3 彼を求めて1
「火事だ! 逃げろー!!」
「海賊が火を放ったぞ!」
煙が上がっている方角から次々と町の人々が逃げてくる。先ほどまで静かだった町が嘘のようにパニック状態になっている。
「危ないからあなたも早く非難しなさい」
突然のことに状況が読み込めず、茫然と立っていると、逃げてきた女性が声をかけてくる。
「でも……」
「ほら急いでっ」
女性はファナの腕を掴んで連れて行こうとする。
しかし、ファナはその場から動くことができない。だってあの方角は……。
あの方角は母のいる家がある場所だ。
「母さんっ」
ファナは嫌な予感がして、掴まれた腕を振りはらうと人々の波に逆らって走りだした。
火に近づくにつれ、逃げる人も少なくなる。真っ赤な夕焼けは町全体が燃えているような錯覚を起こす。被っていた麦わら帽子は、人混みに押されてどこかへいってしまった。
どうか無事でいて。ファナはそう願いながら家の前に辿り着いた。
幸い火の手が近づいているものの、ファナの家はまだ燃えていなかった。
「母さん!」
玄関を勢いよく開けて、家の中を見渡す。
「っ!!」
家の中は荒らされ、家具が倒れ小物が当たりに散らばっていた。しかし、どの部屋を見ても母の姿は見当たらなかった。
既に逃げていればいいが、最悪海賊に捕まった可能性がある。
ファナは家を出ると、母親が既に避難していることを願って港へ向かった。
日はすっかり暮れてしまったが、町は不気味なほど赤黒い光を放っている。
「ファナ!! あなた今までどこに行ってたのよ!!」
「母さん! 良かった」
皆が避難している港に着くと、心配そうにうろうろしていた母がいた。
「良かった、じゃないでしょ! 本屋に行ったきり帰ってこないで、心配して本屋に行ってみたら、あなた今日は本屋に行ってないらしいじゃない。町中探し回ったのに見つからないし、気付いたら火事が起きていて……。海賊に連れ去られたと思ったのよ!」
母は口早に怒ると、「無事でいて良かった」とファナを抱きしめた。
「……ごめんなさい。嘘吐いて、心配かけて、ごめんなさい」
母がここまで強く怒ることは今までなかった。自分の望むまま勝手な行動を取ったことを後悔する。
「分かったなら、もういいわ。お父さんが非難した人たちの中にあなたがいないか探しているから、早く知らせに行きましょう」
父は大工で今酒場を建設中だったはずだが、どうやら無事らしい。屈強な男で、何故か剣の腕もたつのであまり心配はしていなかった。
「ねえ、そう言えば海賊は? 海賊が火をつけたんでしょ。家は荒らされてたけど、海賊は一人も見てないんだけど……」
「……あなた、今何て言ったの? まさか火事が起きているにも関わらず家に戻ったんじゃないでしょうね?」
ファナの言葉に反応して、母の瞳がギラリと光る。
「うっ、だって煙が家の方角だったから、もしかしたら母さんが巻き込まれてるかもって……。それより、海賊はどうなったの?」
再び説教が始まらないように、ファナは海賊の話に戻す。
「はぁ、全くもう。……そういえば変なのよね。皆海賊が火をつけたって言ってるけど、海賊に襲われた人はいないらしいの」
「そっか……」
母にあれだけ心配をかけたのに、さっきあれだけ嘘を吐いて勝手な行動を取ったことを反省したばかりだったのに、自分はバカなことを考えている。
火を放ったとしても、人を襲っていないなら顔を合わせただけで殺される心配はあまりないはずだ。こんな騒ぎを起こしたのだから、きっと海賊は盗むものを盗んだらとっととこの町を去ってしまうだろう。
もし、彼が海賊の中にいるのだとしたら、会えるのは今しかない。
「……母さん、私ちょっとトイレに行ってくるから、先に父さん探しといて」
「緊張感ないわね。分かったわ、済ませたらあの灯台の下で待ってなさい」
ファナがコクリと頷いたのを確認すると、母は父を探しに人混みの中に消えた。
「ごめんなさい」
小さく呟いたファナ声は人のざわめきの中へと消える。
「でも、私はこのために生きてきたから」
そう言って、ファナは再び燃え盛る町へと足を向けた。
********************
火事が起きてからだいぶ時間が経っている。既に町には逃げる人影は一人もいなかった。海賊が火を放ったこともあり、町の皆は消火活動よりも非難を優先したようだった。
「どこにいるのよっ」
先ほどから勘を頼りに町を歩き回るが、町の人だけでなく海賊も見当たらない。
痺れを切らしたとき、燃えている方に人影がゆらりと揺れたのを見つける。
ファナは不安と期待をそちらへ駆け出した。
「……」
人影は想像通り海賊だった。いかにも野蛮な服装と剣や銃を携えた男共が3人、驚いたようにファナを見ている。まさかこんな所に少女が現れるとは思っていなかったのだろう。
「おいおい、お譲ちゃん一体こんなところで何してんだ?」
「こわ~い海賊に捕まってもしらねぇぞ」
「俺たちの遊び相手になってくれんのか?」
ニヤニヤと剣を見せつけながら、海賊たちは口々に勝手なことを言う。
「違う」
彼じゃない。
3人をじっくりと見たが、特にピンとこなかった。探し求めた彼ならば、会えばすぐに分かるはずだ。
彼でないのならこれ以上ここにいる必要はないと、ファナは踵を返す。
「待てよ、随分な態度じゃねーか」
ファナの態度が気に入らなかったのか、3人のうち一番でかい男がファナの肩に手をかける。
「なん、ですか?」
振り返って見上げた男が、想像以上に大きく厳つかったため、思わず敬語になる。焦っていたせいで、海賊の神経に触ってしまったようだ。今更ながら海賊に対する恐怖が襲ってきた。
「あの、私急いでいて……」
「おい! てめぇーら、そんな小娘に構ってねぇでさっさと船に戻りやがれ」
ファナの後ろから叫ばれたその声は、彼女の言葉を遮って辺りに響く。
「す、すいやせんっ」
海賊3人組は頭を下げるとすぐさま立ち去った。
今度は一体誰がやってきたのだろう、とファナは恐る恐る振り返る。
「あんたもだ。襲われたくなかったらさっさとどっかに行け」
そこには黒髪に髭を生やし、腰のベルトに剣と銃をさし、先ほどの海賊よりも明らかに威圧感のある風貌でこちらを睨みつける男が立っていた。
「……」
「おい、無視してんじゃねーぞ」
彼だ。
見つけた。
やっと出会えた。
何年もこの日が来るのを待っていた。
「聞いてんのか?」
いざ、このときを迎えると緊張してただ立ち尽くすことしかできない。
男は何も話そうとしないファナを不審そうに見る。
「……おい、大丈夫か?」
微動だにしないファナに心配になったのか、男は近づいてゆっくり手を伸ばす。男の手がファナの頭に触れた。まるで壊れ物を触るような優しい手つきに、思わず心の内に抑えていた感情が涙となって溢れ出す。
男は涙を見て驚いたように頭に置いた手を勢いよく引いた。
「……はぁ、なんもしねーからさっさと親んとこ帰れ」
男はファナの側から離れると、先ほどの海賊たちが去って行った方向へと歩き出す。
ああ、行ってしまう。折角会うことができたのに、早く行動に移さなければ彼が自分の目の前から去ってしまう。
「ま、まって」
ようやく出た声は小さなものだったが、男はこちらを振り返った。
きっとこれが最後のチャンスだ。この機会を逃せば、もう二度と彼に会うことはできないかもしれない。失敗はできない。
ファナは意を決して男に向かって叫んだ。
「私を攫って下さい!!」




