Episode130/未だ慣れない生理現象
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12月21日ともなると、もうすぐクリスマスのシーズンがやってくる。
教室の授業中、窓の外をボンヤリと眺めながらそんなことを考えてしまう。
思えば、クリスマスなんて家族以外と過ごした思い出なんてない。
今年はどうなるのだろう?
いまは異能力者保護団体が我が家のようなものだ。
そして、そこには友達や仲間がたくさん仮暮らしをしている。
だが、とてもじゃないがクリスマスなどというムードではない。でも、それでも気になってしまうのが思春期男子の性だ。
プレゼントでも買っておいたほうがいいのだろうか?
「おいおい、浮かない顔してんな。なにかあったのか?」
「いや……ちょっとね」
いろいろな事態が発生して、おまけになにか忘れているような気さえする月曜日の朝。
とてもじゃないが、明るいクリスマスは暮らせそうにない。
ん……んん!?
え、まさか。
いや、そんなはず……。
え、嘘だよね?
ね?
ねっ?
ある事態に気がつき、一気に冷や汗が流れ出す。
私の一部に、とある事態が発生している。
なんだかわからなかったが、さっきから気分が優れないなぁとは思っていた。
腹も妙に痛いし、肌も寒い。
てっきり瑠璃に殺人を見られたショックから精神が不安定になっているだけだと思っていた。
だけど……だけど!
私は席から立ち上がるなり座る行為を数回は繰り返した。
「なにやってるんだよ……」
「おかしい……周期的にはまだのはず……まだな筈なのに!?」
下着から伝わってくるのは、生々しいーー生温かい液体。それが股にべちゃりと触れている気持ちの悪くなる感触。
おかしい。
そう、おかしいのだ。
だって、前回の生理が過ぎてから、まだ一月も経っていない!
ストレスに曝されつづけたのが起因で、生理周期がバグってしまったのかもしれない。
と、とにかく、ごちゃごちゃ言いつづけていても現実は一向に変わらない!
「宮下、悪いんだけど、一枚だけでいいから、アレくれない?」
冷や汗を額に滲ませながら、とにかく誰かからでもいいから借りようとして、ちょうど目の前にいる宮下にお願いしてしまった。
「アレってなんだよ?」
「生理用品に決まってるじゃん!」
「ぶーっ! 俺がナプキンなんて持ち歩いてるわけねーだろ! どうして普段から鞄に突っ込んどかねーんだよ?」
「静かにせい! いまは授業中だ!」
教師は黒板にチョークで数式を書きながら怒声をあげる。
「ヤバいヤバいヤバい! パンツが犠牲になっちゃうって! いや、もう犠牲になりかけてるって!」
宮下は私から視線を外し、隣の席の女子と、その前の席の女子二人に顔を向けた。
「悪いんだけど、誰か豊花ちゃんにナプキン貸してやってくれないか?」
こうやって恥を感じずに気軽に訊いてくれる宮下は、やはり便りになる友達だ。と認識を強めた。
「あたしタンポン派だから無理なんだよね。エーちゃんは?」
「ごめん、生理終わったばかりだから、ちょうどいま手持ちがなくて……」
「いや、ないならないで仕方ない。変なお願いして悪かった」
クラスメート二人はそれぞれの理由から断った。
「おい」教師がやや強めに黒板を二度叩く。「今は授業中だ。何度いってもわからないのか?」
当然のように担任の説教が始まりそうになる。
「すみません先生ー。でもぉ、女の子には大変な事情があるんですよぅ。だから、ちょ~っとだけ許してあげてくだすぁ~い。豊花ちゃんが可哀想じゃないですかぁ~。だよねぇ豊花ちゃん? このままつづけてたら、最悪、この椅子に謎の液体から径血ゼリーまでぐちゃぐちゃに漏れて大変なことになりますよぉ~?」
「うん……言い方が……恥ずかしい!」
と、視線を右往左往していたら、その子達の奥の席に座っている碧と私の視線が交差した。
「……仕方ない。持ってるからあげる。ポーチに数枚入ってるから、それつかっていいよ。じゃ、キャッチしてね! ほいっ」
ほいっ、と宙を描いてポーチに包まれたナプキンが飛んでくる。
私は、それをどうにかキャッチして頭を下げた。
「ごめん! 助かる!」
「いいから早く行きなよ」
「うん」
碧と宮下に礼を述べながら、私はトイレへと走って向かった。
トイレに急いで入り、端の個室に入る。
そこで立ったまま、恐る恐るスカートを捲り上げてみた。
「うおぇ……」
やはりタイミングが遅かったか……。
血の痕が下着にバッチリと付着してしまっており、びちゃびちゃしていて非常に生臭い。思わず嗚咽が漏れそうになる。
下着を脱ぎ下ろすと、中はもっと酷かった。誰かに見せられる代物じゃないくらいの赤赤赤!
多少は綺麗にしなければと思った私は、トイレットペーパーを使い、まだ乾いていなさそうな、出たばかりであろう径血を、可能な限り拭いて落としていく。水気を少しつけ、ポンポンと叩き落としてみたり、くすって無理やり消そうとしたりした。
だが……。
ぐっ! くそ!
未だにこの赤赤としている血の見た目だけでもキツいというのに、更に生々しい生臭さのコンビネーションには一生慣れるような気がしない。
パンツに付着……というよりもはや浸透した血の染みは落としきれず、ところどころ残ってしまっている。
既に乾いているため拭いても全く落ちそうにないことから諦めることにした。
汚パンツと化した下着の内側に、借りてきたーーというより貰ってきたーーナプキンをいそいそと敷き、ずれないよう調整した。
なんとかナプキンの装着が終わり、ついでにおしっこもしてしまうかと考え、パンツを下ろし、洋式トイレにゆっくり座った。
……でもなぁ、おかしい気がする。
私の生理周期は28日くらいな筈なのに……なのに、なんだこれは。
まだ前回の生理が終わってから、20日強も経っていない。
ーーおそらく、過度なストレスや精神的な外因によって、生理不順が起きてしまったのだろう。生理が早く来すぎる、逆に生理と生理の間が長すぎるなど、症状はひとそれぞれだが、なにはともあれこれからは毎日忘れずにナプキンを所持しておきたまえ。ーー
……恥ずかしいけど、そうする他にはなさそうだ。
そもそも、よくみんな恥ずかしげもなく男子もいる教室でナプキンを投擲できるな~。女子はメンタルが強いのかもしれない。うん。
ーーおまえも女子だがな。ーー
うるさいな~。
ああ、頭痛と腹痛も始まってきた。
おしっこは全て出しきったというのに、いろいろなからだの不調が残留したままで全然スッキリできない。
おまけにパンツにまで径血が染み込み、温い感触がパンツを通じて地肌にいちいちぺちゃりと当たって気分が悪い。
常時毒状態に犯されているようだ……。
とりあえず、教室に戻るまえに保健室で鎮痛剤を貰ってこよう。
これで計三~四回目の生理だが、未だに慣れてくる気配なんて微塵もない。
保健室に入るなり、私は先生に鎮痛剤を所望した。
少し横になって休む? と訊かれたことで、どうせならとありがたくベッドを使わせてもらうことになった。
うっくっ……でも、まだ径血の量も心身の怠さもピークではない。経験上から生理は二日目が一番つらいということを、この身を以て理解しているのだ。
「はい。バファリン。いまはバファリンしかないけど、なにも飲まないよりはマシでしょう? 白湯で飲んでね。あとは治まるまで横になっているといいわ」
「前回といい、なんだかすみません」先生からバファリンと水を受け取る。「ありがとうございます」
バファリンを口に入れ白湯で飲み込んだ。
効くまで最低でも30分はかかるーーという知識は裕希姉から教えてもらったけど、もっと即効性のある鎮痛剤とかは存在しないのだろうか?
「たしか、元は男の子なのよね?」
「はい。そのとおりです」
「じゃあ少しだけ、予め準備しておいたほうがいい物を教えておいてあげるわ」
それはありがたい。今までは、まだ周りに誰かがいてくれたりして、そのたんびに頼っては何とか乗り切るを繰り返してこれたけど、自分だけになると、必需品がどれなのかすらわからない。
生理周期もあてにはできない。唐突に流れる血ーーこのままじゃ……もし、もしもこのまま知識不足のままだと、敵対組織との抗争中、いきなり股から出血する変態認定されかねない。
「横になりながらでいいから聞いておくように。まず、当たり前だけどナプキンかタンポン。豊花ちゃんはナプキンのほうが馴染みあるでしょ?」
私は肯定するように頷いた。
「生理が終わってから数日の間、まあ十日間くらいは持ち歩かなくていいけど、豊花ちゃんは忘れちゃいそうだし、常に入れておくのをおすすめするわー。そうね~……小さいポーチに数枚は入れておくのをおすすめするわ。ナプキンを剥き出しで渡すのはエチケット的に配慮が足りないから、きちんと隠すこと。いい?」
「は、はい」
そういえば、数回は生理を経験しているのに、マナーやらエチケットやらを気にかけることは一度もなかったな。
「で、解熱鎮痛剤なんだけど、見た目14歳だとしても、既に実年齢は16歳として扱うことにするわね。生理痛には大抵の鎮痛剤は効くんだけと、おすすめはイブプロフェンかロキソプロフェンか、どっちかね。常に一箱は鞄に入れておくようにしましょう」
「はい」
それに関しては一番早く手に入れたい。
頭痛や視神経の痛み、えぐり来るような腹痛など、とにかく痛みが酷いからである。
あとは、毎回突発的に生理が始まるせいで、毎度ながらパンツを汚してしまう。これだけは勘弁願いたい。なんでだろう?
「ナプキンを敷くタイミングだけど、豊花ちゃんは毎回始まってから慌ててナプキン敷くでしょ? 生理が始まってからじゃ遅いのよ。生理が来そうだな、と感じたその時点で、出血はしていなくても、予めナプキンを敷いて対応できるようにしておいたほうがいい。わかってくれたかな?」
「え、でも、きょうはまだ周期的に生理が来そうにないから着けてなかっただけなんですが……」
「まあ、ストレスとか抱え込みすぎて、ホルモンバランスが崩れているんじゃない? そうなると生理周期なんてほとんどわからないからね」先生はスマホを取り出してアプリを開いて見せてきた。「これは月月っていう生理周期などを予測できるアプリ。妊活にも使えるけど、大半は自身の次の生理日を知りたいだけだと思う。便利だからインストールしておくのをおすすめするわ」
月月?
生理周期予測アプリ?
今まで生きてきたなかで、一度も気にしたことがないアプリだったが、生理のためのアプリだったのか。
たしかにそのアプリさえあれば、少しは楽に生理予定日を推測できて、余裕をもってナプキンを用意しておける。
「さて、そろそろ楽になったかしら?」
「あ、はい……まだ下腹部が掴まれているような鈍痛はありますが、薬を飲んだおかげでなんとかなりそうです……ありがとうございました、先生」
「いえいえ。いまは安静にしておいて、授業終わりを知らせる鐘が鳴ったら、教室に戻りなさいね。無理そうだったら早退してもいいわよ?」
「はい。いろいろとすみません。あ、いや、ありがとうございました」
それだけ言うと、私は踞るような姿勢でベッドに横になり、浅くて短い夢の中へと落ちるのであった。




