Episode120/異能力者の塔(中)
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「プレイするかい?」と訊いてきた相手が、まさかの水無月本人だった……。
どうしよう……いきなり刺し殺すか?
でも直接攻撃されたわけじゃないから躊躇してしまう。
「……あなたは水無月ですよね?」
「……ご名答。ということは、きみは件の異能力者かな?」
「はい。だから馴れ合うつもりはありません」
ふむ、と水無月は頷くと、ダンスゲームから降りた。
「私はね、少年であった神無月くんに惹かれたんだよ。あの純粋な疑問に答えたくなった」水無月は手首を鳴らすと、こちらの真正面に立った。「もうすっかりおっさんだが、大人ながら彼の理屈には同意以外の何者でもなかった」
「ちょっと失礼します……」私は携帯電話を取り出し、ありす宛にメールを素早く送る。「あなたは本当に異能力の世界の一員なんですか?」
「答えるまでもないだろう」
その割には、敵対心をまだ見せていない。朗らかな笑みを浮かべているのだ。
だが、腕を鳴らしたということはやる気満々だということだろう。
「愛ちゃん、下がってて」
「えー? なんでー?」
「ごめん。理由は後で説明する」
愛ちゃんは渋々距離を取る。
「神無月くんはきみを味方に引き入れたいようだけど、味方にはなってくれないのかい? きみは恐ろしい異能力者のひとりだからね。気持ちはわかるよ」
「そんなの……いや、私はもう戦うと決めたんだ」
恐ろしい異能力者?
舞香やゆきのほうが恐ろしいと思うんだけど……。
ナイフを取り出し構える。
今までの相手ならどうにか勝てるはず……第一、水無月の異能力は精神の強制暴走。戦うのに向いているとは思えない。
私は、昔殺したヤクザを相手にするように、決して油断せずにナイフを振るった。
「な!?」
しかし、水無月はこちらの切り付けを意図も容易く避けてみせた。
そのまま相手の拳が襲いかかる。
まずい!
直感で避ける位置を決める。顔面を下げ、肉体を後退させ腹部へのパンチをかすらせる。さらにバックステップで蹴り払いを避け……次が体に追い付かない!
「ぐっ!?」
右腕を挙げ上段まわし蹴りを防ぐ。ビリビリと痛みが伝わり、思わず格闘ゲームの画面まで吹き飛ばされる。
水無月は急いで向かってくる。すばやい!
「強い異能力を持つ奴は鍛えていないけれど、私は違うんだよ」
相手の蹴りが穿たれるが、その瞬間、真横から飛んできたありすの攻撃。水無月はそれを避けるために蹴りをやめ背後に下がる。
ありす……近くにいてよかった!
「杉井! ボーッとしない立て!」
「ふむ。代理人か」
くいくい、と手を曲げると、すばやい動きでありすへ向かう。
ありすは咄嗟にナイフを振るが、それを避け、また避け、拳を打ち込んだ。
「かはっ!?」
それがありすにクリーンヒットする。
水無月はありすの首を片手で握り挙げると、首締めをはじめる。
「ありす!」
ダッシュで水無月に向かうが、水無月はありすを真横に勢いよくなげ、ありすはクレーンゲームにぶつかり、頭でガラスが割れてしまう。
ありすがあんなに一瞬でやられるなんて!
こいつはまだ異能力を使っていない。なのに、なんでここまで強いんだ!?
私のナイフの連撃を軽々と避け、再び下がり水無月は体勢を立て直す。
「私は君たちの想像より鍛えているんだよ。易々と殺れると思わないでくれ。さて、そろそろ計画を始めよう」
水無月は戦闘が始まっているのに、誰かに電話をかける。
やらせない!
勢いよく相手に飛び、ナイフの突きを放つ。
「もう手遅れだよ」
「なにをしたんだ!?」
水無月はナイフを避けながら、愛ちゃんに近寄る。
しまった!
人質に取られる!
そう思ったが、奴は片手で愛ちゃんの肩を掴むだけだ。
「あ、あー、あぁああああいやぁあああああああ!?」
「愛ちゃん!?」
異能力だ。
精神の強制暴走を使ったんだ!
すると、愛ちゃんはピクリと止まったかと思うと、ゲームセンターの遊具が数個宙に浮いた。
あんな重いものは操れなかったはず!
寸刻ーーゲームセンターの遊具は辺りに吹き飛び回り滅茶苦茶に壊し始める。
「愛ちゃん、しっかりして!」
それを避けながら愛ちゃんを説得する。
「ーー私に、こんな力が……あはは」愛ちゃんはニヤリと笑みを浮かべた。「これなら、あのくそ親どもをぶち殺せる! あはははは!」
「愛ちゃん……なにを言って?」
「真実だよ。異能力者は誰しも心に傷を負っている。それが表在かしただけさ」
水無月もゲーセンの遊具を避けたあと、佇みながら冷静にそう口にした。
ゲーセンの外が何やら騒がしい。
しかし、今は目の前のコイツを倒さなければならない。
「きみはーー本当に仲間になるつもりはないのかい?」
「今さらなにを!」
「きみが本気を出していたら私などとっくに殺られている。でも殺られていない。敵対心が弱い証拠さ。きみはまだ心のどこかで迷っている」
本気を出していたら殺している?
いや、本気は出しているつもりだ!
しかし、しかし水無月が言うことにも引っ掛かりを覚える。
「おじさん、ありがとう。これで、私は本土に戻れば復讐できる」
愛ちゃんは場違いにも水無月に礼を言う。
「愛ちゃん……さっきからなにを言ってるんだよ? 両親への復讐だとか……」
「私ねー? 本当は、お父さんからは性的ないたずらを受けて、お母さんからは暴力を振るわれて、どこかへ逃げたいと思っていたら、ここへ呼ばれたの。だから最初は嬉しかったけど、このちからを手にしてわかったんだ。私は復讐するべきだって」
「な……!?」
明るかった愛ちゃんは、無理をしていた?
そんな中、水無月が異能力霊体侵食率をファイナルステージにした。異能力の強化だ。だから復讐に走る……と?
「お嬢さん、もうすぐ船が来る。本来は食料品とかを運ぶ船だけど、おじさんの強化した異能力者がこれからジャックするのさ。それに乗り込めば帰れるよ」
「な!?」
さっきから外が騒がしいと思っていたのは、それ!?
「わーい! 復讐復讐!」
愛ちゃんは小躍りして喜ぶ。
異能力者の塔に来て、そんな仕込みをしていたなんて……!
でも、まずは水無月をどうにかしないと。
「……!」
ありす!
ありすが起き上がり、地面を滑空するように水無月に走り寄る。
頭から血を流しながら、それでも耐えて攻撃をしている。
水無月はそれを避けるが、ありすは半回転しながら飛び込み、水無月の反対側に華麗に着地すると、再び水無月に同じように突進。
「ほう……やるね」
水無月はそれを避け、ありすに打撃を食らわせようとするが、ナイフを避けたあとではありすが離れていて拳が当たらない。
でも……このままだといずれありすがやられてしまう!
ありすがやられたら……瑠衣が悲しむ。
やっぱり、こんなこと間違っている!
「う……ぁあぁあああ!?」
脳裏に水無月と戦う映像が並行的に沢山流れた。
そのなかには攻撃が当たったものもある。
ーー私はそのとおりに近寄り、ありすのナイフ突きに合わせて水無月に駆け寄る。
「む」
水無月にナイフを振るう。
避けるが、これは脳裏に流れた映像どおり。
再びありすが体を捻りながら水無月の背後に着地。再びナイフを構えながら滑空する。
それに合わせて再びナイフを振り、直後突きを穿つ。
「ぐっ!」
「ようやくか……」
ナイフが水無月の片腕を切り裂き、血が一気に出血する。
そこにありすが滑空するかのように滑り込み、肩に突きを放つ。それが命中し、ありすは長距離バックステップをした。
「本気を出したようだね……きみのそれは直感でも予知でもない。本来のちからは数ある未来から望みの未来を選ぶことができる、恐ろしい異能力だ……」
水無月は言い捨てると、ゲーセンから出て逃走を始める。
「ありす! 大丈夫?」
私は頭から血をどくどく流すありすに駆け寄る。
「大丈夫じゃないよ……水無月を逃さないで。ここから逃げ出す異能力者は橘先輩と私でどうにかするから」
「……わかった。愛ちゃんをおねがい」
私は一足遅れてゲーセンから飛び出した。
なぜか脳裏には相手の逃げた場所が浮かんでいた。
途中まで血痕を追い、なくなっても走りつづける。
そして、男子トイレまでたどり着くと、迷わず中へと入った。
「やはり……無駄か」
「悪いけど、とっくの昔に人は殺してる。だから、もう迷わない」
ここまで事件を大事にした張本人だ。
さすがの私も容赦するつもりはない。
まっすぐ水無月へと走り寄る。水無月は最初こそ構えるが、「無駄か」と呟き抵抗せずにナイフを心臓で受け止めた。
「……神無月くんに悪いけど、さきに逝かせてもらうよ……ごぼっ」
水無月は血を吐き、その場でたおれた。
ここまで、予知した未来どおり。
ーー豊花、この力はいったい……。ーー
わからない。
けど、未来予知ではなかった。
水無月に攻撃を仕掛けようとしたとき、脳裏に一斉にたくさんの未来が映り、そのなかで、こうなる映像と同じ行動を取っただけだ。
私は、息絶えた水無月を後にし、ありすの元へと走った。




