Episode117/日常?(7)
(164.)
もう寒くなってきた空気を肌で感じながら、私たちは校門に入った。
冬特有の香りが鼻腔を擽ると、もう冬になったんだな~と実感が持てた。
「じゃあ、ありすと瑠衣は一年だね。昼休みは行くから」
校内に入ると、まずさきに別れる一年生の瑠衣と、その付き添いである偽装一年生のありすへ声をかける。
「豊花、また、あとで」
「じゃあね」
二人は手を振り一年の教室に入っていった。
が、ありすは教室前で立ち止まる。
ああ……一応転入生のフリをするから、担任教師を待っているのか。
「私たちもいきましょ」
「うん」
瑠璃に促され、私たちもそれぞれの教室に入ることにした。
「豊花ちゃんはきょうもかわいいな~」
「うるさいな、宮下……」
と、宮下の背後から下級生の男子が顔を出した。
「ん?」
「こいつがおまえに用があるってよ」宮下は下級生男子の肩を叩く。「うまくやれよ。んじゃな」
宮下は自分の席にそそくさ向かってしまった。
「あ、あの、その……」
「はい?」
んん?
こんなシチュエーション、まえにも見た気がするぞ?
ーー十中八九、そうだろうな。ーー
「杉井先輩! 好きです、付き合ってください!」
予感的中、やっぱり告白だった。
これで二度目だ。元は男なんだぞ、いくら男にモテても嬉しくもなんともない!
「えっと……ごめんなさい」
「なんでですか!? やっぱり顔ですか? 性格ですか? 気に入らない部分があれば直しますから! お願いします、付き合ってください!」
おや、しつこいぞ?
と言われてもなぁ……。
「あのさ」
「はい!」
「まず第一に、私はきみのこと、きょうはじめて知ったんだよ? どういう性格なのか、なにが好きでなにが嫌いかとか、そういうのなにも知らないんだ」
「……はい。だから、あなた好みの男になれるよう努力しますから!」
こりゃ長引きそうだぞ……仕方ない。
奥の手を使うか。
「私は男には興味ないんだよ」
「え……?」
「カミングアウトすると、私、同性愛者。レズビアンって呼ばれる人たちなの。だから、きみがいくら努力したって、私の恋愛対象になることは不可能なんだよ」
「……同性愛……」
「そう。だからごめんね。顔や性格の問題じゃなくて、性別の問題なの」
「……わかりました。ありがとうございました」
少年はトボトボとした足取りで教室から出ていった。
カミングアウトもなにも、元々は男なのだから、男に性欲は感じられないだけなんだけどね。
少し恥ずかしかったけど……やはり告白される側も気をつかうなぁ。
衣服をパタパタ扇ぎ冷や汗を乾かしながら、私は自分の座席に座った。
隣の宮下が近寄る。
「おいおい、これで二回目じゃねーか。モテモテだな~豊花ちゃん」
「男にモテても嬉しくないって……てか、未だに私が元は男だと知らないひとがいることにびっくりしたよ」
思わずクラスメートを見回す。
「豊花ちゃーん! 私たちはもう豊花ちゃんのこと同じ女子だと思ってるからねー! 更衣室とかわざわざ時間ずらさなくても一緒につかっていいよー!」
「豊花ちゃん豊花ちゃん! 今度のコンパ参加してよ! 豊花ちゃんがいれば、たくさん野郎ども釣れるんだからさ~!」
クラスメートの女子のところどころから声が上がる。
更衣室はわざわざ女子が着替えたあとを見計らって使うようにしているのに、わざわざそんなことしなくていいと言ってくださっている。
つーか、コンパってなんやねん。私たち、まだ女子高生だぞ!?
いやいや私は正確には14歳の小柄な少女だ。場違いにも程がある。
「やめろよ、豊花ちゃんをからかうのは」
クラスの名も無き男子がそれを牽制する。
おお、いいやつもいるもんだ!
「そうだそうだ! 豊花ちゃんはこのクラスのマドンナ、いや、このクラスの絶世の美少女、アイドルなんだぞ!」
「そーだそーだ! ゆ・た・か・ちゃん! ゆ・た・か・ちゃん!」
なんてうるさいんだ。
こいつら人の心も知らないで好き勝手ぎゃあぎゃあ喚きやがって!
「はーい、皆さんお静かに~。豊花ちゃんも静かにして~。朝のホームルームをはじめるわよ~」
雪見先生が入ってきて、ようやく騒ぎが沈静化した。
クラスメート全域に渡って『豊花ちゃん』に侵略されている!
さらにアイドルかなにかかのように担ぎ上げていやがる。
さらにさらに、後輩からまさかの告白を受けてしまった。
おそらくその後輩から『杉井豊花先輩は同性愛者』という噂が広まるに違いない。
元が男だと知らない後輩や後輩のクラスメート、俺に告白しようと思慮している奴らの脳内に、杉井豊花はレズビアンの美少女なるレッテルが貼られる可能性まである。
あああ……朝から憂鬱だ……。
「ま、元気出せよ、豊花ちゃん」
「……豊花ちゃんやめい」
そんなこんなで、四時間目までの授業を終え、昼休みが訪れた。
(165.)
瑠衣の教室を覗いてみると、意外にもありすはクラスメートに溶け込んでいた。
元々顔が幼く、髪型もかわいいサイドテールだからか、あまり目立ってはいない。転入生とのことで、中休みのたびに質問責めにはあっていたのだろうか、少し疲れ気味だ。
誰かから肩を二回叩かれた。
振り向くと、予想していたとおりの人物ーー瑠璃がいた。
「転入生ってだけで、ああも人気者になれるんだからお得よね」
「ははは……まあいいじゃん。瑠衣のとこ、行こう」
二人で瑠衣の近場に寄る。
瑠璃の手作り弁当~。瑠璃の手作り弁当~。
「ほら、瑠衣。起きなさい」
瑠璃は瑠衣の頭をペシッと軽く叩く。
「ほぇ……もうお昼……?」
「そうよ、昼食。あんたそんなんだと留年するわよ? 授業中はきちんと起きてなさい」
「ふぁーい」
机をくっ付けていき、弁当を取り出す。
「ありす? どっかいくの?」
「いやー、友達と一緒に食べたいからさ」
ありすは質問していたクラスメートに断りを入れ、瑠衣の近くに寄るとパンを取り出した。
「えー、友人ってそいつ?」
クラスメートが近づいてくると、瑠衣の目の前だというのにありすに噂話を聞かせ始めた。
「そいつさ、中学ん頃に同級生カッターで切りまくって、担任まで刺したらしいよ? 危ないから関わらないほうがいいって」
「……」
瑠衣はなにも言い返せず無言を貫いている。
「あのさ」ありすはパンの袋を開けた。「それ、知ってるよ」
それはそうだろう。というより、非常に近い当事者ともいえなくもない。
ありすがナイフの扱い方を教えた結果、発生してしまった惨事なのだから……。
「え……じゃあなんで近寄るのよ?」
「あのさ、切られた相手が瑠衣になにをしていたか知ってるの?」
「……軽いいじめとは聞いてるけど、でもさでもさ、だからってやり返すのは酷いと思わない? キチガイみたいだったって、あの頃のクラスメートは口を揃えて言ってたんだよ?」
「は~。いじめなければ、そんな仕返し食らわなかった。そうでしょ? 現に私や瑠衣のお姉さん、それに杉井、いまここにいる面子はしょっちゅう集まってるけど、誰一人瑠衣にカッターを向けられたひとはいないよ」
「うっ……それは……」
女子生徒は一瞬どもる。
「いじめについてはなんにも思わないのかな? そもそもいじめなければそんなこと起きなかったって考えられない?」
「……なんだよ、ありすのためを思って忠告してあげたのに。無下にしちゃってさ。あーあ、しーらない。カッターでグサグサ刺されてから後悔すればいいよーだ」
捨て台詞を吐いて、女子生徒は別の生徒の集まりに群がっていった。
「私、ありす、刺さない、よ?」
「わかってるから、大丈夫。あの子の言い方に少しカチンと来ただけ。まるで瑠衣を気の触れた奴みたいに扱っちゃってさ」
なんだかホッとする。
やはりありすは瑠衣の肩を持つようだ。
弁当をもぐもぐ食べながらホッコリする。
でも心配だ。これでありすがいじめの対象にされるんじゃないだろうか……と。
「あっ」
瑠衣がミートボールを机に転がした。
「……」
「……」
瑠衣はそれにフォークで刺す。
「豊花、はい、あーん」
「また!?」
「30秒ルール」
「27秒増えてるし!?」
と言い合っていたら、横からありすがパクりと食べた。
「うん、おいしいよ。ありがとう、瑠衣」
「……えへへ。ありす、私の、王子さま。間接、キス」
ありすと瑠衣の周りだけラブコメ空間が広がっている。
が、私、瑠璃、瑠衣、瑠奈、ありすの五人の空間の外、瑠衣のクラスメートは、ありすが転入した当初より、ピリピリした空気を纏っていた。おそらく転入生のありすがいじめられッ子またはボッチであり忌み嫌われている瑠衣と親しげにしているからだろう。
これからどうなるか気がかりだが、私は私の教室に帰らなければならない。
なにもないでいてくれ……そう祈りながらも自分の教室に戻った。
(166.)
自身の所属する教室のドアを開けると、ある人物が視界に入り込んできた。
「る、るるる、瑠奈ァ!? な、なんでここにいるの!?」
なんと、今しがた空を飛んで窓から教室に入り込んできたのだ。
「豊花ちゃんの知り合い? すっげー美少女じゃん」
宮下がワクワクしながら問いかけてくる。
いや、たしかに知り合いだし、たしかに美少女だけど、おいおいおい!?
「暇だから来ちゃった」
暇だから来ちゃったじゃない!
クラスメートたちが皆ガヤガヤしちゃっているじゃないか!
「なに今の!? 異能力?」
「いや、精霊操術。まあ、異能力と思ってくれてても問題ないよん」
「どうして右のモミアゲだけ緑色なの?」
「オシャレのつもり。進化すると全ての髪色が緑になるよん」
まさかのこっちのクラスでも質問祭りが開催されていた。
「ちょ、瑠奈! さすがに不味くない?」
「もう待つだけなんて退屈なんだよー。昼休みくらいべつにいいじゃん」
べつにいいじゃんーーいや、よくないでしょ!?
「異能力は空を飛ぶ能力なの?」
「いや? 空も飛べるけど」ポケットから煙草を一本取り出し真上に投げる。「こうやってーーせーのっ!」
中指と薬指をピンッと伸ばし、それを煙草に当てる。
すると、煙草はフィルターと煙草の葉が詰まった筒の二つに、見事に真っ二つに切断された。
「おー!」
「すげー!」
「煙草持ってるのも驚きだけど真っ二つにしやがった!」
「ふふん。どんなもんだい!」
瑠奈はドヤッとした表情を顔に浮かべている。
あのドヤ顔を今すぐぶん殴りたい。
「豊花ちゃんの知り合いって美少女ばかりなの?」
えーと、名前なんだっけ?
たしか、き、き、木下だ。
「いや、この子がたまたま美少女ってだけだよ」
なかには28歳なのに制服ミニスカオーバーニーソックスの奇特な人物もいるよ……とは口が裂けても言えない。沙鳥に殺される。
「いいな~、豊花ちゃんが彼女になるか、誰か美少女紹介してよ」
でも、ふと考えてみると、愛のある我が家って顔面平均高いな~。
微風瑠奈は、見てのとおりまごうことなき美少女だし、同体化したらさらに美しくなる。
嵐山沙鳥は、頭に爆弾落ちたってレベルの癖ッ毛だけどかわいい分類に入るし。
青海舞香は、アラサーなのにミニスカニーソで痛々しいけど美人と称されるし。
「ちょっと聞いてる? 豊花ちゃ~ん」
私は言わずもがな、ナルシストではないけど美少女と言われている。
霧城六花はまだ幼いけど美しく端正な顔立ちをしている。
澄はまだまだ童女といえる幼さだけど、幼いながら淫靡さを醸し出しているし、成長したら美人になるだろう。
美山鏡子も、義眼がネックだけど輪郭は整っていて、髪型さえ整えれば可憐な乙女、あるいは薄幸の美少女といえるだろう。
双葉結愛は青い奇抜な髪色も肌が綺麗だからかファンタジー発祥だからかは判断できないが、人間離れした美貌を兼ね備えている。
赤羽裕璃は、私が初恋したほどだから、かわいいに違いはない。瑠奈や私と比較すると一歩下がるが、比較対象を間違えなければ十分かわいい。
おお!
そう考えると、愛のある我が家は“女だけで構成された”ではなく、“美少女だけで構成された組織”といっても過言ではないんじゃないか!?
「豊花ちゃん!」
「へ? ひゃい!」
びっくりして変な悲鳴あげちゃったよ……。
「なに、木下」
「豊花ちゃん、俺の彼女になってくれない?」
「いやいやいや、さっきも告白断ったばかりだってば」
男子は無理だ。
女子でも心に決めたひとがいる。
宮下でも無理。宮下でようやく少し考えるレベル。考えてから断るレベル。
ーー宮下の場合だと考えてはくれるのか……。ーー
「じゃあさ、瑠奈ちゃん彼女になってよ」
「無理~。わたし女の子にしか興味ないもん。女の子だったらあと八人彼女の席あるから、付き合いたい人は名乗り上げてね!」
いやいやいや、十股宣言しているやつなんかに、たとえ同性愛者がいても付き合いたいなんて思わないだろう。
「くそ、じゃあ豊花ちゃん、誰かかわいい女の子紹介して~」
「あーもう。無理」みんなーー沙鳥は舞香、瑠奈は朱音とアリーシャ、ゆきは澄、結愛は結弦、私は瑠璃、瑠衣はありす、と好きなひとがいる。「みんな好きなひとがいるから無理」
「ちぇー」
木下はトボトボと歩いて自分の席に座った。
「私! 私! わたし瑠奈様の恋人候補になります! 蒼井 碧っていいまーす!」
げぇ!?
十股宣言している女に寄り付くレズビアンがクラスにいただと!?
「おっけぃ! じゃあさじゃあさ、きょう一緒に帰ろ? 電話番号とラインIDとTwitterID教えて」
「はーい! あー、瑠奈様、素敵だなー」
……あんなクレイジーサイコレズ。
いや、クレイジーサイコクソレズに惹かれる人間っているものなんだな。
顔さえ良ければ良いって言いたいのかこんちくしょーめ!
「なに考えてるかなんとなくわかるけどよ。今の美少女になってるおまえに、それを言う資格ねーからな?」
宮下にやんわりと突っ込まれるのであった。




