20/二十 年後の贈り物
これは、1997年のお話である。
1997年に何が起きているか。バブル崩壊の余波はいまだ日本を襲い続け、画期的な制度である消費税は3%から5%へと上がった。
2000年問題、ノストラダムスの大予言というこの世の終わりを告げる予言を鼻で笑いながら、21世紀の新技術、即ちBTTFや猫型ロボットの到来を夢見ていた。
そう。タイムマシンがいつかできるはず。人が未来や過去へ行ける時代が来るかもしれない。
馬鹿げた話ではあるが、バブル真っ盛りには、国レベルでそう考え、秘密裡に進められたプロジェクトは10年掛けて完了した、らしい。
バブル時期の血税を癒着で貪りながらも技術者たちは国家プロジェクトとして、成し遂げたわけだ。
一般人立ち入り禁止の軍事施設の地下、コンクリートむき出しの部屋に防護服を着せられた今でさえにわかに信じがたい。
周りは最後の準備で忙しそうだ。見慣れない装置と聞きなれない単語が飛び交う。
20年後から贈り物がやってくる。40立方cmの鉄でできたこの箱が開かれる。
今日、その20年後のが目の前に現れるというのだ。
私はタイムマシンの設計には関わっていない。
タイムマシンが一体どういう技術で作られたものかは、興味がなく、興味がないからこそここに居合わせることになった。
機械工学の専門、私は未来からやってくるものの分析を行うことになるかもしれない人物だ。
これが成功していれば、ロケットの打ち上げのように2号、3号と続いていくらしい。
人を往来する研究も進められるようだ。17回目には成功するかもしれないが、なぜだか興味は湧かない。
そしてやってくるものについても、大きな興味はない。なんせ玩具というからだ。
未来を知るということは極力避ける。そのために玩具にする。第1回のコンセプトとしては、正しいはずだ。
だが、分析する側のモチベーションを考えていただきたい。玩具と聞いて私のような大人は喜ばない。
第1回の実験かつお披露目会。今は手持無沙汰で退屈で仕方がない。こんな場所にいるのが辛くなってきた。せめて椅子に座りたい。
今くらいは玩具が欲しい。しかし、20年後の玩具か。今話題のポケモンとやらが、20年後も生き残っていそうではあるが、果たしてどうなっていることやら。
モンスターが世界中に現れ、突然襲い掛かるような玩具だとしたらと妙な考えが思いつく。
外を歩いてモンスターを捕まえたり。3Dで表示しているかもしれない。
しかし、失敗して空のままの可能性もある。最悪、何かの爆発が起きるかもしれぬ。
そう考えるとわざわざ私のような人を今ここに呼ばなくてもと思う。
その未来の玩具というものが実際に届いてから、呼ぶべきだ。
それを許されなかったあたりがお役所仕事というやつだろうか。
なんてボーっと考え事をしていると、特にこれといった前振りもなく箱が開かれたようだ。
「入ってる!」
「なんだこれは……」
「これ、どうやって使うの……」
驚嘆の声が聞こえる。
どうやら本当に何かが送られてきたようだ。
急に興味が湧き、技術者として棒立ちでは物足りなくなる。
人を描き分け、箱の中を見る。中には確かに玩具らしきものがあった。
私の目からしても不可解であるが、こう呟くしかなかった。
「……とにかく、私の出番だな」
――――
二〇一七年。夏から冬へと急に変わるように一瞬で秋が過ぎ去った。異常気象の世界の未来を憂うより、俺の腰の心配が絶えない。
部屋の中にはやる気のない天下りの上司二人。
公僕という肩書を使っていろんな女性をお持ち帰りしていると噂の、敬語もままならないどうしようもない後輩一人。
そして、薬指のリングは片時も外さない、愛妻家で知られるこの私。
十五年はそこに置きっぱなしと聞く、ガムテープで補強された段ボールが三弾で重なり、黄色く変色しきった紙が二十七度の温風に揺られている。
およそ六人分のスペースをそれで無駄にしている。それを放置したまま、パソコンやタブレットに向かって作業をする。
みんなの仕事は簡単だ。上司の一人はソリティアを続けること、もう一人はyoutubeを見続けること、後輩はスマホを横に持ってポチポチと遊ぶこと。
俺は定時に帰れるだけの雑務が割り当たる。雑務にも種類がある。
申請の承諾をしたり、金の動きの中間地点となったり、人のためとも思えぬものを企業に依頼して作ってもらったり。
必死に覚えたマクロなどを使って大半は効率化できた。あの後輩に仕事を引き継ぐときにこのマクロは分け与える予定はない。
あいつの慌てふためく姿を常に想像することが、私の清涼剤となっていた。
だが、今日の仕事は一風変わっていて、マクロは使えない。半期に一回はこんな良く分からない雑務もやってくる。
資料を読んでも理解できない部分が多い。
あくまで機密プロジェクトであったこと、仕分けや、三度の引継ぎがあったせいか、どうも意味不明な仕事であった。
最新の玩具が福祉課から届くので、それを段ボールに詰めて青い服を着た運送会社に渡す。
玩具は、二〇一七年の人気商品であればいいというだけだ。
というわけで先ほど、福祉課から未開封の箱が届いた。未開封。福祉課の人も疑問でいっぱいの顔をしていた。
予約必須、未だ品薄が続くスイッチが、国の金で買われたようだ。
未だ俺の息子も手にしてないというのにおかしな話である。
これを息子に渡せれれば。息子の喜ぶ顔が浮かんだ。
「おい、よくわからないがその中に入れとくんだぞ」
「はい! 分かりました」
上司から叱責の声。ただ怒れば威厳が保たれると思っており、届いたものが玩具であること自体気づいていない。
二〇一七年にヒットした玩具を入れるようと、スイッチと人気ゲームのソフトが五点か。
プレゼントとして息子に上げたらどれだけ喜ぶか。
今までの行いを考えるとそれくらいの悪事くらい許されたって。
ふと、後輩の席にも目が行く。離席してる。おそらくトイレで遊んでいるんだろう。
つくづく腹が立つ。机の上には、玩具があった。やつは最近触れてない玩具だ。
これを送ってもいいじゃないか。なに、問題はないはずだ。この商品だって十分人気商品だったわけだし……
――――
そして、彼の息子の叫び声が轟く二十年前。防護服を着ていた二人は意気消沈してタバコを吸っていた。
「これからどうなるんでしょうね」
「ともかく、研究は打ち切りだろうな。予想した結果から大きく外れた。成功しているとしても、効果には見合わない。2回目は絶対にない。けど、問題はそこじゃない」
「ですね。何かの原因で失敗したと考えたいです。仮に、本当に成功していたとしましょう。ただ、手で回すだけの機能しかない玩具が20年後に人気だとしたら、未来は相当暗いでしょうね。はあ……ノストラダムスの大予言は本当かもしれません……」