Episode111/対立戦争勃発前夜
(155.)
ハッと意識を取り戻して目を覚ますと、そこは既に異能力者保護団体の内部にいるところだった。
五階の一室ーー私と鏡子、瑠衣、ありすの四人が一部屋に密集している仮眠室だ。
「目、覚めた? 大丈夫?」
左右を見渡して見るが、声をかけてくれた瑠璃以外にいない。
と、瑠璃は私のおでこに自身のおでこを当てて熱がないか計ろうとする。
意識が曖昧で目覚めたばかりのボンヤリとした状態では、ほぼ全身瑠璃に身を任せている状況になっていた。
意識が少しずつ回復してくると、周囲をしっかり見回し、なにがあったのか、今はなんなのか、少しずつ思い出そうとする。
けれど、倒れた原因がなにかが曖昧なままよくわからない。
「豊花、いきなり会話してる最中にぶっ倒れるんだもの、びっくりしたのよ」
瑠璃は額に浮いた冷や汗を手で拭いながら、「休んでて。一応、風邪薬とタオルでも持ってくるから」と言い残し、部屋から出ていった。
あれは……夢なのか?
夢で見た景観が脳裏に徐々に構築されていき、少しずつ夢の中でなにがあったのかが想起されていく。
周囲の人間がマスクをするのが当然といったレベルでマスクをしている世界で、瑠璃がなにかに押し潰されそうになっている。
人混みの中か。なにか……車? 重り? パイプ? かなにかは鮮明には想起できない。
とにかく、それに潰された瑠璃は瀕死の状態になり、私が助け出そうとする。しかし、力がなくて持ち上がらず、瑠璃は……息絶えた。
いくら夢とはいえ、リアリティーありすぎだろう……それに、この夢を想起しようとすると嫌な予感が急に強まるのだ。
あれは、本当に夢なのか?
いや、あれは……現実なのか?
似たような経験をした記憶もあるのだが……最近忙しくて、どの記憶だかサッパリ検討もつかない。
でも、でも……もしもの話、同じことが現実でも起こり得るとしたら?
ーーまさに、未来予知だろうな。ーー
ユタカは脳裏で囁く。
異能力がステージFでも、異能力は進化する可能性が稀にあるという事例を、ここ最近見たことがある。
青海舞香ーー彼女のステージはおそらく4かFいや、十中八九Fだっただろう。なのに、さらに上の力を使おうとして実際に使った。
その結果、舞香さんはぶっ倒れたものの、不可思議な力で我々を窮地から救い出してくれた。
つまり、男女自由に転移できるようになれた私でも、ステージFの私でも、異能力がこれ以上進化しないとは言い切れないのだ。
ーーじゃあ、やはりあれは……。ーー
私が未来体験することになる出来事!?
じゃ、じゃあ、じゃあ瑠璃は? 瑠璃は! 瑠璃は!?
ーー落ち着け。豊花の異能力の直感、これから伸びた異能力が未来予知だとする。そうなると、普段から直感で相手の危険を察知し対処可能な豊花であれば、予知した未来も変えられると考えられるであろう?ーー
そ、そうなるのかな……?
絶望、焦り、困惑が混じ合い、思考がまとまらなくなる。
ーー思考!
……たしかに、ユタカの言うとおり、変えられると考えたほうが能力的に理にかなっている。
なら、あれが起きるのを前提で考えたほうがいいだろう。
「はい、タオル濡らしてきたから、仰向けに寝てよ。咳があるなら風邪感冒薬あるから使ってね。はい、テーブルにコップ置いておくから」
「うん、ありがとう……」
濡れタオルを額に敷かれる。ああ……気持ちいい。
「他にもなにかあったら言ってね、すぐそばにいるからさ」
「うん」
あれが起こるのだとしたら何時だ?
ヒントになるのは、周りの情景ーー。
皆マスクをしていた。ということは、インフルエンザなどが流行ったりする辺りに起きる出来事だと想定できる。特にしていないひとが見当たらなかったから、特に酷いインフルエンザになるのかもしれない。新型インフルエンザみたいに……。
場所はどこだ?
場所……場所……見たことのない場所だったなぁ……。とりあえず、私の行ったことのない場所。
いつ、は、新型インフルエンザ等の流行性風邪感冒が猛威を振るう時期、それに周りのひとはおそらく一般人。厚着をしていた点から冬場だと推察できた。
どこで、は、私が見たことのない場所。
誰が、は、瑠璃。
何が、は、落下物(重い物)
どうなって、は、下敷きになる。
つまり、まとめるとーー新型のインフルエンザ等のウィルス性の風邪が猛威を奮う冬場、私が見たことない場所で、瑠璃が落下物の下敷きになる。
冬場ってことは、まださきの話だろう。いや、既に秋だし近いか……。
ただでさえ旧暦組織で忙しいというのに、これ以上の厄介はやめてほしい。
……でも、瑠璃は、なにがあっても助けなければならない。
まだ、伝えていないんだ。私の本心を。私は、私は大切な物として管理するための鍵として使われる彼女の肩書きがほしいんじゃない。
瑠璃も私も、本心から相手が大切で、愛し合っている。その意味での恋人関係になりたいんだ。
「…………」
「ん? ああ、鏡子ちゃんね。もう豊花、大丈夫そうよ?」
「……本当……です……か……? ……よかった…………」
部屋の中に瑠璃と鏡子が入ってくる。
「そりゃいきなり倒れるんだもんね。びっくりしたわよね。豊花、あとでみんなに感謝しておきなさいよ? みんな何だ何だ? ってびっくりしてたし、ここまで運んでくるの重労働だったんだからーーまあ、軽かったんだけどね……私より、ずいぶん軽かったんだけれども」
なんか軽いを苛立ち混じりに言っていない?
「ごめん。それにありがとう。みんな」
「あー! 鏡子と、姉さん! ズルい! 起きたら、仲良くする!」
と、瑠衣は慌ただしく仮眠室に突入してきた。
一番近場にいた瑠璃を押し退け、鏡子を突き飛ばさん勢いで我中へと飛び込んできた。
「大丈夫?」
「うん。瑠衣もごめん。ありがとう」
「なにかされなかった? 変なことされてない!?」
「変なこと……?」
室内には女しかいないのに、どうへんなことが起きるというのだろう。
「股、痛くない? ヒリヒリしてない? 出血は? 血とか出てない?」
「ああ、生理ならもう終わったか」
と、僕が言い終えるまえに、瑠璃が瑠衣の頭に拳骨を落とした。
「痛い……姉さん最高、姉さんサイコサイコ」
ん?
瑠璃は顔を赤く染めながら、けほんっ、と空咳する。
「……へんなこと……とは…………?」
鏡子も私もいまいち理解が追い付かない。
「へん、鏡子ったら、お子さまだね。大人の、世界には、まだ早……いたい!」
「はぁ~……」
瑠衣の頭を叩きながら、瑠璃は心底どうしようもないと言いたげなため息をつく。
明日は土曜日だけど、土日をこの閉鎖空間の中で暮らすのだろうか。
まあ、それが一番安全っちゃ安全なのだろうけど。
しかし、動かなければ動かないで、他所の異能力者保護団体が潰されてしまわれかねない状況。
ようやく歩けるようになれたのを確かめると、私はみんなを連れて一端一階まで降りることにした。のだが……。
「みんななら七階にいるはずよ」
と言われ、エレベーターで上階に上がった。
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そこには、現在の異能力者保護団体(神奈川県支部)の防御体勢や、他所に割ける戦力などが明記されている紙を印刷で大きくしたものがホワイトボードに貼られていた。
室内には、ほとんど要の人物は全員揃っている。
総谷さんや河川さん、他の職員は見当たらないけど、色彩さんや刀子さん、沙鳥はホワイトボードの前に集まり、なにやら話をしている。
「神奈川県には教育部併設異能力者研究所と異能力者保護団体の施設、そして東京に近い点から異能力者保護団体の要となりつつある。だからここらを守るには鉄壁の布陣は敷いたままのほうがいいよな……」
紙面には、入り口にアリーシャ罠と書いてあり、なにかを計算しながら刀子さんと沙鳥、色彩さんが混じって唸っている。
次に森山(重要)と記載されており、戦闘で排除できない場合のみ使用することと記載されている。
「外せませんよね。この二名は。瑠奈さんとルーナエアウラさん、刀子さんとありすさん、この二名ずつは、一人は片方に送ってあげても大丈夫ではないでしょうか?」
「そうなるよな……静夜はありすに付いていくだろうし、注意力のある沙鳥や豊花はこちらで一人ずつ使い道決まってるからなぁ」
いったいどういう内容に変わるのだろう?
刀子さんはこちらに視線を移した。
「……悪い。明日からしばらく東京のほうに行ってくる。私とルーナエアウラの二人でだ。で、東京が大丈夫だと把握できたら、ヤバそうな地域を回ってくる。その間、ここは色彩と嵐山の二名に指揮を執らせる。これからの作戦や動向はこの二名に頼ってくれ」それで、だ。と刀子さんはいったん間を置きつづけた。「来週からも引き続き登校してもらうが、帰宅はここにしてもらう。親御さんには連絡済みだから安心してくれ」
ホッとする。そういえば、普段からなかなか自宅に連絡していない私って、不良娘にでも思われかねない状況じゃないか。
いや、不良娘どころかマフィア娘、ヤクザ娘、特殊指定異能力犯罪組織所属娘ーーああー! 帰ったらなんて言われるんだか、考えるだけで頭が痛くなってくる!
「だが、援護は微風ひとりに任せることになる。しっかり見張れよ。近距離の護衛がありす、長・中距離の援護を微風、至近距離から危険把握するのを杉井、おまえたちに頼む。瑠璃は必要に応じて応戦しても構わない。ある意味、瑠衣護衛作戦のようなものだ」
「私も、戦えるのに?」
「ちょっと、瑠衣? 瑠衣は異能力者保護団体でも愛のある我が家でもないんだから、妄りな異能力の発現は控えなきゃダメなのよ」
瑠璃はやさしく瑠衣を諭す。
「そうそう」ありすは瑠衣に鍛えてもらったナイフを片手でくるくる回しながら頷いた。「でも、いざってときは自分でも戦えるように、ね?」
ありすは瑠衣の衣服になにかを仕込んだ。
……いや~ナイフですわ~あれナイフですわ~そうそう~とか頷きつつも『一緒に戦ってね!』みたいなことやりかねませんわ~。
「刀子さん、行く前に……」
ありすが刀子さんに耳打ちする。
「……ああ。非常事態だし、仕方ないか」と頷く。「で、君たちが学校に行っている間の異能力者保護団体内については、アリーシャの幻覚、森山の異能力消し、ゆき、色彩、静夜、瑠美で応戦してくれ。煌季や、あとから来る三日月、他の戦闘能力のない朱音などの異能力者や、一般職員各自は、不要にここから出るな。どうしても仕事のある奴はいるだろうから、大半は既にバラけさせてある。まだ施設内にいる職員は、速やかに別の仮暮らしの住み処を探して、問題解決までそっちで対応してもらう」
刀子さんの話をまとめるとーー。
登校組(囮兼施設防衛)/豊花、瑠璃、ありす、瑠衣、瑠奈
異能力者保護団体防衛/沙鳥、アリーシャ、森山、ゆき、色彩、静夜、瑠美
出張組(各県増援)/刀子、ルーナエアウラ
教育部併設異能力者研究所/メアリーイフリートみたいな名前のひと
サポート/煌季、三日月
?/澄
ーーってことになる。
澄はまだ帰ってこれないのだろうか?
澄さえいてくれてれば百人力なのに……。
こういうときに限っていないんだもん。
「それじゃ、まあ本番は来週からになるかもしれんが、あとは頼んだからな。沙鳥、色彩、ありす、杉井」
ぶっ、と噴出しそうになるのを抑える。
なぜ、なぜそこに私の名が並ぶ?
責任重大な気がして緊張してくるんだけど……。
「新たな異能力者の正体等を掴んだら、念のため連絡してくれ。以上」
刀子さんはそれだけ残すと、早速ルーナエアウラさんは正面入り口まで窓から降りた。
刀子さんは瑠衣に近寄り『頼めるか?』と、重い刀の刃を出し瑠衣に手渡した。
「ちょっ!」
「しぃ! 瑠衣のお姉さん、緊急事態だから許可して」
「……でも」
瑠衣は刀子さんを見上げながら、刀を手に取る。
「訊いても、いい?」
「なんだ?」
え? 瑠衣が刀子さんにしたい質問なんてあるの?
というか、絶対会話しないであろう組み合わせベスト10に入りそうなレベルなのに、なんともまあ、珍しい。
「刀子は、ありすの、師匠なんだよね?」
「そうだ。たしかおまえはありすの弟子だよな」
「うん。ありすを、育ててくれたから、ありすと、私は、出逢えたんだよね……」
瑠衣は刀の刃に人差し指と中指を伸ばし、ソッと撫でるように当てた。
「ありすを、育ててくれて、ありがとう」
「そんなことで礼を言われるとは思わなかったよ」
刀子さんの瑠衣を見る顔つきが、少し、ほんの少しだけ、柔らかくなるのが見てとれた。
「はい。気をつけてね?」
「一応、切れる刃を入れるのを考えて、内部で刃に接触しないような鞘も用意している。が、まあ、試してみるか」
ま、まずい。
あの机のある下には、昨日隠した穴があるぅぅ!!
「別の場所をーー」
ヒュインーーと、刀が空気を切る音が小さく横切る。
刀子さんの予想以上だったのか、机も椅子も貫通して地面までスッパスパに分断してしまっていた。
あ、最後に刃のある位置、昨日私が空けた穴だ……。
やった。完全隠蔽達成!
これでもう私のせいじゃない!
「ーーこれは……危ないかもしれないな。予備の刀も持っていくことにするよ」
刀子さんも流石に想定外だったのか、冷や汗を額から流しながらそう告げた。
「これがあるだけで戦いかたもガラリと変わるだろう。固い敵が来たら使わせてもらうよ。ありがとう……ええと」
「葉月瑠衣」
「ありがとう、葉月瑠衣」
「どうも、いたしまして」
見ることは絶対にないなと思っていた組み合わせの会話が終わり、刀子さんは東京へと向かうのであった。
ーーそして、僕たちの異能力者保護団体内部での休日がやってくる。




