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Episode125/師走

(180.)

 銚子に到着して電車から降りると、強い風が頬を切って吹いていく。

 ちょっと風が強すぎやしないか?

 それに風が強いとやたら寒い……。


「うーん、やっぱり銚子は良い! この強い風をもっと浴びたいから橋に行くよ」


 瑠奈は伸びをしながら笑顔でそう言う。

 は、橋?


「待て。異能力者保護団体の様子を見るためにボクたちは来たんだ。遊びに来た訳じゃない」

「わかってるってば。美夜っちって固いな……固いよ。いいからいいから、銚子大橋に行こう」


 このひと、何のために着いてきたんだろう?


「肌寒いわね……早く異能力者保護団体に向かいましょ」

「賛成。瑠奈はひとりでなんとか橋に行けばいいじゃん」


 瑠璃とありすは寒そうに振るえている。

 冷たい空気が強風によって運ばれてくるんだ。私も寒いと感じる。早く建物内に入りたい。


「えー……みんなで強い風浴びようよ」

「いいから。最初からメンバーに入っていないおまえだけで行ってくるんだ。ボクたちは異能力者保護団体に居るから」

「ちぇー。はいはい、わかりましたよーだ」


 瑠奈は軽く飛ぶと、ゆっくり地上から離れていく。


「こんな従来のど真ん中で異能力を使うな」

「異能力じゃないもんねー」


 それだけ言い残し、瑠奈はどこかへ飛んでいってしまった。


「さて、ボクたちは異能力者保護団体に行くとしよう」


 美夜さんの一言で皆は歩き始めた。








(181.)

 千葉の異能力者保護団体は神奈川より若干規模が小さく、階数もそこまでなかった。

 内部に入ると受付があるのはどこも一緒。受付には二十代半ばのお兄さんがいた。


「第1級異能力特殊捜査官の何 美夜だ。様子を見るように連絡を受けてやってきた」


 受付のお兄さんはチラリと私たちを見る。


「私たちは美夜さんの護衛です」

「自分は異能力者保護団体受付係の(みたび)です。聞いてますよ。きょうは異能力者保護団体に属している異能力者の検査をお願いします。二階に数名待機させていますから見ていってください」

「了解した」


 私たちは美夜さんにつづきぞろぞろと二階に向かう。

 エレベーターで二階に上がると、見知った顔がひとりいた。


「……姉さん、久しぶり」


 ありすはそのひとに声をかける。

 河川百合ーー神奈川支部にいないと思ったら、こちら側にいたのか。


「河川から先に見るか」


 美夜さんは河川さんを連れ奥の検査室に入る。部屋の外にいくつか椅子が置いてあり、男性二名と女性一名が座っていた。

 そのひとたちを残し室内に入ると、美夜さんは河川さんを椅子に座らせ、自分も前の席に座った。瑠璃はそんな美夜さんの背後に陣取る。

 私たちはおまけだが、室内にいていいのだろうか?

 しばらく河川さんを凝視する。


「これ以上異能力を使ってはならないな。ステージFに近いステージ4だ」 


 美夜さんに告げられ、瑠璃はクリップボードに挟んだ紙に言われたとおりの情報を書く。

 河川さんはなんとなく自覚しているのか、無言で頷くのみ。なんかまえより感情が死滅している気がする。


 他の異能力者、男女三名も美夜さんが順次見ていく。能力内容とか一切教えてくれない。

 最後のひとりを見終えると、美夜さんはため息をして『こうもステージFに近いものばかりだとな』と呟いた。


「ーーがぁあああ!」


「!?」


 なにか叫び声のような音が一階から聴こえてきた。

 美夜さんや瑠璃、ありすと顔を見合わせる。


「ちょっと様子を見に行ってくる。杉井も付き合って。瑠璃は美夜さんの護衛をお願い」

「だから、ボクは瑠璃よりは戦えるつもりだ。それにいざってときは」美夜さんは拳銃をチラリと見せてきた。「ボクにはこれがある。だからボクも行くぞ」


 美夜さんはそう言い立ち上がった。

 今の悲鳴、三さんの声に聴こえた。


「あっあぁああぁああ!」「いやぁあああ!」「ーーっ!」


 次々に悲鳴が上がる。男女の悲鳴ーーさっき看た人たちだ!

 もしそうなら、嫌な予感が頭を過る。

 みんなと共にエレベーターで一階まで降りる。


 出入口付近に三さんが倒れているのがわかった。

 その周囲に先程の男女三名ーーそして、無気力な表情で佇む河川さんと、隣に居る見知らぬ黒い長髪が目立つ15歳ほどの綺麗な少女。


「三さん!」


 駆け寄ろうとするが、少女は手を横に伸ばしそれを静止させる。


「おっと、近寄るとコイツら殺しちゃうよ?」

「異能力の世界の奴?」


 ありすが問いかける。このタイミング、まさしくそのとおりだろう。


「ご名答。私は師走だよ」

「そいつらになにをした?」

「内緒。知りたいなら近寄るといいよ」


 相手をよく観察することーー刀子さんや色彩さんが言っていたことを思い出す。

 師走をよく見ると、こんな気温なのに汗をだらだら流していることに気がついた。


「ありす……なんか汗凄くない?」


 多汗症ならああなるのだろうか?


「うん。ありゃなにかありそうだね」


 三さんや周りのひとは、目をかっ開いて大口を開け、首を両手で抑え苦しそうに唸っている。


「目的は? ここを襲ってなにがしたいの? てか、姉さんをどうするつもり?」

「うーん? 目的は異能力者保護団体じゃないんだよねー。きみだよ、きみ。豊花くん」


 私を舐めるように見つめると、師走はそう告げてきた。


「わ、私……?」

「そうそう。私たちの仲間になるんだったらコイツらを返す。ならないんだったら君ら全員処刑だよ」


 どうしてどいつもこいつも私を仲間に引き入れたがるんだ!?

 こうやって人質に取られたらどうしようもない!

 だいたい、河川さんはなぜ目の前に立ちなにもされないししようともしない!?


「迷ってる暇あると思う? ほいさ」


 師走は手を軽く揺らし、汗を三さんに垂らす。

 瞬間ーー。


「あがぁああああっ!?」


 三さんはさらに苦しげにもがきはじめた。

 あの汗に触れると苦しむ羽目になる……?


「ーーっ!」


 美夜さんは拳銃を取り出し構えるが、その一寸前ーー。


「うっーー河川!?」


 河川さんが血を流すと共に美夜さんに浴びせた。

 視界を奪ったんだ!

 でも、なぜ?


「姉さん……どういうこと?」

「このひとは今日から水無月役になるから。杉井豊花、このまえあんたが殺害したおっさんの代わりにね。さあ、どうする? 仲間になる?」


 くそ……誰も身動きが取れない。

 ありすが隙を伺っている。なら、隙をつくるためどうにかしないと。


「……わかった。仲間になるからみんなを解放しろ」

「口では何とでも言えるよねー? 手始めにお隣のお仲間さんの首を跳ねてよ?」

「なっ!?」


 コイツ……!

 くそ、どうにか逃れる術は……。


「仕方ないなー。そいつら殺してもいいよ」ありすはみんなを見下ろしたあと、師走を睨みつける。「その代わり、あんたも死ぬことになるけど、別にいいんだよね?」

「おお怖い怖い。でも、きみ程度で私に敵うかな?」

「冗談。十秒あれば殺れるよ」


 ありすが笑い飛ばすと、数秒無言の間が開く。

 と、そのとき入り口の自動ドアが開いた。


「瑠奈!?」

「ん? なになに? わっ、わたし好みの美少女じゃん! なになに? 誰かに会いに来たの?」


 トットットっと無防備に走り寄る。

 バカー!?


「いや? 勧誘中だよ」


 師走は思い切り手を振り、汗を瑠奈に飛ばした。

 風で吹き飛ばせば弾けるというのに……普段あんな強気だというのに!


「い、いっだぁああー!?」


 ここぞというときで役に立たない!


「仕方ない。交渉決裂。今回は許してやるから、次回までに考えときな!」


 師走と河川さんは出口に向かって逃走する。

 ありすは追いかけようとするが、河川さんが血を出入口に蒔いたことで立ち止まった。


「くそ! あのバカ姉! ……いったいどうして……」

「あぁああぁああ! 痛い痛い痛い!」


 命に別状はないのか、瑠奈は激しく痛みに悶えている。ピッチピチ跳ねて元気なのを体現している。


「瑠奈も瑠奈だよ……どうして、チャンスだったのに」


 普通、あんなふうに背後から現れたら何とかするのが筋だろう。

 無駄に橋を観光しに来ただけじゃないか!


「いや、多分瑠奈が来たから相手は逃げたんだよ。師走の異能力は、おそらく命を奪う力はない。見なよ、みんな無事だし、瑠奈だって」

「うううっ! ちくしょーレイプして東京湾に沈めてやるからな……覚えてろ! いたたたたたっ!」


 ふらふらと立ち上がって、瑠奈は物騒なことを呟く。


「瑠奈に暴れられたら対処できない。そう考えたから逃走を優先したんだと思う。おそらく師走の異能は汗に触れた相手を」

「痛い痛い痛いよーちくしょうあの雌豚ぜったい許さねー!」

「……こうするんだよ」


 三さんや他の皆も苦しそうにしているが、みんな命に別状はなさそうだ。


「それより、姉さん……」

「どうして河川さんが」


 瑠璃も心配そうに呟く。


「わからない。けど、これじゃ言い訳できずに敵対したって扱いになるよ」


 ようやく瑠奈が落ち着き、三さんも立ち上がった。


「失礼しました。助かりました……」

「いや、大丈夫だった?」

「はい……皆さんも無事です」


 三さんはみんなの様子を見はじめた。

 美夜さんも視界が戻ったのか、拳銃を仕舞って舌打ちした。


「今回の目的はおまえだと言っていたぞ。どうなってるんだ、いったい」

「わからない……けど」


 あいつらがやたら私に執着していることはいい加減自覚している。


「はぁはぁ……痛かったー。あいつはわたしが必ず犯す……ぜったい……」


 瑠奈はそればかりだ……どっちが悪役かわからなくなる。っていうか、なにかされるたびに犯すだの何だの言ってるけど、もしかしてやらかしたことがあるんじゃないだろうな?


 こんな出来事が起きたのに、私たちはあとは神奈川県に戻るしかない……。


「とりあえず、遅い昼食でもその辺で摂って、この件については上に報告だな」


 美夜さんの一言で、みんなで昼食を取ることになった。

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