Episode96/異能力者?(3)
(138.)
学校帰りは、いつもどおり愛のある我が家に向かう。
そろそろ寒くなってきた。スカートじゃ寒い。
よく女子たちは年がら年中スカートで居られるな?
今度、瑠璃や瑠衣にでもアドバイスでも訊いてみるか。
いつものように煙草の空箱指定から愛のある我が家へ入る。
普段の皆が集まる部屋へと向かった。
玄関前の通路で瑠奈が煙草を吸っていた。
「下のコンビニにロンピ加えろって命令しといた。ふー」
瑠奈はのんきそうにそう口にする。
部屋に入ると、そこには沙鳥とゆき、鏡子に加え、ありすと刀子さんがいた。
「まずいことになったな……」
「ええ、本当です」
刀子さんと沙鳥はなにかを会話している。
おそらく昨日の出来事のことだろう。
「……豊花さん……どうも……」
鏡子は小走りに向かってくると、私の手を握り締めた。
「え? これはなに?」
なぜいきなり手を繋ぐ?
「……いえ……友情の証……です」
なぜか頬を赤らめている。
んん?
なんだか好かれている?
直感がそう告げてくる。
ーーまるで葉月瑠衣だな。葉月瑠衣より積極的だが、好意を向けられているな?ーー
ユタカに言われなくてもわかっている。
なんとなく、理由はわからないが好意を寄せられて来ているのが無意識でも伝わってくるのだ。
だが、それを口にはしない。
向こうから口にしないのなら、わざわざ今の関係を崩すこともないだろう。
「杉井」
ちょいちょいとありすに手招きされる。
「なに?」
「杉井さ、あんまり鏡子とベタベタしないほうがいいよ? 瑠衣の機嫌が悪くなるからさ。私もあまり他の子とじゃれあわないのは瑠衣が嫉妬するからなんだよね」
なんじゃそりゃ。
瑠衣は私にありすと仲良くしているのに、私は瑠衣しか仲良くしちゃいけないのか?
それは少し、いや、かなり理不尽に感じられる。
私だって友達は少ないのだ。瑠衣に瑠璃、裕璃に宮下ーーそれに鏡子も友達といえるだろう。あれ、計五人しかいない。
……いいや、沙鳥たちも仲間だ。それにクラスメートだって親しくはないけどクラスメート以上友達未満だ。それにドラゴンメンバーだっている!
うん、友達は多い!
……うん、なんでだろう。少し悲しくなる。
「異能力犯罪死刑執行代理人としてはどうするのでしょうか? 重傷の真中さんの分を補充したければ、うちからひとり人員を出しますが」
「その申し出は助かるが、特殊指定異能力犯罪組織から人員を借りるのは無理があるだろう。しかし、真中の穴埋めに苦労しているのも事実だ。それにほら、昨日の騒動で異能力者保護団体も殺気だっているし畏怖しているんだ。自分たちであれを止められたのかと」
なるほど。たしかに異能力者保護団体の力だけでは、昨日の大惨事を止めることはできなかっただろう。
「朱音の仕業だと私らは明言しないつもりだ。その代わりとして力を貸してくれないか?」
「それはありがたいです。そういう取引でしたら、やはり我々から人員を確保致しましょう。異能力者ではありません。異世界からの魔女です。入ってきてください」
すると、ガチャリと玄関が開く。そこには朱音とルーナエアウラさん、そして、たしか火の精霊操術師ーーメアリーさんがいた。
いつの間にか玄関前から瑠奈が姿を消している。
ルーナエアウラさんをここまで嫌っているとは……。
「魔女序列一位のルーナ=エ・アウラ・アリシュエール∴シルフ。ながったるいのでルーナエアウラでいいよ」
「魔女序列五位のメアリー・ブラッディ・アリシュエール∴サラマンダーだ。メアリーでいい」
本当に長い名前だなー!
っていうか、あれ、ルーナエアウラさん序列三位じゃ……。
ああ、昨日ので序列が自動的に上がったのか。
「この二人の魔女たちが異能力犯罪死刑執行代理人の穴埋めをしてくれます」
「ずいぶんと強力な兵器を貸してくれるじゃないか」
「ええ。異能力者のイメージアップのため、お二方には手を貸してもらいます」
朱音が刀子さんに視線を移す。
「ぼくの責任で起きた大惨事だ。だから、責任を取るとまではいえないけど、同じ精霊操術師の二人に力を貸してもらう。だから許してくれないか?」
「到底許せる行いじゃないが、今は手を借りるしかないだろう。二人の実力は真中の穴埋め以上に役立ちそうだしな」
「ええ、お二人の実力は筋金入りです。愛のある我が家でお二方に勝てるのは澄さんくらいでしょう」
たしかに、ルーナエアウラさんの実力は昨日目にしたばかりだし、メアリーさんだってセレナ以上の序列持ちだ。
この二人を異能力犯罪死刑執行代理人として扱うことにするのだろう。
「今以上に、異能力犯罪者には厳しくなりそうです」
「お前らがそれを言うか。まあ、いい。愛のある我が家とは裏で停戦協定を結んでいることだしな」
刀子さんは、さっそく異能力犯罪死刑執行代理人としての教育を二人に行うと言う。
ルーナエアウラさんもメアリーさんも、実力的には刀子さんに勝らずとも劣らないだろう。しかし異能力者はいつも異例ばかりな相手だ。対処の仕方などの教育が必要なのだ。
二人は特に反論せず刀子さんについていく。
ありすは着いていかないのか、三人が出ていくのをただ見守っていた。
「はぁ、自信なくすな~」
ありすがなぜかため息と共に愚痴を溢す。
「?」
「私が歯が立たなかった相手に……殺されかけた相手に、杉井は無傷で勝ったんだよね? 自信なくすよそりゃさー」
「いやいやいや」
あれは事前情報や周りの保険の配置もあったし、第一相性の問題だろう。
「私も想像以上に豊花さんが強くて驚きました」
「だから沙鳥に提言したじゃん。柊なんか入れるより杉井が直接戦ったほうが圧倒的に役に立つって」
「これはこれは……豊花さんの捉え方を変える必要がありそうです」
二人でなんだか私を持ち上げてるけど、今までのは偶然なんとかなっただけで、そこまで強さを求められると尻込みしてしまう。
「低く見積もって、私と同等の実力はあると思っていいと思うよ? まえに対峙したときバッサリ切られたし」
「いやいやいや、いやいやいやいや! 流石にそんなことはない!」
必要以上に戦力に数えられてしまうと困ってしまう。
ーー豊花、必要以上に実力を低くく見積もるのもどうかと思うぞ?ーー
ユタカまで!
「豊花さんの脳内は騒がしいですね」
「ははは……」
ユタカとの会話のせいで、脳内の思考が二倍になってしまうのだから仕方ない。
「ぼくは異世界に事情を再び説明しに行ってくるよ。あと、例の件はOK?」
「ええ、大丈夫です。部屋なら空いていますし、今までより安全に行き来できるようになるでしょう」
「わかった。じゃあ行ってくるよ」
朱音が部屋から出ると同時に、瑠奈が室内に入ってきた。
「奴は行った?」
「行きました。瑠奈さんもいい加減ルーナエアウラさんと仲直りしてください。これからは遭遇する可能性は上がりますよ? こっちの世界で働いていただくかたちになりましたので」
「げぇー」
本気で嫌がる表情をし、吐く真似までする。
まあ、嫌がる理由はわかるけど、たしかに沙鳥の言うとおりいい加減仲直りしてもいいだろうに。
ふと、ゆきを見ると、澄がいなくて寂しいのか、ボーッと空を眺めている。
「ゆきさん、元気を出してください。澄さんはいなくなったわけではありません。今頃何処かの山中で山籠りをしている頃でしょう」
「……うん」
ゆきは空返事を沙鳥にする。
澄とゆきは私がここに来た時から仲がよかった。
そういえば、沙鳥と舞香も特別な関係に感じられる。
瑠奈と朱音が仲良い理由は、なんとなくわかるが……。
「沙鳥、そういえば、愛のある我が家のメンバーって、どういう順番で入ったの?」
「いきなりですね。ええと、まず舞香さんが私を拾い」
拾い?
「私が舞香さんに拾われるまえの話、詳しく話していませんでしたよね?」
私はそれに対して頷く。
「私は両親に金銭で売られ人身売買組織に買い取られ、醜い男に売られ凌辱の限りを受けていました」
予想以上に酷い過去だった……。
「気に入らないことがあると殴られ、そこで私は如何に男の機嫌を損ねないか考えていたら、異能力者となったのです。それからは男の気に入ることばかりを率先して行いました。ある日、ここから抜け出す方法を模索して相手の心理を読んだんです」そして、と沙鳥はつづけた。「妊娠したと、男に告げました。すると男は焦り、そこをついて言葉巧みに私を解放するよう促した結果、私は粗大ゴミのように棄てられたのです」
酷い。あまりにも酷すぎる過去だった。
両親も酷いし、人身売買組織も酷い、買った男も酷い、そして終わりかたも酷い。
「そこを、舞香さんに助けられたのです。舞香さんは大海組と繋がりがあり、裏で仕事をしておりました。そこからいろいろあり、朱音さんと瑠奈さんが仲間に加わり、澄さんを言いくるめて味方に引き入れ、澄さんがゆきさんを引き連れてきて、最後に翠月さんが仲間に加わりました」
そこからは豊花さんの知るとおりです、と沙鳥はつづけた。
「豊花さんが加わり、裕璃さんも仲間になり、翠月さんが亡くなり、代わりに結愛さんが仲間になり、そして鏡子さんが仲間として加わったのです」
鏡子が手を強く握り締めてくる。
仲間という言葉が心強く感じたのだろうか?
「豊花さん以降は比較的新規の仲間ですが、私たちは差別はしません。仲間は仲間、一応私が仕切っていますが、ここには暴力団のような上下関係はありません。ですから、困ったときはお互い様です」
沙鳥はそう締めくくった。
「仲間のわたしを消そうとしたことあったけどねー?」
ジトーっと瑠奈は沙鳥を見つめる。
「その件に関してはもう話が着いたでしょう? あとは朱音さんに愚痴るなりイチャイチャするなりしてください」
「イチャイチャするー! って、朱音はどこ行ったの? 異世界?」
「ええ。ただし、この建物の四階で準備中です」
「へ?」
四階で準備中?
あの建物に行かなければ異世界には入れないんじゃ……?
玄関が開かれる。
そこにはアリーシャが佇んでいた。
「アリーシャさん。いらっ「アリス~!」
沙鳥の言葉を遮り、瑠奈はアリーシャに抱きついた。
「瑠奈はいつもどおりですね~。で、私の新しい部屋というのはどこなのですか?」
「四階になります。瑠奈さん、案内してあげてください。402号室です」
「りょーかーい! アリス~行こ~アリス~ぐへへ」
瑠奈はだらしない笑みを浮かべながらアリーシャと共に部屋から出ていった。
室内には、沙鳥、ありす、ゆき、鏡子、私の五名が残された。
「ありすありすて、私の名前を連呼しないでほしいなー」ありすは苦笑いする。「そんじゃ、私も帰るから、なにかあったら連絡ちょうだい」
「ええ。そちらもなにかありましたら連絡くださると助かります」
ありすも玄関から出ていってしまった。
無口なゆきは、そのままソファーに座ると横になり、居眠りを始めてしまった。
「今日は夜の10時まで居てくださればあとは帰宅してかまいませんよ。鏡子さんはどうしますか?」
「……親に……大丈夫って連絡してるから……帰らなくてもいいです……」
「そうですか」
意外だ。すぐにでも帰りたそうなのに。
「豊花さんは普段どおり?」
「うん、10時になったら帰らせてもらうーーね?」
鏡子が腕を引っ張る。
「……一緒に……泊まりましょう……」
「本当になつかれてますね」
どうしてなつかれたのか理由がいまいち理解できない。
「はぁー。わかった。私も家に連絡して今日はここに泊まるよ」
「……! ……ありがとう……ございます……」
鏡子は普段は見せないような表情をーー顔を喜色に染めたのだった。
「……さあ……寝ましょう……」
「……あのさ」
家に連絡してから夜。就寝時。一緒の部屋になるのはまだ理解できるけど、シングルベッドに二人で寝るとは聞いていない。
しかも鏡子、必要以上にくっついてくるし。なんだか言っちゃ悪いが瑠奈みたいな大胆さを感じてしまう。
「……まあいいや。寝よう」
「……おやすみ……なさい……」
私たちは互いに手を握ったまま、夢の世界へと堕ちていった。




