天職hiro③
次に見つけた仕事は、美容師だ。免許が必要な職業だ。保育士のときもそうだったが、俺はあらゆる免許を持っている。というか、与えられている。以前、Mr.Tが用意したものだ。おっと誤解はしないでおくれ。偽造ではない。正式な免許だ。必要があれば、免許はすぐに取得できるのだ。Mr.Tが資料を用意し、俺はそれを1日でマスターする。あとは、試験を受ける。そして必ず合格する。まさか、俺が美容師の免許を使う日が来るとは夢にも思わなかった。
刃物を扱うのはお手の物である。客の髪を切るとき、ハサミは使わない。ナイフを使う。片手に3本ずつ持ち、一気にカットする。最初、どの客も恐怖で顔が引きつっていた。しかし、その正確なナイフさばきと、スピード、そして何より、仕上がりに満足するのだ。6本のナイフを自由に操り、目にも止まらない速さで、仕上げる。時間は1分だ。俺は、始める前に砂時計をひっくり返す。砂が尽きるとき、それが1分だ。
曲芸のような技術に、それを見たさに顧客がつくようになり、店は繁盛した。髪を切るときの、俺の手の動きが、あまりにも速く、何本もの手が動いているかのように見えるので、いつしか、『奇跡の千手観音』と呼ばれるようになった。
評判がいいのはカットだけではない。俺のシャンプーを体験したものは、もう他の人のシャンプーでは満足できなくなる。人の頭髪は平均で10万本あると言われている。俺のシャンプーは、その10万本を1本ずつ洗うのだ。猛烈な指の速さで、1本ずつ丁寧に洗う。前に言っただろう。俺の特殊能力。銃弾より速く動けるのだ。そして、10万個の毛根に刺激を与える。客には俺の指の動きは見えない。そして、髪を1本足りとも抜くことなく、シャンプーを終えることができるのだ。客は俺を『抜け毛の救世主』と呼ぶようになった。
シャンプーが終わると、ほとんどの客は恍惚の表情を見せている。完全にその気持ちよさに、いってしまっているのだ。中には失神するものや、失禁するものもいた。
ところがある日、とんでもない事件が起きてしまったのだ。開店以来、贔屓にして頂いているマダムがいる。そのマダムに、いつものようにシャンプーとカットの注文を頂いた。年齢は40代前半、ブランド品で身を包み、高級な香水を漂わせている。言葉遣いは丁寧で、身のこなし方にも品がある。そのマダムが大胆な行動に出たのだ。
俺は、数回の施術で、そのマダムの頭皮のツボを探し当てていた。シャンプーをしながら、毛根の刺激と頭皮のツボ押しを繰り返していた。マダムは目を潤ませ、俺の目を見つめていた。すると突然、席を立ち服を脱ぎ始めた。
『奥様、どうなされましたか』
『お願い。もう我慢が出来ないわ。その指で、わたくしの全てに刺激を与えて欲しいの。』
その発言を聞いていた他の客がざわついた。すると、何ということでしょう。他の客も、
『私も、私も、』
と一斉に服を脱ぎ始めたのだ。裸の女性が俺を囲った。俺はスタッフを呼び、何とかするよう叫んだが、あろうことに、そのスタッフも服を脱ぎ、こちらに近づいてきた。俺は、彼女らの背中に掌を当て、気を失わせた。彼女らに服を着せ、椅子に座らせた。そして、改めて背中に掌を当て、記憶の消去を行った。
俺はこの事件で、過剰なサービスは禁物だということを学んだ。
そして、店をたたんだ。