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不協和音とお姫さま

続き


サイラス様


ごきげんよう、お元気かしら。お手紙ありがとう。

公務の方が一段落着いたので今日はゆっくりお返事に専念できるわ。あなたってば、示し合わしたように決まって忙しい時に連絡を下さるから、私いつもペンを走らせるようにして書いているのよ。

さて、隣国から無事に帰ってきたとのこと。とりあえずはお疲れ様。あちらとは風習が様々に違うと仰っていたけれど、あなたのことだから大して苦労もせずに馴染んだのでしょう。

あまり心配はしていません。寧ろお話をもっと聞きたいと思っているの。

私の方は、前回から日も経っていないし取り立ててお話しすることは何もないわ。時折、いえあなたからの手紙で外のことを知る度、あなたが心底羨ましくなるの。

だって私の世界と言ったらこの城くらいだもの。いくら広いと言ってもたかが知れているわ。生まれ育ったこの場所を嫌だと思ったことはないけれど、窮屈ね。

王族というものはなんて不便なのだろうと感じている日々です。一度で良いから、護衛を連れず何にも囚われず街を歩いてみたい。本に書いてある場所に行ってみたい。まだ見ぬ景色をこの目に映してみたい。

あなたがこの手紙を前にして苦笑している様子が目に浮かびます。苦労知らずの甘ちゃんが何を言っているのだろうと、そう思っているんでしょう。

半分は事実だけど半分は真実ではないと思うの。箱庭の中に住むのだって大変なことがあるのよ。

やれやれ、叶わぬ私の願望に便箋の3分の2を割いてしまいました。ここからが本題です。

今度の夜会に私とあなたって一緒に参加するそうね。アンから聞きました。こういった情報はどうやら私の耳には入らないように出来ているみたい。

新しいドレスを新調したわ。何故なんだかわからなかったけれど、きっとあなたに見せるため優秀な使用人が手配したのね。

今まで、私は夜会だのパーティだのと聞くと頭が痛くなって憂鬱になってた。けれども今回は、きっとあなたのおかげだわ。

私、口にするにはもちろん言葉で表すことが苦手なの。だから端的に言うわ。あなたに会えることが嬉しい。嫌な気分なんて吹っ飛んでしまう程。

恥ずかしくても言うべきだとアンは言うけれどやっぱり私には難しいみたい。あなたは何を考えているのかよくわからないけれど、出来れば同じ気持ちでいられたら嬉しいわ。

恋人でもないのにそんなことを言っていると、苦笑しているあなたが目に浮かぶようです。

当日、会場の誰よりも貴公子らしいあなたに期待しているわ。

それではさようなら。


アイリスより


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モグラ姫はアンの『良いこと』の様には手紙を書けませんでしたが、彼女なりに素直な気持ちを伝えたつもりでした。彼女はサイラスの返事は来るのだろうといつになく胸をざわめかせながら心待ちにしていました。

けれども手紙は何日経ってもモグラ姫の元にやってきませんでした。いつもであれば意外と几帳面なサイラスは三日と開けずに返事をくれていました。

そんな調子でしたからモグラ姫は直ぐに来るだろうと楽観的に考えていましたが、五日も過ぎるようになると何か失敗したのだろうか、彼を怒らせたり、呆れさせるようなことをしただろうかと不安になりました。

楽しみだった夜会は、急に色褪せいつもの憂鬱がモグラ姫の心にやって来ました。


「一体なんだっていうのかしら」


夕暮れ時、自室に戻ったモグラ姫。ため息と共の漏れた言葉はサイラスを思ってのものでした。連絡が少し来ないだけでこんなにも気落ちしている自分自身の嫌気が差します。

けれども、頭で思えど感情は言うことを聞いてくれません。

今日は散々な日でした。仕事をすればインクを零して完成間近の書類に引っ掛けてしまうし、書庫では文官がモグラ姫の噂をしておりました。もちろん良い類のものではありません。

落ち込んでいる時に心無い言葉を聴いてしまうとより一層、憂鬱が増してきました。そのせいで、アンには心無い言葉をかけてしまうし自己嫌悪に陥るばかりでした。

奇しくも明日は楽しみにしているはずだった夜会。サイラスとはどのような表情をして会えば良いのか全く見当もつかず、途方に暮れていました。


モグラ姫にはサイラスと思いが通じ合った時、心に決めていたことがありました。

それはすべての心を明け渡さぬことでした。もしもすべてを彼に曝け出してしまったら嫉妬深い嫌な女になることを彼女は知っていました。

そんな女にはなりたくない、モグラ姫は強くそう願っておりました。いつかサイラスが他の女性を好きになりモグラ姫を好きでなくなったとしても、笑ってさようならと言いたい。

折角思いが通じ合ったというのに、彼女の後ろ向き的思考は、常に最悪を想定してしまうのです。

けれどもモグラ姫は最早自分で決めたことも守れるかどうかわからなくなってしまいました。だって、たかが数日間返事が来ないだけでこんなにも不安になってしまうのですから。

サイラスの存在がそれだけ彼女の中で大きくなっていることの証でもありました。


「だから、知るんじゃなかったわ。一回知ってしまうと欲張りになるのだもの」


新緑の眼をしたサイラスが優しくなる瞬間を知ってしまったモグラ姫は、明日の夜会で今までと同じ態度を取られたらきっと泣いてしまうでしょう。皮肉や嫌味の応酬。お遊び程度ならば躱せるでしょうが、辛辣な態度を取られてしまったら。

モグラ姫はやはりサイラスに恋をしているのです。今までのイスカ王子とのそれとは違い、喜びは少なく思い通りにならず、もどかしいばかりです。けれどもそれこそが恋なのでしょう。

彼女が落ち込んでいたとしたって時は決して流れを止めません。

悶々と悩むうち、とうとう夜が明け夜会の当日になってしまったのでした。

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