モグラと呼ばれるお姫さま
昔々あるところに冴えないお姫様がおりました。
お姫様には美しい姉と愛らしい妹がおりました。
お姫様は二人を愛しておりましたが嫉ましくもありました。
幼い頃より容姿を比べられ、性格を比べられ
いつしかお姫様は物語の中に引きこもるようになっていました。
お姫様は人目を避け、書庫ばかりに引きこもり着飾ることもしなくなりました。
お城の者はいつしか彼女のことを『モグラ姫』と呼ぶようになりました。
これは昔々のお姫様のお話し。そんなモグラ姫の少し苦くて甘じょっぱい恋のお話です。
ハッピーエンドと苦いチョコレイト
暖かな春の日でした。モグラ姫はそんな太陽の光を厭うように、自室の大きな窓を真っ黒なカーテンで覆い、ふかふかなソファに寝そべりながらクッキーをバリバリと音を立て、本を読んでおりました。
夜着から着替えもせず取り憑かれたように物語に夢中。呆れた使用人は聞こえるよう態とらしく大きく溜息を吐きました。
「姫様、また朝食を無駄にしましたのね。一口も召し上がらないと腕利きのシェフは嘆いていますのよ。もう17になってお出でなのですから少しは淑女らしくしてください。サラ様は同じ年にご公務に励んでおられましたわ」
モグラ姫が幼い頃より側に仕えていた使用人は無駄であると知りながらも口調を強め忠言しました。
けれども言われた当人はどこ吹く風、クッキーを口に運ぶ手を止めず事も投げに言い放ちます。
「さすがはお姉様。私には到底真似出来ないことだわ。アン、あなたが次に言う台詞も解っていてよ。
妹君のアリス様は慈善活動に精を出されている、お二人のようにとは言わない、けれどもせめて引きこもることはやめて下さいましってね。
お生憎様、私だってただこうして本を読んでいるわけではないわ。こうして知識を吸収して、役立つよう引き出しを増やしているの。
それに、顔出しなら姉様や妹が出向いた方がよっぽど民の為になるわ。私の冴えない顔を見たって仕方がないでしょ」
「また、ああ言えばこう言う。素直さはどこに置いてきたのですか」
「そんなものはその辺のくずかごに棄てて燃えてしまったわ。煌びやかなドレスを着て、馬車に乗るよりも書類とにらめっこしていた方がまだ生産的よ」
モグラ姫こと、アイリス姫はいつの頃からか性格をやや捻くれさせ、可愛げのない性格に育ってしまいました。
王様や王妃様は三人の姉妹に分け隔てなく愛情を注いできたつもりでしたが、素直さをくずかごに棄ててしまったアイリス姫をいつしか、持て余すようになりました。
「聞き分けのない男の子のようなことを言って。良いですか、今日はサラ様にとって大事な1日なのですよ。
なんてたって隣国の王子であるイスカ様との婚約パーティなのですからね。
妹君であらせられるアイリス様もしっかり身支度を整えねば、我が国の恥となります。
日は既に高うございます。いつまでも夜着のままバリバリとクッキーなぞ食べている場合ではありません」
「パーティなんて。夜からじゃない。一時もあれば優秀なあなたたちが私を無駄に着飾ってくれるはずよ。
大体、王子様は姉様や妹が目当てでしょう。私は適当に座っているだけで良いのだから。
地味なモグラ姫を見る者なんていないわ。物語に出てくる王子様だって面食いだもの。美しさや愛らしさがない私なんて、添え物の葉っぱよりもちっぽけよ」
「アイリス様」
アンは二の句を継げられませんでした。アイリス様だってよくよく顔を見れば、そう笑ってさえいれば愛嬌のある顔です。
しかし、彫刻のように美しいサラ姫と、陽だまりのように温かい愛らしさを持った妹君のアリス様と比べてしまえば、はっきり言って雲泥の差。
月とすっぽん。比べることこそ可哀想だというものです。それでも幼いうちは、モグラ姫と呼ばれるアイリス様だって努力を惜しみませんでした。
癖のある薄茶の髪を幾度も梳き、顔に散らばったそばかすをなんとか隠してみたり。
けれども成長するにつれ姉や妹は稀有な存在なのだと気がつき、自らを美しく見せようとする気力を失ってしまいました。
どれだけ努力を重ねても生まれついた美貌に勝ることはないと悟ってしまったからでした。
大好きだった薄桃色のドレスも明るい色の映えない顔だからと言って、地味な紺色や濃緑を選ぶようになったのでした。
「いいのよ。寧ろ僥倖だわ。大して美しくもないのに勘違いして、おべっか使われるよりはずっと今の方がいい。だから少しほっといて頂戴。夜にはちゃんとするわ。ねえアン、お願いよ」
そう言うとモグラ姫は夢中になっていた本を閉じ、だらしなく寄りかかっていたソファからぴょんと立ち上がりました。
使用人のアンは、モグラ姫に聞こえぬようほっと息を吐き、ほとんど音を鳴らすことなく部屋から出て行きました。
隣国の王子、イスカ。彼はモグラ姫の唯一にして初めての。とてもとても大切な人でした。モグラ姫だって人並みに恋をするのです。
けれども姉に敵うはずもなくまた、彼女は恋に落ちてしまった自分自身がとても嫌いでした。端から成就することのない思いを後生大事のごとく持ち続けている自分がとても惨めに見えました。
「何かに期待しないことだわ。でもアンの言った通りきちんとしなきゃね。だって私は醜くたって一国の姫なんですもの」