Episode110/日常?(5)
(154.)
昨夜の会議で決まったことは、私と瑠璃、瑠衣、ありすで登校し、あえて相手を誘い込むといった危険な策だった。
ーーしかし、結果としてはどうだったのだろうか。
その日は何事もなく放課後を迎えられていた。
「豊花ちゃん、帰りにゲーセンでも寄ってかねーか?」
宮下に帰りの直前そう言って誘われたのだが、そんなことをしている暇はない。
「いや……あはは、ちょっとしばらくは無理かな……」
あらかじめ断りを入れておく。
「……まあ、なんだ。このまえの事といい、休んでた事といい、豊花ちゃんがなにかに巻き込まれてるのは察しがつくんだけどよ。なにかあれば言ってくれよな?」
この異常さに流石に気づかれていたか。
まあ、無理もない。
このまえ緑たちに襲われた際にも色々迷惑かけたし……話も聞いていたのだろう。
「大丈夫、宮下も巻き込むわけにはいかないから」
むしろ人質に取られないよう、なるべくつるまないようにしてほしい。
「ならいいけどよ……」
宮下は腑に落ちない表情をしながら呟き返す。
瑠璃は異能力者保護団体がらみとはいえ、瑠衣まで巻き込んでしまっているのに、これ以上友人を巻き込むわけにはいかない。
教室から出て瑠璃たちの教室に会いに行く。
瑠璃と合流して、ありすと瑠衣とも合流した。
ありすは授業時間いったいなにをしているのだろう?
怪しまれないのだろうか?
「ありす、結構うちに通ってるけどバレてないの?」
「ん? ああ、異能力者保護団体として裏で許可取っているから」
それは知らなかった。学校にも裏側があるのか……。
それにしても、予想に反して襲撃などが一切ない。それとも、いまから押し掛けてくるのだろうか?
あまりに危険を察知しないせいで、異能力が働いていないのではなかろうかと心配したけど……どうやら本当に危険はないらしい。
「ん、ありす、豊花、左右」
「え?」
瑠衣が右手を掴んできた。左手にはありすの手を握っている。
……こう一列に並んでいると相当周りに迷惑な気がするし、なにより瑠璃だけ仲間外れな気がして、その手をどうにかほどいた。
「瑠衣、いざってとき戦えないから手は離しておこう。瑠衣には前日に武器作りしてもらったけどさ、いざってとき取り出せなくなるよ」
そうなのだ。
昨夜、ありすは瑠衣に頼み、ナイフの切れ味を最大にしていた。
その凶器がスカートの内側に仕舞われているのだ。
ちなみに……私も強化してもらった。
しかし、そのあとやらかしたのがいけなかった。強化された折り畳み式の片刃ナイフを試しに地面に向けて縦に突いたら、サクッ、と穴が空いてしまい、それが異能力者保護団体施設内だったからもーう大事態! と思いながら何とか突いた穴を椅子との配置をずらして誤魔化し喋らないようにして隠匿した。
この武器があれば、弥生にも苦戦はしなかったんじゃなかろうか?
と、電話が誰かから掛かってきた。
誰だろう?
知らない番号だ。
繋いでみると、相手は刀子さんだった。
「どうしたんですか?」
『やられた。奴らの移動範囲が異常なだけだ。北海道支部が壊滅的な打撃を受けた。栗落花の異能力は異常だ。神奈川県から北海道まで少なくとも移動している』
なにやら予想外の行動を取られたらしい。
狙われているのが神奈川支部だと思われていたが、敵は……少なくとも神無月は栗落花たちを連れて他県にまで回っているという。
「え、じゃあどうするんです?」
『どうすると言われても、こっちはむやみに行動を変えられないからな……厄介な事態になってきたのは確かだ。とりあえず、数日間はこのまま自宅を異能力者保護団体として生活していくしかないだろう』
「わ、わかりました。みんなにも伝えておきます」
刀子さんとの通話を切り、聞いた説明内容をすべてまとめて伝えた。
「まあ、そうなるならそうする以外に動けないかな」
要点をまとめて把握したありすは頷いて見せる。
「私は、豊花と、ありすと、同じ部屋! 同じベッド!」
昨日ありすと同じベッドで寝たんでしょ?
「それはだから無理だってば……」
広くみつもっても、せいぜいあのベットには二人までしか寝られない。
「とりあえず、しばらくはこのままの生活を維持する感じでいいんだよね?」
瑠璃が手を挙げ訊いてくる。
「まあ、刀子さんが言うのを聞いた限りだと、そうなるかなと」
……元々一人一つのベッドは組で置いてあったのに、人数分の部屋もあったのに、鏡子が同じ部屋で寝ると言い出しておきながら、実は同じベッドで寝ると言い張っていたのだと昨夜理解できた。
瑠衣は真似したいのかなんなのか、私と鏡子の部屋の布団が一組余っていると聞き付けて、瑠衣とありすの寝床がその一室(豊花・鏡子室)になってしまった。
瑠璃や瑠美さん、他のメンバーは自由な部屋を借りているだけに、私の一室だけやたら密集していて堪らなくなる。
時代が違い風邪やインフルエンザが流行していたら、ソーシャルディスタンスとか言われかねないのではないだろうか?
と、そのときあり得ないレベルの頭痛と目眩、前後不覚、嘔気、多幸、不安が混ざりあったような不可思議な症状がからだのなかを貫いた。
意識が遠くなる……。
『』『』『』
みんな……が……マスクを……して……いる……?
ソーシャルディスタンス。
三密。
新型ウイルス……蔓延……。
そこに見えるのは、瑠璃……瑠璃が……瑠璃が上から降ってきた何かに潰されて、呆然として見ている情景。
必死に助けようとしても、必死に覆い被さってきたなにかを退かそうとしても、貧弱な力ではとても持ち上げられない。
「ごめん……なさい……ありがとう……さいごに……」
「待ってよ! 待ってくれ! 瑠璃、瑠璃!」
「本当に……好きになれたんだ……よ……? 豊花のおかげで……他人を愛するって意味……ようやく理解できたよ……」
「その話はあとにしよう!? くそ、くそっ!」
辺りに血溜まりが広まっていく。
「ありがとう……好きだよ…………豊…………花………………………………」
「ああ……あぁぁ……あ……ああ………………ああぁぁぁァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
『』『』『』
「ーーッッッ!?」
頭に濁流の様に情景台詞悲鳴が流れ込み、それが本当に起きてしまうと確信してしまったーー。
頭がふらふらする。意識が朦朧とする。いつか誰かに聞いた言葉が頭の中に流れ込む。
『もうそれは直感という次元ではない、未来予知のレベルにまで到達してしまっている』
それを最後に、私は地面に倒れてしまった。
意識が薄まる。ボンヤリとしてくる。
誰かが私の肩を掴む。
意識が弱まる。記憶がボンヤリしてくる。
記憶だ弱まる、記憶がボンヤリしてくる。
意識が弱まる。意識はボンヤリしてくる。
意識がボンヤリする。
意識が薄まる。
意識が弱まる。
記憶がボンヤリする。
記憶が薄ま…………。
記憶が薄まる。
記憶が弱……ま…………。
記憶は……………………。
記憶だけは……だけは……。
離さ……ない……………………。
そして、私の意識は、そこで途切れた。




