Episode121/異能力者の塔(後)
(172.)
ジャックがはじまったのか、辺りが騒がしい。空中になにかが浮遊していたり、地面に亀裂が入っていたりする。
足場を確認して、ひとまずありすのもとへと駆けつける。
左右を見渡すと、ありすは安全そうな場所で頭を抱え屈んでいた。
隣には橘さんもいる。
傷は深かったのか、浅かったのか。それが非常に気になってしまう。
「ありす! 水無月は処分したけど、大変な事態に陥ってる! あと、愛ちゃんは!?」
パッと見回して見ても愛ちゃんの姿は何処にもない。
「水無月の野郎……計画していたんだ……。数十人の異能力者を強化して、連絡が来たら船をジャックして本土に帰還し復讐を開始するって……。愛ちゃんなら奴等についていったよ。あたたっ……」
「河川! しっかりして! 血を拭ってみた感じ深くはないわ!」
「ありがとう、橘先輩……」
ぜぇぜぇと息を吐きながら、ありすはふらふらと立ち上がった。
でも、このままでは船がジャックされてしまう。するとどうなる?
本土に凶悪な異能力者が大勢押し寄せることになる!
「とりあえず、急いで一階に降りましょう!」
ここで会っただけの仲だけど、愛ちゃんのことを心配している自分がいる。
エレベーターにたどり着き、空いているエレベーターにみんなで乗り込む。見た感じ橘さんは負傷してはいない。
でも、ありすは戦えるのか不安だ。
「さっきの切り札で体力をだいぶ失ったけど、普通になら戦えるよ」
心配そうに見ていたのがバレたのか、ありすは私に対して弁明した。
急いで一階に降りて走る。
船着き場にたどり着くと、既に船員は脅されている状況だった。
それを止めるはずの担当者はみな全滅。なかにはあり得ないほど残虐に殺害されている職員すらもいた。
30人ほどが船に乗り込む。
「どうします?」
私はありすと橘さんに振り向く。
「乗り込むしかないだろう。異能力者として潜伏だ」
言われるが早く、ありすと橘さんと私は、異能力者に紛れて船へと潜入した。
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船は異能力者の塔から離れ横須賀に舞い戻る航海をはじめた。
「どうするんですか……?」
船に乗り込んだはいいものの、ここで事を荒げたらどうなってしまうのか。
相手は素人だろうと、皆、水無月に強化された異能力者ーーステージFの異能力者が役30人も乗り込んでいる。
異能力犯罪の基本対策書にも、迂闊に近寄らない、相手を見極めるなど、積極的に交戦してはいけない命が書かれていた。
「ここで事をあらげるわけにはいかない。回りの空気に合わせて本土まで行くぞ。既に警察や機動隊、異能力犯罪死刑執行代理人、愛のある我が家辺りは集まっているはずだ。その混乱に乗じて、いったん現場から離脱。それぞれ所属するチームに行き事情を説明する。行動はそれからだ」
また長い船旅をするのか……。
バレないように振る舞わないと……。
異能力者である私はともかく、ありすや橘さんはどうするのだろう?
「あー。豊花ちゃんも脱走することにしたんだね! 楽しみだねー、あの糞親どもに一泡吹かせてやれるって思うと、きゃはは!」
「あ、愛ちゃん……」
船内をふらふら移動していた愛ちゃんに見つかり、声をかけられる。
「あれー? そこの二人は異能力者じゃないんじゃない?」
きた!?
ありすと橘さんを交互に見比べ、怪訝な表情を浮かべる。
「いやー? 異能力者だよ。ほら」ありすは折り畳み式ナイフを広げ、船内の硬い場所をスパッと意図も容易く切り抜いて見せた。「私の異能力は刃物を極限まで強化できる物質干渉の異能力なんだー」
「私はーー」特殊警棒をスパンっと伸ばすと、離れた位置に座し、勢いよく振り回し始めた。「警棒を素早く振り回せるという地味な異能力ーー差別しないでちょうだいよ?」
それを聞いて、愛ちゃんはニッコリ笑った。
「わーい! みんな異能力者だー! みんなで復讐復讐復讐祭りだ~!」
愛ちゃんは納得してくれたみたいだけど、ありすのナイフは瑠衣の異能力だし、橘さんは瑠美さん並みに素早く特殊警棒を振り回してみせただけだ。
ギリギリ嘘が通っただけに過ぎない。
「早く本土に着かないかな~」
ワクワクしながら窓の外を見守る愛ちゃん。
その背後から、足音を立てない忍び足でありすが近付く。
ナイフを逆手に構える。
「待ってーーありす!」
「ん?」
愛ちゃんが私の声に振り向く直前、ありすはナイフを隠した。
「いや、なんでもないよ」
「んー? まあ、楽しみだよね!」
ありすは私を壁まで追い詰め、耳元に口をやる。
「どうして防ぐのさ!? 周囲に誰もいない今が絶好のチャンスだったのに!」
「愛ちゃんにも事情があるんだよ! 無差別に異能力者を殺す。やっていることが異能力の世界とまるで変わらないよ!」
「悪人になろうとしている悪人だよ!? 杉井こそなにがあったのさ?」
なにがあった?
なにが……あったのだろう?
でも……愛ちゃんは父親から性的な虐待を受けており、まだ子どもだったのに、さらに母親からはDVを受けていた。
それに対して復讐心を抱いているのに、ここで愛ちゃんを殺害したら、愛ちゃんは一生被害者のまま人生の幕を閉じてしまう。
ーーそれは果たしていいことなのか?
ーー豊花、水無月も言っていたが、異能力者は誰しも心的外傷を受けている。この船に乗り込んだ異能力者全員、傷の大小はあれど、皆だ。それら全員の復讐を叶えてやるつもりなのか?ーー
……そうじゃない。
ーーたまたま同じ部屋になった少女に同情しているだけじゃないのか?ーー
……。
なにも、言い返せなかった。
でも、私は私の身の回りで起こっている理不尽に関しては、解決して、皆笑顔で終わってくれることを、心のどこかで期待している。
せめて、せめて話を聞いてしまった愛ちゃんくらい、幸福な世界を知ってもらいたい。
そういうのは、ダメなのかな……。
行きよりもだいぶ早く、船は航路を進めていく。
「はぁ……豊花はさ、甘いよね……悪いけど、私は港に着いたら容赦しない。いま活動すると、最悪パニクった異能力者が何やらかすかわからないから行動しないけど、港に着いたら橘先輩と共に内部から異能力者を殲滅していく。外部からも異能力犯罪死刑執行代理人と愛のある我が家が殲滅していく。その子を守れる覚悟があるなら、チャレンジしてみたら?」
「私は反対なんだがな。戦場の火種は早いところで摘んでおいたほうがいい。少しでもな」
いつ寝たのか。到着まで寝ているつもりなのか、寝ている愛ちゃんをチラリと見ると、橘さんはそう吐き捨てるように言う。
「すみません……私は降りかかる火の粉を払いはしますけど、まずは愛ちゃんと外に行き、愛のある我が家と合流します」
「勝手にしろ、杉井……だったよな」
「はい」
「なら、私からはもうなにも言わん」
…………………………。
ひとまず、船内に入り、誰も中にいない部屋まで愛ちゃんをおぶり、そのベッドで寝かせて、時を待つことにした。
水無月の計画どおり異能力者が逃げ出して異能力の世界の戦力になってしまったら、水無月の勝ちになってしまう。
逆に逃亡した異能力者を殲滅させ異能力者の塔を再建させれば、水無月の計画は頓挫、私たちの勝ちとなる。
ーー水無月はまだ計画という名で生きている。
本人より、こちらのほうが重要かのように思えてくる。
この計画を中止させなければ、水無月に敗北をきすということになるだろう。
私はベッドに腰をかけ、腕を組ながら、眠らないように、ただ、ただ時を待った。
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船が予定よりかなり早い時刻で港に到着した。
警告なぞ耳にも入れないまま港に船をつける。
おそらく異能力者が脅しているのだろう。
「来たか。いくぞ、ありす」
「さってっと。私は他の異能力者から処分するけど、船内で会ったら容赦しないからね。愛ちゃんだっけ? じゃ、また。ばいばーい」
橘さんもありすも客室から飛び出し通路を駆けていく。
「愛ちゃん! 着いたよ! 外に出よう!?」
「うーんむにゃむにゃ……着いた!? わーい! まずは近親相姦糞親父から潰しに行こーっと!」
「そのまえに! ここから出るには、異能力犯罪死刑執行代理人や警備隊に見つからないように脱出しなくちゃ!」
船内の辺りから悲鳴や物音が聴こえてくる。
くっ……!
このまま外に出るのは難しすぎる!
と、港に着いたからか、普段使いしているスマホに連絡が来た。
嵐山沙鳥……沙鳥からだ!
「もしもし! 沙鳥!?」
『豊花さん、正面からは危険です。別の脱出口はありませんか?』
別の脱出口と言ったって……客室の窓を見る。いやいやここからは出られないだろう!
「任せてー!」
愛ちゃんは硬い金属のような物を操りガラスに何度も強打する。やがてガラスがバラバラに割れ、それだけではなく、さらにガラス口を広げるために、ガラスが張ってあった四方の壁をガツガツ叩き折り曲げた。
これなら外に出られるかもしれないけど……!
「これに乗っていこうよー」
ベッドを無理やり割れた窓から外に出しーーそこまで壁を広げたのかーー出たらすぐ下にあるような位置に浮遊させた。
内側の廊下に血が飛び散る。
外で戦っているのだ!
「豊花ちゃん乗って乗って! これに乗っていこーう! 糞親のところまで!」
愛ちゃんはベッドまで飛び乗り、布団を叩きながら私を誘う。
「乗るけど、まずは愛のある我が家と対面したい」
「わかったー! 案内してね」
私も愛ちゃんの乗るベッドに飛び移った。
安定性が凄い。
上空まで飛んでもらい、少し離れた位置に沙鳥がいるのを発見した。
「あそこ! あそこに一度着陸して!」
「わかったー! きゃはは楽しーい! こんな楽しい異能力だったって知れて、私人生で一番嬉しかった出来事かもー?」
上から見下ろすとわかるーー。
船内の状況はわからないけど、船外には、内部から出てきた異能力者が扱った異能力の痕跡……地面が割れていたり、逆に凸になっていたり、物がバラバラに壊れていたりしている。
そこ辺りに転がる若者の亡骸……おそらく異能力犯罪死刑執行代理人や機動隊により撃ち殺されたのだろう。
よく見ると刀子さんもいた。
二人逃げたが、中心のひとりは確実に仕留めている。
舞香さんも参戦しており、それだけで大多数の異能力者は無害化できていた。
愛ちゃんに指示して沙鳥の前に着地させる。
「沙鳥! 水無月は殺したけど……計画らしきものがあったらしくて……」
「ええ。おかえりなさい、豊花さん。予想はしていましたが、ここまで早いとは思っていませんでした……。ここから眺めているからわかりますが、既に数人は異能力者を逃してしまっています」チラリと愛ちゃんを見る。「そちらの方は?」
何人もの異能力者が殺害されるなか、数人は逃げおおせたのか。
……これでは、水無月の思うツボだ。
「杉浦 愛、愛ちゃんって呼んでねー!」
「この子は……その……実は……」
答えづらい。
本来なら、あの殺し殺されしているメンバーになるはずだったひとりだとは、言えるわけがない。
でも、言わなければならないこともわかっている。
「読心で把握しました。なるほど、両親に……復讐をしたいのですね?」
「うん! それさえできたら、私はもう死んでもいいかなー?」
「愛ちゃん!?」
なんなんだよ、それ……なんなんだよそれ!
自分が死ぬなら復讐なんて何の意味でするんだよ?
「我々愛のある我が家は残念ながらメンバーに不足はありませんし、入れるわけにはいきません。ですが、うちにいなくてはならないメンバーのーー豊花さんの頼みとあっては、断れませんね。復讐の手伝いくらいはさせていただきましょう」
「本当ー!? ありがとう! えっと、さとりんさん!」
「さとりんはやめてください。瑠奈がうつります。嵐山沙鳥、沙鳥でお願いします」
「はーい! ありがとう沙鳥ちゃん!」
「ちゃん……」
しばらく膠着状態がつづき、やがて、数名の異能力者を逃して、船長は無事保護された。
船内は血の海と化し、港も血や吐瀉物で見れるものではなくなっていた。
惨状と化した現場から舞香が歩いて向かってくる。
「では、愛さんの復讐はパパっと終わらせるとして、明日明後日からは再び豊花さんには学校に通っていただきます。よろしいですね?」
「はい……」
こうして、また日常がやってくる。
結局、塔内部には半日しかおらず、水無月は亡き者になり、塔は半壊。
強化された異能力者の数名は本土に逃走。おそらく異能力の世界が回収。
異能力者の塔計画は振り出しに戻った感さえする。
これでは異能力の世界の計画どおりな気もする。
が、まあいいか。
少ししか離れていなかったけど、懐かしい日本本土の土を踏みしめ、私は異能力者保護団体へと帰還を果たしたのであった。




