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苦手な方はご注意ください。

GIGANT-街道の巨人-

作者: 西 知波

序章 襲撃 

我々増援部隊にはつくづく運がなかったらしい。まさか、あの"ギガント"が待ち構えているなんて...。 

俺たちドイツ帝国第六機甲師団は、リトアニア攻略作戦の一環として第一戦車師団とともに辺境の街ラシェイニャイ・シティに送り込まれた。第一師団が前進し、俺たちの支隊はドゥビーサ川の向こうの橋頭堡へと、歩兵援護のために送られた。トラックは12台。街道をただただ突っ走った。 俺は歩兵隊の小隊長だった。小隊長ハンツ少尉だ。

 朝焼けを眺めながら街道の交差にさしかかったその時だった。天地を揺るがす轟音が耳を貫き、トラックが急制動をかけておれたちは荷台の前方に団子のように放り出された。驚いて前の方を見ると、巨大な主砲を備える重戦車がただ一輌、街道の分岐点にそびえている。先頭のトラックは爆炎を吹き上げ擱座していた。火だるまになった戦友が次々飛び出してくる。無防備の輸送隊に目を付けたのか! そう心の中で叫んだ。各々のトラックが我先にと逃げようとし、車列は混乱の極みに達する。そうして、一台ずつ確実に冷酷なる銃砲撃の餌食となっていった。

 逃げたものもいる。この俺なんかがそうだ。7番トラックに乗っていた俺たちの小隊はさっさとトラックを見捨て、その重戦車の副兵装-おそらく7.7ミリ機銃-を射撃しながら散開した。

 効果は高く、小隊構成員のほぼ全員が帰還できた。掃射兵器の自由な射撃が妨げられたおかげだ。しかし、司令部は俺たちの情報に対し、敵前逃亡の罪を声高々に罵倒した。だれだったろう、罵声を返したのは。多分、小隊全員だったと思う。その懲罰が自殺同然の再出撃になった。やっとのことで逃げてきたあの重戦車と戦わなければならないことになるとは...。あの、"ギガント"…超重戦車、KW-2と。 


一章 KW-2 みえてきた。トラックの吹き上げる爆煙だ。ちょうど12本、細くたなびきながら空へと上っていく。...おそらく俺たちも間もなくあれに加わるだろう。上等だ。-せめてあの怪物を道づれに死んでやろうじゃないか-仲間に語りかけた。-おう、上等だ!-、-当然だろ?-頼もしい声が返ってくる。

 俺たちの武器は5センチ対戦車砲...一門のみ。遮蔽物に隠れて荷を降ろす。岩陰から敵のシルエットを注視した。車体はあの"鉄壁"...KW-1重戦車に似ている。おそらく車体は同じ設計だろうから、5センチ砲では貫通できない。撃ってもせいぜい75ミリ厚の装甲に奇妙な突起をつくるだけだろう。だが、その上に載せられているのは"鉄壁"のそれとは違う、独特な切り立った巨大砲塔だ。その主砲は明らかに艦砲クラス。口径は…150ミリはあろうか? あまりにもでかすぎる。とても5センチ砲で、いや正攻法でやれる相手じゃない。相手が自走砲であることを願った。せめて砲塔だけは装甲が薄弱であれば...。それなら俺たちにものぞみがある。 5センチ砲に装弾が完了した。後は引き出してよく狙いを付け、一弾を打ち込むのみ。岩陰から身を乗り出した。朝日が映す影はやはり巨大だ。しかし、砲塔はあさっての方を向いている。しかも、その側面はこちらに対してほぼ垂直だ。千載一遇のチャンス! 砲をひきだし、照準する。まだ気づかないでくれ...初めて心から神に祈った。

 –発射準備よし–この声を聞いたとき、緊張が僅かに安堵に変わったのを感じた。–ファイエル!–砲手とともに絶叫した。

炸薬が急激に燃焼し、5センチ砲が咆哮した。曵痕弾が赤い閃光を残して飛翔する。一瞬で光芒は敵に達し、その砲塔の垂直な側面装甲板を正撃した。-やったか?-

ガコン。そんな音が聞こえた気がした。

圧倒的な冷気と威圧感を放つ巨大な砲塔か旋回を始めた。その砲塔側面には…貫通を阻まれ、突き刺さったままの砲弾。

最初に正気にもどったのはヴェンナー上等兵だった。-やつめ、気づきやがった! 退避ッー- その声が全員の意識を彼方から連れ戻した。

 あの巨人...いや悪魔の冷徹な砲塔がこちらをゆっくりと振り向く。無骨な主砲が弧を描き、のっそりとこちらを見据えた。

 –5センチ砲を引き戻せーッ!–そういいながら皆岩陰に飛び込んだ。反応の鈍い...いや、運の悪い数名をのぞいて。

 軍艦の主砲ほどもある巨弾が我々の砲と弾薬を直撃した。耳を聾する轟音、天地がひっくり返ったような感覚、立ちこめる硝煙のにおい。それらすべてが五感を圧倒し、半ヤード先も見えないほどの土煙の中、混乱し錯綜した。無秩序の中を、ピュッ、ピュッと赤いものが突っ切って流れていく。7.7ミリ弾だ。榴弾だけでは飽き足らず、機銃弾のデザートも、って訳か。なめたまねを! とっさに大地に身を寄せた。伏せてりゃ、あたる訳はない。せいぜい無駄うちしとくがいい!  五、六分して、やっと土煙が落ち着き、目に飛び込んできた周りの惨状に愕然とした。遮蔽していた岩が大きくえぐられ、5センチ砲があったはずの所には、なんと直径2~3メートルはあろうかという巨大なクレーターができていた。その周りには逃げられなかった連中の…"破片"が散乱している。あまりにもきつい匂いと散乱する血に、後ろで仲間が最後の食事をぶちまける音が聞こえる。

 さすがに機銃の射撃はもうやんでいたが、街道の中心に見えるその巨体は先ほどまでよりもさらに大きく見えた。と、思うと俺たちのいる丘に向かって土煙の柱が近づいてくる。あわてて伏せた俺の頭上を機銃弾が飛んでいき、後ろにいた仲間がウッ、と声を上げて倒れた。くそ、ヤロー! やりやがったな! 小銃を構え、身を隠して射撃姿勢をとった。7.7ミリの致命的な痕跡が自分の周りを走り抜け、アドレナリンが全身を駆け巡る。そんな中、やつの主砲を狙って幾度も引き金を絞った。仲間を失った哀しみにほおを雫が伝うのを感じつつ、怒りにかられて延々と撃鉄を引く指は機械のように正確で荒く冷静に感情的だった。だが、何度やっても奴の足下に煙を上げるか、垂直の鋼板に空しい音を響かせるだけだった。

 8回目の射撃を終えたときだった。次の弾を込め、奴の主砲に狙いを定めた途端、猛烈な閃光が目を焼き、轟音とともに体が宙に浮いたような感覚を感じた。それきり、底のない深い暗闇に堕ちるように意識は途絶えてしまった。 二章 突撃

 目が覚めたのはしばらくしてからだった。奴を狙撃して返り討ちにあったときには日は高かったはずだが、太陽はすでに西の山陰に身を沈めようとしていた。 立ちあがろううとすると、右足に激痛が走り、頭から地面に突っ込んだ。驚いて足に目を向けた俺は、絶望した。

 度重なる訓練で鍛え上げた俺の足は、足首の辺りで青くなってあらぬ方向に曲がっていた。折れたようだ、万事休すか。だが、あきらめるわけにはいかない。

 折れた足に差し木を充て、なんとか這って丘の頂上に登ると、あの巨人はまだ健在だった。と、見ると、あの砲塔が旋回している。全くもって非常に緩慢な動作だが、無感情な機械的のような、抽象的な恐ろしさを持っていた。

 その威圧感を持つ砲塔から突き出た金属筒が指向する先に目を凝らした。800、いや、1000メートルも先だろうか、あれは...アハト-アハト! 我が祖国が誇る傑作砲だ! しかし、いまだ設置中らしい。あの連中、発見され照準されたことはわかってるのだろうか…?

 その答えは思いがけずもたらされた。周りにいた兵士が何やら叫び、あわてて工兵が砲から遠ざかろうとする一瞬、その冷酷な照準を定めていた巨人が咆哮した! 瞬時に赤い閃光が、茜色の空に傾斜の緩い山なりの軌跡を描き、運のないことに8.8センチ砲と1ヤードもはなれていないところで炸裂する。にげおくれたあわれな工兵がさながら木の葉をちらすように吹き飛び、すらりとした流麗な砲身は二つに割れて宙を舞った。

 もうだめだ。あきらめて友軍を待とう。...どうせ待ってもくるのはソ連軍だけだろうが。

 悪態をこぼすうちに、あたりを夜の帳が覆った。薄暗い二十三日目の月明かりの下、街道にいくつかの影が蠢いている。なんだ…あれは…? まさか…いや、まちがいない! 我が軍自慢の勇敢な突撃工兵隊だ。接近して爆破するつもりらしい、やっちまえ!

巨人は幸い遠くに見え隠れする35式軽戦車隊に気を取られている。砲塔はそちらを指向し、機銃がたまに火を吐くが、幸い彼らに被害は出ていないらしい。

 そのうちに、影は街道をゆっくりと前進し、僅かづつながら確実に距離を縮めていった。あと、400…200…100…。やがて、彼らは目標まで50メートルとないところまで接近した。とたん恐ろしい考えが頭をよぎった。もし今気づかれたら逃げ場はない、と…。

 不幸にも、その通りのことが起こってしまった。残り30メートルほどの所で、無情な銃声が闇を切り裂いた。

 谷間に轟きわたる絶え間ないその残酷な響きとともに赤い痕跡が闇を疾走し、工兵隊から悲鳴が上る。僅かに20,30人ほどの彼らは、さながら刈られた草のように大地に身を沈めていった。

 俺は黙って痛みをこらえながら小銃を握りしめ、這ったまま進み始めた。俺だけこんなところでうずくまってのうのうと生き延びるわけにはいかない。死は既に覚悟の上だ。頭の中を家族との思い出が廻るのを押さえ、砲塔の付け根-砲塔と車体の隙間のリングギア-を狙って射撃した。機関銃がこちらを向く前にもう一発射撃し、遮蔽物に転がり込んだ刹那、赤い閃光が飛来し、土煙を上げた。 大回りして今度は遮蔽している丘の逆側に顔を出すと、案の定奴はぴたりと先ほどの場所を狙っている。とろいやつめ。これだからロシア人は。また撃った。次は砲塔を狙った。

 銃弾は金属音とともにはじかれた。DT機銃がまたこちらを指向しようとしている。さっさと撃って退散だ。機銃の付け根を狙って次の一発を送り込んだそのときだった。影がさっと忍び寄ったかと思うと、奴の履帯に閃光が走った。まだ生き残りがいたのか! 影はすばらしい早さで、ジグザグに走って逃げていく。ヤツは標的をかえようとしていた。–クソッ–俺は小声で毒づいて、とっさにベルトから引き抜いた手榴弾を投擲した。炸裂まで10秒間。間に合ってくれ...。神に祈った。今日はよく祈る日だよ、全く! 

祈りが通じたのか、たんに俺と彼がツイていたのか、うまくいった。今にも射撃しようとした機銃の真下で、俺の投げた手榴弾が爆発した。銃身は跳ね上げられ、天に向かって火を吐いた。

 まずい、主砲がこちらを向こうとしている! 超人的な身のこなしで身を翻して遮蔽物に飛び込み、口を開けて耳と目とを塞いだ。

 榴弾は見事な精度で炸裂し、俺はまたも吹き飛ばされた。 

三章 アハト-アハト

 かくれんぼをしているうちに、俺のいる岩陰に朝日が射した。あれから数時間-俺は限界に近づいていた。百回を超える命をかけたゲームは、俺の精神を非常に深いところまで浸食した。機関銃はまだ健在であった。朝日の照らす街道分岐を、恐怖を押さえて少しだけのぞく。 驚いた。俺の努力は見事に実っていたのだ。戦車中隊、対戦車砲兵隊。いつの間にか現れた十数輌と数十門が、あの悪魔をさながら鍬を持つ村人たちのように取り囲んでいた。

 ドン! 天地を揺るがす最初の一発が放たれた。5センチ砲の砲声だ! それを皮切りにして、十数門と数十両のすべてが火を吐いた。戦車一両に対してはあまりに大きな戦力だ。

 ヒュルヒュル...。独特な風切り音が聞こえた。あの音は聞き間違いようがない...アハト-アハト! 遮蔽物から身を乗り出して強敵の断末魔を観察した。いや、しようと思った。 集中砲火のまっただ中にあっても、敵はほとんど損害を受けていなかった。88ミリすら弾かれたというのか!? それどころか、ヤツはゆっくりと冷静に、砲塔を旋回させている。狙いは...。砲身の狙う先を追った。...あれだ! 丘の上の砲兵陣地! 二門の50ミリ砲が88ミリ砲を挟んだ格好で射撃している。マズいぞ...!

 –ズドン! 他のものとは違う、腹の奥まで響き渡るような重厚な砲声が聞こえた。明らかに重砲クラス! 俺は戦慄しながら、半ば本能的に爆風に備えた。巨人の顎から飛び出した赤い軌跡が、瞬時にアハト-アハトを直撃した! 誘爆による衝撃波は想像を絶した。三門分の弾薬が一気呵成に爆発し、衝撃は80メートル離れた俺まで到達した。ちっぽけな人間一匹を吹き飛ばすにはあまりにも強力な衝撃だった。おそらく、備えがなければ命取りになっていただろう。 

 再び丘の上に這い上がるのに、十分もかけてしまった。厭戦気分も手伝ったかもしれない。 戦況は一変していた。至る所から煙が上がり、残存しているのは小柄な車体を窮屈そうに岩陰に隠す軽戦車数輌のみだ。あちらこちらに粉砕された砲身や残骸が転がっている–”モノ”だけでなく、人のそれも含めて–のが見える。

 しかし、悪いことばかりではなかった。目標は軽戦車が岩陰から見え隠れするのに気を取られているが、ヤツから見て12時の方向–そのときヤツは6時の方向の軽戦車を見ていた。つまり真後ろだ–に発射準備万端といった雰囲気のアハト-アハトが三門並んでいる。

 砲手が射撃しようとした瞬間、俺は歓喜を込めて叫んだ。–ファイエル!–勇壮果敢な砲声が轟きわたり、閃光はKVの砲塔にあたって力なくくだけた。 –次だッー!–思わず怒鳴った。KVは当然ながらすぐに砲塔を回転させ始めた。少し混乱して、いや、油断していたらしい。あと少し、あと少しだ...。

 間に合った。アハト-アハトが再び咆哮した! 一発はあさっての方角へはじかれてしまったが、残りの二発が過たず目標を貫いた。 –やったッ!–歓喜はつかの間のものとなった。重砲弾がまたも空に弧を描き、せっかく設置された88ミリ砲をすべて吹き飛ばしてしまった。間違いない。あの巨人は二発の砲弾に砲塔を貫かれながらも、生きていた。くそ...! よし、こうなったらやるしかない。あとは俺がけりを付けてやる...。 

最終章 死 

這ったまま、ヤツと20メートルと離れていないところまで近づいた。巨大な被弾孔が見える。完全に過貫通してしまった88ミリ弾の残した痕跡だ。残った手榴弾は二発。外せば終わりだ。

 –これでも食らえッー!–立ち上がり、絶叫しながら一弾を投げつけた。ガツン! 手榴弾は鋭い金属音をたててはじかれ、大地に転がった。

 -ちっ!だが、この爆発の煙の中でもう少し近づけるはず…!-爆発に備えて、時間を待った。5秒…10秒がすぎても爆発しない…不発!? くそ! 次のピンを抜き、投げた。手投げ弾は僅か八センチ少々の穴に向かって飛翔した。完璧なルートだ! 入れ...。入れッー! 一瞬が永遠に感じられた。 ‐よし、入ったッー! そう思った瞬間だった。 砲塔が無慈悲な旋回を始め、手榴弾はむなしい金属音をたてて落下した。俺の体と同様に。 –ドン! 手榴弾の炸裂によって巨大な土煙が立ち上り、敵の姿を隠した。 やったか? あり得ない希望にすがっていた。煙が立ち上ったあとに、折れた機銃の銃身が落下した。 ヤツがこちらに砲塔を向けている。その砲身は既に正円に見える。ハッ! いいぞ、決闘か? やれるものならやってみるがいい! そんなことで単純に殺されてやる俺じゃねぇってことを思い知らせてやる! -来い!-そう叫んだとたん強力な閃光が目を焼き、体が吹き飛ばされるのを感じた。

 再び暗闇が俺を襲った。もうろうとする意識の中、あの日がよみがえる…家を飛び出し、軍に参加したあの日が…。

 -いつまでも…-頭の中で誰かの声が響く。だれだよ、眠りたいのに…。

 -いつまでも…待ってるから…。必ず….必ず、かえってきて…- 次の瞬間目が覚めた。なんで俺はまだ、生きているんだ!? 

 たしかに砲塔の下で-そう、ちょうど不発の手榴弾のあたりだ-閃光が見えた。一発目は、湿気ってはいても不発ではなかったのか! 天に感謝する。

 もうもうと立ちこめる土煙の中、仲間が横に伏せているのが見えた。–おい!–声をかけ、ベルトをつかんだ。

 現れたのはトレンチと血まみれの上半身だけだった。–くそッ!–毒づいてから、ベルトに手榴弾が刺さっているを見て、とっさに引き抜いた。M24、旧式だが、仕方ない。

 ヤツは!? 辺りを見回す。

 当然だが、すぐに見つかった。真横だ。一メートルもない。巨大な被弾孔が見える。手をのばせば届きそうな距離だ。ピンを抜いて、投げ込んだ。中からロシア語の怒鳴り声が聞こえる。ざまを見ろ!

 轟発の瞬間、吹き出した爆炎、轟音とともに、俺はまた気を失った。


 目覚めたのは夕暮れだった。もうろうとする意識の中、無限軌道がこすれる音が聞こえる。友軍か! 気力を振り絞って立ち上がり、手を振った。そして戦慄した。風にたなびく数百の赤地の共産旗...赤軍だ! 機銃の閃光が見え、とっさに身を伏せると、頭上を機銃弾がバラバラと飛んでいく。慌てて岩陰に逃げ込んだ。いや、岩陰に見えたものに逃げ込んだ。気づくと、周りを燻る金属に囲まれている。これは…なんだ? まさか…そうか! 予想が的中した。おどろいたことにそれは、先ほど大破させたKWそのものだったのだ。使えそうなものを探した。すると驚くべき事に、機銃は生きているようだ。よし、これを使おう。俺たちのとは少し勝手が違うが。

 ちょうど銃身は赤軍を向いている。運がいい。いや、もしかすると悪いのかもしれないな…。今撃てば、確実に砲弾で蜂の巣だ。しかし、赤軍に捕まれば拷問で蛆の巣にされるだろう。やるしかない。

 機銃が軽快な音を立て、7.7ミリの銃弾を吐き出しはじめた。敵の脆弱部分‐機銃や歩兵‐を狙う。敵に動揺が走ったかに見え、進撃は見る見るうちに停止した。

 アドレナリンが全身を巡るを感じる。俺は無敵だ! そんな、高揚感に包まれた。

 夢中になって撃っていると、急に弾が出なくなった。驚いて手元を見ると、弾倉が切れている。しまった! 冷静になって、次々に金属音が聞こえ始めた。この鋼鉄の棺桶の中で、集中砲火を浴びている。完全に手は尽きた。タバコを取り出し、火をつける。そのうち金属音がいよいよ多くなり、分厚い壁を貫通するものが出始めた。車体が限界なのだ。こんなところで俺は死ぬのか...。 頭の中を走馬灯が駆け抜ける。そして、最後の絵で止まった。家族。妻、子供たち。みんな、ごめんな...。

 むくむくと闘志が起き上がってきた。こんなとこで死んでたまるか! 夢中で小銃をつかんだ。そのときだった。聞き覚えのあるサイレンの音が聞こえ、敵の攻撃がやんだ。動揺しているらしい。これは...? 必死で疲労でかすんだ記憶をたどった。 答えはすぐに出た。空に向かってほとばしる幾重もの閃光の先...そこには数十もの頑健そうなスタイルの爆撃機がいた。あの音は間違いようがない...シュトゥーカ! 鉄の十字を刻んだ機体が次々降ってきた。サイレンと爆音があちらこちらから聞こえる。完璧な奇襲。赤軍を襲うのは爆弾の集中豪雨だ。 –ジーク・ライヒ!–感激の涙とともに心からの快哉をあげた。帰れる、これで...。家に…家族に…。

 -Oh, gott…-空を仰いだ彼の目に恐怖と無慈悲な爆弾が映った。逃げる隙は、もはやなかった。(終)

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