探し物は何ですか①
もうすぐ、あの日がやってくる。ああ、嫌な予感がする。そして、こういう予感は大抵当たるのだ。毎年恒例の行事。まあ、俺は裏社会から引退したのだから、もう関係ないのだが、きっと奴がやってくるはずだ。
ドンドン、ドアを叩く音がした。『鍵は開いている。入っていいぞ。』やってきたのは、Mr.Tだ。『ヒロさん、今日は頼み事があってきました。』やはりな。普段のMr.Tなら、余計な事は言わない。すぐに本題になり、用件だけを話す。
『引退したのは、承知でお願いをしに来ました。ボスからの強い希望で、どうしてもってことで、私は反対したのですが、あのボスですから、説得に応じなくて、、、』
『中川は説得できないが、俺なら何とかなると思ってのか。』
『ヒロさん、そんこと言わないで下さい。どうしても、ヒロさんの力をお借りしたいのです。
『俺に今年も参加しろというのか。』
『さすがヒロさん、ご察しの通りです。どうか、お願いします。この通りです。』Mr.Tは深々と頭を下げた。彼には、かすみのことで、色々と骨を折ってもらった恩義がある。中川は、それを承知でMr.Tに頼んだに違いない。あのジジイめ、全く抜け目ない。まあ、仕方ない。力を貸そうと決心した。
『で、いつだ。』
『来週の月曜日から一週間です。』
『分かった。詳しい資料を送ってくれ。』
ああ、今年もこの季節。いよいよ始まる。『裏世界対抗、大運動会』が。
裏世界対抗大運動会、それは年に一度開かれる。世界中の組織の代表者が争う競技大会である。競技大会といっても、オリンピックなどのお遊びとは違う。名誉と命をかけて闘うのだ。それは過酷なものである。CIAやKGB、イギリスのMI6なども参加しているようだ。我が組織JUKUは昨年、優勝を果たしている。ひとえに俺の活躍のおかげである。参加者が誰なのか、どのくらいの人数なのかは不明である。課題が与えられ、成し遂げた者が優勝である。昨年の課題は、『地雷撤去競争』であった。制限時間内に何個地雷を撤去できるかを争うのだ。方法は何でもよし。ルールはない。強敵がいるなら抹殺しても構わない。そんな中、俺は圧倒的な数字で優勝をものにした。俺は爆発では死なない。傷一つつけることはないのだ。勝って当たり前だ。俺の秘密を知ったものは、前にも話した通り、生きて戻ってはいない。
久しぶりに現役復帰するにあたって、俺は基本的な運動と、各種格闘技、特殊能力の鍛練を行うことにした。そんな中、大会組織から大会要項が送られてきた。俺が参加するのは、『借り物競走』だ。他にも、障害物競走とか、ボクシングなど例年と同じものもある。もちろん、普通の競技とは違う。昨年の障害物競走は、地雷があったり、毒ガスが出たり、異常としか言えないレースであった。ボクシングとは、名ばかりで、単なる殺し合いだ。
借り物競走。今年の目玉競技のようだ。各組織のエースが出場するはずだ。大会要項には一言書かれている。『時間内に、指示されたものを借りてくる。』それだけだ。どうせ無理難題なことを言ってくるのは、目に見えてる。指示は、大会初日の朝に送られてくるらしい。
俺は、かすみに連絡した。しばらく会えないと。
こんな競技が行われたこともある。ピラニアのプールで、シンクロナイズスイミング。襲ってくるピラニアと戦いながら、優雅にシンクロナイズスイミングをするというものだ。ロシアのKGBが勝ったらしい。また、ある時は目隠しして、ライオンと闘うという無謀な競技もあった。そのときは、参加者全滅だったそうだ。
Mr.Tによると、同盟を組んだAGUが初参加するらしい。中川将軍はプライドが高い。初参加者に負けるわけにはいかない。で、俺に白羽の矢が立ったというわけだ。AGUから、どんな奴が現れるのか。興味はある。angelことかすみは、記憶をなくしたので、もう戦いに戻ることはない。北村も約束は忘れてはいないはずだ。どんな奴がやってくるのか、お手並み拝見というところだ。
今年の課題は何なのか。楽しみになってきた。
大会初日の朝、7時ちょうどにメールが届いた。指示が書かれていた。
『借り物競走。期日は大会最終日の正午。期日内に下記のものを、借りるべし。ルールはなし。手段、方法は自由。検討を祈る。以上。』
そして、一番下にこう書かれていた。
『朴正恩の人民服を借りるべし』
ぷはぁ、俺はため息をついた。『面倒くさい。アホくさい。』
俺はすぐさまMr.Tに連絡した。朴正恩の居場所と警護について調べるよう伝えた。程なくするとMr.Tよりメールが届いた。現在の所在は不明。警護については、ある程度詳しく書かれていた。俺は以前より疑問を持っていた。北朝鮮の朴正恩は世界の暗殺者から狙われている。俺と同等いや俺以上の暗殺者は、この世に何人もいるはずだ。にもかかわらず、平然としていられるのは、何かがあるはずだ。おそらく、彼を警備している中に、特殊能力を持つ者がいるに違いない。そいつを取り除かなければ、奴に近づくことは不可能だ。
俺は資料に目を通し始めた。そして、ある人物名を見つけた。
『なるほどね。そういうことか。』
資料をシュレッダーに入れ、処分した。
『さてと、仕方ない、探しに行くか、朴正恩を。』