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Episode100/視界盗撮×思考盗聴

(144.)

 沙鳥の提案もあり、私は愛のある我が家に泊まることに決めた。

 いざというときに味方が側にいるのといないのとでは差が出てしまう。

 ここには瑠奈や舞香、ゆきといった戦闘に特化した異能力者が大勢いるし心強い。


 そんなわけで、今は結弦と部屋に籠っている結愛と、山の中で滝行でも興じているのかもしれない澄の二人を除き、愛のある我が家全メンバーは一室にかたまり話をしていた。

 朱音も準備が完了したらしく、アリーシャを四階に残して室内に戻ってきている。


「澄はいつ帰ってくるんだろう?」


 疑問を抱く。山の中、本当に滝行とか苦行とかしか思い浮かばない。

 澄さえいてくれれば百人力なのに……。


「……山の中の……岩の上で……なにやら鎮座しています……」


 鏡子は澄の視界をジャックしたのか、そう答えた。

 今思えば、鏡子の力って女の子が持ったからよかったものの、男が……特に変質者が持っていたら女性の裸が覗き放題じゃないか。

 そう考えると鏡子の異能力は鏡子が持っていてくれて助かった。


 ……総監視者一斉ジャックが頭にどう流れるかはしらないけど、私がまだ男だったら、自室で他人に見せられないようなエロ漫画を開きながら右手を用いて鏡子に見せられない行為に耽っている場面も見られた可能性も十分あるんだよなぁ……。このときばかりは女の子になっていてよかったと心底思う。

 というか、触られたひと皆、いつどのタイミングで自慰や性交をしても鏡子には監視される可能性があるのか。うらやましいやおそろしい。


「豊花さん……今後の動向を探る案を出しあっている最中に、なんて無神経な考え事しているんですか……」

「? ……豊花さん……?」


 鏡子は一旦視界ジャックを止めると、チラリとこちらを窺い見る。

 そんな前髪で見えづらいけど、純粋そうな表情を私に向けないでほしい。不謹慎な事を考えたのは謝るから!

 沙鳥もあまり好き放題読心してほしくないな……。


 ん……?

 視界ジャックに読心術?

 読心と送信の条件、視界ジャックの条件……。


 ふと、頭のなかに閃いた。


「あのさ、沙鳥」

「なんでしょうか?」

「鏡子に映像を見せてもらっている対象の心理って読めないの?」

「……無理でしょう。テレビ等では不可能ですし」


ーーいや、可能かもしれないぞ? 嵐山沙鳥の異能力のひとつ読心の条件は、相手を視界に入れて異能力発露の光を指定した相手の身と自身の瞳を繋げることであろう?ーー 


「異能力発露の光とやらが未だに私の理解には及びませんが、だいたい合っているでしょう」


 私の無意識(ユタカ)と沙鳥が会話を始めてしまった。

 これは思考を抑制しておくべきか……。

 ーーいや、いっそこういうときに使うべき力だろう!


ーーあ、おい!ーー


「ユタカ化!」




ーー。

ーーーー。

ーーーーーー。




 私の姿は制服だったはずの豊花から、まるっきりファンシーな衣服に身を包んだプリティーな姿に変貌した。

 それもそうだ。私はユタカなのだから。


「豊花、どういうことだ……?」


ーー難しい話をユタカと沙鳥が会話するなら、このほうが良いかもと思ってさ?ーー


 周囲の人間は目を見開きまん丸くしている。

 当たり前だ。

 まだ嵐山沙鳥たちには姿も声色も晒していない。


「ゆ……豊花……さん?」

「カタカナでユタカ。まあ、豊花にもなんか考えがあるんだろうし、久しぶりの肉体で話をしようじゃないか」

「ええと、思考を読み大体把握していたのですが、いきなり、それも瞬時に入れ替わると流石に驚きます。こうして顔を合わせるのは初めてですね、ユタカさん」

「うん、初めましてだね~。でさ、さっき言った話のつづきなんだけど」

「かわいい!」


 ぎゅむ~っと微風瑠奈に背後から抱き付かれたが、気にせずつづけることにした。


「異能力発露の線光っていうのは、異能力を発現させるときに必要な光の様に見えるエネルギーの総称とでもいえばいいかな?」

「なんかフランクな口調になっていますが……それで、それが私と鏡子さんに何の関係が?」


 私はどう説明するか人差し指を唇に当てながら考え、少し待ち口を開いた。


「異能力発露の光って種類があってさ~? 基本的には燐光、蛍光、留光のどれかなんだけどさ、あとは線形非線形。例えば豊花の女体化は非線形留光型ね。美山鏡子の異能力は触れた相手に異能力発露の留光が感染して、触れた対象にも微細な留光が宿るんだよね。普段は光らないけど」私は嵐山沙鳥が頷くのを待つとつづけた。「美山鏡子が異能力を発現すると、触れた相手の留光が光って対象の視界と聴覚に留光が滞在するのさ」

「ですが、それではテレビではできないのと同じことでは?」

「テレビは異能力発露の光を通さないし射程距離が不明瞭な点で無理。だけど美山鏡子のもうひとつの異能力ともいえる、指定した対象に視界と聴覚を分け与えるときは、美山鏡子から線形燐光が飛んで結び付く。だから、美山鏡子の()ている領域が観測できるんだよね~」

「……つまり、その異能力発露の光を辿れば可能かもしれないと?」


 嵐山沙鳥は頭の回転が早い。豊花もこうなってくれればうれしいのだけど。


「そそーー微風瑠奈、胸を揉むな。揉むなら自分の胸にある壁を揉んで少しは丸めて貧乳にレベルアップしろーーで~、嵐山沙鳥と美山鏡子が異能力発露の光を通じてくっつき、美山鏡子の視界に飛んださきで嵐山沙鳥が異能力を発現して燐光を飛ばせば、もしかしたら可能かもしれないってわけ。異能力も使い用だよ。美山鏡子単体でも恐ろしい力があるのだから、じゃね~」


 微風瑠奈をひっぺがし、後ろにトンと軽く押す。

 あと、そろそろ美山鏡子の視線が痛い痛い。

 同じユタカなんだから仲良くしてくれたっていいのに、突如知らない女に盗まれたとでも言いたげな目線を向けてくるじゃないか~。

 まっ、残念なことに、豊花はいまのところ葉月瑠璃以外は性愛対象じゃない。美山鏡子は友愛対象でしかない。

 せいぜい頑張るんだな~。さてと。


「あの、ユタカさん? 豊花さんの秘密が駄々もれなのですが」

「まあ、いいんじゃな~い? この状況にしたのは豊花なんだし。じゃ~ね~! ほい、豊花化!」




ーー。

ーーーー。

ーーーーーー。




 まるで宙に浮いていた意識が落ちてくるような錯覚に襲われる。

 ふと気づいたら、私はユタカから(豊花)の姿に戻っていた。

 先ほどの話も聴いていないのに覚えているような、わけのわからない不気味な感覚に囚われる。ユタカ化も控えたほうがいいかもしれない。


 鏡子が駆け寄りぎゅっと手を繋ぐ。

 なんだろう?

 どこかホッとした表情をしているような……。


「こほん……だいたいユタカさんの言いたいことはわかりました。試してみる価値はあるそうですね。鏡子さん、適当な人の視点を私に貸してください」

「……はい……えっと……ランダムランダム……」


 視界が変わる。

 私たちにまで視界を分ける必要はないのに律儀だなぁ。

 誰視点だろう?


 夜にもなる時間帯、どこかの階段の踊り場。

 目の前には若いOL風の女性が佇んでいた。

 むっちりとした太い右腕で自身の額の汗を拭う。

 体型的に中年のおじさんだろうか。

 じゃあ上司と部下といった間柄かな?


『あの、森崎さん。お話というのは……』


 OLが視点保持者ーー森崎さんに声をかける。どうやら話があると呼び出したらしい。


『あはは。いや~最近涼しくなったよね。どう、今夜一杯。奢っちゃうよ?』

「きっしょ、なにが奢っちゃうよ、だよ」


「!?」


 途端に現実でも沙鳥が喋り始める。


「仕事の話かと思えばなんだそりゃ。他の同期にも声かけてたからまさかと思えば……四十代にもなって若い子に狙い定めてんじゃねーよ」

『いえ、私は用事がありますので……』


『じゃ、じゃあまた今度行かない。い、いつ予定空くかな?』


「しつこいなー。嫁探しなら同い年から探せよ、自分見えてねーのかこのハゲデブは。痩せて、髪植えて、若返りして、整形してから出直してこい」

『いえ、空かないです。失礼します……』


 トットット……と女性は小走りにオフィスに入っていった。

 どうやらここは、どこかのオフィスの踊り場だったらしい。


『ふー、照れてるのかな? 脈はありそうだな~。あの子やさしかったしぃ……ふーふー』


 鏡子は視界を切った。

 沙鳥は……なんとも言い難い複雑な表情を顔に浮かべていた。

 読心術がなくても言いたいことが伝わってくる。


「いまの言葉はすべてあの女性の心中の浅層部分の声です」

「……」

「……」


 みんな無言になってしまった。


「……脈……ありそうなんですか……?」


 鏡子だけ真剣に訊いてくる。

 んなわけない。

 壊滅的だ。

 もしも付き合いたいのであれば、条件として、まずは痩せる。髪の毛を植毛して整形をしてイケメンに。ここまではまだ現実的だけど、若返りは無茶過ぎる。


「鏡子さん、ああいう男性は勘違いしてストーカーになりやすいですし、一度でも飲みに行ったら最後、自分を好いてくれていると壮大な勘違いが爆発して犯罪に繋がりかねないんですよ」

「そこまで言う!?」


 なんだか森崎さんが可哀想になってしまった。


「実験は成功ですね。試しにもう一件くらい実験してみましょう」

「……わかりました……」


 視界が再び入れ替わる。

 どこかの室内のようだ。

 目の前には仲間らしき男がおり、机には覚醒剤の入ったパケと小瓶、注射器、斜めに切られたストローが置いてある。

 あれ……なんか犯罪臭がするぞ。


『やっと来たか、待ちくたびれたぜ』


目の前の男がそう言う。


『ははは……じゃあ早速キメちまおうか』


 二人の痩せ細った青年たちは、パケに入れたままの覚醒剤を小瓶でゴリゴリに擂り潰して粉にしていく。


「鏡子さん、舞香さんだけ視界を切ってください」

「? ……はい」


 そのパケの中にストローを突き刺し、ストロー内に粉を入れると、注射器の内側の押す棒らしき物を抜き取り、内筒に覚醒剤の粉末を注いだ。

 注射器から抜いた棒を内部に戻し粉を圧で潰すと、メモリを見る。

 相手も同じことをしている。

 

『だいたい0.1gか。ま、こんくらいに抑えておくのがベターだな』

「本当は倍いきたいが金ねーからな……」


『俺は02いきますよ』

『頭パーになるぞ』

「自慢かよ」


 注射器のキャップを外すと、針を水に浸し内棒を引く。すると内筒に水が入り覚醒剤と混ざりあい、やがて覚醒剤の溶液が完成した。

 袖を口で引き肘窩を空気に晒し、そこに注射器を皮膚から少しだけ角度をつけて構え、鋭い先端を皮膚に突き刺した。


「ひっ……」


 見ているだけで痛々しい。

 

 針を進めたある段階で、血が内溶液にモヤッと雲のように素早く混じる。すると視点保持者は注射器を皮膚に寝かせ数mmだけ針を進めると、注射器の棒を引く。内容液に血が大量に混ざる。

 すると、今度はそれらを血管内に注ぎ込んでいく。

 すべて注ぎ終えると、素早く針を抜き、抜いたあとを親指で抑えた。


 あれ?

 視点が震えている?


『くぅー! ケホッケホッ! かー、たまんねー!』

『ーーカハッ、うーん、俺はこの一気に来る瞬間だけは苦手なんだよな』

「だったら注射すんじゃねーよ裕貴(ゆたか)、こいつアホか」


 !?

 一瞬、名前が呼ばれて焦ってしまう。


『なあなあ、俺たち内偵入られてないか? だってこの穴、ビデオカメラだ!』

「まーたはじまったよコイツの勘繰り、付き合い切れねーけど、ネタ手に入れるにはこいつ経由以外にルート知らねーしなぁ」


 裕貴は小さく風化して割れた家の壁の窪みを延々とほじくっては確認を繰り返している。かと思うと、窓際にいきカーテンを少しだけ引き外を確認する。


『裕貴、不審な行動はやめろ。内偵なんか入るわけねーだろ末端ユーザーによー。おまえの勘繰りで捕まったらどーすんだ』

『いや、いるよいるいる。だってこのまえもすれ違った人と目がバッチリ合ったもん!』

「いねーっつーの!」


 ギョロギョロした瞳で裕貴は部屋を見渡す。


「もういいでしょう鏡子さん。切ってください」

「……はい……」


 視点が愛のある我が家に戻った。

 一瞬ゆたかとか呼ばれたから、自分が呼ばれたのかと思ってびっくりしたじゃないか。それに同名者がシャブ中って……不吉だ。


「見ましたか、豊花さん」

「え? あ、はい」

「あれが覚醒剤依存症患者です。片方、くすっ、ゆ、裕貴さんは覚醒剤精神病を100%患っていますね。ああなってはおしまいです。視点保持者みたいに普段から量を控えていれば、まだまだ良い顧客であるものを。ああなってはいずれパクられます。そういう客は厄介なのでそうそうに切るのをおすすめしたいですね」まあ、と沙鳥はつづける。「私は末端売人が捕まろうとどうでもいいことですが」

「……」


 末端は被害者ばかり……たしかにいまの光景は、覚醒剤の被害者に見えなくもない。


「豊花さんは少しだけやってみたいなどと以前思いましたよね?」

「うん……」

「ああなるので、私たちはやってはならないのです。やっていいのはああなっても問題ない人間ですよ」


 あくまで対等な商売……本当に、対等な商売なのだろうか?


 とはいえ、これでユタカの推測は当たっていたことになる。


「これならさらに情報収集が捗りそうですね。鏡子さん、怪しい人間をピックアップしていってください。その視界を私も覗き思考を盗聴し、関連者を探索いたしましょう。豊花さんと瑠奈さん、ゆきさんは交代で睡眠を取ってください。朱音さんは異世界に待機し翌朝帰還するように。舞香さんは私と共に視界ジャックし怪しいか相談役になってください。起きている人間は不審者が入り込まないか常に注意しておきましょう」


 沙鳥はそれぞれに指示を下す。そして両手を合わせた。


「ーーさあ、行動開始です」

 

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