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前代未聞の異能力者~自ら望んだ女体化だけど、もう無理!~(旧版)  作者: 砂風(すなかぜ)
第六章/平凡な非日常
172/264

Episode165/悪霊②

(239.)

『彼氏に……ふ、ふざけるな! お、俺は騙されないぞ!? おまえだって悪霊なんだろ!? 俺は頼りになる霊能力者を見つけたんだ! 今度会うことになってる? そこでおまえら二人とも祓ってもらうんだ!』


 田井中先輩はそう捲し立てると、鞄を手に取り部室の入口に歩み寄った。


『ええ……せっかくお話できたのに寂しいの……あと危ないの。そっちの悪霊に近寄ると大変だよ?』

『うっ!』


 田井中先輩は今さっき見たはずの化け物の存在を忘れていたのか、入口まで行き立ち止まる。

 しかし、田井中先輩は『うわぁあああ!』と叫んだかと思えば、黒い異形を通り抜けるーーいや、透けるように突撃し、部屋から飛び出してしまった。


『待ってなの、お兄さん。私から離れると大変なの!』

『うるさいうるさいうるさい! おまえら悪霊二人を祓うスペシャリストに会う予約をしているんだー!』


 背後からスーっと追いかけてきているだろう幽を無視して、田井中先輩はがむしゃらに走り昇降口まで駆けて向かう。

 さらに幽の背後をチラリと見やると、廊下を埋め尽くすような黒より黒い目玉が無数についた闇の化け物が、気持ちの悪い無数に生えた大小さまざまな足を蠢かせ、幽と田井中のあとを追うように、べたべたと素早い音を立てながら追ってくる。


「どうやら化け物のほうは……さまざまな思惑が脳裏に重なっており、私の読心ではなにを考えているのか把握できませんーー!」


 珍しく沙鳥は苦しそうな声を上げた。

 だいたい霊能力者のスペシャリストってなんなんだ。

 SNSで会って話を聴いてお祓いをしてくるという話の流れになったのか何なのか。なんだろう、直感が告げている。それは解決策には到底ならないということを。


『こら、待て田井中! いきなりどこ行くつもりだ!』


 空先輩が心配して田井中先輩のあとを追いかけてくる。

 意外と部員想いなところもあるのかもしれない。

 でも、これなら助かる。連絡先を知っている空先輩が近場にいることで、こちらから連絡をかけることもできることに繋がる。


『ちょうどきょう、その霊能力者に会う約束を取り付けていたんだ! ざまぁ見ろ! おまえら悪霊共をまとめて祓ってやるからな! 覚悟しろ!』


 異形の怪物が徐々に近づいていく。その目の前に幽が立ちふさがると、怪物は動作を止め、壁の中に暗黒に染まった多数の目のある怪物は入り込み姿を消した。


『お兄さん、悪霊はいったん逃げたの。だから焦らないで!』

『おまえも悪霊だろ! 今から約束時間にファミレスに行く! おまえらの命はそこまでだ! ざまぁねぇな! やっと、やっと解放される!』


 されども田井中先輩は足を止めることを知らない。

 見た目がヒョロガリな割に、どこにそんな体力があるのかと言いたくなるほど全速力で走り続け、昇降口に辿り着いた。

 幽に追い付かれないように適当にパパっと上履きから靴に履き替え、校門から出てしまった。


「気になることがあるので、空さんという方に田井中さんとやらと同行させるように言ってくださいませんか?」

「わ、わかったーー」


 事情を空先輩に伝え、可能なかぎり田井中先輩のあとを追うようにお願いした。

 空先輩も部員であるゆえに田井中先輩を放置できないのか、言われた通りに田井中先輩のあとを追った。








(240.)

 チェーンのファミレスの中に、田井中先輩は息を切らしながらも全速力で入った。

 辺りを見回す視界に、いかにも普通のおばちゃんのようなひとが田井中先輩を手招きしている姿が映った。


『田井中くんですよね?』


 おばさんは物腰が低そうな態度で、自分の座っている席に誘導した。

 田井中先輩が席に座ると、さっそくだけど……と前置きしたうえ、おばさんはとんでもないことを口にした。


『あなたには恐ろしい悪霊が何体もついています』

『ええっ!?』


 田井中先輩は驚愕したのか大声を上げる。

 店内には暖かい暖房がついているというのに、田井中先輩は冷や汗をやたらと流しているのか、地に落ちた滴が一瞬視界に入ってきた。


『この悪霊を祓うには……少しばかり予算が必要です』

『よ、予算?』

『ええ。本来なら100万円は下らないのですがーーあなたには悪霊が何十体も憑依しているから仕方ないのですよ。ですが、今なら『悪霊浄化教会』という団体に属せば、50万円かからずとも悪霊をお祓いすることができますよ?』

『ほ、本当ですか!?』


 いやいやいやいや!

 これは私でもわかる。

 霊感商法や宗教の勧誘じゃないか!


「沙鳥……」

「ええ。あのおばさまは嘘をついています。そのうえ田井中さんのことを統合失調症だと決めつけている。マインドコントロールで悪霊を気にしないよう誘導し、後に多額の商品を購入させようとしている悪徳宗教です。今すぐ田井中さんを止めないと大変なことになりかねません」


 近場で成り行きを傍観している空先輩に連絡し、沙鳥に言われた説明をそのまま伝えた。


『やっぱりな。胡散臭いなと話を聞いたときから思っていたんだ。だが、どうする? 今の田井中は相手のおばさんを信じきっているぞ? 私の言うことなぞ耳を貸さないだろう』

「……たしかに」


 このままではさらに田井中先輩は不幸のどん底に落ちてしまう。

 と、そのとき、幽が田井中先輩の背後に近寄り言葉を発した。


『お兄さん、本当に私のことが見えているなら、悪霊が幾つも着いているって矛盾しているの。さらに私のことが聴こえているなら、見えているなら、悪霊ーー私やあの影が』レストランの窓ガラス一面に真っ黒なペンキで塗られたような怪物が、十の瞳で田井中先輩を凝視している。『いまなにをしているのかわかるはずだよ? わからないならこのひとインチキだよ』

『え? あ……』


 悪霊に唆されたことが腑に落ちないのか、あまり返答は芳しくない。

 だが、今の田井中先輩の独り言が理解できないのか、エセ霊能力者(宗教勧誘者)は頭上にはてなマークを浮かべているように首を傾げている。


『あの……幽霊が見えるんですよね?』

『え、ええ。今もあなたの背後に何人も蠢いているわ。早急に対処しなければあなた死ぬわよ?』

『……』田井中先輩は葛藤するような仕草をした末に言った。『あなたには悪霊が見えていない!』


 田井中先輩はテーブルを強く叩く。


『な、なんですって!?』

『俺には悪霊の対処法はわからない。だけど悪霊を目視することはできるんだ!』田井中先輩は捲し立てる。『俺に取り憑いている悪霊は二人だ! 悪霊の姿が言えるなら言ってみろよ! ヒントはひとり目は女の子だ! どんな顔をしているかわかるか!?』

『あ……きぃー! せっかくあなたのためを思って忠告してあげたのにその態度! もういいわ! あなた死ぬわよ、ぜったい死ぬわよ!』


 おばさんは急にヒステリックになるなり、席を乱暴に立ち上がった。


『幽霊が見えるなんてキチガイじゃないの!? あんたみたいな頭のおかしな病人を相手にするほど私は暇じゃないの! バカみたい!』


 もはや霊能力者でもなんでもない単なるヒステリックなおばさんと化した人は、乱暴に椅子を倒すなり、ズカズカとした足取りで店を出ていった。

 これで元の木阿弥だ。


『ね、だから言ったの。たしかに私は悪霊なの。でも、他の悪霊からお兄さんを守ってあげるの。だから、ね? お願いします。私が命を賭けてもお兄さんを守るから、ずっと側にいさせてほしいの……』

『そうするしかないのかよ……』


 田井中先輩は悲しそうに、遅れて店を出た。

 なんとかして田井中先輩を助ける方法はないのだろうか?


『お兄さん……私と組まない?』


 幽は唐突に田井中先輩に語りかける。


『なんだよ、組むって……』

『私は悪霊としてのちからは強いほうなの。だから、お兄さんが強い悪霊ーー私を利用して、世の中の幽霊に困っているひとを助けて小遣い稼ぎできるよ?』幽はつづけた。『お兄さんが霊障に悩まされているひとの相談に乗って、私がそのひとに取り憑いている悪霊をやっつけるの。それ、新しい商売になるの。その代わりに私のことを愛して欲しいの。どう?』

『……』


 田井中先輩はどうも悩んでいるようだ。

 幽も自称、悪霊の類いだった。

 しかし会話が可能になり、見た目は怖いが残った片目だけ見るとそれなりにかわいい女の子にしか見えない。さらにいえば、しばらくやり取りをしているあいだに恐怖も和らいできている様子だ。

 なにより田井中先輩を狙っている悪霊は、幽が身近にいるかぎり悪さはできない。場合によっては幽が退治してくれる可能性だってある。


『……わかったよ。俺を呪い殺さないと約束するなら、そういうことでもかまわない』


 田井中先輩は緊張が溶けたように、先程よりも穏和に対話ができるようになっていた。

 今までずっと流血した空洞の眼孔で永遠と睨んでくるという勘違いをしていたからこそ、田井中先輩は不用意に怖がっていた。

 それがなくなったいま、田井中先輩の緊張の糸も解れたのだろう。


『じゃあお兄さんは私の彼氏だね! 決まり! これから二人でゴーストバスターを楽しもう!』


『私には二人の会話がよくわからないんだが、田井中の表情を見るかぎり問題は解決したといっていいのか?』


 空先輩が通話で訊いてくる。

 まあ、謎の化け物問題とかは解決していないけど、解決したといっても大方間違いはないだろう。


「はい。多分、もう大丈夫だと思います」

『そうか……あとは私だけだな。普通に成りきれていないのは……』


 空先輩はどこかもの悲しそうに呟いた。


 楠瀬、伊勢原の問題は解決した。

 柊 ミミは普通になることを諦めた。

 田井中先輩は幽と和解し、前みたいに発狂することはなくなったと考えていい。

 私は……普通にはなれないことをなんとなく察している。


『ま、もう私は私自身だけで普通になるよう尽力することにするよ。まえまでは傷の舐めあいのような事ばかりやってきた同好会だったが、もはや悩んでいるのは私だけのようだ。同好会は解散していいのかもしれないな……』


 空先輩は、私が見た限り、既に普通になっている気がする。だが、本人はまだ気にしているようだ。

 普通になりたい同好会の問題は大方解決したといっても過言じゃない。


 身近な人物も、碧も覚醒剤の売人になることで覚醒剤の自身の乱用からは手を引いた。

 柊も、勝敗の真髄を理解したといってもいい。


 平凡な日常ーーいや、ここ最近は平凡な非日常が続いてきたけど、大半の身の回りの問題は解決したといってもいいだろう。


 なのに、なにか胸騒ぎがする。

 これから、なにか人生最大の危機が訪れてしまうような、そんな奇妙な錯覚が……。


 私は頭を左右に振り、気のせいだ、気のせいに違いない、と頭の中からそれらの嫌な予感を振り払った。






(??.)

 最大の戦力を持つメンバーがーー人類総人口抹消装置が動き出すときが来るまで……残り……。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 話に入り込めてとても好きです。
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