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前代未聞の異能力者~自ら望んだ女体化だけど、もう無理!~(旧版)  作者: 砂風(すなかぜ)
第六章/平凡な非日常
166/264

Episode159/豊かな生活③

(227.)

 あれから数日が経過し、そろそろ登校日が迫ってきたある日の朝。

 急遽、沙鳥から連絡が入った。


『そろそろ初仕事をしていただきます』

「もう!?」


 たしかに、柊は瑠衣に稽古を付けてもらっているし、碧も密売に関する暗黙のルールや“工作”の練習を重ねている。

 だからといって、まだ実践には早すぎる!


『遊んでいる暇はないのですよ。前日に覚醒剤と睡眠薬を渡しましたよね?』


 そうなのだ。

 昨日、いきなり我が家に来るなり覚醒剤およそ100gと計量器、透明な小さなチャック付きビニル袋ーー通称パケ、そしてトリアゾラムとフルニトラゼパムと書かれた睡眠薬を30シートずつ、最後にトバシケータイを渡してきたのである。

 まさかこうも早く仕事をするはめになるだなんて、思ってもみなかった。


『碧さんにトバシケータイを渡してください。本日からそちらの新たなトバシケータイで販売すると顧客には伝えておいていますから』

「わかったよ……ちょっと碧に連絡するね」

『まだお待ちください。豊花さん、柊さん、瑠衣さんにはとある半グレグループのボスを確保、もしくは抹殺してもらいたいのです』


 ええ!?

 いきなり半グレのボスを殺せだって!?


『ファックスで半グレ達のたまり場と顔写真を送付しますから、それを元にターゲットを仕留めてください。二代目大海組ーーというより総白会の下部組織全員が被害を被っているんです。よろしくおねがいしますよ』

「ああ、ちょっと!?」


 沙鳥はそれだけ言い切ると通話を切ってしまった。

 こうなっては仕方ない。まずは皆に我が家に集合してもらおう。話はそれからだ。






(228.)

「で、誰よ倒す相手って?」


 自室に女子が三人、自分も合わせて四人も集まっている。

 密度が高い。

 柊は文句ありげに、しかし興味もあるような口調で訊いてきた。


「とりあえずそっちの話はおいといて。まずは碧から」碧にトバシケータイと、待っている間に1gずつパケに詰めた覚醒剤を10個、注射器を20個、睡眠薬を10シートずつ渡した。「睡眠薬は1シート2000円ね。そのケータイに依頼が入るから」

「依頼されたらそのひとの場所までお菓子の箱に詰めてもっていくのよね?」

「近場ならそうして。ただし遠方ならこっちが場所を指定しても大丈夫」


 碧は瞳を輝かせながら覚醒剤のパケを見つめている。

 今にも自分に使い出しそうで怖い。


「注文された量が1g以下だったら、計量器をつかってこのパケに分けて」


 私は碧にパケを数個手渡した。


「わかってるわかってるって! ワクワクするな~こういうの憧れだったんだよね」


 覚醒剤の密売が憧れって……この子、サイコパスなんじゃなかろうか?


「で、次は瑠衣と柊、そして私の仕事」


 私はファックスで送られてきた紙を二人に見せた。

 紙には対象者の厳つい筋肉を身に纏う金髪の、タトゥーが両碗に入った姿の写真。それと相手の年齢や身長などのプロフィール。郷田(ごうだ) (けん)という名前。最後に、半グレの仲間たちが入り浸っている廃墟となったボーリング場までの地図が記載されている。


「こいつをやっつければいいわけね?」

「なんか、強そう」

「見かけ倒しよ。ナイフで一ころよ。殺してもいいんでしょ?」

「なるべくは確保の方針で……」


 こっちがサイコパスだったか。

 嬉々として殺人ができることを喜ぶ人間なんて、そうそういないだろう。稀にニュースに出る連続殺人犯くらいだ。

 もしも豊かな生活のメンバーにならなければ、柊は将来、ニュースになるようなことをしでかしていたかもしれない。

 そう考えると、豊かな生活に入団したのは、柊にとっても行幸なんじゃなかろうか?


「あ、早速連絡が来た」


 碧はケータイを取りだし耳に当てる。懐かしい。フィーチャーフォンだ。

 ガラパゴス携帯を耳に当てるなり、碧は『量は? 場所はこっちの指定で大丈夫?』と口にした。

 敬語じゃないのが気になるが、まあ、売人にそこまで求めても意味はないだろう。

 碧は通話を切ると、会話の最中に作っていたひとつめの菓子箱をビニール袋に入れた。


「ちょうど1gと注射器二本だったから今すぐいけるよ」

「あ、うん。ああ、一度自宅に帰って覚醒剤やら睡眠薬の荷物を置いてきたら? 自宅で作業したほうがいいでしょ?」


 何度も出入りする羽目になるし。

 まあ、あらかじめいくつかつくっておく手法もあるけど、それをやるとリスクも高まってしまう。


「了解ー。じゃ、まとめて持ってっちゃうね。売ったあとは連絡要る?」

「沙鳥が言うには営業時間7時までってことになっているから、終業時間になったら、いくら売れたかだけ報告してよ。次に追加分渡すから。あとは緊急事態にはすぐ連絡して」

「わかった。んじゃ、行ってくるね!」


 らんらんとした気分で碧は部屋から出ていった。


「私たちは昼間になったら行動開始ね。まだ集まっていなかったら出向くだけ損だし」

「わかってるわよ、うっさいなー」

「……本気で命がけだからね? きちんと注意して行動してよ? じゃないと大怪我じゃ済まないから」

「大丈夫、だよ? 私が、ナイフを、鍛えてあげたから」


 どうやら瑠衣があらかじめ異能力を使い、柊の持つナイフの切れ味を上げてくれたらしい。

 言われなくても行動してくれる。なんて理想的な部下なんだ!


「だけど、柊、そのナイフないと、弱い」

「なんだってー!? たしかにあんたに勝てなかったけど偶然よ偶然。だいたい模擬ナイフと実物は違うのよ! 本気で戦えばあんたなんてイチコロよ!」

「まあまあ落ち着いて……」


 やっぱり瑠衣より弱いんじゃん……。


 ひとまず、こうして雑談しつつ昼の13時まで部屋で過ごすのであった。








(229.)

 昼間。郊外にある廃墟と化したボーリング場。その入り口に私たちは佇んでいた。

 昼だというのに太陽光は弱々しく、冷たい一陣の風が頬を吹き抜けていく。

 からだが震える。これは寒さからなのか、緊張からなのか。自分にもよくわからない。

 ボーリング場からは、年期が経っているのか錆びた臭いが立ち込めてくる。

 だが、そんななか、外だというのに中からぎゃはぎゃはと下品な笑い声が耳に入る。


「中にはきっと仲間もいるーー多人数いるから。で、リーダーは私が担当するから、柊と瑠衣は取り巻きをお願い。武器を持ってる相手は武器破壊を優先して! リーダー以外は逃がしてもいいから」


 いや、むしろリーダー以外ーー郷田以外を処分していいのだろうか?

 少し心配になってくる。

 だけど、状況的に周りを巻き込まないというのは不可能だ。


「なんで私が雑魚相手であんたがボスの相手をするのよ?」

「……ああもうわかった! リーダー、郷田のことは柊に任せるよ。私と瑠衣は周りの仲間らしき人物を痛め付けて逃がすから」

「わかればいいのよ、わかれば」


 一度痛い目に遭わないとわからないだろう。

 相手もさすがに殺しに来るとは思えない。

 なら、もしも柊が不利になったら私が助けに入ればいい。


「いい? じゃあ、行動開始!」


 私たちは並んで建物の中へと進入した。

 建物に入り奥に進むと、ボーリングのレーンが見えてきた。

 その中央の位置に、郷田らしき人物を含め四人の人間が誰かを囲むように佇んでいる。

 よく見ると、囲まれた真ん中には、踞ったニット帽の男性がうめき声をあげていた。

 

三島(みしま)君よー? 下っ端ヤクザの命令なんか聞いちまってよー? 俺ら全員が舐められてるんだ。わかるか? ああ!?」


 郷田がニット帽の男ーー三島の腹部に勢いよく蹴りを入れた。

 それを一度、二度、三度繰り返す。

 三島は蹴り飛ばされるたびに苦しそうに唸る。


「ゆ、許してください……勘弁してください……げえっ!」


 郷田がジャンプしたかと思うと、両足を三島のからだに着地させた。


「ぎゃはは! 許してくださいだってよ。生意気言ってんじゃねーよ。てめーはここが墓場になるんだよ!」

「そんな! かはっ! か、勘弁してください!」


 これ以上はまずい!

 誰だか知らないけど、助けなければ!


「やめろ!」


 私は可能な限り大声で郷田に叫んだ。

 郷田は動きを止めると、「あっ?」と言いながらこちらに振り向く。


「なんだテメーら? 女の子三人揃ってよ。ナンパか? いいぜ、この場でやっちまおうぜ! ぎゃはは!」

「こいつらマジかわいいっすねー! 俺真ん中のロリっ娘犯したいっす」

「まてまて、あの子と最初に目があったのは俺だ。ねー? かわいこちゃん」


 ……なんて気持ち悪い、下品なやつらなんだ。

 これから自分がどうなるかも知らないで呑気なものだ。

 郷田が歩み寄ってくる。

 三島は苦しそうに立ち上がると、場内の端に背を預けて座り込んだ。


「じゃあ手筈どおり、柊は郷田を頼むよ」

「わかってるわよ!」


 柊はナイフを取り出し、郷田に向けた。

 それにつづいて私と瑠衣もナイフを取り出す。

 刃物を持っていることに気がつくと、郷田の仲間二人は怖じ気づき後退した。


「なにビビってやがんだよ! ただのガキじゃねーか!」


 郷田が怒鳴っている隙に、柊はナイフの刃を郷田の腕に切りかかる。

 ナイフが腕をかすり、多量に出血した。

 しかしーー。


「ってーな!? このクソガキ!」

「ゃあ!?」


 切られていない右手を振りかぶり、柊を意図も容易く殴り飛ばした。

 ズザーッと滑る音と共に、柊は一度跳ねると地面に仰向けに倒れた。

 鼻から血を垂らしており、起きてくる気配が感じられない!

 まずい!


「瑠衣! 他を頼む! 私はこいつをなんとかする!」

「なんとかするだぁ!? 生意気言ってんじゃねーぞクソガキ!」


 早い!

 郷田は素早くナイフをかわし、拳を顔面や腹部に叩き入れようとしてくる。

 それをギリギリ避けるなり、私もナイフを振るう。

 しかし身軽なステップでかわされると、横蹴りを放ってきた。

 そこにナイフの刃を向け配置する。

 蹴りが来ると同時に、ナイフが靴を切り裂き内部まで貫通する。


「ってー!? な、なんなんだテメーは!?」


 周りにいる仲間が助けに入ろうとするのを、瑠衣がナイフを振って阻害する。


 足を引き摺りながら、未だに郷田は諦めず拳を振るってくる。

 だけど、おかげで素早い相手への対処のコツが掴めてきた。

 ナイフを当てに行くのではない。


 郷田の拳が腹部を狙う。


 ナイフを予め来る位置に配置するんだーー。


「だぁああああ!?」


 郷田の拳が先端から縦に裂け、酷い量の血が辺りに吹き飛ぶ。


「ひ、ひぃぃいい!」

「おい、ヤバいって!」


 郷田の仲間が、瑠衣と私の行動と強さを直に目にして、恐怖からひとり、ふたりと逃亡していく。


「ま、待ちやがれクソ野郎!」

「仲間をクソ扱いってーー私には理解できないよ!」


 柊が切り裂いた腕にさらに追い討ちをかける。

 痛みで動作が止まった郷田の足を切り払い、思い切り体重をかけ押し倒した。


「ぐぞ! くそがぁああ!」

「瑠衣、沙鳥に連絡して確保したらどうするか訊くから、ちょっとこいつを見張ってて」

「ん」


 敵対者が郷田ひとりとなった為、瑠衣はそのままナイフを片手に郷田に歩み寄る。

 私は沙鳥に連絡した。


「仲間は逃げたけど郷田は確保したよ。もしかしたら出血多量で死ぬかもしれないけど」

『ありがとうございます。そちらに大海組の一員を送りますので、その場で見張っておいてください。くれぐれも逃さないように』

「わかった」


 なぜに大海組?

 まあいいや。

 私は通話を切ると、倒れたままの柊に駆け寄る。


「柊! ちょっと柊!?」

「う、うーん……」柊は顔を血で染めながら、まぶたをハッと見開いた。「ご、郷田は!?」

「もう済んだよ……よかった。大した怪我じゃなくて。だから言ったじゃないか」

「…………」


 柊は悔しそうに唇を噛み締める。

 自分自身、理解したのだろう。

 威勢だけが立派で、実力が見合っていないことに。


 やがて、大海組のメンバーらしき人物が三名やってきた。

 ひとりは一さんだ。


「こいつだな?」


 ヤクザのひとりに問われる。


「はい。郷田で間違いないです」

「ぐぞっ! テメーら覚えとけよ! 必ず犯してぶち殺してバラバラ死体につくりあげてやるからーーぶっ!?」


 ヤクザのひとりが郷田を思い切り蹴飛ばした。


「さんざん極道舐めてくれたよな? ああ? バラバラになるのはおまえだよ。見せしめにタップリ拷問したすえ粉々にしてやる。今から楽しみだな? ああ?」

「な、なんだど! げほっ!?」


 ヤクザは再び蹴り飛ばすと、一さんともうひとりのヤクザに顔を向ける。


「こいつ車に運んどけ。目的地はタイセイの第二倉庫だ」

「わかりやした、新島の兄貴」一さんとヤクザの二人が郷田を抱えて引き摺りだす。「とっとと歩け!」


 いや、足を切っちゃったから歩けないだろうけど。


 ヤクザたちは郷田を連れ去ると、ボーリング場には静寂が訪れる。


「あ、あの! ありがとうございました!」


 先程まで端で苦しんでいた三島という男が、土下座をしながら感謝を告げてきた。

 おそらくコイツも郷田の仲間だったのだろう。


「あの……お礼になんでもします! あんたら普通の一般人じゃないだろ!?」

「お礼と言われても……」


 と言いかけたところで、ふと思い付いた。

 人事は私に一任する。

 討伐班は三名。

 売人班は二名ーー。


「三島さん……でしたっけ? 車運転できますか?」

「はい!」

「私たちは豊かな生活という、いわゆる、あー、ぶっちゃけると非合法の組織です」

「豊かな生活……聞いたことないっす」


 そりゃそうだ。なんせ先日結成されたばかりの新生組織なのだから。

 これから名前が通っていくのだろうけど。なるべくならコッソリいたいものだ。


「お礼をしてくれるなら、代わりが見つかるまで覚醒剤の売人をやってくれません?」

「覚醒剤の売人ーー俺、大麻の売人っすから、全然OKっす!」


 案外スンナリ決まってくれた。

 男性だけど、沙鳥と直接会うことはないだろうしべつに構わないだろう。


「それじゃ、後日連絡します。覚醒剤とかはそのとき渡しますから」

「はい。これーー連絡先っす!」


 三島はスマホの画面をこちらに向けた。

 それらを自身のスマホに登録していく。


「それでは、また後日」私は柊を抱き起こす。「大丈夫? 歩ける?」

「舐めないでよ! それくらいできるに決まってるでしょ! 今回は油断しただけなんだから!」

「柊は、攻めはいい。だけど、守りがダメダメ」


 瑠衣が核心らしき突っ込みを入れる。

 たしかに、柊が戦っているところを見たかぎり、勢いよく攻めはするものの、避けたり躱す動作が足りていない。攻め一辺倒なのだ。


「まあ、そのへんは今後の課題としてーーきょうの仕事は終了としますか」


 この調子でやっていけるのか、なおさら不安になるけど……この程度の仕事なら、どうにかなりそうだ。

 柊だってガキじゃない。いずれ自覚して弱点を克服してくれるだろう。


 こうして、三島を置いて私たちは帰路に着くのであった。

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