Episode95/周囲の反応
(136.)
翌朝、私は父と母と、珍しく遅く起きた裕希姉と共に、テレビを見ながら朝食を摂っていた。
テレビでは被害状況を報じたうえ、異能力者保護団体の人たちが会見を開いている。
『まず初めに言っておきます。今回の事件を引き起こしたのは異能力者の仕業ではありません。第一級異能力特殊捜査官のボクが断言します』
美夜さんのそれに対し、インタビュアーが責めるように言葉を発する。
『それは責任追求を避けているだけなのでは!?』
『今回の問題、異能力者以外にどう引き起こせると!?』
『異能力者保護団体としてはどうお考えかを一言』
口々に美夜さんたちは責め立てられる。
母親が無言でチャンネルを変えた。
『やっぱり異能力者は隔離すべきですよ! 何人もの犠牲者が出たかわかっているのですか!?』
『待ってください! その異能力者を止めたのも異能力者だと聞き及んでいます! 犯罪者の異能力者が素直に隔離されるとは考えられない! 法律が意味を成していないのだから』
母さんは苛立ちながらテレビを切った。
「ゆったー……大丈夫? きょう、学校休む?」
裕希姉は心配そうに声をかけてきた。
裕希姉はきょう、大学が休みらしい。
「いや、大丈夫だよ。さっきの会見でも言っていたとおり、異能力者がやったことじゃないんだよ、あれは」
とはいえ、原因の大本は異能力者である朱音だ。
それを口に出すことはないけど、いつ追求されるかわからない。
「今回の荒事が止んだのは一時的なことなのか?」
父さんが心配そうに訊いてくる。
「いいや、もう心配ないよ。信じてもらえないかもしれないけど、今回の騒動を解決したのは愛のある我が家の一員なんだ」
騒動を起こしたのも愛のある我が家の一員だけど……とは口が裂けても言えない。
「それはなんというか……すごいな。それが本当なら、愛のある我が家というのは案外、特殊指定異能力犯罪組織と云われながらも正義の味方なのかもしれないな、はは」
父さんはそんな冗談を口にする。
正義の味方……飯の味がしなくなる。
私が引き起こした事件ではないのに、罪悪感に蝕まれそうだ。
「ごちそうさま。そろそろ学校に行くよ」
私は席を立ち自室に戻る。鞄を手に取り玄関に向かう。
「本当に大丈夫なの?」
母さんは不安そうな表情で玄関まで付き添う。
「なんかあったら言うんだぞ、ゆったー」
裕希姉もリビングから声をかけてくれた。
「大丈夫。行ってきます」
私は静かに玄関を開けて外に出た。
いつもどおりの通学路、なのにドラゴン二名が通学路で待ち構えていた。
え?
なぜ?
「大丈夫でしたか姉御!?」
「心配しましたよ姉御!」
姉御姉御うるさい!
どうやら心配してくれたらしいが、わざわざ様子を見に来ることじゃないだろう。
「豊花……その人たち誰よ?」
げ?
「だれ?」
げげ!
背後から瑠璃と瑠衣の二人が歩いてきた。
「姉御のご学友っすか!? 俺たち暴走族ドラゴンメンバーの一員っす! 姉御にはいろいろ救われまして」
名前が変わっていた。
ドラゴンメンバーって、ただくっつけただけやないかい。
「あ、あんた……暴走族とまで関わり持ってるの?」
瑠璃に呆れられてしまったじゃないか。
「いいからいいから、ドラゴンメンバーさんたち、私たち学校があるから、また今度」
「わかりやした! 行ってらっしゃいませ!」
ドラゴンメンバー二人はわざとらしく敬礼しながら、僕らを見送った。
「……それより豊花、昨日休んでたでしょ? まさか昨日の異能力者問題に関わってたの?」
瑠璃に追求される。
答えに迷いながら、仕方なく頷いた。
「どうしてあんなこと……」
「違うよ、私はただ見守ってただけ。蛮行を働いてた魔女三名を止めるため、愛のある我が家が動いてたんだ」
「魔女?」
そこから説明しなくてはならないのか。
「でも、たしかにオーラはあったし、異能力というには凶悪過ぎるし種類も豊富よね」
「で、でしょ? 異能力者だけじゃないんだよ。ほら、結愛のように異能力者が産み出した異能力を持つ人間みたいな奴らなんだよ」
「で、呼び出した犯人は?」
「……わからない」
歩きながら答えをはぐらかす。
仲間が原因なんて知られたら、どうなるかわかったもんじゃない。
「それと……異能力者に対する風当たりが強くなりそうだから、瑠衣も豊花も気を付けなさいよ。あんなことする犯罪者、一部だってみんな心ではわかっていても、やっぱり異能力者に対する恐怖が深層心理に刻まれただろうし」
「わかってるよ」
「ん」
私と瑠衣は同時に頷いた。
学校に着き、それぞれの教室に向かう。
なんだか、周りから嫌な目線を向けられている気がしてならない。
教室に入り自分の席に着く。
「おはよう豊花ちゃん……昨日は大変だったんだぜ? この学校付近にも件の異能力者が通ったとかでさ」
「そ、そうなんだ……風邪引いてて助かったよ」
「ま、豊花ちゃんなら何とか倒しちゃいそうだけどよ」
その言葉にクラスの数名が苦笑いをした。
どうやらクラスメートたちは私に対して表だって嫌悪感を剥き出しにはしていないらしい。嫌な空気を感じない。
「まっ、俺たちになんかあったら、豊花ちゃんが守ってくれよな」
「うん、約束するよ。宮下やクラスメートが危機に瀕したら、私は必ず助けに向かう」
私を受け入れてくれる。こんなクラスメートたちを失いたくはない。
強い決心と共に、約束する、と断言した。
そうこうしているうちに雪見先生が教室に入ってきた。
「はーい、みなさん席に着いてくださ~い。昨日は大変でしたね~」
雪見先生は相変わらずのんびりした口調で騒がしい教室を宥める。
「豊花ちゃん。テレビではいろいろ言われてますが~学校側は貴女たちの味方ですよ~。なにかあったら先生に言ってくださいね~?」
「は、はい……」
なんか注目を集めているみたいでつらい。
どうやら学校側は、瑠衣や私みたいな在学中の異能力者の味方という立場でいてくれるらしい。
私はともかく、瑠衣にとっては助かるだろう。
普段からハブられ気味の瑠衣にとっては……。
(137.)
昼休憩、私はいつもどおり瑠衣の教室に向かった。
ん?
なにやら瑠衣がクラスメートに囲まれている?
「あんたの仲間がやったんでしょ? このクズ人間!」
「まえまえから危ないと思ってたのよ! もう学校にくんな!」
瑠衣は無言で周囲から責め立てられていた。私の教室とは大違いだ。
普段からの素行と、異能力の内容と、態度などが合わさり異能力者に対する視点が違うのだろうか?
「みんなやめろ! 瑠衣によってたかって、苛めるんじゃない!」
私が割って入った。
「ほーら異能力者同士傷のなめあいしちゃって。あんたらみたいなクズがいるから何百人も犠牲になったのよ!」
「それは瑠衣がやったことじゃないでしょ! 邪魔よ! 退きなさい!」
いつ来たのか、瑠璃がクラスメートの肩を掴んで瑠衣から距離を取らせる。
「このことは先生に報告させてもらうから、いいわね?」
「せーんせいにいっちゃーお、だって。おー怖い怖い。妹があれなら姉もこれよね」
クラスメートたちは文句を口々に垂れながら瑠衣から離れていった。
「まえからなの?」
瑠璃は瑠衣に問いかける。
「違う、きょう、いきなり」
おそらく昨日の出来事が発端となり、まえまえから瑠衣に対して感じていたフラストレーションが爆発したのだろう。
たしかに朱音が異世界から呼んだのが原因だけど、人質に取られたのは、私が助けた裕璃だ。つまり、私も原因の一端を担っている。
悔しくて歯噛みしてしまう。
「うるさい奴らはあとで担任に報告して、早めにお昼を食べちゃいましょ」
未だに教室の隅でこそこそと陰口を叩いている。
どうしてクラスが違うだけで、こんなにも人間が違うのだろうか?
「おい、聞き捨てならねーな」
と、教室の入り口付近で陰口を叩いていた女子三名に、男子がーー偶然通りかかったのか、宮下が声をかけた。
「昨日は瑠衣ちゃん学校に来てただろ? お前らあれか? 殺人者が出たとき人間は危ないから隔離しろとか言う気か? 凶器に包丁が使われてたら包丁が存在するのが原因だとかいう頭いかれポンチか? どうなんだよオイ」
「な、なによあんた? 葉月の知り合い?」
「友達だよ。テメーらが言ってんのはな? 犯罪者が刃物を使ったからって、刃物は危険だすべて管理しろって言ってんのとおなじなんだよ。人間が殺人を犯したら人間全員が危ないか? よーく考えろ。気分悪いこと言ってんじゃねー」
そう言い捨て、宮下はそのまま通りすぎて行った。
本当に偶然通りがかっただけなのか、こちらには気づいていなかった。
「なにあいつ? 先輩面してむかつく」
「本当本当、異能力者の味方しちゃってさ。偽善者みたい」
反論できないからなのか、ただの悪口へと変わっていく。
宮下の言うことには一理あった。いや、それ以上あった。
なんだか宮下が言ってくれたおかげか、胸のつかえが若干取れ、スッキリした。
「いい友達を持ってるのね、豊花?」
瑠璃に言われて、私は力強く頷く。
「うん、最高の友達だよ」
「私は?」
くいくい、と瑠衣に衣服を引っ張られる。
「もちろん、瑠衣も友達だよ」
「最高、の?」
「う……うん、最高の友達さ」
ちょっといいよどんでしまった。
瑠衣だってたしかに友達だ。けど、宮下との付き合いは瑠衣よりずっと長い。男時代から、なにかと話しかけてくれた、気のいいやつだ。
瑠衣とはまだまだこれから仲良くなるだろう。いつか、心から親友と呼べるように。瑠璃も……瑠璃は……。
「ん? なによ」
いつの間にか瑠璃をジッと見ていたらしい。いかんいかん。
瑠璃とは、いつか真の意味での恋人になりたい。心から願っている。




