Episode127/暴走気味の救出
(183.)
あれ……私はなにをしていたんだっけ?
空は暗く、月明かりが今の時間帯を夜だと教えてくれる。
目の前には広めの雑居ビルの建物の入り口。
私は、無言でその雑居ビルに単身で突入した。
ーーなんのためにここまで来ていたんだっけ?
意識が朦朧としながら、やや汚れてきているビルの内部に入り込んだ。
行く場所も直感で理解している。やることも思考で理解している。
這い出る憎悪の感情を抑止し無理やり冷静になる。感覚でナイフをポケットから取り出し、軽く振る練習をしたあとすぐに仕舞った。
なんのためにここまで来たのか曖昧な記憶のまま、意識が朦朧としたまま、私は雑居ビルの階段を一段ずつ登っていく。
本当に……どうしてここに来たんだっけ……?
目的地の部屋を直感で無理やりこじ開けると、思い切り音を立てながらドアを殴り飛ばし開ける。
「おっ、約束どおりひとりで来たな? 安心しろ、葉月瑠璃には“まだ”手は出しちゃいねー」
ビルの一角、散らかった室内のソファーに座る男二人の片割れにそう言われる。
室内には、いかつい顔をした男性、無駄な筋肉のある男、やせ体型の拳銃を片手に持つ輩、室内の端には一人のニヤニヤした女性が、これまたナイフを片手にふらふら握っている。そしてーーその女性の背後には拘束されている瑠璃の姿。
何があったのか、記憶が想起されていく。少しずつ……少しずつ……。
「まだ少し殴ったりした程度だ。生意気だったもんでな。でもエグい拷問もしていないし犯してすらいない。まだ潔白だ」だが、といかつい男はつづけた。「杉井豊花、おまえが異能力の世界の味方にならないなんてバカな話をしだしたら、この娘は死んだほうがマシと思えることいろいろやらかしてやるからな? なあ、どうすればいいかだけわかるだろ?」
「……異能力の世界だろ、おまえら」
「いや? 俺らはただ依頼されただけのフリーだよ。くだらないこと訊いてないでさ、仲間になるかどうかを聞いてるんだよ。ま、この状況で仲間にならない選択をするほどお友達に無慈悲なわけねーよなぁ? 豊花ちゃんよぅ?」
記憶が想起していく。
なにがあったのか……直感・感覚・感情・思考がすべて暴走気味で、まるで夢の中にいるような曖昧な記憶でしかなかったが、徐々に、いったいどうしてこうなったのか思い出せてきたーー。
(182.)
私は織川香織と少しだけ雑談したあと、しばらく異能力者保護団体内での生活を案内していた。
そんなとき、ありすが慌てて私に駆け寄ってきた。
「どうしたの、ありす?」
「……買い出しに行っていた瑠璃が帰ってこなくて、心配して探りを入れたら、謎の人物たちから電話があってさ……瑠璃を誘拐した。返してほしくば杉井ひとりで指定場所までこいーーって」
「え……?」
頭が真っ白になった。
瑠璃を……誘拐……原因はおそらく、私を勧誘するためーー。
頭にカッと血が一気に昇ってくるのが自分でもわかる。
そのうえ、誘拐対象に選ばれたのは、瑠璃ーー。
この辺りから感情の暴走により意識が曖昧になり始める。
「とりあえず、色彩や沙鳥に経緯を話したんだけど、相手の戦力も解っていないうちから行くのは無謀だから、これから策を立てて救出作戦を決行することに決まったから安心して大丈夫……杉井、大丈夫だから。どうしてーーそんなに冷たくて怖い瞳を浮かべているの?」
ありすにそのような目、向けていただろうか?
これから策を立てて、戦力を探り、救出作戦を決行する?
ーーその間、瑠璃はなにをされるかわからないのに?
拷問なんかもあるかもしれない。暇潰しに犯されるかもしれない。
それ以上にひどい目に遭わされているかもしれないのに……作戦を練る? 戦力を探る? 準備を整えてから救出?
……遅い。
手遅れになっていたらどうするつもりだ?
感情ーー。
その間、醜く残酷な事態が継続しているかもしれないというのに、それをのうのうと待機しているだけしかしないだと?
「相手の居場所は……」
「だから、あとで沙鳥とかと一緒にーー」
「相手の居場所は!?」
ありすは聞き慣れない私の大声にビクリとする。
ありすはこの辺りの地図を広げて、指を指す。
「……このビルの四階だよ……でも相手の人数は最低でも三人はいるよ? 豊花ひとりじゃ流石に分が悪い。ここは素直に言うことを聞いて」
「…………ーー」
私は高鳴る相手への怒りを感情と唱え冷静にさせ、地図を引ったくるようにありすから取り上げると、それを畳んでポケットにしまった。
「ちょっと? なにするつもりさ? 杉井、少しは落ち着け!」
ありすは珍しく大声で叱責してくる。
叱責したいのはコチラダ。
イチバンタイセツナヒトガユウカイサレタノニウゴクノガオソイ。
「ははっ、ははは!」
作戦立ててからーーなんて甘えきった事ばかりいう味方なら、誰も要らない。
瑠璃ひとり、私ひとりでも助け出せる。
臆病者たちめ。瑠璃が傷ついてから助けるのではなく、瑠璃を無傷で助け出す。
私の恋心を唯一抱いている相手が拐われたーーそれなら助けに行くのが当然の摂理。
私はたったひとりで、指定されたビルまで歩いて向かい、ビルの目の前に立つ。所持品はナイフ一本だけ。静夜から以前新たに貰った、さらなる緊急用注射剤のメタンフェタミンとモルヒネ。
ただこれだけだ。
これしか持たずに敵陣に無謀にもひとりで乗り込もうとしている。
でも、精神状態がおかしいのだろうか?
不思議と、負ける気は微塵たりとも思えなかった。
(183.)
「さて、仲間になるのかどうかだ。ま、答えはひとつしかないがな」
ギャハハッと汚い笑い声が室内の喧騒に変わる。
ーーうるさい。
と、この油断している状況で、私はナイフを素早く取り出しソファーにふんぞりがえっている男の心臓にナイフを穿つ。
血が飛び散り、コンマ秒の空白。なにが起きたのか理解できない面々が、数秒で現状を認識した。
「な!? 人数差考えろやキチガイ野郎! い、いくら頼まれたからとはいえ、殺しちまえ!」
敵は筋肉ゴリゴリ男ひとり、拳銃持ちヒョロガリひとり、女ひとり。計三人。
倒せないレベルじゃない。
発砲されるが間一髪で避け、ソファーにいる大男に走り寄る。
走り寄るなりナイフで数回切り裂いた。
「ぶち殺すぞクソガキィ!」
拳を突かれるが、わざと背後に自分から倒れるように勢いをつけ、無駄に長く吹き飛ばされ反対側のソファーまで飛ばされる。
だが飛ばされている間、ヒョロガリの発砲がまぐれにも脇腹をかすめる。
そのまま飛ばされた勢いでソファーの背後に潜り込む。
思考ーー。
私は静夜に渡された注射器を素早く肩に突き立て、内容液を体内に注ぎ入れる。
痛みは止まらないーーつまりモルヒネではないーーが、思考が一気に冷静になり、気分が高揚してくる。
メタンフェタミンを注射したのか。
注射器をすぐさま捨て、すぐに次の動きに入る。
覚醒剤により普段より物事への過集中が始まる。
直感により理解できていた。この薬物と私の異能力は相性がいいことを。
一気に興奮状態がスーっと冷めていき、尚且つ冷静ながらやけに思考が回る状態になった。
私は拳銃持ちに低空姿勢で一気に駆け寄る。
相手の拳銃から一発発砲される。
ナイフでそれを弾く。
その対価に腕が後方に引っ張られ、ナイフは背後に吹き飛んでしまった。
しかし、気にしない。
相手はヒョロガリ。奪えないとは到底思えない。
無駄に開いた足の股を蹴り上げ動作を痛みで一時制止させる。
それと同時に腕を掴み、曲げ、自らに銃口を向けた段階で発砲する。
体に弾が貫通し後頭部から勢いよく出血する。確認後、拳銃を奪い取り、再び一発打ち込んだ。
「うるぁあああ!」
デカブツが腕力に任せて背後から殴り付けてきた。
しかし、それを予め察していた私は最小限の被害で済む場所に拳を誘導した。
ぶつかり、ビリビリした振動が体に伝わる。
痛みに耐えつつ拳銃の銃口を心臓にゼロ距離で密着させて発砲した。
弾切れになるまで発砲したあと、呆然として手が止まっている女性に接近。
拳銃を振り上げ頭に振り下ろしぶつける。腹を蹴り、足を払い転倒させた。
倒れた女の真上に飛ぶ。片足の膝だけを鋭角に曲げて腹部を穿つ。
「かはっ!」
女性は息が一瞬止まり、苦しそうな面を浮かべる。
「ちょ、ちょっとちょっと、豊花!? や、やり過ぎよ!」
ここにあったか……。
ナイフを地面から拾い上げ、女性に股がる。
「まっ、待って待って待って! 許して! なんでもするから! なんでも話すから! 単なる依頼だから複雑な事情とかしらっーーべっ?!」
ビシャッーーと薙いだように血が真横に飛び散る。
私が胸を真横に強めに切り裂いたからだ。
そのまま私は、瑠璃の制止する声を聞きながら、真顔で女性の心臓をナイフで突き立てた。
立ち上がり、辺りを見渡す。
皆死に絶えているのを確認してから、瑠璃に駆け寄る。
「大丈夫だった? ひどいことされてない!?」
「……そ、それは、だ、大丈夫よ……それより……」
瑠璃の拘束を外した。
瑠璃は立ち上がり辺りを見回す。
「これは……いったい……豊花? あなた自分がなにやったのか理解できてるの? だって……人を……!」
「ーーえ? だって」私は今までの経験則を説明する。「殺さなければ無限につづく。復讐される。終わらないんだよ。殺すしか終わる方法はなかったんだ」
数秒、無言の間が空く。
「…………ごめん、ありがとう。た……助かったわ……」
瑠璃は複雑そうな表情を浮かべながら、いつもと違うトーンで礼を述べてきた。
この感情……どこかで似たような体験をしたことがあるような……。
ああ……。
瑠衣が裕璃を助けたとき、裕璃が瑠衣に向けていた畏怖の瞳ーーあれと似ている目で、いまの私は見られていたんだ。
ここは刀子さん経由で掃除屋さんに連絡してもらうことにして、気分の優れていないような表情を浮かべている瑠璃と、疲労困憊と緊急で使わずにいたかった覚醒剤を注射してしまい妙に眠気が失せ高揚気味の私は、会話もそこそこに異能力者保護団体に戻ることにしたのであった。
……致し方ないとはいえ、少量とはいえ、私はたしかにメタンフェタミンーー覚醒剤を注射してしまったのだ。
これがどうなるか気になるから、帰宅早々沙鳥に相談することにしよう。
未だに今日の記憶が曖昧だけど、私は間違ったことはしていない。
そのはずだ、と自分で自分を肯定した。




