Episode166/神造人型人外兵器の暴走
(241.)
1月13日の日曜日。
本日は休日なうえ、普通になりたい同好会が解散になったことにより、いよいよ愛のある我が家に出向くか、豊かな生活のメンバーで集まる以外にすることがなくなっていた。
豊かな生活の仕事はここ最近、覚醒剤の密売以外にこれといってなく、三島と碧も覚醒剤の手持ちがなくなったらしく、私に補給してくれとの連絡が入ってきた。そのため、定期的な報告として愛のある我が家への顔出しと合わせ、覚醒剤を沙鳥から購入するために愛のある我が家のいつもの部屋にやってきていた。
三島と碧からの回収金を受け取り、それを持ってきている。無論、郷田の討伐や麻薬密売組織討伐のマージンを合計して、給料として少なからずメンバー全員に金銭は分配済みだ。
三島は草の売買でそれなりに金を稼いでいるからか、そこまで嬉しがったりはしなかったが、その他のみんなーー碧、柊、瑠衣は高校生にしては多すぎる大金に目が爛々と輝いていて、予想以上に大喜びだった。
とりあえず碧には再三覚醒剤を買うための代金として扱うなと釘を刺しておいたし、柊や瑠衣にも『これは命を賭けたことに対する報酬だということを胸に留めておくように』と念入りに説明しておいたが……きちんと理解できているかはいまいちわからない。
窓の外には雨だか霙だか判断に戸惑うような天気模様で、室内だというのに肌寒さを感じてしまう。
思わずくしゃみが出るのも致し方ないだろう。
室内には早朝に来たからか、珍しく大勢集まっていた。
沙鳥を筆頭に、沙鳥の隣に座っている舞香、対面になぜかうつ向いて両手の指を組んで座っている澄、その隣に座り込む瑠奈。澄を見ながらなぜか心配そうな顔を浮かべているゆき、部屋の壁に背中を預けて佇んでいる朱音、パソコンの前でなにかを調べている香織、その隣にーーおそらく香織の視点を借りている鏡子、そして私の計九人もの人間がここに一同を介している。
おそらく結愛は結弦のいる部屋にいるのだろうが、あまりにも部屋の広さに対して人口密度が多い。
「で、覚醒剤は何g渡せばいいのでしょうか?」
沙鳥は覚醒剤の入っている袋をいくつか出しながら問いかけてくる。
うーん、やはりこれからさきもこの仕事をつづけていくとなると……。
「とりあえず200gは貰いたい。なるべく持ち運びは最小限で済ませたいしね」
「わかりました」
沙鳥は覚醒剤の結晶が入った黒いビニール袋を二つ手渡してきた。ひとつ100gずつが入っているのだろう。
私は室内だというのに、妙な緊張感からいそいそと鞄の中に投入した。
「眠剤と注射器は今回はおまけで付けておきます」
と、フルニトラゼパムとトリアゾラムの束、注射器100本入りの箱を受け取った。鞄がみちみちになるほど何とか詰め込んだ。
「でも、200gだと最低1gに2本付けるとしたら、400本必要にならない?」
「注射器の運搬のみでは捕まりませんし、あとで私が車で自宅まで運ばせていただきますよ。それか瑠奈さんに運搬してもらいます」
「えー。売人にシャブ運ぶだけで面倒くさいのに、注射器まで運ばせるの?」
瑠奈は心底面倒くさいといった顔をする。
「えっと……覚醒剤の売り上げは報告しないでいいんだよね?」
利益は沙鳥に前払いで覚醒剤代を支払っている。
こちらで出た利益は私が計算してメンバーに平等に分配し終えている。
だから、いくら稼いだかいまいち覚えていないから訊かれたら困ってしまう。
「ええ。豊かな生活のメンバーの査定はすべて豊花さんに一任しますからご安心ください。ですが、その辺りはきちんとメモしておいたほうがのちのちトラブルになりにくいので、帳簿を記入しておくことをおすすめします」
「あ、はい……」
やんわりと説教されてしまった。
と、瑠奈が立ち上がりこちらに近づいてきた。
「豊花……碧には覚醒剤に手を出させていない? もし手出しさせてたら、いくら可愛い子ちゃんな豊花でも許せないよ?」
半睨みの表情の瑠奈が目前まで近寄り、問い質してくる。
か、顔が近い!
いくら私至上もっとも容姿が優れた美少女だからといって、中身がクレイジーサイコレズ性欲最強暴力嗜癖ニコチンアラサー女にはときめかない!
人間って、想像以上に中身が大切なんだなぁ……。
「だ、大丈夫だからちょっと顔近いって! 離れて離れて! いまのところ、碧は覚醒剤をやっていないから安心して。どちらかというと、碧は覚醒剤を売り捌いている自分に酔ってるだけに思えるから!」
そう。
しばらく碧とやり取りをしてきたうえで思えたのが、碧は薬物に依存しているというより、さまざまな薬物をやってみたいという知的好奇心のほうが上回っている気がするんだ。
睡眠導入剤に頼っている私ーーに酔っている。
違法薬物を売り捌いている私ーーに普通じゃない私を感じている。
どうも、その気が強い気がしてきたんだ。
「ならいいけど……もし手だししたら、碧も豊花も許さないからね」
「それは瑠奈さんが言える立場ではありませんと、なんと言ったら貴女は理解してくださるのですか」沙鳥はため息を溢す。「自らやってしまっても自業自得です。碧さんの責任でしかありません」
「犯罪者の仲間に仕立てあげて、沙鳥にもそんなこと言う権利はない!」
うわ~、また険悪なムードが漂いはじめる。
「まあまあ二人とも、そんなことより豊花の話でしょ?」
舞香さんが中立に立ち、なんとか喧嘩に発展しはじめそうな二人を止めてくれた。
「……澄?」
今まで黙っていたゆきが、澄の肩を揺さぶる。
「?」
なにやら澄は、うつ向きながらもからだをふるふると震わせている。
額から雫が垂れ、まぶたを伝い地面に汗が落下する。
よくよく見ると、顔面蒼白で、苦しそうな表情を浮かべているのが見てわかる。
「澄さん、気分が悪いようですが、どうなさいました? 心中もぐちゃぐちゃで読心が効きませんし」
「ああ……ああ……うっ……! なんなんだ……急に、おまえは……わしに……なにを……するつもりだ……!」
澄はよくわからない独り言を発したかと思えば、おもむろに、ゆっくり、それこそゆっくりと、震えたままソファーから立ち上がった。
寸刻ーー澄の纏っている雰囲気が変貌した。
今まで醸し出していたような独特な危うい気配が、なにか、どこか、神々しいオーラへと変わったのだ。
「はは、あははははは! やあ、ごきげんよう。杉井豊花、微風瑠奈、現世朱音。ほかははじめましてかな? 青海舞香、霧城六花、織川香織、嵐山沙鳥、美山鏡子。はじめまして。私は世界を不完全から完全に戻すために降臨した、君たちの言葉を借りるなら神様だ」
ーーは?
神様って……あのとき私の姿を借りて目の前に現れたあの神!?
なぜ澄がそのような発言をいきなり言い出すんだ!
「どういうこと……まえも私の姿で現れて、この世界を消すだとか胡散臭いことを言い出したよね?」
瑠奈はいやいやそうに、愚痴るように、澄に向かって吐き出す。
沙鳥たちは、なにが起こったのか理解が追い付かないのか、ただただ成り行きを見守っている。
朱音や瑠奈はコイツを知っているかのような口ぶりをしていた。
いったい、なにが起ころうとしているんだ!?
「私はね、完璧がゆえに完璧以上になろうとして、0を1にしたんだ。無数に広がる世界、宇宙、地球ーーでもさ、完璧以上にはなれなかった。君たちは争いばかりをし、合体して数を減らすどころか、わかりあえずに戦争ばかりを繰り返す。争いばかりが発展する。もう、この世界は不完全から修復は不可能だ」だからーーと、神は残酷な宣言を口にした。「この地球だけでもリセットすることにようやく決めたよ」
「はぁ!? わけわからないことを澄の口から吐き出すな! 澄から出ていけ!」
瑠奈は狂風を両手で溜め込みーー澄ならこの程度耐えられると想定したのかーーその狂った風の弾丸を澄に向けて豪快に放つ。
しかしーー。
澄はそよ風でも吹いたかのように気にせず、それを意図も容易く受け流した。
つまり、澄のちからは、例え中身が神だろうと劣化していないことを示唆していた。
瑠奈は一瞬で澄の目前まで飛び込み、右腕を引いたかと思えば、それを前に突き、澄を吹き飛ばそうとする。
「君たち人類を全滅させようと作ったこの子ーー無の子にその程度の力業が通用するとでも思っていたのかい?」
「うっ!?」
風の防壁など無関係とばかりに瑠奈の右腕を掴むと、そのまま一回転し勢いをつけて部屋の壁まで吹き飛ばした。あまりの勢いに、豪快さに、瑠奈の背後の壁に亀裂が入る。
「がぁあああっ!」
瑠奈は地面に崩れ落ち、悶え苦しむ。
「澄! しっかりしなさい! あなた自分がなにをやっているのかわかっているの!?」
「だめです……澄さんの心中が混線し過ぎて、悪ふざけなのか本気で神などという非現実的な存在が干渉しているのかがわかりません!」
舞香と沙鳥は、神が言うとおりなら、神とやらと遭遇した経験がない!
「……私は一度、この神様とやらに遭遇したことがあるよ。ボクがまだ幼い頃だけどね。だから、多分、澄は本気で操られている」
朱音も会ったことがあるかのように、そう弱々しく口にする。
「そうだね。まずは身近な君たちから処分していこうかーーぐっ! 強くつくり過ぎた弊害か!?」
澄は頭をいきなり抱える。
「澄!?」
「逃げろ! わしはいま神に操られている! ーー干渉が酷いですね。早く人類皆掃討をしなければならなーー早く逃げろ!」
澄と神が入れ替わりに言葉を発しているような気がした。
澄の危うい雰囲気と、神の神々しくも美しい気配が混線したかのように入れ替わり立ち替わり交互しているかのように思えるからだ。
「逃げろって言ったって! 澄はどうするのさ!?」
瑠奈は苦しそうに頭を擦りながら、なんとか立ち上がり問う。
「はぁぁあああああ!!」
澄はフローリングにクレーターが出来るほど拳を叩き込むと、目にも止まらぬ早さで窓ガラスに飛び込む。
ガシャンッーーとガラスの破片を飛び散らしながら、苦しそうな表情で、脂汗を顔中に垂れ流しながら、二階である窓から外へと飛び出した。
急いで割れた窓ガラスから下を見ると、目にも止まらぬ早さでこの場から駆けて、逃げるようにーー遠く、遠く、遠くへと走り去っていった。
今まで出会ってきた異能力の世界のリーダー、神無月の言葉などが脳内で反芻していた。
ーーこの世界は失敗作でしかなく、未来はもうない。
今まで経験してきた問題や騒動、事件などが比にならないくらいの、前代未聞の大事件が、幕を開けようとしている気がしてならなかった。




