Episode14/特殊指定異能力犯罪組織-愛のある我が家-
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まだ夕暮れではない空から陽の光が降り注ぐ。そんななか、神奈川県の最南東に位置する島へと架かる橋の前には、三つの人影が佇んでいた。
そのうちのひとり、まだ10歳前後に見える和服を羽織る童女は、すぐ後ろにいる日傘を手に持つ二十歳ほどの女性に振り向いた。
「もうすぐ一時間は経つが、ひとりも出てこぬのぅ。そろそろ行くとするか?」
橋の向こう側にある大きめの施設ーー教育部併設異能力研究所ーーその出入口を確認しながら童女は問う。
600メートル弱の長さを誇る城ヶ島大橋の端から端、そして、そこから施設までの距離を合わせ、およそ1キロメートル先にある施設を一望したのを前提にした発言だった。
しかし女性は、それが間違いではないと確信しているのか、腕時計を見ると真顔のまま口を開いた。
「そうですね。仰るとおりです。まったく、舐めているのでしょうか。それとも、バカにしているのでしょうか」
女性はため息混じりに呟いた。髪は癖毛で乱れて大変なことになっているが、身なりをきちんと整えているため決して不潔というイメージはなく、むしろ清潔以上に綺麗な外見をしていた。美人と評される機会もあるほどの容姿をしている。
しかし、顔だけ見ると美人よりもかわいい側なのがわかってしまう。美しさを発しているのは、黒を基調としたシンプルな上着やロングスカート、小さなピンク色のピアス、そして所作振る舞いによるものでしかない。
「勘違いしているんじゃない? だってリーダーがさとりんだよ? 犯罪組織のリーダーにどどん! とさとりんの顔見せられたって、怖がるひといないでしょ」
童女の隣に立つ14歳ほどの外見をした少女は、嘘偽りのない率直な感想を口にする。
少女の髪は肩まで伸びた黒色をしており綺麗だが、なぜかモミアゲだけは明るい緑色に染まっている。しかし、むしろ緑色のほうが自然だといわんばかりに解け合っており、黒髪のほうが取って付けたような感じになってしまっていた。
「……そのあだ名、いい加減にやめてもらえませんか? 第一、微風さんがリーダーになったら、組織の名が『愛のある我が家』から『色情魔“愛を奪う我が”』に変わってしまうでしょう? それに、いつまでたっても成長しない、胸に無を飼う中学生にリーダーは務まりません。なんなんですか? うちをアイドルグループにしたいんですか? 永遠の14歳を地で行くつもりですか、あなたは。胸も背も何もかも変わらないあなたこそリーダーには向きませんよ」
「ええーっ!? 呼び捨てにされるのに慣れて快感になってきたのに、急に他人行儀!? 名前ですらないし! ひっどっい! さとりんりんて呼んじゃうよ!?」
「……で、美少女微風様は、相手がなにを勘違いなさっていると?」
「ううっ、さとりんりん……たしかにわたし、美少女だけど……さとりんりんから言われると……煽られてる気しかしないよ……」
自ら美少女だと認める少女は、わざとらしく泣き真似をする。
女性は緊張している様子を見せるが、モミアゲが奇抜な色をしているーー微風と呼ばれる少女からは、まるで緊張している様子が感じられない。
「もうアラサーになりましたよね? 25歳以上ならアラサーですよ、あなた。ファンタジーなのかSFなのか知りませんけど、いい加減いろいろと大人になってください。早く言わないと、もう訊いてあげませんからね」
「……なら、舞香だってアラサーババアじゃん」
「なにか、いま、舞香さんの悪口を言いました?」
女性は舞香と呼ばれるひとの悪口を言われた途端に冷たい口調を発した。
「いやいや、ほら、さとりんりんも舞香と同じように大きな事ーーそれこそ世界征服とか、国家転覆とか、革命とか、目指してないんだもん。だからさ、わたしや澄が全力出す機会なんて一度もないじゃん。さとりんりんがいいって言うなら、いまから島を更地に変えもいいけどさ」
「いや、待つんじゃ瑠奈。わしが舞香以外殺害してしまったほうがてっとり早いものじゃぞ? 跡形もなく消し飛ぶより、血や臓物で建物内を満たしてやったほうが、恐怖心というのは煽れるものじゃからな。なあ沙鳥?」
「いえ本気でやめてくださいあなた方二人が暴れたら舞香さんまで消し炭になるので本当にやめてくださいお気持ちだけで結構です」沙鳥と呼ばれた女性はため息をつく。「お二人は本当に底知れませんよね……正直言うと私の身には少々余るのですが、異能力を無効にされてしまうとなると、あなた方に頼らざるを得ません……ああ、本当に胃が痛い」
「澄、ダメだって」
微風は童女に顔を向けて言う。
「ふむ、なれば如何にする、沙鳥?」
すみと呼ばれた童女は沙鳥に問うと、黙って答えを待つ。
「……いまから建物の破損および妨害する人間の排除を行う旨を伝えますので、そしたら建物に侵入開始。澄さんは舞香さんの居場所の特定の後、わたしを援護しつつ救助に向かいます。微風さんは白というお方を探し見つけ次第確保してください。死なない範囲でなら傷つけてかまいません。確実に命令に従わせて、外に連れて出たのち待機していてください。再集合の後、白を人質に舞香さんと相談の末、とある契約を強要します。よろしいでしょうか?」
「おっけぃ」
「了解した」
「ではーー」
沙鳥は施設の方角を見据えると、日傘を放り捨てた。
そして、微風やすみにも届かないくらい小さな声でなにかを呟きはじめた。
「青海舞香の引き渡しに応じないものと判断しました。これより行動を開始します。それに伴う被害はご了解いただけたものとして行動いたしますゆえ、ご了承ください。一、建物および建物内の器具などの半壊および全損。二、施設関係者の損傷および殺傷。三、異能力を無力化する異能力者の排除もしくは連行。以上です。それでは、行動を開始します」沙鳥は小声をやめ微風と澄に顔を向けた。「お二人方、無駄な殺生は控えるようおねがいします、特に微風さん。あなたはキレやすいので、すぐに殺っちゃいそうですし」
沙鳥は二人になるべく不殺だと強調する。
「二人ほど出てきたが、どうする沙鳥?」
澄は施設からひとが出てきたことを沙鳥に伝えた。
「二人、とは?」
沙鳥は聞き返す。
「ああ、片方はおそらく白というヤツじゃな。もうひとりは30代ほどの職員といったところか」
「ーー瑠奈、行動内容の変更! 即刻、白を捕獲して職員に青海舞香の引き渡しを告げてください! 器物破損、軽傷までなら他害も許可します!」
「はいはい! りょーかいッ!」微風は返事しながら前に傾き、片足で地面の後ろを踏み勢いづく。「愛のある我が家の力、その身を以て味わうがいい!」
微風は風へと変わる。
強風の速さで、橋の向こうまで飛び始めた。
地面すれすれを走る風速30メートルを越える狂風は、潮風を巻き込みながら対象へと向かって飛んでいく。
「きたかっ!? 白ッ!」
「はい!」
職員は勢いよく向かってくるソレに気づくと、瞬時に慌てて隣にいる二十代前後の女性の名を叫んだ。
白はすぐさま微風に手のひらを向けると、直後に握りしめた。
「えっーー?」
「あははー! 無ッ駄だよーん!」
30秒経つ頃には、微風は白の前に到着してしまった。
「あーーぎッ!?」
白はあり得ない事態を目の当たりにしたかのような表情を浮かべるが、それはすぐに激痛で歪んでしまう。
白の脇腹辺りが赤く染まる。微風が片腕を使い、手加減しながらも抉り切ったのだ。
白に傷を負わせた微風は、無理やり白をお姫様抱っこするかのように抱えると、即刻停止して職員を見やる。
「な、なっ!? なぜ効かない!?」
職員は信じられないものでも見つけたかのように驚愕する。
「あっはははっ! わたしを未だに異能力者だと思っているなら、勘違いも甚だしいアホの集まりだねー! さてと。今すぐここから連絡して、青海舞香を引き渡して! 断れば」
「ふざけるな! あ、青海舞香は大切な人質なんだぞ!?」
「話くらい聞けないの? 日本語、理解できる?」
「特殊指定異能力犯罪組織のリーダー、青海舞香の手下だろ、おまえ!? 取引するのはこちらだ! これ以上歯向かうなら」
「ああもうなにも言わなくていいから黙ってろクソ野郎ッ! ねえねえ、いま、どんな気持ち? 今から、テメェは、地面に溢したトマトスープになるんだからな? 具だくさんだぞ? やったなオイ!」
微風は笑みを崩すと、突如として鋭い眼光を放つ。
背筋に裂けるような寒気が走り、職員は喋れなくなってしまう。
「動くなよ? テメェには上に連絡するか、問答無用で人・生・終・了するか、その二択しか選択権はねェンだからよ。つーか、はあ? リーダーが舞香? 一年前にゃとっくに変わってんだよバカどもが! 話は通じねェってわけ? テメェ殺して終わりじゃねェッてことぐらいわからねェのかッつってんだよ、オイ。新たな犠牲者を生み出すピタゴラス的な戦犯になるか、皆を守った英雄になるのか。どっちがいい? それとも、施設まるまる吹き飛ばさなきゃわからねェのかゲロ野郎!」
微風は白を抱えたまま片手を軽く振り、透明な槍を建物付近の駐車場に投擲する。
直後、車が二台、弾けるように真っ二つになり飛び散った。
「ひぃ!」
微風はそれを幾度となく繰り返し、いったんやめると口を開く。
「ルーナエ・アウラの名に於いて 風の精霊を喚起する 契約に従がい 今 此処に現界せよ シルフ シルフィード」
微風が呪文のようなものを唱え終えると、左右に一人ずつ、羽を生やしたきらびやかな緑髪の少女が現れた。
「ほらよ、全力出してやるーー同一化」
直後、微風に二つの緑が重なる。
すると、微風の髪が腰の辺りまで急速に伸びていき、一面美しい浅緑色に染まった。
瞳も綺麗なティフニーブルーに輝いており、まるで魔法が出てくる異世界ファンタジーの住人らしき幻想的な姿へと変貌を遂げたのだ。
周囲にはライトグリーンの小さな粒子が発光しており、微風の体を纏うように舞っている。
「試しに冗談じゃないと示してやるよ感謝しろ?」微風は嗤う。「そこにある車一律スクラップにしてやる。泣いてありがたがれクソッタレ!」
微風は既に車が数台弾け飛んだ駐車エリアに向くと、白を抱いたまま手を左から右へと軽々しく振るような仕草を見せた。
「なあっ!?」
瞬間、真空の刃が炸裂する。
駐車場にある物が、次から次へと鎌鼬のような空気の塊によって細切れに裂かれていく。
十秒も経たずして、駐車場にある車は、すべて車だったとわからないゴミへと変わり果ててしまった。
「廃車は邪魔だろ? 海に捨ててやるよ礼なら不要だ!」
微風が言うや否や、途端に強暴な風が廃品に向かって吹き荒れる。
車だったなにかは跡形もなく海へと吹き飛ばされ沈められてしまった。
駐車場の地面にも傷痕が深く刻まれ、もはや埋めなければ駐車場として機能しない惨状と化している。
「で、どうするんだよ? 連絡しないなら、クソのテメェは殺して英雄を見つけよう。舞香を既に殺したなら、研究所および保護団体全職員を殺戮するだけだからな? まあ、つまり、死にたいなら連絡しないのが合図。死にたくないなら舞香を差し出すよう連絡するのが合図。な? 簡単だろ? どちらかひとつの合図のみ、どちらでもない行動は皆殺しの肯定だとみなそう、そうしよう。おっけー? さあて、と。10、9、8、7」
「ま、まってくれ! いまから上に連らーー」
微風は職員を睨み付け、風の刃を地面に当てて抉る。
「連絡以外は口閉じろっつったろ? ああ、死にたいのか。よし、殺されたいのか。ならいいんだもんね、そんじゃ遠慮なく」
「ッ!?」職員は話しかけることも許されていないと悟り、黙って携帯電話を取り出した。「……た、たた、高杉です! そ、外にいたのは特殊指定異能力犯罪組織“愛のある我が家”の一員! 取引は決裂! 異能力犯罪死刑執行代理人“白”の力も効きません! 効きませんが超能力染みた力を使ってきます! 要求は青海舞香の引き渡し! 今すぐ渡さないと施設の全職員皆殺しだと宣言しています!」
高杉と自称する男性職員は、破壊の体現者に脅され、いまだかつてないほどに慌てながら通話口に叫ぶ。
「ふふふんふーん、ふふふんふーん、ふふふんふんふんふふふんふーん、ふーんふーんふーんふーん」
高杉が電話をしているあいだ、微風は鼻歌混じりに白の体を舐めるように見まわして余裕の表情を浮かべている。
「はい、はい。は? いや、だからですね!? 異能力者ではないんですってば! 効きませんから! いえ、本当ですって! 第1級異能力特殊捜査官の名にかけて、宣言内容を容易に成立させる力を保持すると確信いたします! は? 応援に!? い、いやだから! オーラがある時点で異能力者ではないんですってば! もうその次元の問題じゃなくて!」
「はあ? 誰かくれば解決できると思ってんのかソイツは。試しに撃ってみなよ? 発砲を許可する。ほら、銃持ってんだろ? 異能力特殊捜査官、1級なら持っているはずだろ? ほらほらほーら、ほらほら早くーーいいから早く撃てっつってんだろうボケ! 白にゃ当たらねーように配慮すっから早く撃てやァッ!」
「は、はっ、はい!」
暴風が吹き荒れるなか、混乱したままの高杉は涙目で微風に向けて拳銃を発砲する。
鳴り渡る数発の銃声音。
直後に響く甲高い跳弾音。
しかし、銃弾は弾き返されたわけではない。バラバラになって地面周囲に飛び散ったのだ。
「ひ!? 早く! お願いします! 銃弾も効きません! 言われたとおりにしないと俺が殺されるんですって! もう施設の入り口にぃ!? なにやってんだよ!? ひとの話を聞けよばかあぁあぁああぁああ!!」
高杉は絶望したかのように泣き喚く。
するとーー。
「ん? だれだよ?」
「ああ! 本当にきやがった! お、おお、俺のせいじゃありませんからね!?」
建物内から、防弾チョッキを着込みライフルを装備している屈強な男達が8人ほど飛び出してきた。
それに守られるように、後ろから少女ひとりと少年ひとり、そして中心に中年男性がひとり、計11人の人間が姿を現した。
「テメェが所長か?」
「副所長だが、きみに質問する権利はない。警告する、こちらには異能力を無効化する力がある。ただちに行動をやめ、両手を頭の後ろに組んで背後に伏せなさい」
「だーかーらーッ! 異能力者じゃねぇっつってんだろォがよぉ! オイ、このクソ野郎! 笑えねェ冗談吐き出すなよ、耳が腐り落ちんだろボケナス! ーーもういい。もういいわ。ぶっ殺せば、クソどもにもちったぁわかんだろ? 地球をクリーンにするためにも老害殺してやるよバァーカ!」
微風はライフルの射線にいる高杉を真横に突き飛ばし、副所長に怒鳴り散らす。
「撃ち方始め、撃て!」
号令と共に火花が飛び散る。
無数の跳弾音が島中に激しく響き渡る。
しかしーー対象者は傷ひとつ負わない。
当たる直前でバラバラに弾け、周りに飛び散りつづけるだけだ。
「異能力、始め!」
副所長の発声と共に、少女は両手を胸のあたりで組み、少年はまぶたをカッと見開き微風を凝視しはじめる。
しかしーーなにも状況は変わらない。
「バカな!? 効かないだと!? そんなわけないだろう! 異能力はどうした!?」
「使っていますっ!」
少年と少女は異能力を使っている旨を主張する。
がーー微風は無傷のまま直立不動。
抱えている白にすら、微風によって付けられた損傷以外なにも異変はない。
「テメェら、自慢の大事な物が要らないのかよ? 人質の命はどうでもいいって言うつもりかよ、なるほどなるほど。ねえ白ちゃん? 本当にクソったれだな、コイツら。好きなだけ利用しておきながら、おまえの命はどうでもいいんだってさ?」
「ーーッ!」
ギリッと唇を噛みきった白は、いきなり副所長の隣に佇む少女に手を向けーーそれを握りしめた。
「やめたまーーッ!」
所長が止めるよりも早く、少女は木っ端微塵に吹き飛んだ。
辺りに赤と朱のグラデーションが散らばる。少女は単なる染みに変わり果ててしまった。
少年はそれを見て、あまりの出来事に嘔吐する。
「貴様! これは重罪なる裏切り行為だぞ!」
「ふざけないで! このひとの言うとおりじゃない! 頑張ってきた対価がこれ!? 見殺しに、しようとした癖に!」
白は涙を溢しながら、身を呈して働いてきた仕打ちがこれかと慟哭する。
少年は慌てて視線を白へと向けるが、どうやら命に関わるものではないらしく、白は気にせず副所長を睨んでいる。
「あははっいいねぇ、白ちゃん。かわいいねぇ? 白ちゃんは守ってあげたくなるよ。健気なきみに特別サービス」
微風は白を地面に立たせたあと、指を鳴らした。
すると、前に立っていた8人の屈強な猛者たちは、上空からきた謎の風圧により、全員が地面に潰れるように倒れ付してしまった。ライフルの発砲音が強制的に止む。
「な、なにをやっている! なんのためにきみたちをーー!?」
一瞬で目の前に飛んで来た微風に、副所長は息を飲む。
「来世はひとの話は聞けよ、ぼんくら? おまえに連絡したアイツ、代わりに副所長にしろって提言しといてやるから安心しろ? じゃあね、バイバーイ。死んであの世で詫びつづけーーああ!?」
微風が手を真横に振るい副所長を真っ二つにするーーより早く、橋からやってきた澄の飛び蹴りが命中し、副所長は奥に蹴り跳ばされた。
微風は攻撃を止め、疑問と怒りを澄に抱く。
「やめい」
微風の前から飛ばすだけで済むように抑えた力で蹴りを放った澄が、微風に押し留めるよう声をかける。
骨折くらいは仕方ないだろうが、副所長の命に別状はなかった。意識も正常にあるようだ。
「そうやってすぐにカッとなる癖、少しは直せ。命令違反を犯す気か?」
「クソッタレ! あとちょっとで迷惑なクズ野郎を抹殺できたっつーのに余計な真似しやがッて。やる気か、オイ!」
「副所長だけ取引に立ち会わせればよいじゃろう。わしらのリーダーは、守りは豆腐、攻めは豆腐の角じゃ」
澄は、通行人のパンチで絶命しそうであり、なおかつ攻めもヘロヘロな無力である沙鳥の身を案じ、あえて途中で置いてきていた。
異能力をどうにかする希少な異能力者ーー睨む対象を白から澄に変えた少年ーーを見ながら澄は主張をつづける。
「副所長以外、さっさと拘束するぞ」
「は!? あのクソ野郎だけ拘束無しかよ付き合ってらんねェなぁオイ! グダグダ言ってんじゃねェぞ! 鬱陶しいクソババアだな、ええ!?」
「落ち着かぬというのなら、いますぐその首、捻ることになるから覚悟しろ? わしとやる気か、盟友」
殺戮の発現者と破壊の体現者は、しばらくのあいだ睨み合う。
倒れている男性たちや子供は、それに対して震えて恐怖する。
「は、ん、えっ!? わしとやるか!? まさかの、わしとやるか宣言!? ヤりたいに決まってんじゃん、イエーイ! かわいい下着と派手な下着、どっちがイイ?」
微風は澄の発言を聞き少し考えると、いきなり笑顔に変わり喜び立てながら、副所長に言われたことを相手側に命令しはじめた。
両手を後頭部で組ませて背後に向かせ、地面にうつ伏せになるように命じていく。
「お主は本当に色情狂いじゃな……わしの体を見ればわかるじゃろ? そういうことは無理なからだだと」
ライフルを撃つ気力さえ掻き消された男たちも、異能力封じが無力と知った少年も、だれひとりそれに逆らう者はいなかった。
10人となったひとは地に伏せた状態になり拘束される。澄が白を振り向き見ると、白は両手を上げて無抵抗を示す。
微風は白に抱きつくと、脇腹に包帯を巻き止血をはじめた。
「いやいや合法ロリじゃん。わたしはまだ27歳だけど、そっちは500歳過ぎたスペシャルババアじゃん」
「お主は吸血鬼ではなかろうに……よくその中学生にしても幼い外見で27と主張できるな。あと、傷つくと思って言わなかったのじゃが、教えてやろう。わしの胸のほうが、お主よりもあるからな?」
「えっ」
微風は自身の胸元にある壁を見下ろす。
そこに息を切らしながら、ようやく沙鳥が到着する。
「はぁ、はぁ、早すぎませんか、はぁ、はぁ……なっ、なんですかこの状況……またグリーンさんが?」
「はいすみませんさとりんりんさんもうしません許してねっ! あと、わたしのおっぱい、さすがに澄よりかはあるよね?」
「はい? だから、グリーンさんの胸にあるのは壁ですよ? 建物の外壁と幼女ながらも生身である吸血鬼さんの胸を比較するなんて、失礼にもほどがあります。ああ、拘束は済んでいるのですね。ありがとうございます」
沙鳥は互いを隠すためのあだ名で呼びながらも宣告した。
微風は呆然として、仕事最中にも関わらず両手で自らの胸を揉みしだこうとする。
しかし揉める量がそもそもなかった。ちょっとやわらかい壁がそこには広がっているのみ……。
「さて、所長はこの方でしょうか?」
「いや、副所長らしいよ? こいつ」
副所長はあばらを二本ほど折ってしまっており、痛みに耐えている真っ只中だった。しかし、破壊と殺戮を束ねる暴力の化身はーー沙鳥は、それを気にせず副所長に告げる。
「いまから指の骨を一本ずつ折っていきます。青海舞香という人物の引き渡しに応じてください。そうすれば、死なずに済みますよ。全身折っても終わりはありません。爪をゆっくりと剥がしていき、髪を引き抜き、次は指を切り落としていきましょうか。それが終わると、腕、足をーー達磨になれますね。なりたいなら、どうぞ痛みを楽しんでください。やめてほしいなら、さっさと命令を聞いてください」
「わ、わかった! わかった、連れてくるから早く離したまえ!」
副所長は叫び声を上げながら返事する。
しかしーー。
「はい、嘘をつきましたね? まずは一本、折ります」
ミシミシッ、ボキッーーと。
呆気ない音を鳴らしながら、副所長の右手人差し指は、あり得ない向きに曲がってしまった。
「いぃっ!? なぜ!?」
「嘘をついたからですよ。あなたは今、内部に戻り所長に伝え、本部に救援を呼ぼうと考えていました。言い遅れましたね。私は精神干渉系に分類される異能力者のひとり。能力は、心の強制的な送受信。受ける側がメインですけどね? つまり、私に嘘は通用しません。悪巧みを企てても無駄です。さあ、忠実に命令に従おうと本心から思い抱けるまで、今から頑張りましょう。私も頑張って、折ってあげますから」
そのとき、沙鳥はスマホを取り出し耳に当てた。
「もしもしーーすみません、いまつまらない真似をしたひとたちにお仕置きをしている真っ只中です」
副所長が鈍い叫び声を吐き出す。
中指がぷらぷらと垂れ下がる。
「ですから、あなた方とは敵対することになりました。それでは、刀子さんとそちらの長に伝えておいてくださいね。このような不躾な行い、二度とするな、と。次はありませんよ? 言い付けの守れない悪い子が出たら連帯責任です。そうですね、次に私の怒りに触れれば、異能力者保護団体に属する者を施設もろとも全て更地にします」
副所長の小指と薬指を、沙鳥はまとめて折り曲げようとする。
が、力が足りずに踏ん張るのを見かねた澄が、横から代わりに軽々と折って見せた。
「あぁあぁああぁああああッ!!」
耳障りな雄叫びが副所長から吐き出される。
「ーーへぇ……あなたはもしかして、昨日突っかかってきた? 娘さんなのですか? なら、ちょうどいい」
「突っかかーーまさか、まさか瑠璃なのか!? おい、貴様、瑠璃には手を出すな!」
「ええ、そうみたいですよ? 娘さんには言っていないんですか? どちらでも構いませんがーー早く言うとおりにしてください。黙っていたら、次は誰が消えるかわかりますよね、葉月大輝さん?」
首からかけている社員証を手に取りながら、沙鳥は嘲笑う。
「どちらにしても、死体になってたら皆殺し確定でいいんじゃない? 全国民一斉排除」
沙鳥が通話を切った直後、微風は奇っ怪なことを口にする。
「だからやめてください! あなた方は限度を知らないから私まで消し飛ぶことになるでしょうが! だいたい国民を消してどうするつもりですかアホですかあなたは」
最後の親指を折るが、もう大輝は悲鳴を上げず、項垂れたままでいる。
項垂れたまま、口を開く。
「今すぐ、連れてくる。だから、娘たちには一切手を出さないと、そう約束しろ……」
「ーー急に物分かりがよくなりましたね。娘の名前は? ーーへぇ、瑠璃さん、そして瑠衣さんですか。住所や在学先、就職先は?」
「すぐに引き渡す! だから!」
葉月大輝は首を振り考えまいとするが、頭に浮かべないようにとする隙間から、どうしても小さな断片となって情報は零れていき、それは紡がれ答えを生み出してしまう。
「はい、すべて把握できました。連れてきてください。途中で心変わりなんてされると迷惑ですからね。上司に命令されても、取引は中断とはなりません。破ったものとして、娘さん二名の命は無くなるものと肝に命じて、行動を開始してくださいね?」
葉月大輝は力なく立ち上がり、施設内へと戻っていった。
「さて、私たちに逆らうとどうなるか、保護団体に教えなければなりませんが、殺生以外になにか妙案はありますか?」
沙鳥は微風と澄を見て尋ねた。
「舞香自身にやらせれば? 恨みが募ってるだろうし、ストレス発散になるんじゃないかな?」
(??.)
三十分後、施設に唯一架かる橋は無くなり、離れた海面に沈んでいた。
刀を腰に差した三十代の女性は、橋のなれの果てを眺めている研究所の所長に並び立つ。
「警告はしたはずだ。バカどもが。元々私らも法の外に生きてきた存在だ、奴らとは深い関わりがある。助けもしたし、助けられもした。だからわかる。もう、やつらのことはいないと思ったほうがいい」
「だからといってまかり通していいものか? きみが出ていれば、あるいは……」
「私なら、撃たれた時点で消し飛んでいる。異能力者なら、異能力をどうこうする特殊系統の異能力者によって四散している。それみろ、それだけでやつらは既に異常者だ」女性はため息混じりにつづける。「いま考えなければならない問題は、異能力者保護団体の関係者のほとんどは、この一方的に交わされた契約には納得できないだろうという点だ。違うか? それにーー」
後方を見やると女性はつづけた。
「あの子は染みにされた。家族は死体すら拝めない。どう責任を取るつもりだ? 私は忠告したはずぞ?」
「あれはーー準職員の裏切りと暴走による結果だ」
「なれば、プライドまで折られた葉月はどうする? 本人に口封じさせるつもりか? 家族が黙っていないだろう。あいつの娘のひとりは、仮にもうちの一員だ。こんな話が知らされたら、自分の父親になにがあったのか、何者なのか、勘がいいなら察するかもしれないぞ。大事な瞳を持つひとりなんだ。辞めさせたくはないだろう?」
二人は異能力者と異能を持つ者により引き起こされた大惨事を前にしながら相談を交わす。
予期せぬ偶然により、ひとりの少女は、既に父親の正体を察してしまっていることを知らないままーー。




