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Episode140/異能力者

(197.)

 一階のソファーには、私含め、瑠璃、瑠衣、ありす、色彩さんと、愛のある我が家のメンバーでは沙鳥と瑠奈、その他に三日月さんと煌季さんの九名が集っていた。


 どちらにせよ、学校は明後日まで休校だ。

 それまでに、みんなにどのように説明するかを考えておかなければならない。


「アリスにでも会いに行こっかな~」

「ありす? ……あー、アリーシャさんのことか」


 使い分けてくれないとこちらとしては混乱してしまう。

 アリーシャは上階で寝ているのが想像にかたくない。


 鏡子と香織は上で調べごとをしているのだろう。恐らく舞香はその付き添いだ。ゆきは一階にはいないということは、舞香の近場で待機しているのだろう。一応はB班の人間だ。


 森山は名前だけは耳にするが、どこの階層で暮らしているのか私には皆目検討もつかない。美夜さんのそばかもしれないが、だとするとカルト的な儀式に巻き込まれているのかも……考えるだけで息が詰まりそうだ。


「暇なら私は静夜と実践演習でもしてこようかな。まあ、静夜相手じゃ緊張感薄いけど」


 ありすはソファーから立ち上がった。


「そんなに静夜とありすって戦闘面では差があるの?」


 以前から地味に気になっていたことを訊いてみた。


「そりゃ真正面からの戦いじゃ七三で私が有利だよ。かといえ、真中は銃撃戦メインだから呼びに行っても訓練にならないしね」


 真中さん?

 ああ……刀子さんのことを師匠ではなく先生と呼んでいた女性のことか。


「でも、豊花さんの学校を一般人に目撃されてまで襲撃してきたということは、相手ももう後がない、焦っている証拠です。ここの本部はアリーシャさん、森山さん、瑠奈さんがいるからある程度安全は確保できていますが」沙鳥は咳払いをする。「もはや外に一歩出たら常に危険と隣り合わせになりますね」

「常に危険……どうしてこんな目に遭わなくちゃならないんだろう……」


 ついつい愚痴ってしまう。

 普通に暮らしていただけなのに向こうから喧嘩を吹っ掛けてきて勝手にライバル視し、まるで仇敵のような扱いに曝されてしまっている。

 本当に……本当になんなんだよ。

 わけがわからなくなり泣きそうになるのを、私はグッと堪えて我慢した。

 いつまでも泣いているわけにはいかないんだ。

 泣くのはすべての問題を解決してからにしよう。


 ーーそのとき、いきなり正面ホールの自動ドアが開いた。

 色彩さんがそちらを向く。私たちも合わせて視線がそちらに向き、目線が集まる。

 そこにいたのはーー。


「姉貴?! 水無月!?」


 異能力者保護団体を裏切って出ていった河川百合ーーまたの名を、水無月。

 水無月が威風堂々とした佇まいで施設の中に入ってくる。


「ストップ。今すぐ止まれ。止まらないとすぐさま首をかっ切る」


 ありすはいち早くナイフを逆手に構え、水無月に接近する。


「やっぱり裏切るのはやめたーーて顔じゃないよね? 何の用?」


 ありすは怒りを含む口調で水無月に問いかける。


「私が死んだら他の異能力者は救われる。ありすちゃん、やっと私の存在理由(レーゾンデートル)が判明したよ。きっと、この日のために生まれてきたんだ」

「はあ? なにを言ってーーちょっと、なにを握っているの!?」


 ありすの言葉を耳にして、水無月の手元に目をやる。

 そこには、厳つい黒い球体ーー手榴弾が握られていた。


「さあ! 今ここで異能力者が強いたげられる世界を変えよう! イエス・キリストが皆の原罪を背負って亡くなっていったかのように、私も間違ったこの世界の歪な誤りを訂正するために亡くなっていっていく! 神よ、見ていてください。私は皆の為に、皆の為に命を捧げます!」

「危ない!」


 水無月の近場にたまたまいた瑠衣を瑠璃が突飛ばし、次に近場にいた私をありすが抱えて突飛ばし水無月から距離を置いた。

 瑠奈は沙鳥の前に立ちふさがり片手を真横に伸ばす。

 色彩さんはカウンターの真下に隠れる。

 水無月は手榴弾を誰に投げるでもなく、まるで抱えるかのように抱き安全装置を抜いた。直後、手榴弾は正常に爆発し、辺りに水無月の地肉が散らばる。


 次の瞬間、上から黒い垂れ幕が下がってきたかのように視界が黒い黒い真っ暗闇に満たされた。

 辺りに水無月の血漿は目に映えなくなり、代わりに血の鉄臭さと肉の生臭さが鼻腔を囀ずる。


「まずい! 襲撃が来ます!」


 沙鳥は大声をあげる。

 異能力で上階にいるメンバーに知らせているのか、ひたすらぼそぼそ呟いている。

 私を含め、瑠璃、瑠衣、ありす、沙鳥、瑠奈、三日月、煌季、色彩が一瞬のうちに行動不能に陥ってしまった!


 沙鳥以外に上階に伝える方法はないのだろうか?

 ドラゴンメンバーに頼ろうにも、とっくのとうに帰ってしまっているだろうし、こんな危険な騒動に巻き込みたくない。そのうえ巻き込まれたくもないだろう。

 せめて上階にいる舞香とゆきに伝わればなんとかなるものの……くそっ!


『襲撃者です。襲撃者です。ただちに戦えるものは一階ホールに集まってください』と音声が流れる。


 色彩さんがいざというときのために用意していてくれたのか!


「さて、ひとりずつさっさと始末していこうじゃないか」

「この数を始末できれば十分だ。リーダーの嵐山沙鳥、厄介な杉井豊花を優先して潰せ」


 神無月と見知らぬ男の声が聴こえる。


「ん……! 睦月さんとやらが来ていますね。能力で判明できましたよ」


 沙鳥は負け惜しみに、異能力が使えなくなったことから相手を名指しで挑発する。


「そのとおりだ。偉いぞ、正解だ。さて、尊い水無月の犠牲によって、君たちは今日死ぬことになった。これも異能力の世界を世に広めるための地道な活動さ。小さな犠牲だ。許してくれ」


ーー通常、異能力者は若い男女、特に未成年の女性が多いのだが、この者は四十を過ぎているな。かなり特殊な例だ。ーー


 解説している暇なんてあるの!?

 だいたい声だけでーー待って。ちょっと待ってくれ!


ーーうん?ーー


 ユタカには異能力の範囲がかかっていないの? 周囲の風景が見えたまんまなの?


ーー……そういえばそのとおりだな。なるほど、皆が焦っているのは、回りが見えなくなっているからなのか。ーー


 神無月が歩み寄るのが聴こえる。

 そこに誰かがタックルした音がする。


「なにが、尊い犠牲だ! このキチガイどもめ!」


 ありすが激昂して、位置を予測し体当たりしたらしい。


「邪魔だよ」

「ぐっ!」


 おそらく刃物で切りつけられたのだろう。ありすは鈍い悲鳴をあげる。


「目が見えなくても厄介な相手は厄介だねぇ。まあ、容易に落ちる儚い命に変わりはない」

「かはっ!」


 刃物で切り裂かれる音と、誰かがーーおそらく神無月がありすを蹴り飛ばし距離を空ける音が鳴り響く。

 視覚が塞がれているせいか、普段より聴覚が活性化している気がする。

 そういえば、ある感覚を鍛えるには別の感覚を遮断すればいいといった話を聞いた思い出がある。


 ナイフーーいや、今までの相手から考えると獲物を手で握れるサイズのーー。


「鎌だ!」

ーー鎌だ!ーー


 ちょうど神無月が胸を抉ろうとしていたらしく、咄嗟に取り出したナイフをぶつけ、鎌の刃を切り裂き落とす。

 瑠衣のナイフだ。刃物だろうとスッパリ切れる!


 でもこのままだとじり貧だ。


 一か八か賭けに出てみるしかない!


「ユタカ化」


ーーその瞬間、意識が遠くに飛び立った。ーー


 目の前に景色が広がる。


 ありすは神無月に蹴り飛ばされ入口付近で沈んでいる。


 水無月だった肉の塊を中心に、皆はバラバラの位置にいる。


 沙鳥の前には瑠奈が立ちふさがり、見えないながらも沙鳥に触れさせないよう手を真横に伸ばしている。風壁を張っているのだろう。あの辺りは目が見えなくても安全そうだ。


 煌季と色彩は姿が見えない。おそらくカウンターの真下に隠れているのだろう。

 瑠衣と瑠璃は二人並んで、切れ味の鋭いナイフと特殊警棒を構えている。

 あの二人がもっとも現状では危ない。

 適当に振れば互いを傷付ける可能性が高く、来たと予測できても武器が振り回せないからだ。


 私は葉月姉妹に向かって足を踏み出す。


「まずはそこの二人か」


 睦月も同時に二人に駆け寄ると、ナイフを取り出した。

 ダメだ。

 間に合わない。


 ーー寸刻。


 睦月の斜め上から舞香が出現し、睦月にドロップキックをお見舞いした。


「遅れてごめん。ゆきもあとからきっと来るわ」

「気を付けろ! そいつは睦月だ」

「睦月ーーそういうことね」


 睦月は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 しかし舞香も笑みを絶やさない。


「残念ね! 私は異能力者だけれど、異能力に頼りきりの人間じゃないのよ!」


 睦月のナイフを避けると、横蹴りを腹部目掛けて放つ。

 ギリギリ避けるが、今度は回転蹴り、逆回転蹴り、蹴り上げ、踵落としの順で猛攻がはじまり、ナイフを振る暇なく次々にダメージを負っていった。


「ぐっ、し、師走! 来い!」


 伏兵か!?

 入口付近に隠れていたのか、久しぶりに姿を見せる師走が駆け寄ってきた。


「瑠奈! 沙鳥付近は安全だ! ソファーを飛び越え前進したのち風の壁で舞香を守れ!」

「その声はユタカ? りょーかい!」


 瑠奈が勢いよく舞香の近場に接近する。目が見えないにしては上出来だ。

 師走が体表から溢れる汗を周囲に振り撒く。しかし、風の壁により舞香には当たらない。地面にすべて叩きつけられる。


「ちぃっ!」

「もったいないですが、ここは逃走するのが最善策かと」


 神無月は睦月に意見具申する。

 そういえばリーダーは睦月のほうだったな。

 人間とはわからないものだ。


 神無月は隙を見て携帯を一回タップする。


 瞬間、異能力者保護団体の内部に栗落花が出現した。


 またか!

 またおまえのせいで豊花たちは敵を逃すのか!


 栗落花が神無月と睦月に手を伸ばしたーー次の瞬間。

 栗落花の表情が訝しげに染まる。


「っ!?」


 次に聴こえたのは銃声。

 カランカランと薬莢の落ちる音が静まり返ったホールに響き渡る。

 ドサリ、と栗落花が片膝を抑えながら、踞るように地面に倒れ付した。


 そこには、通路の奥からこちらを凝視している少年ーー森山と、銃口を両手で構え向けている何 美夜の二人がいた。


「あ……視界が戻りました。森山さん、美夜さん、来てくださり助かりました」


 沙鳥の呟きで、全員の視界が元に戻ったのを察する。

 ならば危機管理能力が扱える豊花に戻っておいたほうがいいだろう。

 既に問題は解決済みだが、まだなにかあったときに対処に困る。


「ーー女体化」

ーー私の意識が遠くなり背後にまわる。ーー


 私の意識が戻ると、視界も開けていた。

 辺りの状況が窺える。


「相手の本部を襲撃しておいて、よくも平気だと考えたものだな」

「ちいっ」


 睦月は栗落花の異能力を無効にしているであろうと予測した相手、森山の異能力を無効にしようとしたのか、指で森山の下を指し、円を描こうとする。

 しかし、再び銃声。みたび銃声。


「がぁぁあああ!」


 睦月は血漿を撒き散らしながら地面に情けなく倒れ踞った。


「やれやれ、これで長かった抗争も終わりだ。魔術に集中できそうだな」


 美夜は動けないようにするためか、師走と神無月の右足にも銃弾を放った。

 師走には命中しくぐもった声を出しながら倒れたが、神無月は異能力のおかげで避けてしまう。


「森山」

「はい」


 森山が視線を神無月に向けると、今度こそ銃弾は神無月を貫いた。


 その間、睦月は隙をついて入り口に這いつくばって向かうが、入り口がそこにはなかった。


「教育部併設異能力者研究所(むかえ)が来るまでここには入り口はありませんよ~。せっかくいい夢見てたのに酷いですー」


 アリーシャの力によって、入り口の存在が消滅していた。


「森山は栗落花から一時も目を離すな。こいつが一番厄介だ」

「はい」


 美夜さんに言われたとおり、森山は苦しそうに呻いている栗落花の側に屈み、一時も目を離さなくなる。


「遅れてすみません」

「いや、いい。もう終わった」


 遅れて登場した真中に、色彩が言葉をかける。


「はいはーい。負傷者はありすちゃんだけかしら~?」


 煌季は蹴り飛ばされたありすの治療をし終えると辺りを見渡す。

 私は自然と瑠璃のそばまで歩いていた。


「もう……これで終わりなの?」

「うん、多分。敵対組織のリーダーは潰したし、余っているメンバーがいたとしても瓦解すると思う。少なくとも、今までみたいな危機は去ったと考えていいと思うよ」

「ーーよかった」


 瑠璃は一気にからだを弛緩させると、私の肩に頭を預けてきた。

 安心したのだろう。

 当然だ。

 今まで急に前触れもなく襲われたり、帰宅できなくなったり、誘拐されて危害を加えられそうになったり、血みどろの戦いを間近で見せつけられたりーーしてきたのだから。


 私は自然と瑠璃をやさしく抱き止めた。


 長かった。

 本当に長かった。

 理不尽な戦いに身を投じられてから、理不尽な理由で戦いをつづけてきてから、本当に長かった。


 実際に時間に換算すると、それほど長期間ではなかったかもしれない。


 でも卑怯な手を使われたり、謎の勧誘を受けたり、周りを巻き込まれたり、理不尽な戦いを強いられたり、好きなひとを誘拐されたりーー短期間でも、これでもかというくらい、さまざまな目に遭遇してきた。


 それがようやく解決したんだ。


「やはり、神には抗えなかったかーー」

「え?」


 両手を縛られている最中の神無月が、なにか気になることを呟いた。


「気にしないでくれたまえ。きみにもいつかわかることだ。この世界は神の失敗作でしかなく、未来はもうないということが……」

「未来はもうない……?」


 なにもなかった壁に入り口が現れる。

 すると、そこから大勢の異能力者保護団体の従業員が入ってきた。

 森山と栗落花、美夜さん、真中は同じ車に運ばれ、ささっと手早く走り出した。

 遅れて、睦月や神無月も順番で連れ去られていく。


「私に言えた義理じゃないが、どうか世界を救ってくれ。私には、もうきみに託すしかない」


 神無月はそれを最後に連れ去られていった。


 世界を救ってくれ?


 いったい、なにが言いたいんだ?


 最後に意味不明な言葉を残されてサッパリだ。


「単なる負け惜しみよ。豊花は気にする必要なんてない。これから日常に帰るんだから。たとえ周りが豊花を不気味な目で受け入れなかったとしても、なにがあっても、私だけは裏切らないで見守り続けるわ。だから、平凡な日常にかえりましょう」

「……うん、そうだね」


 帰れるのか不安でしかないが、今の私のラスボスは日常だ。

 どうやってでも、日常に帰るんだ。


「あとさ、その……今さらかもしれないけど、もう終わった関係だと思ってるかもしれないけど……その、えと」

「……?」


 瑠璃は頬を染めながらなにかを発言しようとする。

 たどたどしく声に出そうとしたり、やっぱりやめたりを繰り返したあと、ようやく決心がついたのか、こちらを真っ直ぐ見つめた。


「やっぱり、私は豊花のことが好き。縛り付けるためとか、家族愛とか、そういうのじゃなくって……人として愛してる。一度振られておいてしつこいかもしれないけど、前とは違う好きの感情。それを豊花に抱き始めてるの。だから、豊花。あなたを愛しています」そう言い切ったあと、瑠璃は振り返り背を向けた。「返事は要らないから、ただ私の気持ちを知っててほしかっただけ」


 瑠璃は言い終えると、駆け足で色彩さんの元へと向かってしまった。


 ぼけーっとしてしまう。

 まさか、まさか好きなひとから二度目の告白を受けるとは思っていなかったから。

 しかも、以前みたいに危険に巻き込まれないように私を縛り付けるための恋人役ではなく、純粋な愛としての好き。


「豊花は、私も好き、だよ?」


 隣で黙っていた瑠衣が自己主張をしてくる。

 いや、瑠衣の好きとはまた違うんだ。

 今までとは違い、ハッキリわかる。

 これは愛情としての、恋心としての、好きなんだと。

 直感でも、そうだと伝えてくる。


ーーひとまずよかったな、と伝えておこう。ーー


 と、入り口から刀子さんとルーナエアウラさんが入ってきた。


「文月が不慮の事故で亡くなった。それを伝えようと思ってな」

「文月が……つまりあの事故を引き起こす異能力者は、まさかの事故で死んだんですか?」

「ああ。情けないったらありゃしない。でもこれで」


 異能力の世界のメンバーは全員死亡および捕虜、組織は瓦解した。



 こうして、長いといえば長い、短いといえば短い、愛のある我が家と異能力の世界の抗争は、愛のある我が家側の勝利で幕を降ろしたのであった。




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