Episode126/織川香織
香織の吃音風描写が描かれていません。いずれ加筆修正するのでキャラクターへの違和感は一端横に置いておいてください。
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よくわからないまま神奈川に到着し、マイホームとなっている異能力者保護団体にまで帰宅を果たした。
夜はなかなか冷え込むようにはなったが、銚子並みに風が強くないせいか、先程までより寒気は控えめで助かる。瑠奈だけだ。寒さをものともしていないのは……。
入り口に入ると、受付にはいつもどおり色彩さんが座っている。
ソファーには、愛のある我が家の舞香、沙鳥、そして見知らぬ少女が中に混じって誰かが座っていた。
ガチガチに緊張で固まっているのか、なのにどこかワクワクするような複雑そうな顔色をしている。
瑠璃は瑠衣の様子を窺ってくると伝え(多分、愛のある我が家にはあまり関わりたくないのだろう)すぐさまエレベーターで上階に昇っていってしまった。
瑠奈も瑠奈で性欲が溜まったと呟き、ダッシュでアリーシャの寝る室内に行っていってしまった。
ありすと美夜さんは小声でなにかを色彩さんと話し合っている様子。恐らく河川百合が裏切ったことを伝えているのか、これからの方針を考え直すべきかどうかーーその辺りを話し合っているのだろう。
目の前にいる少女をジーっと観察する。
白く透きとっているサラサラな綺麗な長い髪をしており、瞳は動脈から出た血液のように深紅に染まっている。他のメンバーに遅れをとらないほどこの子もかわいい。まだ15、6歳、よくて高校生ほどの美しい容赦をしている。
体型も理想的で、胸は巨乳ともいえないが、貧乳でもあらず。背丈は160cmほどはあり、今の状態の私よりは遥かい高い。男性に好かれそうなナイスなプロポーションをしている。
「あ、え、はじめまして豊花さん! それとも、豊花くんのほうがよかったでしょうか?」
「えあ、どうも……ん?」
豊花くん?
それって、私が元は男だってことを知っていたのだろうか?
「豊花さんが考えている通り、この子はあらゆるネットの情報や本から知識を得ていき、普通ならわからないような異能力者個人の異能力を探偵したのです。成長した鏡子さんや豊花さんの成長した真の力までは網羅できていないというのはさすがに調べるのは無理でしょう」ですが、と沙鳥はつづけた。「香織さんはインターネット・書籍・現地での情報収集、ネット友達からのタレコミ、仲間をつかった人海戦術により、私がちょっとまえまで使っていたアジトまで見つけ出したのですよ」
「え……アジトを!? というかわたしたちの異能力詳細や人物像もネットで?」
「あ、はい!」
香織は自慢げに返事する。
「じゃあ、ここが犯罪集団って知ってるよね? 親御さん悲しむよ?」
事実、親にこの真相を話した際、触りを話しただけなのに、母さんは貧血で倒れそうなくらい衝撃を受けてしまい、過保護が暴走しかねない状況に陥ったのだ。
「……あ、え、う……父は幼い頃に女子児童に猥褻なことをして捕まり、今は塀の中です。母はそれから私に暴力を振るうようになり、耐えかねなくていろいろと探していました。一度……」一度……と少し間を置いた。「一度は児童相談所に連絡しましたが、まるで役には立ちませんでした……」
「うおお……」
話が重い!
愛のある我が家メンバーみんな、話が重い!
うちだけなんじゃなかろうか、そういう胃もたれしそうな曰がないのは。
「あ、虐待されるなか、だったらわたしは自分で稼いで出てってやるぞ! と決心はついたものの、お金もないし、今まで買いそろえたアニメのBDを売ろうにも先手を打たれてぐちゃぐちゃにされてしまっていて……そこでたまたま愛のある我が家という組織が神奈川県にあると知り、サーフェイスウェブでは見られないだろうとダークウェブでさまざまな情報を知り得ました」
不登校になり、そこからは毎日愛のある我が家を崇拝し始め、自信のある異能力者は面接に来てくるように書かれたサイトが……今は消えているが、たしかにあったらしい。
「そこから愛のある我が家の仕事内容を掲示板で叩かれながらスルーして、重要な信頼できそうな情報ばかり取捨選択し、次第に全貌が見えてきました」
「たしかに、まだチームメンバーが少なかった頃はダークウェブに集客をかけていた時代もありました。ですが何年も以前の話ですよ?」
「あ、え、と……それじゃ……やっぱり私なんて不要ですよ。失礼しました」
ガックリと肩を落とし、涙目になりながら後ろへ回る。そこでしばらく止まると、涙が地面に流れ落ち、飛沫となって飛散する。
「べつにダメとは一言も言っていないですよ。面接して、異能力の内容を窺い、スキルの口頭確認をしてから合否を決めます」
「あ、ちゃ、チャンスをくださるんですか?」
「ええ。敵対チームが知らない仲間を引き入れられれば、多少は相手への牽制になるでしょうし。それに、情報収集の才能はピカ一です。すべてのサイトを読んだだけで、正しい情報だけを繋げ合わせて答えまで到達する。お見事でした」
「あ、ありがとうございます!」
なんかこの子、見た目はかわいいのに、やけに自信がないかのようにおどおどしているなぁ。
「では、早速ですが必須条項として、これらはすべて本心からイエスと答えなければ不合格です」
「あ、はい」
沙鳥が珍しく面接していらっしゃる。
他のメンバーもみんなそういう時期があったのかな?
「質問です。あなたは私を裏切る可能性はありますか?」
「はい! じゃなかった、う、裏切りません!」
勢いだけで答えるなよ……。普通なら面接で真っ先に落とされるぞ?
「あなたの特技はなんでしょうか?」
「あ、え、パソコンやタブレット、スマホ、ガラケー、書籍、TwitterやSNS、匿名掲示板、ダークサイトの情報サイト、新聞、現地での口コミにいたるまで、あらゆる方面から情報を収集することが趣味じゃなかった得意です」
「あなたの短所は」
「キモヲタでして……深夜アニメ大好きで、抱き枕カバーなどのグッズ、同人誌を買い集めています。私がここに来た理由のもうひとつである、金銭感覚に疎いという点です」
「なぜうちに入りたいと?」
「憧れが一番ですが、やはり金銭面と住処がほしいので。アニメのBDをマラソンすることすら今は不可能で、短時間で大金を手に入れたいからです。あと寝床がほしいです」
す、素直だな~。
普通の面接で言ったら即落とされかねない純粋な返答。沙鳥はだいたい把握しているのか、特に驚いた様相をしていない。
「わかりました。次は、あなたは身体干渉系の異能力者だと聞き及んでいますが、具体的な内容は?」
「触覚、味覚、嗅覚、視覚、聴覚のいずれかを、一時的に強化したり弱化したりする能力です」
ふむふむ……あれ?
てっきり鏡子みたく探索系の異能力だと思っていたのに、技術と異能力は無関係。
勝手に異能力で情報を集めやすくしているのだと勘違いするとこだった。
「例えば視覚ならーー」遠く離れた位置にある書籍の帯に書かれている、私から見ると粒にしか見えないアレを。「大ベストセラーキツマンに極太マンの続編発表! と書かれているのがわかるようになれるんです」
なんつー本があるんだこの施設……ってありゃ、誰かの私物だったらしく、見知らぬ職員さんらしきひとがそわそわしながら広い鞄に押し込み通路の方へと歩いていった。
「なかなか使えそうな異能力者ではないですか」
つ、使えるか~?
「現場でも働く時間が出てきそうですね。長距離からの探索は鏡子さんが居ますが、短距離から中距離の待ち伏せなどを見つけ出すのには必携です。特に嗅覚と聴覚、視覚辺りはかなりお役に立つでしょう」
「あ、ほ、本当ですか! やりました!」
でも、この子、本当に仕事内容を理解しているのだろうか。
「あのさ……やっぱりやめといたほうがいいよ? この愛のある我が家がなにをやらかしてるから知ってる? 理想と現実はべつであって、実際はマンガで読むような劇的な物じゃな「知ってます!」」
話が遮られてしまった。
「あ、えっと、サーフェイスウェブですら情報はちまちま見かけますよ! ダークウェブで購入した情報を参考にしたり、お友達と共に実際現場を覗き見したりして、このひとたちは本物なんだって確信しました!」
なんつーストーカーだ。世が世なら集団ストーカー扱いされかねない。
実際の勤務内容を知れば、まあ、普通は立ち去るだろう。
「でさ、ひとつめの仕事は、覚醒剤の密造密売なんだけど……」
「あ、はい! 知ってます! 愛のある我が家産はファンが付くほど純度が高く混ぜ物もしないみたいで最高だ! ってわたしの先輩が熱論してくれました。これ以上の品質は日本にはもうないとさえ言われているんだとか! すごいですね! 欲しがる相手にしか売らず、自ら押し売りはご法度、それに始めての顧客には『覚醒剤で狂わない為のマニュアル』みたいなのを売人に渡しているんですよね、ね!」
高校生なのに友達が覚醒剤をやっているとか、ここは世紀末か。
アヘン戦争ならずメタンフェタミン戦争と呼ばれていたかもしれない極悪薬物に対して、よく今の義務教育で培ったバイアスがあるのにもかかわらず、正当に評価してもらえるものだなー。
でも、次はどうだ。
たしかに薬物乱用の加害者は薬物であって、乱用者は罪にとらわれるべきではないと主張しているひともいたと思う。
「あ、え、と、義務教育では大麻も覚醒剤も麻薬もすべて同じくらい危ないとして、最後に破滅していく姿で終わる映像を、未だに採用している学校も多数存在しています」
舞香が通路の奥から現れると、会話の輪に入ってきた。
「学校教育の薬物授業はもっと変えたほうがいいかもしれないわよね。怖いもの、一回やると人間じゃなくなるーーこれにはふたつも問題点があるの」舞香は一呼吸する。「まず薬物を既にやっている人間からしてみれば、そういった教育はすべて無に返す。全然学校教育とは違うじゃん! となってしまう。やっちまったなら放置しろ、諦めろーーってだけでは済まない点が、問題その二。大学生になれば交流も増えていく。運悪く表面上は明るいけど内面は真っ黒な先輩との付き合いが始まるとするじゃない
舞香は自動ジュースサーバでコーヒーを取り出すと、話をつづけた。
「そのとき、あれ? 学んだ薬物像とは違うぞ? 先輩明るくて楽しいし、発狂なんて微塵もしていないーーならば自分も大丈夫でしょーー薬物乱用防止啓蒙と現実の薬物を比較した時の違いにギャップを覚え、たとえば覚醒剤でも一度で依存が形成されるわけじゃないの。だから勘違いして『本当はこんなにも素晴らしいものだったのか、学校め、嘘つきやがって!』ってなってしまう。すると、真の覚醒剤の怖さに気づかず、今まで以上に盲目的にのめり込むようになってしまう」
「あ、え、じゃあ覚醒剤は安全なんですか?」
「そんなわけないでしょ? 覚醒剤の恐ろしさはいろいろあるけど、なにをやっても楽しくなるから、覚醒剤を使えない日は楽しくなくなる。エビデンスでは5回ほどやったら依存が身に付く。で、優先順位の上位が覚醒剤に入れ替わってしまう。なにをやるにも覚醒剤を用いてさらに楽しくなるようになりたいーーこうなっていくと依存は早くなる」舞香さんは懐かしそうに目を細めた。「ほかにもアホみたいな使い方をして……五日間寝ないでつづけたら基本的に幻覚や妄想がはじまっちゃうの。本来覚醒剤は多量摂取せずに毎日基本的に睡眠、まあ、2日置きに寝るくらいには抑えておかないと、ニュースにのるような発狂シャブマシーンが誕生する。それで、普通にこそこそやっていた人間も同列の仲間だと思われるようになっていく。さらに、なにをやるにしても『覚醒剤があったらもっと楽しめてよかったのに』という思考が一生外れなくなる。これが実際の覚醒剤の恐怖よ」
学校教育で見た薬物に関する知識には、たとえば私の学校では大麻をつかって主人公が苦しみながら川にダイブするような内容だったし、覚醒剤のほうも、やっているひとが顔から舌を出してえへえへするような腐った人間になるともやっていた。
「飲酒運転で轢死させたからって、酒のせいじゃない。飲酒運転なんてする人間が悪い。覚醒剤で人を殺す妄想に囚われて実際に殺人した場合、悪いのは殺人した人じゃなくて、覚醒剤が悪いってなるでしょ? それはおかしいじゃない。酒も覚醒剤も根本では一緒。少しは考えられないものかな~って、私は毎度思ってるの」
「納得できるような納得できないような……」
つか、なんか話の趣旨ずれていってない?
「私が考える薬物防止のための取り組みは、まずはやっていないひとに対しては、やらないように維持ができて、この情報をもとに将来誘われて相手が狂ってなかったとしても、いずれは狂うんだから絶対やらない、というように認識させる」舞香さんはコーヒーを一口飲む。「それに、やったら人生おじゃんなんて書いちゃってると、逆に既にやってしまった人間は、薬物防止の映像作品が嘘だと即刻わかるし、人やめますか薬やめますかって有名な発言。あれ、既にやってるひとは人外扱いになるんだよ」
舞香はコーヒーを飲み干した。
舞香さんの長い話はまだまだつづきそうだ。
これ、仕事談義じゃなくて覚醒剤談義なんじゃ……。
「もう一生立ち直れないんだーーだったらやりたい放題やってまおう! って新たな犯罪を引き起こす引き金になってしまいやすい。実際、それがきっかけでスリップしたやつもいたからね……『もう人間じゃねーなら好きにさせてもらうぞ! 薬使いまくり! どうせ終わりなんだしそこらで女の子押し倒してズタボロにしても構いはせんやろ!』なーんてなるのも予想に難くないはずなのに、バカよね」
舞香は両手を叩く。
「さて、実体験上の話はおしまい。わたしが考えるベストな映像は、恐怖での抑止は最初だからこそ通じるもの。覚醒剤には違法になる理由がきちんとあるんだから、嘘をつかずに正確に、メリットはなるべく省いて、実際にあるデメリットを誇張し、現実の覚醒剤と同じ恐怖を学ばせることが、私が一番大切だって思うの」
「舞香さんは恐怖では止まらなかったんですか?」
「全然、ちょっと調べれば誤った知識だって理解できるし、もっと言えばメリットもめちゃくちゃある。WHO調べれば出てくるけど、覚醒剤の地獄は並み半端な覚悟じゃやめられないくらい強力な精神依存。なんと自分への害は一位だからね」
「ちなみにお酒とかもあるの?」
つい気になって聞いてしまった。
「お酒は他人への害が一位だったわね」
ひょえ~恐ろしい。
でも次の仕事はどうだ!
「うちの組織にはさ」
「あ、はい! なんですか?」
「未成年の売春斡旋をしてるんだよ?」
ーーこれには彼女もドン引き!
「存じ上げています! 親にも学校にも警察にもバレないように隠匿しながらやってる未成年者限定の裏風俗みたいなものですよね? 皆さんは売ってるんですか?」
「いやいやいやいや」
って、知っても気持ち悪く感じなかったのだろうか?
「あり得ません。ただ組織で運営しているのは、お金の為に自ら売春したい少女の身の安全を保ちつつ、買う側の男性も選びに選んで招待制にしている売春倶楽部です。今は結愛さんの担当ですが、実際に売るのはお金がほしいけどひとりでの売春は怖いな……と思っている子です。監視をつけた安全な室内で、少女たちがお金のために体を売っているだけです。私や豊花さんはやりたくありませんしやるつもりもありませ
「へ~! ワクワクしますね!」
なんだか、更に好奇心マシマシというか、もはや一緒にいろんな仕事をしたいと願っている雰囲気さえする。
「他にも闇金をやっていたり、風俗やキャバクラの用心棒係だったり、極悪な異能力を抹殺したり……本当に興味があるの? 犯罪だよ?」
「砂風さん、どうして新たな仲間が入ってくるというのに、そうも否定的なのでしょうか? 香織さんが苦手なんですか?」
いや、入ってからこれ犯罪じゃんって幻滅しないだろうか不安なんだよね……。
「犯罪なのは百も承知。でも、このまま虐待されつづけて自分が死ぬくらいなら、犯罪だろうと生き延びたいんです。悪いことですか?」
決意は固いらしい。
「わかりました。合格ですね。早速ですが、口座を持っているなら振込先の銀行口座の情報を教えてください」
「あ……はい! ありがとうございます!」
「それに、死ぬくらいならーーそう考えて覚醒剤を使い始めたのが舞香さんですから、どこか共通点があるような気がしますからね……」
舞香さんはなにかを患い覚醒剤に手を出したのか……。
たしかに、もしも覚醒剤や大麻、麻薬などが手元にあり、数ヵ月の命だなんて言われたら、多分、私もつかってしまうだろ。
「予後不良は未知数ですが、うつ病の患者には、メチルフェニデートと呼ばれる合法覚醒剤が処方されていた時期もあったんです。ある意味間違っていなかったんじゃないですか? 舞香さんは覚醒剤により自殺を悔い改める切っ掛けになり、香織さんはアングラな世界にのめり込み、死よりも生を選んで犯罪組織に入った。類似点がこれだけあるのは、なにかの縁を感じるんです」
「あ、ありがとうございます」
テンポよく香織が仲間に入ることになったのであった。




