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見える  作者: 日笠京太郎
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未来が見える

未来が見える



プレハブ小屋で越す冬は長い。

今日も今日とて、机上でカップ麺を啜る。腑抜けた麺と雑な醬油味が憎らしい。カップ麺というのはコスト・パフォーマンスという面においては優秀と言えるが、やはり味は悪く、最近は多少ましになっているとはいえ本質的な改善には至っていないように思える。

カップ麺のメーカー諸君にはもう少し頑張ってもらいたいところだが、たかが百円のカップ麺においしさを追求するのも愚かしく思えるため、我慢することとする。凍える寒さの中で小刻みに震えながら私は、そんなことを思った。

うまくもないカップ麺を味わいながら、やはり名前が胡散臭かっただろうか、と考えていた。私はお悩み相談所のような何かをやっていて、その店名を「未来が見える」というが、真に受ける現代人は少ないようである。私は本当に未来視ができ、店名は断じて詐欺ではないのだが、客観的に見れば胡散臭いことに違いないのだろう。現実は甘くない。

開業時の私の見通しでは、数ヶ月後には店舗たるプレハブ小屋に行列ができ、評判が口コミで広がり、繁盛が繁盛を呼ぶ繁盛店になる予定だった。なんと言っても私には本当に未来視ができるのだから、普通に繁盛すると思っていた。しかし、それが誤算だった。

我が「未来が見える」は開業から一年近くが経とうとしているが、未だ繁盛する兆しは見えない。無論、その店主たる私の生活は苦しく、プレハブ小屋でカップ麺を啜る生活を続けているという体たらくである。この状況を抜け出したいという気持ちはあるが、私はマーケティングすなるものの知識には疎く、いかにすれば繁盛するか分かりかねる。現実は甘くないのである。

そんなことを考えているうち、私の正面、プレハブ小屋の扉が開いた。

久しぶりの客だ、と私ははりきる。



机から立ち上がり、私は入って来た客に座るよう促した。「どうぞお座りください」とパイプ椅子の方へ手を向けると、客はあたりを見回し、それから座った。私は食べかけのカップ麺を奥の洗濯機の方へ除け、客の正面に座る。客は白いトートバックを床に置き、私を見つめた。

「表に書いてある、未来が見えるというのは本当ですか?」

客は、二十歳前後と思しき女だった。髪は銀に染めたショートヘアで、首元には十字架のネックレスをつけている。アンニュイな表情と相まって、どこか神秘的な雰囲気のある女だった。

「私には未来が見えます。奇をてらった発言に思われるかもしれませんが、本当です。責任は持ちます」

私はあえて淡々と言い、女を見る。

「そうですか。じゃあ信じます」

女がさばさばとそう言うので、私は虚をつかれる。ここまで簡単に信じられると、逆に張り合いがない。

「で、おいくらで未来を見てくれるんですか?」

「お代はあなたの諭吉一人、すなわち一万円です」

「わかりました。じゃあ、これでお願いします」

女は抑揚のない声でしゃべり、財布から一万円札を取り出す。私はそれを受け取り、ズボンのポケットに勢い良くねじ込む。

「では、左手を貸してください」

「左手ですか」

女は自分の左手を開いて見つめてから「生命線短いな」と呟くと、こちらに手を向けた。

「私は、相手の手を触り、精神を統一させることで、あなたの未来に関する映像を見ることができるのです」

「胡散臭いですね」

「もし信用できないということでしたら、代金はお返ししますが?」

「いえ、あなたの言うことはなんとなく信用できる気がします」

「どうしてそう思うのです?」

「そこはフェーリングですわ」

女の口調が急に砕けたので、私は少し驚く。

「...じゃあ、あなたの未来を見ますね」

「よろしくっすわ」

女の口調がまた砕けた。私は白い手に触れながら、「なんだこの女」と小さく呟いてしまう。



女は制服に袖を通し、コンビニエンスストアのレジに立っていた。店内には彼女の他人の姿はなく、静かな時間が流れていた。そんな店内の雰囲気に合わせてか、女は表情も変えず、シフトが終わるのを待ちぼうけている。感じる方が難しいが、彼女はコンビニのアルバイトにやりがいを感じていないようだった。

客も来ず退屈である女は、ふとあくびをした。大きく口を開け、体から眠気を放出している。

その拍子に店のドアが開き、二人組の男が入店した。彼らは黒いジャンパーを羽織り、顔を覆面で覆っている。そして手には拳銃が握られており、そのことから、二人組の男らはコンビニ強盗であると推測できた。

しかし彼女はそんな男たちにも動じず、のっそりとレジから出ては、拳銃を向ける男たちの前に立った。彼らはまったく動じない女に、むしろ動揺させられ、あっけに取られている。

そんな男たちをよそに、女はポケットに忍ばせていたタバスコを開封した。そして、それを素早く男たちの目元にかけ、悶絶させた。目を抑えて呻く男たちを横目に、女はその間に店を飛び出し、近くの交番へ事情を説明しに行ったのであった。



「どうやら、あなたの働いているコンビニに強盗が来るようですね」

「ああ、そうですか」

女は未来視の内容を聞いても、表情を変えなかった。自分の働くコンビニに強盗が来るという未来はそこそこ悲観すべきであると思うのだが、女にとってはそうでもないのだろうか。

「あの、強盗は怖くないんですか?」

「はい。わたしの勤務時間中、やたらと強盗が来るんです。だから、もう強盗にはもう慣れました」

女は言って、ポケットから未開封のタバスコを取り出す。そうして、「これ、強盗対策なんです」と囁くように言った。

「もう対策済みというわけですか」

「はい。それで、明日バイトなんですけど、なんとなく強盗が来そうな気がしたんです。だから、来るかどうか確かめてもらおうと思ったわけです」

「ああ、そうですか」

私は苦笑いで返事をする。ここに来る客の大抵は、各々が抱く未来への不安を取り除くために来るのだが、この女はそうではないらしい。そういう客は初めてだった。

「でもなんで、強盗が来そうだと思ったのですか?」

「まあ、そこはフィーリングっすわ」

女はそう言い、私からぷいと視線を逸らした。そうして「ありがとうございました」と言い、そそくさと店を出て行った。扉が開き、そして閉まる。

一人プレハブ小屋に残った私は、女から頂戴した一万円の使い道を思案する。そうして、カップ麺がおよそ百個買えるな、とはぼんやり思ったが、一万円というのは思いの外少ない金額で、案外どうしようもないことに気がついた。現実は甘くないのである。

床には、彼女が忘れて行ったと思しき白いトートバッグが転がっていた。



カップ麺を食べ終わり、そのゴミをビニール袋に詰めていると、またしても扉が開いた。今度の客は二人組の男だ。二人揃って黒いジャンパーを着ており、いずれも無精髭を生やした中年の男だ。私はパイプ椅子を小屋の奥から持って来て並べて置き、「どうぞおかけください」と促す。すると二人組は、息を合わせたように同時に座った。

「お前、本当に未来がわかるのか?」

ハゲとフサフサの二人組のうち、ハゲの方が私に問いかける。

「私には未来が見えます。奇をてらった発言に思われるかもしれませんが、本当です。責任は持ちます」

「本当だな? もし嘘なら、警察に言ってやるからな」

「ええ、構いませんよ。さっき言ったように、責任は持ちます」

強めの口調言い、ハゲの目をしばらく見つめていると、彼は折れた。視線を逸らし、「わかったよ」と小さくこぼす。

「では、右手を貸してください」

「左手じゃだめです?」

フサフサが口ごたえする。

「生物学的に男性である方は右手、生物学的に女性である方は左手でなくては、正確な未来は見えないんです」

「そうなのか。それなら仕方ねぇな」

ハゲが言い、フサフサに目配せした。そして、ハゲが右手を差し出す。

「では、いきますね」

私は言い、手荒れのひどいハゲの手を触る。



覆面を被り、男たちはコンビニを前にする。手に持った拳銃は静かに黒光りし、彼らを存分に高揚させた。

お互いに目を見合わせ、頷き合い、無言の意思疎通をする。そうして、男たちの作戦が始まろうとしていた。

彼らはドアを開け、店内に入ると、レジにいる店員に銃口を向けた。彼らは店員を脅し、金を奪おうと考えていたのだ。だからこそ店員が女一人だけになる時間を狙い、作戦を決行したのだ。

しかし、店員の女は男たちに怯まなかった。レジに立つその銀髪の女は表情も変えずレジを出て、男たちとの距離を詰めていく。男たちは彼女に銃口を向けながらも、着実に後ずさっていく。女は怯むどころか、その堂々とした態度で、むしろ男たちの方を怯ませてみせた。

そうして男たちの前に立ったところで、女はポケットからタバスコを取り出した。それを慣れた手つきで開封し、中身を男たちの目元にかけ、彼らを悶絶させた。


...圧倒的既視感である。



「コンビニ強盗はやめておいた方がいいですよ」

私は咳払いをしてから、そう忠告する。

「なぜだ? 俺たちは、強盗を成功させる絶対の自信があるんだぞ」

ハゲが頭を輝かせ、私に詰め寄った。

「成功するしない以前に強盗はあかんでしょう」

「俺たちは生活が苦しいからいいんだよ。法律ってのは、ただのお飾りなんだ」

ハゲが法を否定し始めた。フサフサもうんうんと頷いているので、私は苦笑してしまう。

「まあ、それ以前にあなたたちは強盗を失敗しますけどね。あなたたちが襲うコンビニには、強盗慣れしている店員がいるんです」

私は、先程入店した銀髪の女を思い出して言った。

「そんな店員いるわけないだろ。俺たちゃ、あのコンビニを徹底的に調べ上げたんだ」

彼らは調べが甘いようだ。失敗するのも無理はない。

「とにかく、あなたたちは強盗をしない方が良い。失敗するとわかっていながら、法を犯すこともないでしょう」

「俺たちは失敗しねぇよ。インチキを言うな!」

ハゲが唾を飛ばしてそう主張する。

「私は未来視をしたうえで言ってるんですよ?」

「もういい! お前のインチキには付き合ってらんねぇ!」

ハゲはひとりでに憤慨し、荒々しく席を立った。次いでフサフサも立ち上がる。

「俺たちは強盗を成功させて、お前ののことを警察に言ってやるからな!」

ハゲは威勢良くそう言い、ポケットから一万円札を取り出した。そうして、「これで良い弁護士でも雇うんだな!」と言い、机の上に一万円札を叩きつけ、プレハブ小屋を出て行った。

私はその一万円札をポケットにねじ込みながら、強盗を成功させた時点で警察に捕まるべき身になるんだよなぁ、と溜息を付いた。

それと、一万円で弁護士は雇えない。



プレハブ小屋で越す冬は長い。

私は凍える寒さの中で小刻みに震えながら、机上でコンビニ弁当を食べていた。しなびた揚げ物とカピカピのご飯が憎らしい。コンビニ弁当というのはコスト・パフォーマンスという面においては優秀と言えるが、やはり味は悪い。最近は多少ましになっているとはいえ、本質的な改善には至っていないように思える。

コンビニ業界にはもう少し頑張ってもらいたいところだが、たかが数百円の弁当においしさを追求するのも愚かしく思えるため、我慢することとする。

そんなことを考えながら、イカの味がしないイカフライを囓ると、プレハブ小屋の扉が開いた。客が来たか、と身構えていると、扉の前には先日の銀髪の女が立っていた。相変わらずの無表情でこちらを見ると、「わたしのバッグあります?」と抑揚をつけずに言った。私は物置にあったトートバッグを持ち上げ、「ありますよ」と返事をすると、女はほんの少し口角を上げた。「ありがとうございます」と言って、トートバッグを受け取る。

「本当に強盗が来ましたよ」

女は言い、パイプ椅子に座った。私はコンビニ弁当の容器を机の端に追いやり、女の正面に座る。

「でしょうね。タバスコで撃退したんですか?」

「はい。強盗の持っている拳銃がすぐにモデルガンだとわかったので、特に臆することもなく対処できました」

女は言いながら、ポケットからタバスコを取り出し、机に置く。私はそれを見ながら、二人組の男を思い浮かべる。私の忠告を素直に聞いていればタバスコで悶絶する必要もなかったという。人の意見を聞かないという点において、彼らは愚かしいと言えるだろう。

「それにしてもあなたは、才能の無駄遣いが著しいですね」

女は机上にあったペンをいじりながら、そんなことを言った。

「才能の無駄遣いというと?」

「そのままの意味ですよ。未来が見える能力なんて、各方面に活かせそうじゃないですか?」

女はペンを上手に回しながら、私を指差した。

「そうかもしれません。ただ、現状に満足していないでもないので、今の商売も悪くない気がしてます」

「本当ですか?」

私が言うと、女はペンを置き、小さく息を吐いた。

「聞きますけど、コンビニ弁当はおいしいですか?」

「まあ、コスト・パフォーマンスという面においては優秀ですかね」

私ははぐらかす。

「おいしくはないですよね?」

「まあ、おいしくはないかと」

「ですよね。私もそう思います」

女は言いながら、トートバッグを肩にかけて立ち上がった。

「その才能を活かせる場所を見つけられたら、家系ラーメンくらいは食べれられるようになると思いますけどね。いいんですか? ずっとコンビニ弁当で」

女は淡々と言い、扉に手をかける。相変わらずの無表情だが、それがどこかミステリックで、儚げでもあった。

「家系ラーメンは魅力的です」

「わたしも、家系ラーメンは魅力的だと思います」

女の言う通り、今の地位に甘んじているのは才能の無駄遣いかもしれない。今すぐには思い浮かばないが、"未来が見える"という能力は、何らかの役に立つ可能性も否めない。私も、女の忠告を聞くべきなのだろうか。

「自分の能力の使い道は、これからゆっくり考えたいと思います」

「それでいいんじゃないですか? これはあなたの問題ですから」

女は言い、トートバッグからリップクリームを取り出す。それを塗り、パクパクと上下の唇を合わせる。

「最終的に判断に迷ったら、何で決めるべきだと思います?」

言いながら席を立ち、私はコンビニ弁当の容器を中身ごとゴミ袋に入れる。女はその様子を見て、やや口角を上げた。そうして、ゆっくりと味わうように口を開き、こう言ったのであった。

「そこはフィーリングじゃないですか?」

その言葉とともに、女はのっそりとプレハブ小屋を出て行く。彼女が手を触れると共に扉が開き、そして、ゆっくりと閉じた。

一人残った私は、女からの忠告について思案する。

プレハブで越す冬は、うんざりするほどに長い。

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