Episode115/嵐の前の静けさ
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「えー、みんな窮屈な思いをしているかもしれないが、なるべく外出はしないでくれ。どうしても外出しないとならないときも、最低三人~四人で外出するよう心がけてくれ。一人で外に出るのは原則禁止だ」
みんなを一階ホールに集めて、未来さんは全員に念押しした。
前に立つのは、未来さんと美夜さん、そして沙鳥の三人だ。一応、いまこの保護団体を率いるのは、この三人ということになっているのだろう。
言われなくても、この緊急時なら皆も理解している。
最悪捕まった場合、自分ひとりではなく、周囲の人間にまで被害を被らせてしまうのだ。
「第1班や一般職員は休暇にして避難してもらっている。また、別の団体の助けに奔走している奴らもいる。だから、今ここにいるメンバーが、神奈川県支部の異能力者保護団体全メンバーということになるだろう」
正式には愛のある我が家などや、葉月瑠衣などもいるため、保護団体職員というわけではないだろうが……。
愛のある我が家は沙鳥、舞香、瑠奈、ゆき、鏡子、朱音、アリーシャ、私の八人である。裕璃は異世界に行っているし、結愛は結弦に付き添い自宅待機だ。
異能力者保護団体は、未来さん、瑠璃、ありす、森山、美夜さんで五人。
部外者だが部外者にしておけないということで、瑠美さん、瑠衣、静夜で三人。
計16人もの人間が集まっていることになる。
すべては異能力の世界という組織に対抗するために……。
ルーナエアウラさんと刀子さんは東京支部の応援に行き、澄さんは関東地方全域の様子を見に行くと出ていった。
マリアさんは教育部併設異能力者研究所の守りを任されている。ひとりで大丈夫なのか不安になるが、未来さんがそう決めたのだから大丈夫なのだろう。
誰となしにホールにあるテレビを点けた。
そこには第1級異能力特殊捜査官“何 美夜”という文字と、大量のマイクを向けられた美夜さんが映っていた。
『緊急事態ということで、状況が改善されるまでは新規異能力者は自宅謹慎に留めておいてください。市民のみなさまも気を付けるようお願いいたします』
『それはだらけているだけなのでは!?』
『異能力者保護団体が異能力犯罪者に舐められているんですよ!? いいのですか、そんなことで!』
『いま新規異能力者が何百万人も現れたらどうなさるおつもりですか!』
たくさんのインタビュアーに責められており、さすがの美夜さんもたじたじになってしまっている。
何百万人て……アホらし。
美夜さんはテレビを消した。
「まったく……現状を省みないで好き放題言ってくれて……普段怒らないボクだって怒ってしまうぞ」
いや、美夜さんちょっとしたことで普段から怒鳴っているよね?
「いまここで集まってくれている者たちが、いまこの保護団体に身を寄せている大半の人物になる。そこで、戦えるものとどう工夫したところで戦えないサポート向けの人間とで別けたい」
未来さんはひとりひとり改めて精査するように命じた。
愛のある我が家と異能力者保護団体関係者とで別れる。
私は無論、愛のある我が家のほうに集まる。瑠璃や瑠衣、瑠美さんは保護団体側だ。所属していなくとも、そちら側のルートで集められたからだろう。
愛のある我が家の現在ここにいるメンバー……。
「最初に言っておきますが、私には戦闘能力は微塵もありません。それを覗くと、舞香さん、瑠奈さん、ゆきさん、アリーシャ、豊花さんは戦えますね。鏡子さんも私と同様戦闘能力はないと考えていいでしょう」
ーー裏技的に相手の視界を盗めるがな。ーー
え? 視界を盗む?
「ええ。でも、それには触れたことのある相手という保証が必要ですから、適していないと判断してよろしいでしょう。私と鏡子さんはサポート役に徹したほうが役に立ちます」
「さとりんも言葉攻めで相手を倒せるんじゃない? 言われたくないこと読心術で探って言いつづけていれば負けないじゃん」
瑠奈は沙鳥をおちょくるように言う。
「あのですね……まずさとりんという呼び方、いい加減にしてください。次に、口喧嘩で優位に立っていても、殴られたらおしまい……それが私の異能力です」
「ボクも戦えないんじゃ?」
そういや朱音はどちらにも入れられてなかった。
「ですね。朱音さんはルーナエアウラさんやメアリーさん、アリーシャさんを連れてきたことから勘違いしそうになりますが、本人には戦う力はありませんね」
「あの~、本来ならわたしも戦う力なんてないのですが~」
アリーシャは申し訳なさそうに右手を挙げた。
「うーん、アリーシャさんは微妙なところなんですよね。いまこのホールと正面口前の駐車場には罠を仕掛けてあるんですよね?」
「はい。ドリーミーを張り巡らせているのです。敵意に反応して夢の世界に包み込むように作用するのです~」
なるほど。だから私たちは幻覚を見たり感じたりすることがないのか……。
「急には対処できないと?」
「はいです。予め準備をしておくことが大前提です」
「わかりました。アリーシャさんも戦闘には適していないことにしておきましょう」
沙鳥はそう口にすると、未来さんに色々と書いた用紙を手渡した。
未来さんのほうはどうなったか確認すると……。
未来○
ありす○
静夜○
瑠美○
美夜○
瑠衣△
と、瑠衣以外は戦闘実践ありと認められていた。
瑠衣が△なら瑠美さんも今は異能力者保護団体じゃないんだから△でいいんじゃないか?
「頭固すぎだよ、瑠衣の姉さんーー瑠璃と未来は」
と、三角を丸にグリグリ書き直し、瑠衣を丸に書き換えてしまった。
ありすとしては、自分の教えをきちんと守り、戦闘力に不満はないレベルに到達しているからとそう判断したのだろう。
「あんたねー! 瑠衣は保護団体じゃないし、異能力も勝手に使っちゃいけないの! わかる!?」
「瑠璃は固いな~。ナイフ戦だけでも相当なものだよ? もしかしたら瑠璃より瑠衣のほうが強いかもね」
「なんですってー!?」
うんうん、仲の良いことだ。
愛のある我が家が集まるソファーに戻る。
「そういえば舞香さん。以前、私たちを助けていただいたとき、どのような異能力をお使いになられたのでしょうか?」
それは私も気になっていた。
「ああ、あれね……なんとかして助けなきゃって思ってたんだけど、周りのみんなが鎌で刺されていって……」
え?
刺された記憶がないんだけど……。
「そしたら異能力が暴走してーー。ほら、私の異能力って、空間を刈り取り転移するって異能力じゃない? 空間Aを別の空間Bと入れ換えるみたいに」
「そう聞き及んでいます」
え、そうなの?
……つまり、転移先Bになにかがあったら、それは空間Aに送られていたのか。周りの空気とかも一瞬に。
「あのときの私の異能力は、時空間を切り取り転移する異能力に一時的に進化してた」
「時空間?」
「そうなの。過去のまだ生きている私たちを切り取って現在の空間に置換した。死んでいる未来のあなたたちを、未来の私が過去の生きている私たちに置換したのよ」
頭がこんがらがってくる。
「まあ、もう倒れるのはごめんだからやりたくないけど。異能力者の使える異能力の限界を越えると、ああやって疲弊し過ぎて気絶してしまうのがわかったから」
「そういうことですか。ですが強力ですね……過去の空間と今の空間を、しかも触れずに置換できるなんて」
「私もびっくりしたわよ。やり方とか覚えてないのが詳しいけどね」
なんだか難しい話だー……。
と、正面ホールに特徴的な髪型をした女性が入ってきた。
髪の毛の癖毛が、三日月のようにつくられているのだ。
二十歳ほどだろうか。顔立ちは幼いが、暗い雰囲気を纏っており、口数が少ない印象を覚える。
一瞬身構えるが、ここに平然と入ってこれたという時点で、アリーシャによれば敵意はないのだろう。
では、いったいこの時期に異能力者保護団体を訪れる人とは誰なのだろう?
さっきテレビで放送していたとおり、新規異能力者は今は受け付けてはいない。
ん……隣にも誰かいる?
ーー煌季さんだ。
「煌季、三日月、遅かったじゃないか」
三日月三日月……ああ。あの心臓さえ穿たれなければ対象を死なせない異能力を持つ異能力者だ。異能力犯罪組織クレセントムーンのリーダーだ。
こんな暗い印象なひとだったのか。
なんだか元々根暗な私は仲間意識を持ってしまう。
「……んだテメェ?」
「ひゃ、はい?」
いきなりズンズン歩いてきたと思えば、急に胸ぐらを掴まれた。
「な、なんでもないです……」
「なわけあるか! あたしにガン飛ばしてきてただろうが!」
「見ていただけで……はじめまして」
「ふんっ……」
違う。
こいつはヤンキーだ。
レディースだ。
こわっ!
私の中の印象に不良だと強く刻まれた。
「ごめんなさいねー。三日月ちゃん、人付き合いが苦手なのよ」
煌季さんがフォローしてくる。
人付き合いが苦手というより、ひとを寄せ付けないようにしているようにしか思えない。
「三日月、しばらくおまえにも協力してもらう。もし実戦になったら離れた位置から負傷者に異能力を繋げておいてくれ」
「たりぃな……ま、沙鳥も頼んでいるなら断れねーしな」
「お願いします、三日月さん」
沙鳥にはなにか恩があるのだろうか?
考えてみれば、沙鳥や愛のある我が家と繋がっている組織は多い。
異能力者保護団体とも裏では繋がっているし、暴力団とも繋がっている。煌季さんや三日月さんとも手を繋いでいるし、他にも個人個人繋がりを持つ相手は多そうだ。
「さて、いざとなったら誰が前線で戦ってもらうのか、サポートは誰がするのか、普段は戦わない人物などを纏めました。皆さん、確かめてください」
差し出された用紙を私もチェックする。
前線/舞香、瑠奈、豊花、ありす、美夜+森山(森山をサポートしながら敵戦力を舞香、瑠奈、ありすで削る。豊花は戦いながら危険を察知したら味方を守る)
副戦線投入/瑠美、瑠璃、ゆき、未来、静夜(戦力が足りないと判断した場合、追加戦力として戦いに参加する)
サポート/煌季、三日月、鏡子、沙鳥、アリーシャ、朱音(煌季と三日月は治療サポート&捕虜した敵の拷問役。鏡子は敵因子の発見、沙鳥は敵対者を捕まえた場合、脳裏を読んで敵残存戦力や目的を探る。アリーシャは幻覚の罠を準備、朱音は守りに徹する。雑用係)
登校組/豊花、ありす、瑠璃、瑠衣、瑠奈(上記の中で平日は登校する者はこちらにまわす。瑠奈は遠距離から援護。豊花は危険察知、ありす、瑠璃、瑠衣は戦闘、豊花も戦闘に適時参加すること。瑠奈も戦闘開始時には近距離に接近すること。この間、本部が攻められたら瑠奈と豊花、ありすの代わりに三名ーーゆき、瑠美、静夜が出ること)
と書かれていた。
ついに、ついに戦争のような争い事が始まるんだ。
それも、いつ来るかわからない恐怖との戦いに、常に身を投じなければならない。
「私のドリーミーがいれば、わざわざ戦う必要なんてないと思うのですが~」
「まあ、そこは念のためだ」
未来さんはそう言う。
「ごめんよ……ぼくにはなにもできなくて」
「気にする必要なんてないだろう。そもそもボクだって戦いには向いていないんだ」拳銃を取り出して見せる。「一級だから銃の所持を認められているだけさ」
おお~、僕っ娘コンビ。強いて言うなら、二人とも二十歳越えているのに僕と自称するのは端から見たら恥ずかしいことぐらいか。
いや、まあ、私はもう慣れたけど。
私も今に至るまえは僕と自称して、瑠衣から『痛いよ』と言われたことあったっけ……。
「うは、女の子だらけの空気おいしい」瑠奈は静夜を見る。「あいつだけどっか行かないかな? あいつのせいで私のハーレムに見えないじゃん」
「いやいやいや……瑠奈のハーレムでもないから……」
静夜、なにもしていないし、なんなら好きな人がいないのに、なんて不憫なんだ。
「ありすと、豊花、ずっと一緒!」
「はいはい。瑠衣は本当同性愛者だね……」
「私、ビアンじゃない! 勘違い、してる!」
「!」瑠奈がピコーンと立ち上がると、瑠衣の側ににじり寄る。「瑠衣ちゃんだっけ?」
瑠衣は急に話しかけられ、一瞬どもる。
「うん。瑠衣だよ?」
「ならお姉さんといいことしない? 大丈夫、先っぽだけだから。先っぽだけ。男じゃないから妊娠する心配もないし、気持ちよくならない?」
「え……ごめん。瑠奈? だっけ? 私、初めては、好きな人って、決めてるから……ビッチになりたくない。あと、レズビアン、じゃない」
「大丈夫大丈夫大丈夫だから。初めてなんて言わなきゃわからないから! ね? ね? 試してみよう? カウントしなくて大丈夫だから。なにもしなくていいから。わたしが触ったり舐めたりするだけだから、ねえねえお願痛いっ!」
沙鳥が瑠奈の頭を思い切り叩いた。
「いい加減にしてくださいクレイジーサイコクソレズさん。瑠衣さんが怯えているでしょう? 誰彼構わずやろうとするのやめてください。あなたには朱音さんやアリーシャさんがいるでしょう。下半身で物事を考える癖、いい加減やめてください」
「うう……朱音ぇええ! アリーシャああ!」
瑠奈は朱音とアリーシャに向かって近寄る。あ、朱音には避けられた。
アリーシャは堂々と胸と下腹部を衣服の上から触らせている。アリーシャもアリーシャで問題なんじゃ……。
「今の、なに、あれ?」
「瑠衣がそのまま性欲ばかり進化していったらなる究極体だよ。気を付けてね?」
ありすの言い種も酷いが……。
「まあまあ、騒がしいわね~」
「ちっ、こういうのはうるせーっつーんだよ。何人このホールに集まってやがる」
煌季さんと三日月さんは相変わらずだ。
くいくい、と衣服の裾を掴まれた。
「……私……ここで生活……していけるか……不安です……」
鏡子も人見知りなのか、大勢に対して不安そうにおどおどする。愛のある我が家のメンバーだけでも人見知りする子だ。不安になるのだろう。
「大丈夫だよ。私もいるし、愛のある我が家のみんなもいる」
たしかに、こんな面子で本当に大丈夫なのかが気になるが、これからしばらくの期間共に暮らす仲間だ。
徐々に仲良くなるだろう。
さあ、いよいよ全面戦争がはじまる。
願うなら、誰一人欠けずに戦いを終結させたい。そう願っている。




