天職hiro②
今日も闘わなければならない。
俺は奴らを甘く見ていた。奴らの力は、俺の想像を遥かに超えていた。気をぬくことは、一瞬たりとも出来ない。もし、気を休めれば、奴らは容赦なく攻めてくる。一切の手加減はない。昨日も、こてんぱんにやられた。身も心も、くたくたである。
暗殺者時代には、数々の猛者たちと拳を交えた。俺より強い男と闘い、彼らを凌駕することで、実力をつけ、世界最強の称号を得ることができた。いかなる相手でも、未だかつて恐怖を感じたことはなかった。ところが、俺は今、恐怖を感じている。全身がわなわなと震え、体が自由に動かない。心の奥から、こう思っている。
『行きたくない』
どうすれば、奴らに勝てるのか。俺は、数百通りの作戦を考え、それをシミュレーションした。しかし、どれも上手くいくとは思えなかった。
奴らのボスの名は『らん』。10数名の部下を従えている。らんには、俺の攻撃は通じない。いや、通じないというより、攻撃する前に、防がれてしまうのだ。俺が油断すると、手下どもが、一気に攻撃に加わる。多種多様な攻撃で、俺はパニックに陥る。俺は特殊能力で、銃弾より速い動きで、攻撃を交わすが、奴らの攻撃には終わりがないのだ。らん、たかし、つとむ、あや、なな、ひろし、、、ああ、この可愛い悪魔たち。
やはり、俺に保育士の仕事は無理だった。
保育士を諦めた俺は、新たな仕事に就いた。今度こそ、俺に合っている仕事であると確信している。何故なら、特殊能力を使えば、難なくこなせるからである。『占い師』これが、今の俺の仕事だ。俺の占いの評判は口コミで、あっという間に広がった。1日、5名限定にしているが、今では、連日予約が一杯の状態である。
店は六本木にある。仕事帰りのOLや出勤前のホステスなどが客の大半を占めている。俺の占いの的中率は高い。当たってあたりまえなのだ。なぜなら、俺は人の心を読めるからだ。客の背中に掌を当てれば、客の考えていること、悩んでいること、家族構成などの個人情報まで、一瞬で読み取れるのだ。
客の相談は、その客層からも分かる通り、ほとんどが恋愛相談である。深刻なものではなく、軽いものが多い。客の心の隙間に響くような言葉を伝えてあげれば、客は感心し喜んでくれる。時には、辛い話を聞くこともあるが、その時は真剣にアドバイスをする。いつしか、俺は『恋愛魔術師』と呼ばれるようになった。
恋愛魔術師と呼ばれるようになってからは、さらに女性客が増え、リピーターも多くなった。そして、店をオープンしてから3カ月後あたりから、客の雰囲気が変わってきた。俺を見る目が変わったのだ。占いをするときに心を読むのだが、彼女たちは完全に俺を恋愛の対象としてみているのである。リピーターのほとんどが占いの為にではなく、俺に会うためにやってくる。こうなると、そこらのホストと変わらない。徐々に嫌気がさしてきた。
最近の女性は積極的だ。あの手この手で、俺を誘ってくる。もちろん、そんな誘いには乗らない。俺が愛する女はかすみだけだ。俺は、傷つけないよう言葉を選び、やんわりと断るのだが、俺の予想に反し、懲りずに、またアプローチをかけてくる。そしてついには、客同士が言い争うような状況になることもあった。女性の心を読めば読むほど、女性不信に陥る。ドロドロとした恨みや妬みが見えてしまう。
占い師、もうこれ以上は俺には無理だ。恋愛魔術師の称号は捨てよう。
『女は恐ろしい』
占い師を諦めた俺は、新たな仕事を探し、そして探し当てた。今度はやりがいのある仕事だと確信している。今はその為の修行を行っているのだ。運動神経がずば抜けている俺には容易い。次々と与えられた課題をこなすことができた。この仕事にはライバルも多い。皆、必死で修行をしている。この世界では、修行のことをレッスンと呼ぶらしい。保育士、占い師と比べると、今度の仕事は格段に面白い。これなら、続けられそうだ。仕事後の酒も美味い。ただ、ライバルたちは、酒を飲まない。ダイエットのためだ。しかし、俺にダイエットは必要ない。体脂肪率2パーセント。無駄な贅肉はゼロである。
ところが、次のレッスン7で、つまずくことになってしまった。
俺には致命的な欠点があったのだ。そのことをすっかり忘れていた。俺はレッスン7で、初めて不合格をもらってしまった。その後、何度もチャレンジしたが、合格が得られない。ライバルたちに、どんどん追い越されていく。このままでは、ダメだ。俺は個人レッスンを受けることにした。先生は厳しかった。その先生は女性だが、体は大きく、顔も大きかった。俺は、プライドを捨て、素直に先生の言うことに耳を傾けた。さすがは、その道のプロである。徐々に効果が現れ、驚くほど上達した。俺は、『音痴』を克服した。
いよいよ、オーディションとなった。受験者は、100人。採用されるのは、1人である。俺は、俺の力を100パーセント出し切り、確かな手応えを感じた。審査員は目は俺にくぎ付けだ。最終試験に2人残った。俺と、市村という男だ。彼は圧倒的な歌唱力と演技力を持っていた。完璧であった。俺は負けを認めた。
審査員に、一言言われた。
『君はこの仕事には向かない。人でも殺しそうな雰囲気がある。別の世界で生きる男だと思う。』
この審査員、なかなか鋭い。ちゃんと俺を見ていたようだ。
『劇団四季』俺には向かない仕事であった。