取引
ヒロが沖縄に来たちょうどその日、AGUの北村総帥のもとに、ある人物が訪ねていた。JUKUの首領、中川将軍であった。
『先日は、うちの木村が迷惑をかけたようだ。我々の方で責任を取らせてもらったよ。』
柔らかい口調だか、その目は相手を威圧している。
『それは、それは。で、将軍、他に用件があるのでは』
北村も睨み返している。
『今日来たのは、北村さん、あなたにある人物からのメッセージをお渡しするためだ。』
中川は、Mr.Tに目配りした。Mr.Tはカバンの中から封筒を出し、北村の側近である櫻井に渡した。櫻井から受け取った北村は、封筒の中から手紙を取り出した。手紙には、一文だけ書かれていた。
『美しき神、自由に舞う。近寄らずべし。』
力強い文字で書かれている。そして、何より異様なのは、赤い手形が押されていることであった。
『何だこれは』
北村は呟いた。
『北村さん、うちのヒロからのメッセージですよ、貴方に宛てた、ヒロからの忠告ですよ。』
北村は顔を真っ赤にし、怒鳴り上げた。
『何だと❗️』
そして、その大そうな椅子から、立ち上がった。そのとき、側近の櫻井が声を出した。
『そ、そ、総帥。実は、その、、、同じ手紙が届いております。』
『何だと。』
『同じ手紙が、総帥の自宅のテーブルの上に置かれておりました。切手も、消印もありません。誰かが侵入したものと推測されます。』
『な、なにぃ』
いつの間に、置かれたのか。北村は汗を拭った。儂を殺ろうと思えば、殺れたということか。
『中川、貴様は、儂を脅すつもりなのか』
『北村さん、ある男が、ある女に恋をしたようです。それは、それは、美しい女性のようです。北村さん、ヒロの本気を、理解して頂きたい。私も、ヒロも貴方を脅すつもりなどないですよ。美しき神つまりangelはangelのままでいいではないですか。それに、天使を倒せても、悪魔は倒せません。そして何より、ヒロは恩義を忘れることは決してない男だ。必ず、貴方の役に立つときがきますよ。』
『あの伝説の暗殺者ヒロが恋をしたというのか。悪魔が天使に恋をしたというのか。悪魔も所詮、ただの男ということか。ふざけた奴だ。まあ、いいだろう。美しき神に手出しはしない。これで、いいかな。で、本題は何だ。』
さすがは大組織AGUを束ねる総帥だ。頭がいい。こちらの考えを理解したようだ。中川は、尊敬の念を抱いた。
『総帥、どうでしょう。我組織と同盟を考えて頂けないでしょうか。』
『ああ、前向きに検討しようではないか。』
北村と中川は、互いの手を握りしめた。同行したMr.Tは思った。裏切り者の木村と、ヒロを利用しAGUの懐に入り込むとは、中川将軍の強かさに驚かされた。
『将軍を敵にはしたくないな』
Mr.Tは身震いした。AGUを後にし、携帯を取りだし、ヒロにメールをした。
『かすみさんの安全は担保された。』
Mr.Tからの報告を見たヒロは、グラスの水を一気に飲み干した。かすみ、これで安心だ。もう、お前に手出しする奴は現れない。もう、angelに戻る必要もなくなった。ヒロはサマーベッドから立ち上がり、目の前のプライペートプールに飛び込んだ。鍛え上げられた完璧な肉体。そして、その肉体には傷一つなかった。
南国の日差しは容赦なく照りつける。だが、眩しいのは、美しい肢体のお前だ。白い肌が眩しすぎる。その姿は、まさに天使そのものだ。水から上がり、かすみのもとに歩く。
初めて、自分のルールを破った。俺も、そろそろ引退か。
なぜ、ルールを破り、かすみを助けたかって?そして、危険を冒して北村に近づいたかって?
野暮な質問は止めてくれ。答えは簡単だ。かすみは、最高の女だからだ。
ヒロは、かすみに声をかけた。
『かすみ、新宿に帰るぞ。』