00000110 旅人と少女は、労働について話し合う。
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大抵の街がそうであるように、アエリアシティはたくさんの配管が張り巡らされた都市だった。地下と言わず、地上と言わず、機能しているいないを問わず、無数にある。
イソラ達の仕事は、これらの配管の清掃と辻褄合わせだった。
清掃はいいとして、辻褄合わせがどのようなものであるか、最初、イソラはいまいちわからなくて、ユナタを多少困らせた。しかし、慣れてしまえばそれほど戸惑うものでもない。
要は、修理と撤去を足して二で割ったようなもの。
壊れた個所を、別の壊れた個所と繋げて、機能としての辻褄を合わせる。間に存在していたはずの本来の経路が直されることはないし、もう使われることもない。切れた紐を結び直すように、結び目の分だけ全体の長さは徐々に短くなっていく。そうやって、先細りの延命処置を、人々の目の見えないところでやるのが、イソラ達の仕事だった。重要な仕事だった。けれど、その作業を本当に重要だと信じている人間は少ない。イソラもユナタも、結局は金のために働いていた。皆、そうだ。重要な任務を凡庸な日常に落とし込んでいる。それこそは社会の縮図だったし、また、都市が健康な証拠だ。
ふうん、と少女が肘をついて言う。
「大変な仕事なんだね」
「そうでもないよ」
少女の言葉に、イソラは笑った。
仕事帰りの体は、ソファによく沈みこむ。ようやく火照った体の持て余し方を思い出し始めてきた頃だった。この疲労感。汗とも違う独特のぐったりとした匂いが、イソラにとっての労働のイメージだった。旅が連れてくる砂の味とも違う。風に舞うことがない。地に足がついた感触だ。
こちらを覗き込む少女の髪を、イソラは撫でた。
やわらかい。
それは、幻想の感覚をオフにしても変わらない。この偽りの世界で見つけた唯一の本物。
いや、違う、本物に似せて作られた最高のイミテーション。人間の甘やかさ。
階下から、ユナタの歌声が聞こえてきていた。いつものメロディ。最近は、音程を外すこともない。
「私はね、考えていたの」
「何を?」
「私も働くべきなんじゃないかってこと」
彼女の言葉がどういう意味を持っているか、少し考えた。それは何枚かのカーテンの向こうから囁かれたように、音としての形を随分失って聞こえた。
それは、と言いかけて、一度止めた。
慎重に言葉を選ぶ。
「それは――まずいんじゃないかな。きっと色々と差別や奇異の目を向けられるよ」
「どうして」
「君は人間だから」
「そう、私は人間だから」
都市の名前を持つアエリアは、ゆっくりと小首を傾げた。
「私はね、あなたのペットじゃないんだよ」