Episode105/弥生
(149.)
部屋の中にサイレンのような警告音が響き渡る。
「敵襲だ」
途端に刀子さんは立ち上がり、私たち数人ーー私、ゆき、瑠奈ーーを指名して入り口に走り出した。
緊張しながらそれにつづき、一階に降りた。
私、刀子さん、ゆき、瑠奈は急いで正面入り口から飛び出した。
建物の中には、念のため戦闘に特化していながらも沙鳥や舞香、朱音や鏡子たちを守るようにと、ありすやルーナエアウラさんたちが残ってくれている。
表には、異形の怪物が十数体うようよとしていた。
口から無数の触手が生えており、手足も細長い。緑色をしていて、目玉は中心にひとつだけ大きく血走ったものがあり、大きさは二メートルにも届くだろう。
その怪物たちは、中心にいるーーあの姿は……弥生?ーーを守るような布陣で異能力者保護団体の入り口に向かい、ただただ行進していた。
その不気味な異形を目にするだけで、涼しい風が吹いているというのに、額に嫌な脂汗が湧き出るほどだ。
なんてーー気持ち悪く醜い姿をしているんだ。
「神無月さんや水無月さんは臆病です。こんな組織、あたしひとりでも壊滅させられるのに……だからすみません。壊滅させに来ました」
弥生は聞こえるかわからない小さな声で、嗤いながら呟くように口にした。
「やはり、異能力の世界がこうまで神奈川県に集中しているのを考えると、集結しているように思えるな」
刀子さんはぶっきらぼうに言葉を吐き捨てる。
「あなた方にはプライバシーなどありません。何処へ逃げてもあたしの手足があなた方を潰しにーーいいえ、食しに来ます」
私はナイフを取り出し構える。
刀子さんも刀を抜き、ゆきも瑠奈も敵陣に対して戦えるように構えをとる。
「あまり、異能力者保護団体を舐めるな」
刀子さんは真剣な眼差しで相手を憎らしげに言う。
「そんなこと言えなくしてあげます。あたしひとりでも、あなた方を壊滅させるなんて片手間でできますので」
異形がぬるりぬめりとこちらに向かって前進を始める。
「しかし……趣味の悪いモンスターだ。少しくらい上品な怪物でもつくれなかったのか?」
「あたしは気持ち悪いほど興奮するんです。世の中に不細工と呼ばれる人間のほうがあたしはお気に入りです。キモい人間に犯されるほど興奮してしまうのです。ですが、まだ足りない。気持ち悪さが足りない。口から触手を伸ばしたり、全身ぶつぶつだったりする人間がいないから、あたしは自分でつくりました」
「狂ってる……」
思わず口にしてしまった。
異能力さえ持ち得ていなければ、単なるブス専で済む話が、異能力を手にしたせいでモンスター専にまで成り果ててしまっている。
「あたしの趣味、知っていますか? 夜な夜な歩き回り、あたしを強姦しようとしてくる人間がいたら、あたしが選んであげるのです。イケメンなら死罪、フツメンなら脅して逃がす。ーーブサメンなら受け入れてやるのです。必死に抵抗するフリだけをして無理やり犯されてしまう。そのときの興奮といったら……もうたまらないほど」でも……と弥生は宿主の化け物を愛しげに撫でる。「もうそのような必要はありません。この子たちがあたしを犯してくれるから」
沙鳥が聴いていたら卒倒しそうな話題を口走り、この子の異常性が露になる。
「ーー悪いな、今からおまえの“恋人たち”を皆殺しにする。それが嫌なら立ち去れ」
「こちらこそごめんなさい。あたしの“彼”があなた方を好き放題蹂躙してしまって」
怪物が一気に群がり、私たちに集まってくる。
触手が伸びてきて、私の腕を巻き取ろうとする。それを直感でギリギリ避け、口から伸びた触手にナイフを振るう。
ーー固い!
表面しか削れない!
刀子さんは居合いで触手の手を一本落とすと、怪物の体に数回斬りかかる。出てくる血液は真っ青で醜く酷い悪臭が立ち込める。
その隙にずるずるもう一体化け物が刀子さんに本体を近づけ、無数の触手で掴もうとする。が、それの胸をゆきが正拳突きで穴を開けた。
ゆきは眉を潜めて、数歩下がり鼻を押さえる。
「くさい臭いに醜い外見、ああなんて素晴らしい。帰ったらまぐあわなければいけないですね」
「素敵な趣味だな。帰れると思っているのか?」
「わたしとは正反対な趣味だね! わたしはかわいい子ほど興奮するよ!」
瑠奈は離れた位置に飛び、建物の外壁に“立つ”と、そこから風刃を化け物四体にそれぞれ吹き放つ。
化け物は胴体や腕の触手やらが切断され、聴くと頭がいかれそうな雄叫びをあげる。
やはり瑠奈は強い。でも、切られた肉片からこの世の物とは思えない悪臭が立ち込め、辺りの空気と混ざりあう。
うう……吐きそう……。
「第一、そんなに醜い物が好きなら、あんた自体醜くなればいいじゃん!」
瑠奈はぶつくさ言いながら、中央に陣取る弥生に向かって圧縮された空気の弾丸を射出する。
怪物はその目の前に立ちふさがり、風撃から弥生の身を守る。
「美しい少女が醜い者に無理やり犯されるーーこれが素晴らしく興奮するから、あたし自身は美人のままでいないと意味がありません。ああ、こんな醜い奴にあたしは犯されてしまうーーこうしないと興が乗らないでしょう?」
倒された怪物の代わりに、新たなる怪物が地面から湧き出てくる。
全身ぶつぶつで、目は血走っており、十メートルはありそうな怪物が現れたのだ。口を開き威嚇してくると、口の中の歯が無数にあることがわかる。手足は左右非対称であり、人間とは異なり全身に対して短い。
うう……見るだけで頭がどうにかなってしまいそう。
「神無月さんや卯月さんは趣味が悪いと言いますが、あたしの夢はイケメンや美女を皆殺しにして、あたし好みの不細工やブスだけで人類を埋めるのが目標なんです。キモさこそ美しい、ああ、本当にーーあなた方を見てると吐き気を催す」
それはこっちの台詞だ!
吐き気を催す邪悪ばかり作り出しやがって!
私ならかわいい女の子を作り出すぞ!?
伸びてくる触手が無数に来るのを察知して、それを避けつつナイフで応戦する。
刀子さんやゆきも小型の怪物から処理していく。
瑠奈だけは巨大な怪物に向けて、風を槍のように投擲しつづけ、それらが跳ね返されると、苛立ったまま詠唱を始めた。
「微風瑠奈の名に於いて 風の精霊を喚起する 契約に従がい 今 此処に現界せよ シルフィード!」
シルフィードが場に現れた直後、シルフィードは鼻を手で覆い苦しげな表情を浮かべる。
「我慢してシルフィード! 同体化!」
瑠奈はシルフィードと同体化をし、姿が変わる。緑一色の髪になり辺りにきらきらした緑色の粒子を纏う。
「近寄りたくねー!」
先ほどとは比較にならないほどの風刃を無数に放ち、そのまま手のひらを真上から真下に叩くようなジェスチャーをする。
しかし巨大な怪物からは少量の出血しか飛び出さず、風圧も倒す力は出ずに怪物は耐えきり立ったままだ。
「無駄です。最も愛しいあたしの彼氏ですよ。見た目は醜く、触れば気色悪い感触が身を逆撫でし、悪臭が漂い、嘗めれば汚物より素晴らしい味、発する言葉は奇声のみーーああ、ああ……なんて……興奮する!」
弥生は本気で興奮しているかのように顔を赤らめ身震いする。
狂っている。五感すべてに嫌悪を抱かせるそれの近くに立ち、愛しそうに気持ち悪い体に舌を這わす。
「なんだアレ!?」
「う、うええ!」
野次馬が辺りに集まってきてしまった。
そりゃそうだ。こんな汚物の塊みたいな巨大な異形が街中に現れたのだ。皆も気になってしまうのだろう。
「ふふ……」
巨大な怪物の背中のぶつぶつが数個、まるで角栓の膿を出すようにぶりっと少し出ると、それが一気に伸びて野次馬数人の胸を貫く。
「ひっ!?」
野次馬は我先にと散り散りに逃げ出していく。
腰を抜かした冴えない男は、しばらく恐怖で身を固めてしまう。
「ご安心ください。あなたはあとであたしと楽しみましょう? そしてあたしの体を貪るように味わってください。ああ、ああ、欲望の為だけに未熟なあたしの肢体を好きなだけ犯してください、はぁはぁ」
語尾にハートマークが付きそうなくらい甘い声を、貫かれないで済んだ男性に囁く。
デブ、ハゲ、中年、顔も整っていない、言い方は悪いが不細工な男性ーー彼は弥生からすると好みのタイプーーだから殺されなくて済んだ。
殺されたほうは皆綺麗な顔立ちをしていたのだろう。あまりにも殺された側からすれば理不尽過ぎる。
案の定、偶然というか必然というか、単なる弥生の気分で殺されなくて済んだ男も、ひぃひぃ言いながらようやく駆けて逃げ出した。
「残念ね……」
弥生は本気で残念そうにガクリと肩を落とす。
「まずいな……このままでは市民が惨殺されていく。想像以上に厄介だぞ、コイツは」
余った小さなーーといっても二メートルはあるのだがーー怪物をあらかた切り捨てた刀子さんは、刀を払い付着した青い血を辺りに飛ばしながら、焦った様子を見せる。
巨大な怪物に向かい投擲用ナイフを数本投げるが、効いているのかわからないほど小さな瑕疵しか残せない。
「あなた方にはこの場で死んでもらいます」
巨大な怪物以外の死骸が辺りに散らばるなか、彼女はそう宣言する。と、巨大な怪物の腕がぶくぶくと泡のように誇大化し、その拳を私たちに向け上から真下に放つ。
それらを皆で避けると、刀子さんと私は撃ってきた拳に対して刀とナイフで斬りかかる。
だが、軽い怪我しか負わせられない。
ゆきも突きを放つが、しばらく血を飲めないまま戦っていた為か、穴が空くどころか、少し凹む程度のダメージしか負わせられなかった。
瑠奈は継続して風刃を放ちつづけるが、もはやカッターナイフで間違えて切ってしまったかのような浅い傷しかできない。
それを塞ぐように周りの肉塊が合わさり傷を回復させている。
弥生は巨大な怪物の右手に乗ると、そのまま運ばれ怪物の肩に乗り私たちを見下ろす。
「異能力の世界なんて、正直あたしはどうでもいいんです。不細工の世界に改名したいくらいです。美男美女ばかり持て囃される世界とはさよならです。あたしは愛する醜い男女だけのハーレムをつくりたい。だからあなた方のような並以上の男女を生かしておくわけにはいかないんです。特に」口から伸びる触手が凄まじい速度で私と瑠奈目掛けて襲い来る。「貴女たちみたいな醜い人が生きて同じ空気を吸っていることが許せない」
その触手をがむしゃらで避け、私はゆきに向かって走る。
なんて歪んだ趣味だ。醜い男に凌辱されつづけたトラウマがある沙鳥が聞いたら、本気で怒り狂うかもしれない。
「ゆき! 私の血を飲んで力を!」
この方法なら!
と、私はゆきに肩を差し出す。
「……」
ゆきは少し考えたあと頷き、私の肩に牙を立てた。
瑠奈は風刃を怪物に当てるのをやめるや否や、片手を後ろにして力を溜める。
「させると思うのですか?」
触手が私に伸びてくる。
それに対し、瑠奈が溜めた力を風の刃に変えてぶつける。
触手は多量に出血をしながら狙う軌道から少しずれた。その触手に刀子さんがさらに追い討ちをかけ、刀で切り裂く。
ゆきの歯が私の肉体をついに抉り、溢れ出した血をごくごく飲み始めた。
痛い痛い痛い!
痛いーーけど。
「なるべく限界まで飲み干して!」
化け物は狂った奇妙な声なのか音なのかを発し、しばらく身動きをやめる。
「本当、最低最悪だよ。わたしなら美女だけを集めたハーレムをつくる。それを許さないおまえが許せない! 臭いけどーー」瑠奈は体に纏う風を手に纏い、小型の竜巻のような風の力が左手だけに集中する。「ーー我慢する!」
瑠奈は壁から地面に素早く着地すると、左手を後ろに引き怪物に向かって真っ直ぐ飛んだ。
「切り札その一! こうやってーー」怪物の真下で斜め前に飛びながら。「ーーせーのっ!」
そう言うと同時に、引いた拳を弥生に向けて放つ。
怪物は右手でそれをガードする。が、さすがは防御をすべて捨てて攻撃に変換した突きはーー右手をそのまま貫通した。
弥生にあと一歩届きそうなところで、同時に動いた左手により瑠奈は捕まえられてしまった。
弥生はバランスを崩し、急いで化け物の頭に移動した。
頭がくらくらしてきた。
「ゆき!」
「ん……!」
貧血でふらっとなりながらゆきにあとを任せる。
ゆきは後ろ足に力を入れ、一気に瑠奈まで飛ぶ。そのまま掴んでいる左手の腕に強烈な拳を放つ。
怪物はくぐもった奇声を発し一瞬脱力した。
弱った隙に瑠奈は脱出。
ゆきはそのまま化け物の左腕を両手を交互に使い数発殴る。
力が上がったゆきの猛ダッシュに耐えきれず、怪物は臭い吐瀉物をぶちまける。
うええ汚い……もう吐いてしまいそう。化け物に貰いゲロするなんて嫌すぎる。
化け物の吐瀉物を避けつつ、刀子さんは怪物の股間に突きを穿つ。
直後、瑠奈は後ろに下がりながら、風刃を放ち化け物全身に汚臭漂う青い血を出血させた。
力がないなら補えばいい。先ほどまでのゆきで足りなければ、血を吸わせて力を補強するまでだーーという思考から来たものだが、うまくいったらしい。
怪物はふらふらしたまま、倒れそうになる。
「酷いですね。あたしの彼にこのような暴虐をするだなんて」
弥生が指を鳴らすと、再び地面から、今度は50cmは胴体がある大きな蜘蛛型の化け物が無数に現れた。
くそ。
このままじゃじり貧だ。
切りがない!
「あたしは退却しますね……あなたたちは蜘蛛さんと遊んでいなさい」
蜘蛛は臭い糸を無数に吐き出す。
視界が埋まる!
糸はナイフで切れるが付着していき切れ味を無くす。なんて数の暴力だ。
全員蜘蛛と糸を相手に奮闘する。
瑠奈は風刃で吐き出された糸が辺りに付着するまえに切断し、刀子さんはその合間を縫うように刀で叩き切っていく。
ゆきも悪臭に耐えつつ蜘蛛を一撃で叩き潰す。硬さはあまりないらしいの観察し、私もナイフで蜘蛛の足を切り落としていき身動きできなくさせた。
ようやく蜘蛛があらかた片付いたときには、既に弥生の姿は消えていた。
巨人が周囲にいないか確かめたが、跡形もない。おそらく目立つ巨人を消して逃げ出したのだろう。
「なんなんだあいつは……」
刀子さんは汗を掻きながらぼやく。
「わたしの正反対の存在じゃん。気に入らない。あいつに美少女や美女が殺されていくなんて耐えられないよ……早く殺さなきゃ……」
瑠奈は機嫌が悪そうに殺意を露にしているが、そういう問題なんだろうか?。
「まさか本陣にひとりで乗り込もうとするとはな……」
「でも、私たちは弥生本人に傷ひとつ付けられなかった」
ああも凶悪かつ色々と最悪な人間だとは、見た目のイメージからは推測できなかった。
せめて弥生に直接触れることさえできれば、戦った意味が少しはあったと言えるのに……これでは惨敗じゃないか。
「だが、これで判明したこともある。奴等は仲間同士の結束が薄いのかもしれない。少なくとも弥生に仲間意識はない。神無月たちと協力していればここを陥落させる可能性があったというのに、味方をひとりも連れてきていなかった。神無月以外は共闘を是としないのか、弥生が特殊なのかはまだわからないが……少なくとも弥生は単独で乗り込もうとしてきた。これがわかっただけで良しとしておこう」
刀子さんは悔しそうに言葉を口にした。
しばらく経ち、再度来ないことを察してから、私たちは異能力者保護団体の中に戻るのであった。




