まだまだ遠くへ……遠くへ……ひたすら走っています……」
なるべく私たちに被害を与えないように離れているのだろう。
「神の発言は理解できないけど、もしも額面どおり受けとるなら、神は澄という神の子を操り、全人類、全生物を滅ぼす気なんだと思う」
私の直観が告げているのだ。
このままでは取り返しのつかないことになるだろうことが。
「豊花さんの勘は当たりますからね……これから私たちはどのように行動すればいいか悩みどころです」
沙鳥は迷う素振りを見せたあと、皆を一周みまわした。
「悩んでいても仕方ないじゃない。澄がいなくなったとしても、すぐにどうこう私たちができるわけでもないし、これまでどおり活動しながら、澄をどうするか考えていきましょ?」
舞香の発言に、過半数は頷いた。
「では、少し仕事内容を変更します。鏡子さんは債務者の探索と平行して、定期的に澄さんの居場所の報告をお願いします」
「……わかり……ました……」
沙鳥に言われ、鏡子は素直に頷いた。
「舞香さんは今までと変わらず、金融をしていただきます。ただし、澄さんの情報が耳に入り次第報告をお願いします」
「わかったわ」
舞香は今までどおり金貸しの仕事をするのだろう。
てか、ぶっちゃけ闇金と言ってもいい気がするんだけど……。
「香織さんは売春斡旋の仕事は一時一さんに委託して、澄さんがなにかやらかした可能性のある事件の捜査、神を知る人物の情報を見つけられたら見つけてください」パソコンを指差す。「無論、外には出なくて結構です」
「わ、わわわわかりました!」
香織は吃音症以上に吃りが酷い気がするんだけど……緊張と相成ってそうなっているのだろうか?
「ゆきさんは今までどおり風俗や水商売のケツモチ、要は用心棒をしてもらいます」
「わかった」
こう考えてみると、澄がいなくなったとしても、やることは皆だいたい変わらないなぁ。
「朱音さんは異世界と現世界を行き来し、覚醒剤の運搬をお願いします」ですが、と沙鳥はつづけた。「澄さんがもしも我々に害を成す存在と化したときのために、異世界で協力者を募っておいてほしいです」
「ルーナエアウラやマリアージュ?」
「そうなりますね。よろしくおねがいします」
「一応お願いしてみるけど、来てくれるかなぁ……」
朱音は渋々といった表情をしながら頷いた。
あまり異世界から現実に干渉させたくないようだ。
「で、ここからが本題になります」
「本題?」
って、そういえばまだ私や瑠奈がなにをするか教えてもらっていない。
嫌な予感がする。
なるべく安寧な仕事を任せてもらいたいんだけど……いや、いままでも危険な仕事ばかりだったけどさ。
「豊花さん率いる豊かな生活の討伐班は、澄さんがいままで対処してきた異能力者の対処をしていただきたいのです」
「え、い、いやちょっと待ってよ!」
いきなりそんな大役任されても、到底できるとは思えない。
「もちろん、相手の狂暴さや厄介さを比較して、豊かな生活に協力者を送ります」
「だからといったって、こっちには柊や瑠衣みたいな素人もいるんだよ!?」
「協力者を連れていってもらうと言ったじゃないですか」
「協力者? 協力者っていったい……」
誰がついてきてくれるというのだ。
一般人がひとりやふたり増えただけで、対応できるとは到底思えない!
「まだ瑠奈さんに任せる仕事を言っておりませんでしたよね? 瑠奈さんには豊かな生活の正式なメンバーになってもらい、豊花さんに協力してもらいます」
「えー。なんだか面倒くさいなー」
「そう仰らずに。お願いいたします」
珍しく沙鳥は瑠奈に頭を下げた。
瑠奈はまんざらでもなさそうに、「仕方ないなぁ」と受けてくれた。
たしかに瑠奈がいれば百人力だけど、それでも不安が残る。
「それと、こちらはまだ連絡していませんがーー可能であれば、ありすさんや静夜さん、陽山さん、可能なら刀子さんにも手伝ってもらうかもしれません」
「それが可能ならありがたいけど、だったらそもそも私たち要らなくない!?」
瑠奈、ありす、静夜、刀子さん、陽山と揃えば、むしろ私が足を引っ張りそうな気しかしない。
「ありすさん曰く、豊花さんは当に自身と同等の実力を保持していると聞き及んでいます。柊さんは勝ち負けを理解し戦力になるように成長したでしょう。瑠衣さんはいわずもがな、強力な異能力の持ち主です。この面々が揃えば、いままで澄さんひとりで対処していた相手にも対応できるだけのちからはあると私は思っています」
「そんなこと言われたって……」
やはり自信はない。
「ひとまず、これらは決定事項です。豊花さんは覚醒剤を自宅に運搬、碧さんや三島さんに分配し終えたら、あとは次の依頼が来るまで待機しておいてください」
なんだか言いくるめられてしまった気がするが、とにもかくにも、私は澄のしていた仕事の代理をすることになってしまったのであったーー。




