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前代未聞の異能力者~自ら望んだ女体化だけど、もう無理!~(旧版)  作者: 砂風(すなかぜ)
第六章/平凡な非日常
149/264

Episode142/日常の再開②

(202.)

翌日、着替えを終えて部屋から出ると、母親が朝ごはんをつくっていてくれた。


「きょうもどこかへ行くの?」

「うん、まあ……休日はね。朝ごはんは食べていくよ」


 と席に座り、先に出ていった父親と裕希姉につづき朝飯をもくもくと食べる。

 懐かしい味だ……しばらく我が家の料理は口に運んでいなかったから不思議な感覚を抱いてしまう。


「あぶないことはしちゃだめよ? いざとなったら警察に頼りなさい。それか、異能力者保護団体でも守ってくれるかもしれないからね?」


 心配性の母さんは、これまた心配そうに私を見守る。

 いや……母さん。

 私のきょうこれから行こうとしていることは、どちらかというと異能力者保護団体が検挙する側の犯罪組織だし、やろうとしていることも、警察に逮捕される側の未成年者に売春をさせるというものだ。


 だなんて、口が割けても言えないが、母も多少は察していることだろう。

 なんせ、既に異能力者保護団体から抜け出たことも存じているし、瑠奈やゆきと会ったことさえあるのだから……。


「ごちそうさま」そう言い、玄関に向かう。「母さん、いってくるよ」


 靴を履きながら母親に伝える。


「きょうはきちんと帰ってくるわよね? まえみたいに何ヵ月も向こうで生活する事態になんてならないわよね?」

「大丈夫だよ。遅くはなるかもしれないけど、きょうは、というかこれからは、きちんと毎日我が家に帰ってくるよ」


 そう答えると、母さんは少しホッとしたのか、胸を撫で下ろした。


「行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 挨拶を交わし、私は家から出て愛のある我が家を目指すのであった。




 コンビニで普段通りから箱を指定してアジトの中へと入る。

 201号室の前までいくと、そこには煙草を咥えた瑠奈がだらけていた。


「おはよう瑠奈」

「っはよー。きょうから仕事かー。かったるいな~」


 別に運搬くらい、捕まらない瑠奈だったら問題ない仕事じゃないか。こちとら、きょうは初めてやる危険な香りのする仕事なんだぞ?

 201号室の鍵を解錠し、玄関を開いて中へ入る。

 そこには既に、沙鳥と舞香、香織と鏡子の四人がいた。瑠奈も合わせたら五人もいることになる。出遅れたか?


「問題ありませんよ。まだ朝のお茶を飲む時間です。それに、結愛さんはまだ出勤していませんし、結弦さんを監禁するために連れてきてもいないです。ゆきさんはとうに出勤というか現場に向かっただけですが……」

「あ、そ、そうなんですか……えっと」


 とりあえず、仕事の割り振りはこんな感じだったはずだ。

 沙鳥ーー総指揮、雑務。

 舞香、結愛ーー闇金。

 鏡子ーー債務者の探索。

 澄、ゆきーー荒事の解決ないし問題者の討伐。

 私、香織ーー未成年者の売春斡旋グループ『少女苺倶楽部』の雑務、問題客の対処。


「そのとおりです。豊花さんだから忘れられていないか心配でしたよ」

「なにそれ、その小バカにした感じ……」


 いや、実際にそう思われているのだろう。


ーーだな。豊花は以前、大事な作戦を伝えられる日にソラナックスをODして爆睡した挙げ句、副作用の一過性前健忘を発症させやることを失念した大バカだからな。ーー


 ちょっと……なにもそこまで言わなくてもいいじゃないか。

 たしかにそのとおりだけどさ……もう二度と抗不安薬や睡眠導入剤の過剰摂取(オーバードーズ)はしないよ。

 端から見ると気味悪いしね……。


 と、私は蒼井 碧がエチゾラムや咳止め薬を過剰に飲み込んでいた光景を頭に思い浮かべなら思うのだった。


 沙鳥がスマホを取り出すと、誰かからの着信に出た。


「はい……はいわかりました。結構ですよ。舞香さんは元々ひとりでやっていたんですし、はい。ではまたあとで」沙鳥は通話を切ると長いため息をはいた。「結愛さん並びに結弦さんは遅れてくるそうです。舞香さん、きょうだけは以前のようにひとりで取り立てをお願いします」

「別にいいわよ? だいたい、あの子がいても役に立つかわからないしね。害の少ない小心者への取り立てにお使いさせるくらいしか使い道はないもの」


 なかなか酷い言われようだった。

 まあ、たしかに異能力の内容が剣と盾を無から創造するーーじゃなぁ……一般人が剣と盾を持てば、戦力的には変わらない。むしろ結愛のほうが力負けするかもしれない。


「じゃ、さっそく行ってくるわね」


 舞香は棚から数枚書類を出して鞄に入れると、そのまま201号室をあとにした。

 それと入れ替わり様に、以前にも見かけたことのあるようないかつい顔をしたスキンヘッドの男性が室内に入ってきた。


「お待ちしておりました、(にのまえ)さん」


 たしかーーああ!

 裕璃の父親である赤羽源吾さんと一緒にいたヤクザだ!

 たしか風守高校まで送ってもらったっけな。懐かしいとすら思える。


「ああ。で、新たなこっちのリーダーは、いったいどこのどいつなんだ?」


 部屋のなかを一は見渡す。そして私と偶然目があった。

 必死に首を左右に振り、私じゃないですとアピールする。


「香織さんと」香織の肩を叩き立ち上がらせると私に近寄ってきた。「豊花さんのお二人が新リーダーとなります。新たなボスは二人です」

「二人だぁ? まあ構わねぇけどよ。少女苺倶楽部をつくったのは俺たち任侠じゃねぇ。てめーの部下の(したなが)だからな。こっちも手伝い料もらってることだし、これからもよろしく頼むぞ」


「ええ。翠月さんが生きていればわざわざ仕事の割り振りを変えるだなんてしなくて済んだのですが、残念なことになってしまいましたからね……」

「いつまでもくたばった奴のことなんざ気にするより、仕事回さねぇとな……」


 とか言いつつも、一はどこか悲しそうな、寂しそうな表情を顔に浮かべる。

 もしかしたら長い付き合いだったのかもしれない。

 けれど、私のなかの翠月って、少し昔風のギャルでしゃべり方もふざけているひとというイメージしか残っていない。


 瑠奈と犬猿な仲だった思い出も微かにあるような……。


「そうですよ、豊花さん。お金で男に女を売るシノギを立ち上げた翠月さんと、処女の純真無垢な女の子が性的な意味で大好きな瑠奈さんは、普段からいがみ合っていました。今となっては懐かしい話です」


 沙鳥は遠い目をしながら教えてくれた。

 というか、再三言うけど、簡単に心を読まないでくれないかなぁ?


「おい、そんな物剥き出しでそんなとこ置いとくと舞香(あいつ)が苦しむんじゃねーか!」


 そんな物……?

 と、一さんが指し示す方向に目をやると、ななななんとびっくり!

 昨日受け取った覚醒剤がビニール袋に投入されたままポンッと放置されていたのだ。

 その真横には段ボールに大量に詰められた細長いなにかがある。

 気になって近場に寄り、一本手に取り書いてある文字を読み取る。


「一ミリ、使い捨て、インスリン用インジェクター……これ注射器じゃん!」


 まさかの糖尿病患者が使う29Gのインスリン用使い捨ての注射器だった。


「そうですよ? なんだと思っていたのですか。覚醒剤の商売するなら欠かせない脇役じゃないですか。注射器がないと勿体なくて覚醒剤を使わないという顧客もいるくらいです。注射器を欲する売人には暴利な価格ーー1本400円まとめて買うと100本30000円で卸してあげるんですよ」


 一本400円が高いのか安いのかがわからない。

 果たして売人に利益はあるのだろうか?


「通常の売人なら、1g購入したお客さんには無償で二本ほど注射器をオマケするんです。ならわしですね。ただそれ以上欲しがるお客さんも多くおり、その場合は安くて500円、通常1000円で売り捌くらしいですよ。まあ、末端の売人の詳細が現状ではどうなっているかは知りませんけどね」


 たかっ!

 100本30000円で売るということは、それより安価な値段で仕入れているということ。それを1本1000円はたしかに高い。

 それに使い捨てって……たしか沙鳥は平均一回に100mg使うと言っていたけど、それで使い捨てだと1gで10本は必要になるんじゃないか?


「気にしすぎてもいいことないですよ豊花さん。第一、大半のシャブ中は勿体なくて注射器を使い捨てなんかにしません。刺すたびに痛みの度合いが強くなりますが、基本的には洗って4~5回は使い回します」

「俺のアニキは覚醒剤(ポン)食うとき注射器他人のつかってB型肝炎患っちまったからよ。使い回しはしても、他人のは例え一回しか使ってなくても決してつかうんじゃねーぞ?」

「いやいやいや、私はやりませんから……」


 あまりに興味を持ちすぎて、やっているのかどうか疑われたらしい。一さんは訝しげにこちらに目を向ける。


「……」

「…………」

「………………あっ!」見つめあいの末、一は手をポンッと叩いた。「おまえ赤羽のオヤジの知り合いか! たしか娘の友人の。そういや以前送ったことがあったなぁ。いや、見た目が特徴的だから記憶力わりぃ俺でも思い出せたわ。あっ、特徴的っつーのはべっぴんさんって意味だからな。素直によろこべよ」


 いやっ、今さら思い出したんかーい!

 こっちは会った瞬間に思い出したというのに。記憶力が悪いというのは事実のようだ。


「覚醒剤なんつーもんはやらねーほうが身のためだぞ。今じゃヤクザものですら、やっているのがバレたら組長に張り倒されちまうくらいにな。ありゃやるためのもんじゃねー、売るためのもんだーーってな?」

「だからやりませんってば」


 でも意外だった。

 ヤクザならみんな好きにやっているものだと思っていた。

 どうせ捕まれば余罪がうようよ頻出するわけだし、それならシャブやるくらいしているものかとてっきり……。


「豊花さんはヤクザをなんだと思っているのですか? ヤクザは私たちよりも大勢で法に触れる商売をやっている組織というだけです。例えば闇金で逆さまにしても金が出なくなった債務者を任せる相手が一さんのところです。裏ルートで鮪漁船や死体清掃、終わらない土木工事の蛸部屋などに繋げてもらうんですよ」あとは、と沙鳥は失笑してからつづけた。「リベリオンズなどの反抗組織の死体の処分とかですね」


 ひえー!


「おいおい、あまり人聞きの悪いこと言うんじゃねーよ。こっちだってリスクのある死体の処分なんてやりたくはねーんだわ」

「あの……試しに訊きたいんですけど、どうやって死体を隠すんですか? 大勢で山に埋めに行くとか?」


 よく見るヤクザドラマの死体を処分する描写に、たしかそういう場面をよく見た気がする。


「ああ? 山に埋めたら警察犬に掘り返されちまうよ。海も漂流するからダメな」詳しくはいえないが、と前置きして一は口を開いた。「特殊な薬剤を使って完全に溶かして液体にしてから捨てるとか、うちが裏で糸引いている大きな産業廃棄物処理上にプレスでゴミに挟んだあとに廃棄しちまうとか、今はあまりやらねーが裏で繋がっている工事現場が担当している高速や道の壁のコンクリートの中に死体をそのまま埋めるとか、アスファルトに死骸を混ぜて埋めるとか……まあ、いろいろ方法はあるわな。ただ完全にバレないって処分の仕方はないぜ?」


 うへ~……末恐ろしいことを聞いてしまった。

 もしもヤクザに逆らったら、最悪拷問の末に殺害されて、謎の液体に浸されて完全に液にされ流される。警察には永遠と行方不明扱いをされるだけ……ありすとかが言っていた掃除屋さんって、この人たちのことなのかーー。


「話を戻すと、覚醒剤を使うと嘘つき人間になるんですよ。それは誰でも同じです。覚醒剤はやっていないと嘘を吐く。覚醒剤をやる時間の為に会社を休んで風邪などと虚言する。覚醒剤の金欲しさに親戚に生活費として金を工面してもらう、つまりは親戚を騙す。捕まりたくないから知人に変だと指摘されたら逆ギレし、自分はいつもどおり変じゃないよと変人だとアピールする。散々ですよ」


「だよなー。不思議だよな、ポンってのは。アニキもひとが変わっちまったみたいでへこへこしてよ。車の掃除を朝からやってるのに終わる気配がねーと思ったら、まったく同じ場所擦り続けてんだよ。で俺は思ったね。コイツぁもうおしまいだってな」

「実際そうでしたよね。あのあと肝炎で入院したまま亡くなったので」


 なんだなんだ、二人だけの思い出話をはじめちゃって……いや、思い出話としてはなんだか汚い話だったけど。

 とりあえず、今まで私が聞いたり見たりしてきた覚醒剤の情報だと、使用者は眠くなくなる、元気溌剌、頭がパーン、嘘つき人間、疑り深くなる、終わらない勘繰りーーたしかに悪魔の薬だ。


 不思議なのは、なんで表社会でも覚醒剤はこんなに危険だと認知しているのに、乱用者は減らないのかということだけど……。

 沙鳥は覚醒剤の乱用者は、現在の日本で逮捕される一万数千人は氷山の一角で、捕まらないまま乱用しつづけている依存者が何十万人といると言っていた。

 つまり、路上で隣を歩いているひとが、たまたま乱用者だって可能性も十分あるくらい大勢がやらかしているのだ。だから商売ができると……。


「ま、真っ当な人間でいたいなら覚醒剤(シャブ)だけは食うなってこった。草くらいは経験するのもいいかもしれねーけどな」

「なにふざけたこと言っているのですか。大麻も有害ですし犯罪です。覚醒剤と立場は変わりませんよ。たしかに、覚醒剤と比較すれば、大麻はまだマシですし、危険性といえば記憶力が少し悪くなるくらいでしかありませんがーー依存性が薄いうえに安価なので商売になりませんよ。利益が出にくいです」


 ガックリ。

 利益の差。

 てっきり、薬物は薬物、どちらもやるもんじゃないーーって閉めるのかと思ったらこれだよ。お金になるかならないかの話じゃないか。


「さて、雑談し過ぎたな。そろそろ行くとするか。えっと……てめーらなんて名だ?」

「お、おおおお織川香織です」

「杉井豊花っていいます」

「行くぞ織川、杉井。きょうは客が少ないから、やること覚えるには絶好の日だぜ。じゃあ借りてくぞ?」

「ええ。行ってらっしゃいませ。ああ豊花さん、香織さん。きょうは現場の仕事が終わったら直帰で構いませんよ」

「わかりました」


 沙鳥に返事をすると、そのまま一の後ろへ香織と一緒に着いていくのであった。







(203.)

 一さんの黒い車に三人で乗り込む。

 助手席には香織が座ったため、私は後部座席に腰を下ろした。

 車が発進する。


「とりあえずきょうは三人だ。二人は二時間コース、ひとりは一晩みっちりコースだ。俺たちは今回売りの子を迎えに行く係りだな」

「あの、わざわざ迎えに行く必要あるんですか? その、やる……場所まで来てもらえば」

「いや、場所は日にちで毎回変えてんだよ。シャブより取り締まりが厳しいからな。特に中坊は」


 ちゅ、中坊?

 ってことはーー。


「あの、中学生も売春してるんですか?」

「そりゃそうだ。大半が高校だが、中学も中にはいる。んで、中学のほうが人気も高い。とりあえず迎えに行くまで暇だしこの売春システムの成り立ちからしてやるか」


 一が説明をはじめた。

 まず片方の人が顧客をやり部屋まで運ぶ。なるべく現地から離れた場所から出発するようだ。

 その際、客が察ではないか確かめるため、車の中でイチモツの写真を撮るらしい。囮捜査は日本では厳禁らしいがーー囮捜査自体が犯罪を促進させるためとかわけのわからない理由でーー念には念を入れるらしい。


 警察なら普通はそこまでしない。

 だが、とにかく未成年とやりたい心でいっぱいの客は、躊躇はするが最終的に写真を撮らせるらしい。ちなみに二回目から顔馴染みになれば検査はパスできるため、初回の客のみ試すのだとか。


 そして現場は大抵郊外のマンションの一室を借りて行う。

 客は部屋に入る前に身体検査をさせられる。衣服をすべて脱ぎ、口内を空け、尻の穴を開き、頭要するに髪の毛までチェックは怠らない。隠し撮りが流出でもしようものならリスクもはね上がるし、嬢の信頼も損ねてしまうからだ。


 なぜ中高生がわざわざ少女苺倶楽部のメンバーに加入するのかは、定期的に客が来る、ヤバい客もヤクザや異能力者が対処してくれるため安心だかららしい。

 もう片側のヤクザーーつまり一さん側は春を売る女の子を迎えに行く側だから危険は少ないが、別のーー察にバレるリスクは高くなるとか。


 だから売るわけではない同年代の女子も乗せ、検問などでは自らは親戚の叔父、私たちは親戚の娘を名乗り警察を欺くのだという。二人いっぺんに売春はそうそうないためである。

 部屋に二人が着いたら、金銭は先渡し。二時間で10万。高いのか安いのかがわからない。中学生の場合は15万という。一晩ーー10時~8時のコースは30万もするという。そんなに長持ちするかと思いきや、客はやるためだけではなく、若い女の子とくっちゃべるコミュニケーションも取りたいのだとか。キャバクラみたいなものか。


 オプションはなし。基本的に禁止のプレイはないが売りが嫌がるなら無理矢理はできない。また、コンドームは厳守であり、生でやったら売り側もやくざから灸を据えられるという。

 私には縁のない遠い世界の話だ。

 だいたい女子高生なら数年で大人だ。大人なら風俗に行けばもっと安価で済むのに割りが合わないのではないだろうか。

 元ロリコンの私でさえそう思ってしまうのは、今は女の子だからなのかもしれない。


「いたいた。約束どおり時間ギリギリに来てくれたな」一は一見普通の学生っぽい制服を着た女子高生の近場に車を停めた。「稀に10分以上おんなじ場所で立ち往生するやつもいるが、ありがた迷惑なんだよ。そんなに郊外でたちんぼしてたら怪しまれちまうよなぁ」


 同意を求められても……。

 後部座席のドアが開く。


「おっはよーう。にーのまーえさーん」

「はよう。伸ばして呼ぶなっつってんだろ」

「いいじゃんいいじゃんかわいいじゃん。きゃはは」


 癖っ毛のロングヘアーー舞香さんが若い頃はこういう外見だったのではないだろうか? というような姿をしている。


「きょうは二さんはいないのー? 知らない子二人もいるー。どっちも新人の売り子?」

「ちげーよ。二はくたばった。だから二の代理だよ。二人も必要かはわからねーけどな」


 二人は親しげに談笑している。

 少女が車に乗ると、再び運転を再開した。


「でもでも、きみちょーかわいいじゃん。売ったら大金持ち間違いないよ? やらないの?」


 少女にそう訊かれる。

 少しでもおっさんに抱かれる姿を想像してしまった。

 なんてゾッとする話だ。


「無理無理無理。私は売春なんて絶対しないよ」

「なんて、わらわら。そのなんてーーを私は進んでやってんだけどね」

「それより水鳥(みどり)、てめーどうして制服で来た? 学校サボってんだろ?」


 水鳥って名前なのか……名前はなんだか素敵だ。


「べつにー? きょうの相手って常連じゃん? あいつロリコンだから制服着たままやりたいっつーんだよね。だから中学んときの制服引っ張り出して着てきた。今の学校の制服じゃ汚されたとき激おこじゃ済まないじゃーん」

「ああ、そーかい。ったく、少女性愛(ロリコン)の思考回路はよくわかんねーな。やるなら一緒じゃねーか」

「あたしもそーもう。あははっ」


 明るく逞しいという印象がある女の子だった。

 私の想像では、もっと……なんていうか、こう暮らすために渋々やってて暗い顔をしているイメージがあったんだけど。


「ちなみにマージンは引く。安全を確保するために10のうち5がこっちの分け前になる。で、愛のある我が家と半々だからひとり25000円だな」


 うーむ……やっぱり覚醒剤や闇金のほうが還元率は高い気がする。

 それはたまたま商売がある日に付き添ったからそうおもうだけで、普段は客がいないのかもしれない。

 覚醒剤は売人の数が限られているし、債務者も多くはないし少額ずつ返していくしかない印象だ。

 次第に人気のない道に入り、車は道なりに進みをつづける。

 やがて車はザ・団地、みたいな場所の駐車場に停められた。


「きょうはここの四階、405号室だ」

「りょーかい」


 水鳥は明るく返事をして降車した。


「売り子はそのまま準備は要らねーが、買う奴は終わるまで強制全裸だ。端から見てると泣けるくらい情けねーぜ? っとと。俺らも降りるぞ。で、どっちかはここで雑務をしてもらう」

「ざ、ざざざさざざざざつむとは?」


 ノイズみたいな声で香織は質問した。


「要するに二人の見張りとパシリだよ。問題があったら隣の部屋にしたっぱのあんちゃんがいるから連絡して客をしばき倒す。飲み物や食べ物もそっちにあるから売りや買いが欲しがったら取りに行く。な、簡単な仕事だろ?」一が車を降り水鳥に歩み寄るあとに私たちもつづいた。「が、こっちじゃない裏方、厄介客ーー輩の対処は腕っぷしがいる。脅して売りは中止、多少痛い目見てもらうからな。例えばカメラ持ち込もうとした奴なんかは歯を叩き割る。だから抑え込む必要があんだ」

「わ、わわわ私にはとてもじゃないけど無理です。ゆ、ゆゆ豊花ゆゆさん強いんですよね? そ、そっちおねがいします」

「……わかったけど、そのしゃべり方どうにかならないの?」


 ただでさえ瑠衣や鏡子みたいな特徴ある口調の子が多いのだ。それに、香織のはとっても聞き取りにくい。


「むむむむりです。生まれつきで次第に酷くな、ななななりました。きき吃音症とかいうやつでして、むむむりです」

「あ……病気なら仕方ないや。ごめん」


 なんだか悪いことをした気になってしまう。


「プレイが終わるまで、衣服・靴・携帯・電子機器の類いはすべて没収だ。ヤクザの子分が玄関で荷物を抱えながら監視。女子高生に不快な行動をした場合、または言動をした場合、内容によってはリンチを加えたあと少女苺倶楽部から脱会、二度と入れなくなる。会員制だがべつの会員が勧誘してきてもブラックリストに載るため本当に二度と遊べなくなる。プレイ最中の薬物禁止。念のため飲み物とかはこちらで用意する。織川と杉井は試しにこっちで雑用しろ。俺はもう一件に行く。仕事覚えたら時間が来たら今日は帰っていい」

「ははははい?」

「詳しい説明は中の俺らみたいな奴に訊け」


 四階に辿り着いた。

 中に入ると、奥のベッドに水鳥がさきにいく。

 手前には厳つい顔をした男がいる。

 そのうしろから、いかにもな風貌を漂わせたおじさんが連れてこられた。


「中に入れ」


 厳つい顔の男性が弱そうなおじさんに言う。

 おじさんは言われるがままに部屋に入り、入り口付近で全裸になりはじめてしまう。

 た、たしかに情けない姿だ~……。

 おじさんが身体検査を受ける姿をただひたすらチェックする。

 結局、おじさんが暴れる間もなく本件は終了した。

 むしろ香織のほうが飲み物用意したりと時間を食ったんじゃなかろうか?


 結局、この日はその仕事だけで終わり、念のために愛のある我が家に帰宅した。






 愛のある我が家に到着したら、今まで201号室にいたらしい結愛は結弦に会いに行くからと上階に上がっていった。


「ちょうどよかった。豊花さん。近場に小売りの顧客がいますから、ちょうどいいのでこれを渡しにいってください」


 と、沙鳥からビニル袋と四角いポッキーの菓子箱を渡される。


「ポッキーの中に注射器二本と覚醒剤3gが入っているから、7万で売ってきてください」

「この中に入ってるの!?」


 普通の菓子にしか見えないが、どうやら下から開けて中身を入れ替え、アイロンでくっ付け直したという。


 仕方なくすぐそばまで歩いて向かう。

 そこには、路上でソワソワしたひとがいた。

 一目でわかるものなんだなぁ、と考えながら物を渡す。


「ども」


 相手は金を折り畳んで手のひらに納めたまま握手する真似をして、こちらに渡してきた。


 あんなそわそわしてちゃパクられるのも早いんじゃなかろうか?




 こうして、なんやかんやいろいろやっているうちに一日は過ぎ去ったのであった。

 そして日常という名の非日常がやってくる登校日が近寄ってきた。

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