Episode160/豊かな生活④
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一月六日、日曜日の夕方。
ついに翌日に登校日がやってくる日となっていた。
自室のなか、ひとり、登校しながら豊かな生活を経営する方法を考える。
豊かな生活メンバーは五人中四人が学生、しかも同じ高校だ。
碧以外は現在休んでいるが、碧だけは密売に出向いている。
ひとまず、学生ではない唯一の新規メンバーである、先日出会った三島に連絡することにした。
『もしもし! 連絡待ってましたよ! あの……郷田さんはどうなったんですか?』
開口一番、自分をいたぶっていた相手のことを訊いてきた。
声が震えていることから報復が怖いのだろう。
「大丈夫ですよ。上の大海組の方たちが、おそらく処分したと思いますので」
『それは……よかった~……。あ、すみません。例の件ですよね?』
三島は安堵したのか深く息を吐き出すと、本題に話を移した。
「そうです。私たちは皆学生なので平日にはそこまで活動できないんですよ。売人役に碧という仲間がいますけど、その子も学生で……なので平日に覚醒剤を売り渡す役を担ってもらいたいんです」
『わかりました! 元から草売っているんで新規顧客も呼び込めますよ!』
「トバシケータイは持っていますか?」
『はい! もちろんっす! 番号教えましょうか?』
「はい。お願いします」
碧のほうのトバシケータイにかかってきても、平日の昼間には碧には対応できない。だから、碧に三島のトバシケータイの番号を教えておいて、かかってきたら三島の番号を教えてそちらに繋げてもらうのだ。
というか、三島は車を持っている。つまり、碧とは違い広範囲に配達が可能なのだ。
碧が捕まる危険性を踏まえても、役割分担を変えてもいいかもしれない。
たとえば、注文が入ったら碧が覚醒剤を計り量を整え、菓子箱に細工する。それを注文された分三島に渡してもらう中継役なんてどうだろう?
とりあえず、考えるのはあとだ。
今は三島のトバシケータイの番号を聞き、メモ帳に記入した。
『ネタはどうやって受け渡しします? 立体駐車場内ででも待っていましょうか?』
「いえ、我が家の住所を教えるので来てくだされば渡します」
今ある覚醒剤90g分すべて三島に渡してしまってもいいだろうか?
一応、直観的に信頼に値する人間だとは思っている。
しかも、私の異能力的に直観は大抵当たるのだ。最近、戦闘以外にも勘が働くようになってきている気がする。
まだまだ成長するのだろうか……この異能力は……。
『わかりました! えっと……姉御って呼べばいいですか? それとも名前の方がいいっすかね?』
「名前でお願いします。豊花って名前ですから、好きに呼んでくれていいですよ」
『では、豊花さんでお願いします! 今から向かいますから住所を教えてください!』
私は自宅の住所を三島に教えた。
車のナビがあるから楽に来れるだろう。
というか、年上……裕希姉と同年代くらいの人間から敬語を使われるのは、やはりムズムズするなぁ。状況的に仕方なかったとはいえ、三島の性格に依るところもあるのだろう。
『じゃあ今から向かいますんで! どうかお願いしまっす!』
それを最後に通話が切れた。
ほぼ赤の他人に住所を教えてしまったけど、大丈夫だったろうか?
通話が切れると同時に、碧から連絡が入った。
「もしもし、きょうの売り上げは?」
『6g分売ったから18万円かな? きょうは営業終了するけど、そういえば売り上げ金ってどうするの?』
「沙鳥が言うにはーーああ沙鳥って上部団体、愛のある我が家のボスね? 沙鳥的には今回の分の覚醒剤を売り上げた金で、沙鳥から覚醒剤を買う。その差額が私たちの給料になるから」
つまり、現在の覚醒剤を例えば100gすべて1gの値段で売れば300万円になる。そのお金で沙鳥から覚醒剤100gを120万円で購入し、残りの180万円が我々の給料になるといった計算だ。
200gの場合200万とさらに安くしてくれるらしいので、多量に購入したほうがあとあといいだろう。
ちなみに、犯罪者討伐の報酬は依頼者から提示された金額の一部が私たちの懐に入る。
でも、こう考えてみると覚醒剤のほうが利益が上がる気がする。
「とりあえずそのお金は大事に保管しといて。次に覚醒剤が切れて購入した際、差額を分配するから」
『りょーかい! じゃあまた、明日学校で』
「うん、また学校で」
端から見たら異常だろう。
同じ高校に在学している学生がーーしかも女子生徒四人が犯罪組織をつくって活動しているなんて……。
でも、だからこそ、逆に考えれば警察の目を欺きやすい。
まさか14~17歳の女子生徒らが犯罪に荷担しているなど容易に想像できないだろう。
と、インターホンのチャイムが鳴った。
三島が来たのだろう。
私は覚醒剤が詰められた袋、チャック付きビニル袋、注射器を現在自宅にある半分を持ち出し、玄関に向かった。
玄関を開けると、このまえと同じようにニット帽を被った少し優男風味な男性ーー三島が待っていた。
「このまえは救っていただいてありがとうございました!」
「いや、こっちも仕事だったから……はい、これ。例の奴です。なくなったら連絡ください。売り上げた金額は持ち逃げしないでくださいよ?」
「任せてください! 一週間で売り上げてみせますよ!」
三島に覚醒剤などをまとめて入れた袋を手渡した。
「愛のある我が家産だから品質は最高だと宣伝してくれて大丈夫ですよ」
「愛のある我が家……? 愛のある我が家! え、え? あの有名な組織と繋がりがあるんですか!?」
三島は愛のある我が家の名を聴いた途端、声を跳ね上げた。
元半グレのメンバーだから、知っていてもおかしくないけど……有名だったのか。
「繋がりがあるというか、私は愛のある我が家の一員ですよ。で、下部団体として豊かな生活のリーダーを一任されているんです」
「愛のある我が家のメンバーだったんすか!? それならあの郷田さんを容易く倒しちゃったのも納得できます。いや~、どんな極悪犯罪者でも愛のある我が家に目をつけられたら最後だって言われていますからね!」
そんなふうに噂されているのか。
だいたい澄が起因だろう。
「あれーー三島じゃん! なんでうちにいるの?」
と、背後から裕希姉が現れるなり、三島を見て驚愕を露にした。
「あ、裕希さん! ども、豊花さんの部下になるんです!」
「え、裕希姉の知り合いなの?」
まさかの繋がりであった。
「同じ大学の生徒だったやつだよん。もうやめちったけど。大麻自慢してくるクズ野郎が居るって言ったじゃん?」裕希姉は三島を指差す。「ソイツのこと」
「クズ野郎だなんてそんな酷いっすよ。大麻は天然由来で癌の治療にも役立つ素晴らしい植物なんすよ?」
「いやいや違法薬物が安全なわけないでしょーが」
あれれ?
裕希姉と三島が仲違いしそうになっているぞ?
「と、とりあえず三島はソレ持ち帰って仕事をしてくれない?」
あ、やべ。三島ってつい呼び捨てにしてしまった。
「すみません、さん付け忘れてました」
「いえ! ぜひ三島と呼び捨てにしてください! 愛のある我が家の方の部下になれるなんて光栄ですよ! いや~、これからの未来は明るいな~!」
「あんたの未来は警察署か精神病棟か墓場でしょーが。ゆったーもこんなやつと付き合い持つなよなー?」
「いや……悪いひとではないんだよ。多分」
たしかに大麻を売買しているのは悪と言えるだろう。
しかし、それを言うなら覚醒剤を密売している私たちも同列だ。
むしろ、より被害が大きい覚醒剤を扱っているこちらのほうがより悪扱いされるだろう。
法律の刑罰の量刑の差を見ても、それがわかる。
「では、俺はこれ持ち帰って分別して売る準備しますね! 普段草吸ってる奴にも営業電話かけてみます!」
「うん。それじゃ、またソレ売り終えたら連絡してね」
「うすっ!」
そう返事をすると、三島は玄関を開けて外へと帰っていった。
なんだか三島相手だと年上だというのに敬語を忘れがちになるなぁ……。
まあ、三島本人がそういう扱いを望んでいるのだから構わないだろう。
三島にも給料は平等に分配しなくてはならないから取り分は減るが、それにしたって学生にしては大金が入ってくるようになる。
既に500万円以上所持している私は、最近、自分の金銭感覚が狂ってきているような気がする。
さすがに家族にも報告できないし、使い道がなかなか見つからない。
金のためでなければ何のために働きつづけているのか疑問が湧いてくるが、愛のある我が家を勝手にやめるのは、過去の契約からできないだろう。
豊かな生活の組織活動の流れが着々と完成していくのを実感した。
これからどうなるかは、私たちの頑張り次第だろう。




