038 仇
「タカネ殿、ムスタングをお借りしたいのだが」
朝早くからアズバーンが来た
そんなに気にいっちゃったの?
「ああ、気にいったのは勿論なのだが、王宮の者達にも馴れさせたいんだ、ゆくゆくは国の為に働かせてくれると聞いている」
ああ、そんな事言ったっけ
空飛べるんだから馬の代わりにと思ってたんだけど・・・
でもちょっと事情が変わって来ちゃったかな
「・・・私はこの国を出るかもしれません」
「な、なに!それは困る!・・・王様のせいか?」
「王妃様もです、無理に王子と婚約させられそうになりました」
「むむむ・・・・」
考え込む騎士アズバーン
貴方も王宮に使える騎士
立場もあるからどうしようも出来ないでしょ?
「いや、河川工事での貢献や国の代表として大陸大会に出る功績を考えれば国としても大切な人材、それをこのような形で失ったのでは王宮の名折れだ」
「ですが王室があのような状態では」
「むむう、面目ない、ムスタングを失うのも国にとっては大きいと言うのに」
人に馴れたグリフォン
とても便利な存在だ
どんな遠い場所でもあっと言う間に行ける
あ、そういえば
「大陸闘技大会ってどこでやるんですか?」
「ユーメリアという国だよ、大陸の真ん中、永世中立国だ」
「どうやって行けばいいですか?」
「前日に向かえが来る、この家で待っていればいい」
前日?
1日で行けるのか?
近いんだろうか
「まあ王妃様は王様程話の分からない方では無い、ユング殿と相談してなんとか説得してみるよ」
「お願いします」
「そ、それで、ムスタングは貸して貰えぬか?スッキリさせてからの方が良いのだろうが・・・」
「うーん、ムスタングどうする?」
「クー」
行っても良いよと言ってる気がした
あくまで俺の主観だけど
「帰りも送って貰えます?私は王宮に近づきたくありません」
「ああ、勿論だ、私が責任を持って送り届ける」
「じゃあ行っておいで、ムスタング」
「クー」
アズバーンの横に行くムスタング
「賢くて可愛いなぁ」
アズバーンの眼がトロトロだ
過度に甘やかさないでね
馬に乗るアズバーンの横を並ぶように飛んでついて行った
「子供の巣立ちを見守る親の目だね」
「俺、そんな顔してた?」
「タカネはいつも凛々しいですよ」
さて、じゃあそれぞれ行動するか
俺はいつも通り採石場へ
「今日はムっちゃん居ないのかい」
「ええ、王宮に行ってます」
「へえ、偉くなったんだな」
良く解らん会話をして石を運び出す
下流は17ポイントまで運び終わってたっけ
上流は20ポイントまで進んでるらしい
先は長いが、俺は最後まで手伝えるのかな
王室の出方次第ではこの国を捨てようと思う
ムスタングが居ないと寂しいな
一人で黙々と石を運ぶ
時々、馬ソリを助けながら
20往復、100t運んでその日は終了
「川の成型がやっと終わったみたいだ、明日から石を敷き詰める作業に移るらしい」
「随分時間かかりましたね」
「大きな川だからな、調整に手間取ったみたいだ、だがおかげで完璧な仕事が出来たそうだ」
「そうですか、それなら良かった」
ムスタングが居ないから一人で帰る
さみしーよー
家に戻るとムスタングが出迎えてくれた
先に帰ってたか
良かった、ひょっとしたら返して貰えないかもって少し不安だった
俺の王宮への信頼度が低くなってる
お金預けておいて大丈夫なのかな
今1億程手持ちがあるけど、何かあった時の為に預けないで持っておこう
「タカネ、私もイナズマの魔法が使えるようになりましたよ、まだ威力は微々たるものですが」
サテンの魔法リスト
火の魔法 そこそこ大きな火の玉を飛ばせる
水の魔法 チョロチョロと水出せる程度
風の魔法 使えない
土の魔法 腕輪込みで3m四方の壁を出せるようになった
光の魔法 イナズマの魔法が使えるようになったらしい
こんな感じらしい
「もう少し全体的に底上げして、早く回復魔法を使えるようになりたいです」
「頑張ってるなぁ」
「私が一番お姉さんですから、2人に負けていられません」
「タカネ、ホメロス十傑6位にランクインされたって」
「決まったんだ」
「全然組合に来ないのに6位って事は、大会のポイントが結構高いんだね」
「そうなるのかな」
「カオリもソマリさんに勝てればランクイン出来たのかな?」
「たぶんそうじゃないか?」
「ああ、悔やまれるよぉ」
そうは言っても相手は4位だ
そう簡単には行かないだろう
ただ8位の人とも戦ったけどカオリとどっちが上かと言われるとそこまで差はない気がした
カオリもメキメキ成長してるし次があればランクイン出来るんじゃないかな
「あ、タカネ、大陸20傑の方にランクインしたらホメロス十傑からは名前消えるんだって」
「そうなのか」
「大陸20傑はシード権も貰えて地方大会に出なくても翌年の大陸大会に出られるらしいよ」
それはいいな
王様が客席に居るしホメロスの大会はもう出たくない
大陸大会で頑張ってランクインしちゃおう
「ホメロスからはなかなか大陸20傑が出てないんだってさー、レベル低いのかな?」
「その歴史は俺が変えるけどね」
「おお!さすが・・・」
どんな強い人達が出て来るのか解らないけど20傑くらいには入りたい
むしろ入れないとダイヤの名折れだ
俺だって毎日石運んで更に成長してるしな
「一日中5tの石引きずって走り回ってるんだもんね」
「真似出来ないですね、差が広がるばかりのような」
「ぅぅ、ズルいよ、基礎能力が違うから成長効率も高いだなんて」
そうなるのかな
100kgの荷物運ぶ人の50倍の効率って事?
そんな単純な物でも無いと思うが
「私達は自分のペースで頑張りましょう」
「そうだね、無理して体痛めたらバカみたいだし、タカネは化け物だし」
「一言多くないか?」
「そもそもカオリは魔法使えないし、張り合っても無駄だったよ」
悟ったようだ
そうしてくれると俺も助かるよ
5日後、アズバーンが来た
「王様も王妃様が元気になって来たので大人しくなったよ」
「王妃様は納得してくれました?」
「うむ、一応はな、しかし王子と姫を溺愛しているからな、諦めてないかもしれない」
「・・・私の勘違いでなければ、姫にも気にいられたみたいで」
「な!それはどういう意味だ?!」
「恋愛対象なんだと思います」
「た、タカネ殿を?そ、そんなまさか・・・」
「まあ、勘違いかもしれません、そんな気がしたって程度です」
「なにかの間違いであってほしいが」
そんな話をしてムスタングを借りて行った
・・・王宮の人に馴れさせるって話だけど、どうやるんだろ
変な事されてないよな?
ちゃんと聞いておけばよかった
「タカネはモテモテだね」
「・・・ダイヤのスイッチのお陰でね、嬉しくないけど」
「女性にまでモテるのですね」
「俺はスイッチのおかげって言うか、せいって言うか、サテンは天然の美人なんだからサテンの方がすごいでしょ?」
「どうなのでしょう?生まれつきの物を褒められてもピンと来ません」
「ふ、二人とも贅沢な事を・・・」
「カオリだって顔は生まれつき可愛かったんでしょ?人より有利な状態で生まれてるのに贅沢ばかり言ってると思うよ」
「うーん、満足しなきゃいけないのかな?でも二人を見ちゃうと無い物ねだりを言わずにはいられない」
・・・俺は出来る事なら元の姿に戻りたい
でも、それだと2人との関係性も変わっちゃうんだろうな
今の俺の姿だから2人は俺に心を許しているんだろうし
当然風呂は一緒に入ってくれなくなるだろうし
一緒に住むのもギクシャクしちゃうかもな
サテンは俺のパンツ洗ってくれないだろうし
カオリのセクハラも無くなるだろう
それは無くなってほしいか
さて、今日も採石場
変わらぬ生活に飽き飽きしてくるな
20往復して家に帰る
ムスタングが帰って来てた
「タカネ、大陸大会も少数なら付き添いOKらしいよ」
「そうなの?2人共来る?」
「行きます、もうパーティメンバーには言ってあります」
「カオリもー」
「は、はやいね・・・」
「ムスタングも行こうねー」
「クー」
「112の国と地域の代表と大陸20傑のリーグとトーナメントを組み合わせた大会らしいよ」
「ふーん、カオリ詳しいね」
「タカネが全然組合に来ないから聞いてあげてるんでしょ!」
「でもそれだと1日じゃ終わらないような」
「うん、予選リーグが3日、一日置いて決勝トーナメントが2日あるんだって」
「移動も含めると8日か」
「決勝は変則トーナメントで20傑は決勝から参加らしいよ」
ふーん、よく解らん
まあ行ってみてからでいいか
ご飯を食べて風呂に入る
「中休みに親睦パーティがあるらしいよ」
「へえ、ドレスコードとかあるの?」
「無いけどユーメリアの王室主催だから最低限綺麗な服装でね」
・・・別にいつもの恰好で良いかな
サテンが綺麗に洗ってくれているし
「付き添いも参加OKらしいからどんなドレス着ようかな」
「え?ドレス?」
「タカネとサテンに囲まれるんだから気合入れないと」
・・・カオリはあれかな
マラソン大会で一緒に走ろうって行って裏切るタイプか
カオリは善人ガチャに選ばれた人なんだよね?
まあいいけどさ
「他にドレスの人居るの?居ないと浮くよ」
「うーん、確かに・・・」
「普段着で十分可愛いですよ」
「どうせ怪物みたいな参加者しかいないだろうから普通の恰好で良いか」
偏見がひどいな
この前俺の事も化け物って言うし
僻みで性格悪くなってないか?
「カオリ、口が悪いですよ」
「・・・ぅぅ、カオリも大会出たかったよう」
「よしよし、来年頑張ればいいじゃないですか」
「タカネ、大陸20傑になってシード取ってホメロスの大会には出ないでね!」
「わ、解った」
それでもワッツさんやハインツさん、ソマリさんも居るのにな
ルビーのワッツさんを倒すのは・・・厳しいだろう
エメラルドとルビーの間には越えられない壁があると思う
「・・・タカネ、無理だと思ってるかも知れないけど、カオリは猛特訓するからね、付き合ってもらうよ」
「お、おう」
心読まれた
「まずは2人からの矢の嵐を捌く練習するんだ」
「ソマリさん対策だな」
「カオリに矢を撃てというのですか?嫌ですそんなの」
「れ、練習だから、協力してよー」
長湯しすぎた
風呂から上がる
「夜どうせヒマだし筋トレしなきゃ」
「風呂入ったばかりなのに?」
「私は前からやってますよ」
「ええ?汗かくと勿体ないような」
「タカネは寝ていいよ、これ以上強くならないで」
・・・うん、言われなくても寝る
俺は日中の石運びだけで十分だ
オーバーワークってのもあるからな
あまり無理しすぎないと良いが
五日後、アズバーンが来た
5日ごとにムスタングを借りに来る
何か意味でもあるのだろうか
「王宮ではムスタングはどう過ごしてるんですか?」
「皆に可愛がられているぞ、ムスタングは良い子にしている」
「何か訓練とかしてるんですか?」
「え?いや、してないが・・・」
「そうなんだ、愛玩要素が強いのか」
「その内背中に乗せて貰う事になると思うが、まだ早いしタカネ殿の許可を貰ってからと思っている」
「そうですね、まだ3カ月くらい先でしょうか」
「一番は是非タカネ殿が乗るべきだ」
俺が乗って上手に操作する事が出来るのかな
ムスタングならいう事聞いてくれそうな気はするけどさ
アズバーンとムスタングに手を振りしばしのお別れ
また採石場へ
筋トレを兼ねての石運び
やれやれ、このルーティーンはどうにかならんもんか
来る日も来る日も石運んで
目新しい事も起きないよ
今日までで下流は26ポイントまで、上流は27ポイントまで終わった
「あーやっと半分かー」
「疲れてるんじゃないか?少し休めばどうだ?」
「疲れたと言うより飽きてますね」
「石運ぶだけの繰り返しだからな」
「休みか・・・どうしようかな」
「体だけじゃ無く、心も休めないと」
「そうですね、明日休みます」
たまには休まないとな
2人は休みかな?
家に帰る
「明日は休みじゃないよ~」
「私もです」
そうか、じゃあムスタングとゆっくりするか
あれ?そういやムスタングは?
「今日はまだ帰って来てないね」
「いつもならもう帰る時間なんですが」
どうしたんだろ?
なにかあったのかな?
心配になって外に出てみる
もう夕方で薄暗くなり始めているのに
・・・なにか飛んでくる
ムスタングだ
アズバーンはどうした?
王宮から家々の屋根を飛び越し一直線に帰って来る
アズバーンが一緒なら馬と並走して道沿いに飛んでくるはずなのに
家の庭に着地し、駆け寄ってくるムスタング
「どうしたんだ?何かあったのか?」
「クー」
水龍の言葉は解ってもグリフォンの言葉は解んないな
取りあえず家に入ろう
しばらくしてアズバーンがやって来る
「家に戻っていたか、良かった」
「何かあったんですか?」
「・・・申し訳ない、姫様が」
姫様がムスタングを気にいってしまい、離そうとしなかったらしい
しばらくは大人しくしてたが、痺れを切らせたムスタングは姫様の腕の中から飛び立ってしまった
そのまま王宮の城壁を飛び越えムスタングは帰って来た
「飛び立つときにムスタングの翼が姫様の顔に当たってな、王妃様が大騒ぎだ」
「怪我したんですか?」
「少し腫れた程度だ、ヒーリングですぐ治った、だが王妃様は大事な娘の顔にキズをつけられるところだったと大変ご立腹でな、ムスタングに罰を与えろとおっしゃっている」
「なにそれもう、病気治してやるんじゃなかった」
「し、しぃ~、それは言っちゃイカン」
「なんなんですか?この国の王室は、めんどくさい事ばかり・・・」
「す、すまない、ムスタングを預かった私の責任だ」
協力しても仇で返される
これじゃあやってられない
本気でこの国出ようと思った
「そ、それだけは、私が騎士を辞職すれば済む事だ」
「アズバーンさんの責任じゃない、我儘な姫と過保護な王妃が悪いんだ」
「や、やめてくれ、王室の悪口を誰かに聞かれたら」
「王様もバカだ、一晩1億とかどうかしてる」
「タカネ殿・・・」
いったいなんなんだよ
俺がなにか悪い事したか?
国の為に一生懸命石運んで、ムスタングを貸し与えて
その代償がこれかよ
やってられるか
「今出ていかれると困るんだ、最初に凍らせた湖の魔法はまだ解けていない、もうすぐ3カ月になる、そして今工事してる川の湖尻の魔法を解けるのはタカネ殿だけだ」
「どうせ水門作ってるんでしょ?今魔法解いても問題ないんじゃ?」
「む、むう、しかし・・・」
「大陸大会の代表ももうどうでもいい、ムスタングを傷つけるような国の代表なんて願い下げだ」
「う、うう」
「王妃は自分の為にベヒーモスを狩る事を許さなかったんでしょ?それなのに姫の顔にちょっと翼が当たって大騒ぎとかバカ親としか思えない」
「すまない・・・本当に・・・」
「私はこの国を出る、魔法は明日解く、川の中に人足を置かないようにしてくれ」
「!・・・もう駄目なのか?」
「うんざりだ」
話は終わりだ、家の扉を閉める
アズバーンはしばらく立ち尽くしていたが、やがて馬に乗りトボトボと帰って行った
「タカネ・・・」
「俺はこの国を出るよ、急な話だ、ついて来てくれとは言わない」
「・・・ムスタングに罰ってあんまりだよね」
「私はついて行きます」
「私も」
「王宮を敵に回したかもしれない、預けてある金は引き出せないかもしれないぞ?」
「また稼げばいいですから」
「そうだね、もっと良い国に行こう」
「こんな国の為に・・・・・俺は何の為に頑張ったんだよ、くそっ!」
「良い人も多かったよ、王室がおかしいだけで」
「・・・そうだな、国に罪は無いか」
ユングさんもアズバーンも良い人だった
テスタさんもハインツさんも良い人だった
採石所のおっちゃんも、胸を大きくする薬を作ってた女の子も・・・
だがTOPが気に食わない
馬鹿な王室の為にこの国を出なければならないなんてな
そしてあんな王室でも支えようと必死になっているユングさんとアズバーンがなんだか儚く思えた
「ごめんな、明日もハンターの仕事やる予定だったんだろうけど・・・」
「仕方ないですよ、明日お別れを言ってきます」
「この家も引き払って来るよ」
「俺も魔法解いて採掘所で事情話してくる、その後3人で王宮にお金下ろしに行ってみよう」
短い生活だったな
最初にこの家に来た時にお風呂から見た幻想的な街の様子を思い出す
良い街だと思ったのにな
新生活は長くは続かなかった
家を出る準備をし寝た