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さよなら

私は今日、失恋をした。

三年以上付き合った彼と、別れた。

別れたっていう実感はない。

でもこんな時でも分かるのは、いま私があの人に会いに行っても、優しい顔で迎えてくれるんじゃなくて、怖い顔で睨まれながら拒絶されるってことだ。

あんなにも長い間一緒にいたのに、終わりはすごくあっけなかった。

結婚の約束もしてた。子どもの名前も話し合ったりした。どこに住もうかとか小さい子どもみたいにワクワクしながら話した。

それももう、全部なかったことになる。

なんだか、小学校の同窓会に呼ばれてすごいおめかしをして行ってみたら、なんで来たの?って言われたような気分に似てる。そんな経験したことないけど。

私は今でも彼が好きだ。

というか死ぬほど大好きだ。彼がいない生活なんて信じられないくらいに。

彼は、どうなんだろう。すぐに切り替えてわたしがあげた手紙とか服とか一緒にとったプリクラとかも全部捨てて私をさっさと過去の女にしてしまったのだろうか。そして、新しく出会った彼好みの女とまた私にしたことをその女にもするのだろうか。

ケーキは生クリームだけのやつじゃないと食べない。ほっぺたを触るのが好きだから常にツルツルにしてないといけない。いくら可愛くても厚化粧は嫌い。タバコを吸う女も口が悪くうるさい女も嫌い。

記念日を大切にしない女は、嫌い。

涙が止まらなかった。

泣き叫ぶわけでもなく、ただただ静かにとめどなく涙が流れた。


こんなに彼のことを知ってしまった。

私のことも同じくらい知られてしまった。

こんなにお互いを分かり合える人を失ってしまった。

私と別れても彼の中には私の好物も好きな歌も口癖も残っている。

私の中にもしっかりと残っている。

なのに、すべてを忘れて1人で歩けというのか。

こんな残酷なことってあるだろうか。



私は、春の日差したっぷりの草原で寝転んでいた。

いろんな春の花のにおいがして、ときどきモンシロチョウが青い空をちらつく。

横には彼がいた。

見慣れた、横顔がある。手を伸ばせば彼に触れることが出来る。

でも、私は声さえかけれなかった。

なぜか、とても美しいものを見ているようで、触れたら怒られる博物館の展示品みたいに感じた。

「こっちにおいで」

私のほうに目も向けず彼は言った。

それがなぜかとても切ない。

こっちを見て。喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ。

まだ、あなたのこと好きなの。また飲み込む。

幸せにならないで。飲み込む。


幸せでいてね。 最初の方がかすれてしまった。

彼の目が、こちらを向いた。

「そうすることにする」

彼は言った。

よかった。これでいいんだ。涙が溢れた。

でも、どうして?

どうして彼の目は、寂しいような目をしているんだろう。

愛してるよ。愛しています。

あなたが私以外の誰かを愛しても、私はあなたを愛してる。

あなたがほかの誰かを抱いても、誰かの隣で眠っても、誰かとキスをしても、愛してる。

だからどうかどうか、彼が幸せでいますように。

涙が枯れるほど悲しいことがあっても、すぐ笑えていますように。

でも、たまには私を思い出して。

一緒に食べたものを食べる時。私の好きだったミュージシャンの音楽を聴いた時。初めて私を抱いたベッドの上。初めて乗せてもらった車の助手席。手を繋いで歩いた並木道をひとりで歩く時。暗くなってもなかなか離れない2人をやさしく照らした街灯を。

どうか、彼の中のやさしい記憶として残ります様に。


私は、きっとずっといつまでも、あなたの事が大好きだから。

そう心の中で呟くと、春の穏やかな景色も、2人のまわりを舞っていた蝶も、彼も、すべてが泡のように溶けていった。そして最後には完全な闇になり、私の意識もふんわりとなくなっていった。

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