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前代未聞の異能力者~自ら望んだ女体化だけど、もう無理!~(旧版)  作者: 砂風(すなかぜ)
第六章/平凡な非日常
171/264

Episode164/悪霊①

(237.)

 一月九日、水曜日。

 昨日の疲れも癒えぬまま、私は学校に行き授業を受けた。

 柊は怪我が酷かったため本日は学校に来ていない。

 瑠衣は見た目より傷が浅かったため、包帯を巻きながら学校にはちゃんと来ている。


 沙鳥には三人とも処分したことを伝えたから、おそらく警察か大海組かが死体を片付けてくれているだろう。

 放課後、碧には『氷がなくなったら、このひとに連絡をして別けてもらって』と三島の番号を教えておいた。

 これで本日私のするべきことは終わった。


 特にやることがなくなった私は、一応同好会に顔を出すことにした。

 部室の扉を開けると、既に伊勢原に楠瀬、田井中先輩、空先輩は席に着いていた。


「柊から話は聴いたぞ。普通になりたいんじゃなかったのか?」


 空先輩は若干瞳を鋭くして問いかけてくる。


「普通にはなりたいですよ……表社会では」だけど。「裏社会ではもう普通になることは叶いません」

「まあいい。伊勢原と楠瀬は見事に普通になった。柊は普通から目をそらした。残るは私と田井中だけだ」


 田井中先輩に目を向けると、窓の外をガン見しながら震えていた。


「見てる見てる見てる! 悪霊となったおかっぱの片目がない女の子が! お、おおおれを殺す気だ!」


ーー本当に霊体が見えているのか、単なる統合失調症なのか、判断に困るな。ーー


 うん……実際どうなんだろう?

 なにか方法がないか考えてみよう。


「思考ーー」


 病気だとしたら、本人の認識に問題が生じているのかもしれない。

 田井中先輩の目に映る世界を見ることができたら、なにか解決の糸口が掴めるかも……。

 目?

 そういえば、鏡子のちからを借りて田井中先輩の視界を見ることができれば、田井中先輩が病気なのか、本当に悪霊とやらを見ているのか、それとも単に演技派ーー虚言吐きなのか区別がつく。

 私は田井中先輩の肩を軽く触る。

 田井中先輩はビクッとからだを震わせるが、気にせず手を離した。


「ちょっと行くところができたので、きょうはもう帰ります」

「なに? いったいどうした?」


 私は鞄を手に取る。


「もしかしたら解決の糸口が掴めるかもしれません。私の友達にちからを借ります。一応、スマホの電話番号を教えてください」

「あ、ああ……いきなりなんなんだ?」


 私は空先輩の連絡先をスマホに登録すると、部室をあとにした。








(238.)

 もう通いなれた愛のある我が家のアジトに入り、皆が集まる部屋の鍵を開けた。


「おや? 豊花さんではないですか。覚醒剤の購入でしょうか?」


 部屋の中には、なにかの書類の束を見ている沙鳥と、誰かの顔写真を見ながら意識をべつに集中しているーーおそらく異能力で誰かを探している鏡子の二人が座っていた。

 ほかには誰もいない。多分、それぞれの仕事に出掛けているか自室にいるのだろう。


「ごめん、鏡子のちからを借りたいんだけど、いまちょっといいかな?」


 鏡子はハッとからだを揺らす。


「……豊花さん……どうも……こんにちは……何の用ですか……?」

「ちょっと田井中ってひとの視界を見せてほしいんだ。なんだか悪霊? が見えて困っているらしくて。それが病気にしろ本物にしろ、本当に見えているのか確かめたくってさ」

「……いいですよ……最近増えた……視界の持ち主ですか……?」

「だね。いまさっき触れておいたから」


 沙鳥はたくさんの書類を一ヶ所に纏めると、「悪霊? 私も幽霊が本当に存在するのか気になりますね。私にも見せてください」と言ってきた。

 意外だ。沙鳥のことだから幽霊なんて非現実的なもの存在しないと一蹴するかと思っていた。


「そんなふうに思われているのですか……私だって未知なる存在に興味はありますよ? ですが、悪霊が見えるからといって、その方になにか不都合があるのでしょうか? なにか生活するうえで苦労しているとか」

「いや……そういえば、見えるだけなら問題ないような気も……とりあえず見せてみてよ」

「……はい……」


 鏡子は意識を集中させるためなのか、隣に座った私の手を握ってきた。

 もう慣れたけど、これで鏡子と手を繋いだのは何回目になるだろう?

 やがて、視界を見つけたのか、見慣れた部室に景色が変わった。


『あああ、窓の外から悪霊がぁぁ!』


 田井中先輩の弱々しい叫び声が聴こえる。

 窓の外が視界に入り込む。


「!?」


 そこには、片目が空洞のおかっぱの少女がいたーー。

 空洞化した闇より黒い暗闇から血が流れ、頬を伝い地面にポタポタ垂れて落ちていく。

 窓からこちらを、ただただジッと見つめている。


『いい加減にしてくれ。おまえだけだぞ、その悪霊が見えているのは』


 空先輩が呆れた声を出す。

 いや、空先輩……たしかにそこに居る。

 私たちに見えていないだけで、田井中先輩の瞳には映っていた。

 窓から真顔の少女が、たしかに田井中先輩だけを見つめているんだ。


「流れてくる心の声を伝えましょうか?」

「えっ?」


 沙鳥には悪霊の心も読めるのか?


「ーーあのお兄さんだけ、私の存在に気づいてくれる。私の方をずっと見てくれる。私をなんとかしてくれないかな? 近づいてみようかな? でも恥ずかしいや」

「へ?」


 なんだなんだ?

 悪霊ってわりには、俗っぽい考えしているぞ?

 私をなんとかしてくれないかなーーって、なんとかされたいのか?

 

『うわぁああ! 見るな! 見るな! 見ないでくれ! 俺に取り憑いても意味ないぞ! 悪霊め!』

「うわっ、近づいてきた」


 視界が窓に近寄ると、田井中先輩は部室のカーテンを閉めた。

 すぐさま椅子に戻る。


「……見た目……怖いですけど……沙鳥さんの……言っているとおりなら……悪霊ではないんじゃないですか……?」


 自分の視界に戻った。

 鏡子が異能力を解除したのだろう。


「カーテンでシャットされてしまったのでもう読心はできませんが、思考を読むかぎり自分のことを見てくれるから興味を抱いているだけみたいですね」


ーーそれにしても驚きだ。霊体が姿を持って行動しているなど現実にはないと思っていた。田井中夕夜の視界だけでは幻覚かもしれなかったが、嵐山沙鳥が読心できるということは、一個人として存在しているのだろう。ーー


 たしかに、幻覚ならば思考は持たないはずだ。

 だが、沙鳥はしっかり相手の思考を覗いていた。

 つまり、意思の疎通は可能だということ。

 私はスマホを起動し、急いで空先輩に連絡した。


『どうした?』

「いま、友達の異能力を借りて、田井中先輩の視界を覗かせてもらいました。たしかに幽霊は窓の外にいます」

『なに?』


 友達と言った瞬間、なにやら鏡子は嬉しそうに頬を緩ませた。


『それは本当か?』

「はい。で、いまから窓を開けてもらい、その幽霊と意思疎通ができるか、話しかけてみてほしいんです。私たちはその友達から田井中先輩の視界を貸してもらって様子を見ているので」

『田井中は怖がっているぞ?』

「大丈夫です。多分、田井中先輩が勝手に怖がっているだけですから」

『わかった。やってみよう』


 私は鏡子に、再び田井中先輩の視界を見せてくれるよう頼んだ。


「沙鳥も必要があれば読心して伝えてほしい」

「わかりました」


 田井中先輩の観る光景が視界に広がった。

 空先輩は窓に近寄ると、カーテンに手をかけスライドさせた。

 先ほどの幽霊は、まだそこに佇んでいた。

 空先輩を見て、首を傾げている。

 窓を開けると、田井中先輩が『な、ななななにを!?』と困惑している声が聴こえた。そういえば、鏡子の異能力は視界盗撮だけかと思っていたが、普通に声も聴こえるんだな……。

 もしかしたら戦闘に役立つかもしれない。戦いの最中、相手に無理やり視界を被せて目を塞ぐ……河川さんの異能力の上位互換といえよう。


『で? 私はなんて言えばいいんだ?』


 スマホから空先輩の声が聴こえる。

 うーん、とりあえず……。


「きみの名前は? と、なにが目的で田井中先輩を見ているのか訊いてみてください」

『わかった。ーーおまえはなんて名前なんだ?』

『え? 貴女にもわたしが見えているの?』


 幽霊は瞳を輝かせながら空先輩に目を向けた。

 しかし、目が合わないことから見えていないのを悟ったのか、肩を落とす。


『誰か見ているの? 私の名前は幽霊の幽って書いて、(かすか)って読むの』


 幽霊の幽……なんてぴったりな名前なんだ。

 名は体を表すというが……ピッタリ過ぎる。


『なにが目的で田井中を見つめているんだ』

『見えているの? 見えていないの? 貴女には見えていないよね? そのお兄さん、田井中さんって言うんだ。覚えとくね』

『一応伝えたぞ。なんて言ってる?』


 会話が噛み合っていない……。

 そりゃそうか。空先輩には見えていないし聴こえていないのだ。

 と、田井中先輩が窓に恐る恐る歩み寄った。

 幽に近寄ると、『おまえ……喋れるのか?』と呟いた。


『あ、お兄さん……うん、しゃべれるよ?』

『ななな、何が目的なんだ! 俺を見ないでくれ!』

『え……酷いよぅ。やさしくしてよ。なんでそんな酷いこと言うの? 私にはお兄さんしか頼れるひとがいないのに。酷いよぅ……』


 幽は泣きそうな表情を顔に浮かべる。


『だから! なにが目当てなんだ! 俺を毎日毎日ずっと監視して、なにがしたいんだ!』

『監視じゃないよぅ。お兄さんには私が見えているんでしょ? ほかに頼れるひとがいないから……でも、自分から話しかけるのは恥ずかしいし、声をかけてくれるのをずっと待っていたの』

『頼る? 頼るってなんだよ! 俺にはどうすることもできないんだ!』


 田井中先輩はまだ怖いのか、声がうわずっている。

 うーん、こうやって話を聞いていると、普通の女の子としか思えない。澄よりは歳上……ゆきと同い年くらいの年齢かな?


『話を聞いてやさしくしてほしいの』

『だからなにが目的なんだよ……成仏したいなら霊能力者にでも頼れよ』

『いやだ! 死にたくないの! でも、暇だから話し相手がほしかったの。お兄さんの守護霊になる代わりに私にやさしくして?』


「沙鳥、本心から言っているのか心読める?」

「嘘はついていないようですね。まさかこうして幽霊が見えるとは……」


 じゃあ、本当に本心から田井中先輩にかまってほしいだけなのだろう。


「空先輩、田井中先輩にその子は嘘をついていない、本当にかまってほしいだけだと伝えてください」

『了解した。おい、田井中』空先輩がこちらを向く。『そいつは本当におまえにかまってほしいだけらしいぞ?』

『そんなこと言って、俺に憑いて呪い殺す気だろう! 騙されないぞ!』

『お兄さんを呪い殺そうとしているのは私じゃないの』幽はこちらを指差した。『そっちが悪霊なの』

『は……?』


 田井中先輩は振り返り背後に目をやる。

 部室の扉が閉じきれておらず小さな隙間が開いていた。

 私がさっき部室から出るとき、隙間ができてしまったのだろう。


 ーーそこには、なにかがいた。


 黒い塊に、八、九……十個の歪曲した眼が付いており、一様に田井中先輩をギョロギョロ見ている。

 塊の下にはニヤニヤした唇がついている。歯を剥き出しにし、ゲラゲラとからだを震わせていた。

 五個の瞳が見開き白目を見せ、五個の瞳は瞼を閉じた。

 それを交互に繰り返している。


『ひぃ! な、なんだよあれ! ば、化け物!』

『お兄さんの魂を狙っているの。でも、お兄さんは私がさきに見つけたの。だから渡さない』幽は壁をすり抜け部室に足を踏み入れ田井中先輩の傍に寄る。『ね? お兄さんには悪霊が憑いているの。いままで私が影から守っていたの。私がお兄さんの傍にいると、あいつは近寄ってこれないの。私が怖いんだろうね?』

『な、なんなんだよ! 俺はどうすりゃいいんだ!』


『お兄さん。これからもあの悪霊の塊から守ってほしいのなら』


 幽は一息おくと、緊張しているようなしぐさをした。


『な、なにをすればいいんだよ!?』


 幽は少し戸惑いながら、なにか言おうとしてやめてを繰り返したあと、小さく呟くようにこう口にした。





『ーー私の彼氏になってほしいの』





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