探し物は何ですか②
俺は葉山に向かった。半年前に購入したクルーザーを繋留しているからだ。充分な燃料を用意し、入念に点検を行った。準備は整った。俺は韓国の釜山に向かった。おいおい、泳いだ方が速いんだろう。そう思われる方もいるかもしれない。確かに、泳いだ方が速い。しかし、特殊能力を使い泳ぐことができるのは、せいぜい1kmだ。相応な体力を使うことを分かってくれ。じゃあ、なぜ飛行機を使わないんだ?答えは簡単だ。ただ、クルーザーに乗りたかっただけさ。自家用ジェットも所有しているし、パイロットのライセンスもある。だが、今日はクルーザーの気分なんだ。波は静かだ。これなら、予定より早く到着できそうだ。
釜山に着いたら、まずは腹ごしらえだ。何でもいいが、辛くないものを食べるつもりだ。
無事、釜山に到着し、当然ながら不法入国をした。腹ごしらえを済ませた後、海の見えるホテルのスイートルームにチェックインした。無論、予約などしていない。偽名とキャッシュでオーケーである。韓国人名のクレジットカードを身分証明書代わりに見せた。俺の完璧な韓国語で、疑うものはいなかった。
仮眠を取った後、深く深呼吸を繰り返し、徐々に心を無にした。そして、一気に強く心に念じる。ある名前を唱えた。強く強く、何度も何度も唱えた。そして、呼びかけた。いわゆるテレパシーである。相手も同じ能力がなければ通じない。そう、俺が呼びかけたのは、北朝鮮の警備担当者である。もっと言えば、朴正恩の側近中の側近だ。『会いたい。会いたい。会いたい、、、』ひたすら呼び続けた。
俺には、どうしても敵わない人が二人いる。一人は、ご存知かすみだ。愛するがゆえに、心惹かれたがゆえに、勝てる気がしない。そして、もう一人が、今コンタクトを試みてる女だ。名前は『宋彩聖』、ソン-チェソン。今でこそ北朝鮮で暮らし、名前も朝鮮名を名乗っているが、日本人である。日本名は、高梨彩。俺は彼女には勝てない。特殊能力が数段上なのだ。かすみに対しては、愛ゆえに勝てないと言ったが、彩に対しては、恐怖で勝てないのだ。そんな彩に、俺は念を送り続けた。
念を送り続け、2時間を経過しようとした、ちょうどそのとき、相手、つまり彩から、返事が来た。数字が浮かんできた。俺はスマホを取り、浮かんだ番号を押した。
宋彩聖、つまり彩は、俺の師匠だ。俺の才能をいち早く見極め、能力を引き出してくれたのも彼女だ。彼女は美しい。完璧なシルエット、完璧な顔立ちをしている。しかし、不用意に近づくことは、死を意味する。俺には人の心を読む力があるが、対象物に触れないと分からない。彼女も同じ能力を持っているが、俺の力を遥かに凌駕している。半径10メートルほど近づいただけで、心の全てを読み取られてしまう。さらに、相手に触れずして、倒すこともできる。数百人の猛者を相手に、一歩も動かずになぎ倒していく様子を目の当たりにし、体の震えが止まらなかったことを今でもはっきりと覚えている。そして、羨ましいのが、瞬間移動つまりテレポーテーションだ。自由に行きたいところに移動できる能力えある。どこでもドアを持っているのと同じだと思えば分かり易い。
彼女は、俺には対しては優しかった。俺は彼女に心惹かれてはいたが、告白すらできなかった。無論、そんな俺の心は読み取られていたはずだ。今から30年ほど前の話である。彼女は60歳を超えているだろう。そんな彼女は、俺が一人前になり、裏世界にデビューした頃、突然、姿を消したのであった。
電話のコール音がする。『もしもし、ヒロ?』時間が一気に巻き戻る。その声はまさしく彩先生だ。
懐かしさと切なさ、そして恐怖を感じた。
俺はたまらず、『彩先生❗️』と呼び掛けた。彼女がなぜ、消えたのか。なぜ朴正恩のところにいるのか。聞きたかった。しかし、『明日、北京で会いましょう。』そう、言われ、電話は切られた。俺は荷物をまとめ、チェックアウトした。釜山から北京まで、飛行機でおよそ2時間半。最終便に間に合えば、22時には到着できる。クルーザーは、置いておくことにした。
北京空港に到着後、リッツカールトンに向かった。Mr.Tに連絡し宿を確保してもらったのだ。チェックインしたのは、24時を回っていた。念を使うのはエネルギーを大量に消費する。部屋に入ると、俺はベッドに倒れ込むように眠りについた。
目覚めたのは、朝7時。シャワーを浴び、朝食のルームサービスを食べた。着替えを済ませたのが午前9時。ピーポーン。呼び鈴がなった。俺は、身構えたが、戦うつもりはない。戦って勝てる相手ではないと思っているからだ。ドアを開けた。そこには、美しい女性が立っていた。凛としている。隙など全くない。俺は彼女を部屋に招き入れた。『先生、お久しぶりです。お会いできて嬉しいです。光栄です。』俺は本音で挨拶をした。そして、あらためて彼女を見て、愕然とした。な、な、なんでだ。その姿は、30年前と全く変わらない。肌のツヤ、髪の色、全く同じだ。俺は驚きを隠せなかった。この人は、歳を取らないのか。不老不死なのか。そんな俺を見ていた彩は、口を開いた。
『赤崎君、私を呼び出したのは、君が初めてよ。私は命令されること、指示されること、そういうの嫌いなこと忘れたのかしら。』
俺は、緊張のあまり体がこわばっていた。
『いいのよ。そんなに緊張しなくて。そこ、座っていいかしら。』
『は、はい。どうぞ、おかけ下さい。』
俺は椅子を引いた。
『わたくしを呼び出した理由は、分かりました。また、なんてふざけたことをなさろうと思ってるの。こんなことで、わたくしを呼び出して、命が惜しくないの。』
彩は、俺の頬と首を、その細い指で撫でた。俺は、心を読まれないように、何も考えないようにしたが、そう思えば思うほど、いろいろな思いが浮かんできてしまう。
『坊や、大きくなったわね。噂は耳に入っていることよ。活躍してるそうね。』
笑みを浮かべている姿は、美しい。見れば見るほどに、汗が出てくる。
『怖がってるのね。大丈夫よ。赤崎君、いや、ヒロ君と呼びましょう。ヒロ君、君の命を奪う気はないわ。』
俺は、彼女の目を見た。優しい目をしていた。そして、悲しい目をしていた。