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ダンスと貴公子、お姫さま

モグラ姫は勇気を振り絞り、サイラスに声をかけました。彼は気だるげに視線を向け態とらしい大きな溜息をつきます。モグラ姫は彼の不機嫌さに怖気付きそうになりながらも、また彼の名を呼びました。

サイラスと顔を合わせるまでは誤解だということ、なぜ彼が怒っているのか、言いたいことや聞きたいことがいっぱいありました。けれども、いざ言葉にしようという状況になって名前しか呼べぬ意気地無しになってしまったのでした。


「アイリス様。もう戻られないかと思いました。丁度ダンスの時間、一曲踊って頂けませんか」


先ほどの諍いがまるでなかったかの様に、サイラスは他の令嬢へ相対すると同じような声音でモグラ姫に話しかけました。けれども顔を上げ、彼の目を見れば彼がこれっぽっちもモグラ姫を歓迎していないことが理解出来ました。それでも、彼女は彼と話をつけなければまりません。すっかり萎んでしまった心を奮い立たせながら彼の手を取りました。


「サイラス、私もお話があるの」


「さて、どんなことでしょうか。一曲の間は至極短いですので」


「いいえ。お話が終わらなければ私は手を離さないわ。サイラス、たとえ3曲にかかったとしてもよ」


「一国の姫でありながら、それがどんな意味を持つかご存じないわけではありませんよね。あなたの周囲が騒がしくなるでしょう。僕はそんなこと望んじゃ居ない。馬鹿げた話をするなら僕としても看過出来ません」


二人は殺伐とした雰囲気で会話をしながらダンスホールへと移動しました。ダンスを踊り始めてもサイラスの頑なとも言える硬質さが抜けることはありません。

モグラ姫はそこでまた、自分がどれだけサイラスに甘やかされていたことに気づくのです。彼にエスコートされている時、彼女は終始不機嫌を貫いており、自分から話題を振ったことなど殆どありませんでした。

いつもサイラスが口を開くのを待ち、言葉が皮肉と嫌味ばかりであってもこんな風に沈黙が続くことなど数えるほどしかなかったのです。


「サイラス、私は本当に何も知らない我が儘な子供の様な態度ばかりをあなたに取り続けていたのね。以前まではダンスを踊ることさえすれば体裁を保ててるとばかり思っていたわ」


「箱庭にお住まいになって居るモグラ姫でしたからね。気付けただけでも賞賛ものですよ」


「あなたの言葉はいちいち棘があって、私はそれに傷つくのが嫌で 感情を気取られないように、揚げ足を取られないようにと必死だったわ」


「そうでしょうね。だからこそ僕も意地になっていました」


「でもね、これが私の勘違いでなければ。私たちの関係性は変わった筈。ごめんなさい。頭を冷やして考えてみたのだけれど、私が書いた手紙でどうしてそんなに怒っているか解らないの。けれども文字は時として、全く異なる印象を与えるものだから。だから、私、口で伝えることにしたわ。後でどんなに笑っても構わない。けれども、今だけちゃんと聞いて欲しいの」


サイラスは少し躊躇していたようですが、モグラ姫の目を見て諦めたように首肯しました。


「私、今日の夜会が楽しみだったの。あなたがエスコートを了承してくれたって聞いて心が温かくなった。ドレスもだって。準備はそうね、苦痛の連続で他のご令嬢の方々がこんなに苦労をしているなんて思ってもみなかったわ。けれども、あなたがもしかしたら綺麗だよって、言葉をくれたなら私はまた不相応でも着飾りたいと思うのだと。サイラス、私は不器量でお世辞にも性格だって清廉からは程遠いわ。あなたの言うように私はモグラ姫。だけどね穴倉からあなたが手を伸ばして、私に再び外の美しさを教えてくれたの。お願いだから嫌いにならないで。私もう駄目なんだと思う。あなたのその新緑の瞳を綺麗だと感じた時から、惹かれていたの。あなたを好きになっていたのだと思う」


モグラ姫は目頭が熱くなり、今にも泣き出しそうであることを感じました。それでも正面にいるサイラスから目をそらさぬようにと、彼の瞳にまっすぐ合わせると新緑が僅かに揺らいでいるように見えました。

それも束の間、先程までは冬の寒さの如く張り詰めていた空気が一気に和らぎました。モグラ姫はサイラスが口元を緩めている様を見て、あまりの変貌ぶりに目を白黒させ居心地が悪くなりました。


「笑っていいと言ったのは私だけれど、本当に笑いだすなんて失礼だわ」


モグラ姫は負け惜しみのような憎まれ口を叩きましたが、後に言葉は続きません。だって、あんまりにも綺麗なものを見てしまったのです。新緑の目が、柔い光を湛え彼女を映していました。

サイラスの態度は一変してモグラ姫をまるで愛しくて仕方がないとでも言っているかの如くでした。急に身体を寄せられたかと思うと、足がもつれ以前に引き続き、またもや彼の足を踏んでしまいます。モグラ姫は謝ろうとしましたが、サイラスは一向に気にしていている素振りを見せず彼女の耳元に唇を寄せ囁きました。それは、まるで砂糖菓子に蜂蜜を垂らしたような声音です。


「アイリス、あなたって人は。僕は調子を狂わせられてばかりだ。僕の一人相撲ではなかったという事でいいのか。それとも明日になればシンデレラのように魔法が解けてしまって、意地っ張りで捻くれたモグラ姫が戻ってくるのか。それでも僕はそんなあなたに恋をしている」


「ちょっと、こんなに身体をくっつけなくたってお話はできるでしょう。耳にあなたの唇が当たって変な感じだわ。少し離れてよ」


「せっかく可愛らしくなったと思ったのに、もうそれですか。いつもとは趣向の違うドレスを僕の為に着ているっていうのに連れない人ですね」


「改めて口にするのは止めてくれない。恥ずかしくて顔から火が出そうだわ」


甘やかな雰囲気が一転、からかいがいのある態度ばかりを示しているモグラ姫に、サイラスはいつものような調子を取り戻します。二人は一曲目を終え、また二曲目も軽口の応酬をしながら踊り続けます。

モグラ姫は夜会の始まりこそ最低な気分でしたが、サイラスの邪気のない笑みを見る度、幸福な気分になって変化してゆくのを感じます。


「さて、少しダンスは一休みしましょう。あなたの言葉で全て吹き飛んでしまった感が否めないのですが、僕はあなたに色々話したいことがあります。ここでは人目も気になりますし隅の方へ移動しましょうか」


「あら、それならそれこそバルコニーに行けばいいじゃない。体も火照りが消えるし一石二鳥だわ」


「アイリス様、あなた僕がダンス前に行ったことをお忘れですか」


「鶏頭じゃないんだからちゃんと覚えているわよ。でも、サイラスがいるじゃない。あなたが居れば怖いことなんて一つもないわ」


「危機感薄すぎやしませんか。僕だってタガが外れたら何するかわかったものじゃ無いんですから」


珍しく情けない表情をするサイラスにモグラ姫は満面の笑みを浮かべ言いました。


「あなたは恋人っていうことになるのでしょう。大丈夫男女関係のことなら、幾つか文献で読んで知っているわ」


「そんなもの読むよりも実地の方で直ぐ解りますよ。しかしながら姫の身がわりの速さと言ったら、さすがの僕も呆れるほどです。あんなに恋人を嫌がっていたのになぜあっさりと認めてしまえたのですか」


モグラ姫は悪戯っ子のような意地悪な笑みを残して、答えませんでした。サイラスはその様子に諸手を挙げ降参の意を示しますが彼女はそれでも答えませんでした。

二人は押し問答を続けながらバルコニーへと向かい、じゃれあって居りました。向かう先にモグラ姫が経験したことの無い驚きが待っていることも知らずに、彼女は笑ってばかりいたのでした。

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