Episode150/薬物小話
(215.)
既に学校は冬休みに入ったが、普通になりたい同好会の活動はつづく。
とはいっても、本日はそちらは休みだ。
だから愛のある我が家に出向いている。
「睡眠導入剤が沢山横流しで入ったので、これからはこちらも売りましょう。ワンシート2000円くらいで売れば儲けが出ます」
沙鳥が室内にドサドサとトリアゾラムやフルニトラゼパムと書かれた薬を部屋の端に積んでいく。
「……」
これも私が販売するのだろうか?
「そうなりますね。覚醒剤でクラッシュするタイミングには落とし薬を必要とするひとが沢山います」
「懐かしいわね。昔は流行ってたのよ、この二つ」
舞香が懐かしそうにトリアゾラムのシートとフルニトラゼパムを摘まみながら言う。
室内には現在、香織と鏡子、舞香、沙鳥、それに私の計五人が存在する。かなり密度が高い。
そこに瑠奈まで入ってきた。
「げげ、睡眠薬じゃん。碧、やめてくれないかな?」
「睡眠薬はいいんじゃないの?」
病院で処方される物だし、そもそも覚醒剤をこのまえ売り付けたし。……瑠奈には言っていないけど。
「睡眠薬の、特にこれとかのベンゾジアゼピン系って、乱用にも使われるしやめるの大変なんだよね。頼っているひと多いけど」
「豊花さん、販売や譲渡は違法です。購入する側はグレーですけどね」
「え、じゃあわたしが頼ってるゾルピデムは?」
あれは非ベンゾジアゼピン系だっけ?
「無論譲渡は違法です。そのゾルピデムは非ベンゾジアゼピン系を謳っていますがベンゾジアゼピン受容体ω1に選択性が高いというだけで受容体ω2にも少なからず作用はします。それに、睡眠導入剤で唯一副作用に多幸がある薬。依存する方はとことん依存しますから、普段から頼り切っているなら注意してくださいね」
うっ……最近は眠れないとき、ついつい頼りがちになってしまっている。
たしかに眠りにつきやすくて便利だけど、依存するまでとは思えないけどな……。
そもそもベンゾジアゼピン受容体ω1とω2?
そんな専門用語をいきなり出されても理解が及ばない。
沙鳥はフルニトラゼパムをワンシートつまみ上げて見せてくる。
「このフルニトラゼパムというのは、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬の中では最も強い催眠作用を有します。ベンゾジアゼピン系では唯一第二類向精神薬に指定されています。ちなみに国によっては麻薬指定されていますので、外国に持ち込む際に注意が必要です」そして、と沙鳥は今度はトリアゾラムを摘まむ。「トリアゾラムは昔、青玉といってメンヘラの間や覚醒剤乱用者の落とし薬として流行りました。赤玉もありましたが、あちらは製造停止されているので貴重です」
「無駄な知識が増えていくなぁ……」
自分が乱用するわけでもないのに、よくそんな知識を持っているものだ。
「……私が調べたのではなく、舞香さんから教えてもらった知識ですよ。勘違いしないでください」
「あはは。まあ昔の私はちょっぴり病んでたからね。今は使っていないわよ」
「当然です。舞香さんは特に薬物の類いに弱いーー依存しやすいのですから……。さすがに再び覚醒剤などに手を出したら許しませんよ?」
「やらないわよ。こんな話をしていても、今は虫が湧かないもの」
「今という話ではなくてですね……金輪際です」
二人が仲良さげな談話を繰り広げている際、私は睡眠薬を興味深く見ていた。
ベンゾジアゼピン最強か……試してみたい気もする。
「ダメですよ? そんなの豊花さんが飲んだら気絶してしまいますので」
「わかってるよ……少し思っただけだって」
くそ、読心術は厄介だ。
少し思っただけじゃないか。大袈裟だなぁ。
売る側はやらないのが鉄則ーーとは限らないのがこの業種だが、薬物密売専門の犯罪組織ではない暴力団などでは、自らはやらないのがルールらしい。
とはいえ、一部は自らやる輩もいるのだとか。
覚醒剤を徹夜で売り捌くために自らも覚醒剤をやるーーその場合、売人本人がおかしくなる可能性もある。売人が捕まれば一部の顧客まで巻き込んでしまうため、本人はおかしくならないために乱用しないのが鉄則だという。
「まあ、私たちは捕まりませんけどね。豊花さんが捕まれば蜥蜴の尻尾切りみたいに豊花さんだけの責任になります。捕まらないように」
「怖いこと言わないでよ……売りたくなくなるじゃないか」
いつ家宅捜査が来てもおかしくないのに、よく逃れているなぁと我ながら思う。
「我々は裏では警察等とズブズブな関係ですからね。私たちも警察の手に負えない犯罪者を捕まえることだってありますし。そもそも警察が取り締まってくれるからこそ高値で商売できるんですよ?」
「うわぁ……」
警察がいるから私たちは商売ができるーー。
高値で売るには競争相手がいてはいけない。だから同業者を逮捕してくれる警察は必要なのだ。
そして、違法だからこそ公的に販売されず暴利な価格で商売が成り立つのだ。
これが合法になれば、税金を課しても裏で販売されている価格より安く売られてしまい、覚醒剤ビジネスは破綻する。それは他の違法薬物も同じ。
ふと、そういえば覚醒剤でどのようになるのか詳しくは知らなかったのを思い出す。
碧に売っちゃったからな……知っておきたいんだけど。
チラリと沙鳥に目をやる。
「なるほど……知人でしたか。そうですねーーまずはじめに言っておきますが、覚醒剤に依存するかしないかはそのひと次第です。現に覚醒剤をやったものの合わなくてやめた方もいます」
「なんの話? 豊花が知りたいって?」
舞香さんや瑠奈には私の言いたいことが読心術で通じていないから、いきなり沙鳥が覚醒剤の話をし出したことになっているのか。なんか悪いな……。
「ええ。碧って方に覚醒剤を販売したみたいです」
「えっ! ……なん……豊花……?」ギョロっと瑠奈に睨まれる。「碧に……碧に!?」
「ひぃ! いや、だってどうしてもって言うから!」
沙鳥!
ばらさないでくれよ!
「いずれ知ることでしょう? 黙っていてもなにも変わりません」
「碧の家に行かなきゃ!」
瑠奈は形振り構わず窓を開けると空へと飛んでいってしまった。
「で、覚醒剤を使うとどうなるか……でしたね?」
「……はい」
とりあえず、きちんとした情報を知っておきたい。
「舞香さんを見ればわかりやすいですが、とりあえず舞香さん、説明してください」
「別にいいけど。まずは薬効はわかるでしょ? 集中力が上がって、目が冴えて、気分がハイになる。性的な感度も上がる」ただ、と付け足す。「効果が切れたら無気力になり憂鬱気分になるし、集中力もなくなる。それがかなり長くつづくのよ」
「ええ……碧、大丈夫かな?」
友達に覚醒剤を売り付けたのだ。大丈夫なわけがない。
身近過ぎて覚醒剤が恐ろしい物だと忘れかけていたのだ。
第一、自分ではぜったいにやるなーーやっていた舞香さんですらそう言うくらいだ。安全な物なわけがない。
「量によっても違うわね。大量に使うと文字どおりくるくるぱーになるわよ」
「量って?」
「一回にハーフ使いきったりね……そこまで耐性がついているならしばらく抜いたほうがいいのに、煙草みたいにやめられなくなっているひとよ」
「煙草で言えば瑠奈さんも不味いですよね……あのちんちくりんの体躯であんな濃い煙草を吸いつづけているのですから」
瑠奈は自業自得だ。どうでもいい。
いや、どうでもはよくないけど、最悪肺癌になったって仕方ない。
「で、使い続けると覚醒剤精神病になったりする。そしたら妄想や幻覚が始まるわ。運良くならないまま使い続けた私みたいな場合も、やめた途端に統合失調症の陰性エピソードが発症したり、双極性障害になったり大変よ。助かるのはハマらなかったひとと、途中でやめられたひとだけ」
「舞香は助かったの?」
舞香は首を横に振るう。
「未だに無気力だし、記憶力もない。空っぽよ。できることは昔からやりなれた闇金の仕事とかのみ。沙鳥にリーダーを任せたのも自力で書類とか整理できなくなったからよ」
舞香がリーダーから降りた理由はそういうことだったのか……。
話を聴いて尚更心配になってくる。
まずいことをしたんじゃないかと……。
ちょっと碧の元に行って様子を見てこよう。
話を聞く限り、これは友達に売っていいものじゃない。
「見に行くのはよいですが、なにかできるのですか?」
「わからない……けど」
瑠奈に恨まれないためにも、可能なことはやらなければ!
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